酒とセックスと優越の光

文字数 1,619文字

”酒だ。酒がある。素晴らしい時代。素晴らしい世界。腐る程酒がある。この世には酒が溢れてる。飲もう。酒を飲もう。素晴らしい時代。素晴らしい世界”

”セックス。オレの身体が求めてる。女の身体を求めてる。素晴らしい時代。素晴らしい世界。この世には女が腐る程いる。抱こう。女を抱こう。素晴らしい時代。素晴らしい世界”

”優越。勝利。虐げろ。より多くを虐げろ。素晴らしい時代。素晴らしい世界。勝て。勝ち誇れ。凌駕しろ。より多くを勝ち取るゲーム。素晴らしい時代。素晴らしい世界”


映画の中で悪役の男がミュージカル調で語りかける。ここは映画館。オレは一人でレイトショーを見に来ていた。映画はどうでもよかった。クソ暑いから、とにかくクーラーの効いた空間にいたかった。結局なんだかんだで悪者は退治された。街には平和が戻ってお祭り騒ぎで大団円。めでたしめでたし。こっちは全然平和じゃない。この快適な空間を出ないといけない。

映画館を出た。夏の熱気とセミの大合唱が同時にやってくる。陽はとっくに暮れて、辺りは街頭の光に照らされている。駅近くの映画館だった。でも人気はなくなっていた。オレは改札をくぐり電車に乗り込む。電車の中はガラガラだった。最寄り駅までは5駅。10分ぐらいで着く。オレはぼんやりと外の景色を眺める。街の光。街の輝き。さっきの映画のセリフを思い出した。

”お前たちはオレの光だ。お前たちがオレを照らす。虐げた人間の数だけオレは輝く。勝利の数だけオレは輝く。さあオレを照らせ。這いつくばれ。呪いを吐け。恨み苦しめ。もっとオレを照らせ”

光への渇望。輝きへの渇望。もちろんオレにもある。諦めてるだけだ。オレには無理だって諦めてるだけだ。オレは途中の駅で降りた。山の中にある駅。オレ以外に降りるやつはいない。電車の扉が閉まる。オレを残して駅を離れていく。電車の音が遠のく。そして世界を静寂が包む。オレは駅のホームを出た。もちろん人気はない。街灯はまばらにしかない。駅を離れるとほとんど真っ暗闇だ。オレは道路に出て、道なりに進んでいく。少し歩くと谷に続く細道が現れる。本当に真っ暗闇だ。恐怖がオレを包む。オレは細道を下っていく。その道は河に繋がっている。恐怖と対話しながら歩みを進める。次第に河の音が聴こえてくる。すると恐怖は消えていく。オレはそれを知っていた。だからここまで来れた。辿り着いても恐怖が消えないなら、オレはここには来ないだろう。

河岸に座って水の流れをぼんやりと見つめる。虫の音が聞こえる。涼しい風が吹いている。水の流れが聞こえる。空には星が見える。欲しいものは全てここにある気がした。もちろん気がするだけだ。でも不思議だ。まるで別人にでもなったみたいだ。酒とセックスと優越の光。それを手に入れろとオレの全てが命令する。オレを突き動かす。でもここにはそいつらがいない。不思議なもんだ。あいつらはどこにいるのか。街の中。会社の中。家の中。社会の中。どこにでも現れる。でもここにはいない。恐怖に抗ってもこの場所に来たい理由。あいつらがいないからだ。

あいつらはなんでオレに求めさせるんだろう。手に入りはしないもの。手の隙間からこぼれていくもの。そんなものを求めさせる。オレをそそのかす。偶にはその気になってやってみる。けどやっぱりうまく行かない。うまくいくこともあるけれど、ほとんど上手くいかない。そんなオレをあいつらは罵倒する。成功した人間を指し示し、オレを罵倒する。オレは言い返す言葉を持っていない。言われっぱなしだ。ひとしきり罵倒したらまたオレに命令する。全てを手に入れろと命令する。お前の価値を証明しろと叫ぶ。オレは言い返す言葉を持っていない。いつまで続くのかと考える。答えは分かってる。死ぬまでだ。そうなると死が救いに思えてくる。かと言って死ぬ勇気は持ち合わせがない。妥協案だ。オレは定期的にここにやってくる。ここにあいつらがいないからだ。


終わり









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