1-9. 温かい安らぎ

文字数 2,182文字

「ユリアはベッドを使って」
 食後にジェイドが片付けながら言った。
「ダ、ダメよ! 私は床で寝るわ!」
「ふふっ、我は龍となり広間で寝るから気にするな」
 ジェイドは優しく微笑む。
「あ、そ、そうなの?」
「歯ブラシやタオルなどはそこの棚にある。好きに使っていい。パジャマは大きいが我慢して欲しい。ではまた明日……」
 そう言うと、ジェイドは食器などを一式持って出ていった。

        ◇

 ふぅ……
 静かになった室内で、ユリアはベッドに転がり今日あったことを丁寧に思い返す。
 群衆や領主に襲われ……、ドラゴンに助けてもらい……、それで、胸のシールをはがして……もらった……。
 ボッと顔が真っ赤になり、ユリアはベッドを転がり、悶えた。
 そして、毛布をかぶり、気持ちを落ち着ける。
 一体自分はどうしてしまったのか……。
 悩んでいるとすぐに意識が遠くなり……寝入っていった。牢屋でほとんど寝ていない上に長旅で疲れがたまっていたのだ。

       ◇

「い、いやぁ!」
 夜半にユリアが叫んで跳び起きる。
「あ、あれ……?」
 はぁはぁと荒い息をしながら暗い室内を見渡すユリア。

 ホーゥ、ホーゥ……。

 窓の外からは鳥の声が聞こえている。
「ゆ、夢……だったのね」
 ユリアは大きく息をつき、びっしょりと汗をかいた額を手のひらでぬぐった。
 男たちに追いかけ回され、襲われる夢。それは弱っていたユリアの心の傷をさらに(えぐ)っていた。

 うっうっう……。
 今までの人生をすべて否定され、プライドも尊厳も粉々にされたユリアの心はボロボロだった。昏い想いが胸を蝕んでいくのをどうしても止められない。一体どうしてこんな事になってしまったのか。

 うううう……。
 ユリアは流れる涙を止めることができず、綺麗な顔を歪めながら月明かりに照らされた毛布を濡らした。

 コンコン!
「どうした? 大丈夫か?」
 ドアが叩かれ、ジェイドの声がする。
「ご、ごめんなさい……、大丈夫……」
 ユリアは急いで涙を拭いた。
 ジェイドは部屋に入ってくると、涙にぬれ、憔悴(しょうすい)しきったユリアをしばらく見つめ、そして、静かに近づいてユリアの隣に座る。
 ユリアは恥ずかしくなってうつむいた。
 するとジェイドは、涙にぬれたユリアの手を取り、両手で包んで温める。

 うっうっう……。
 ユリアはその温かさに、押さえていた涙が止められなくなり、またポロポロと涙をこぼしてしまう。
「我慢……しなくていい……」
 ジェイドは優しくそう言って、ユリアの頭をそっとなでた。
 するとユリアは、ジェイドに抱き着いて、(せき)を切ったように大きな声で泣き叫ぶ。
 うわぁぁぁ……。
 ボロボロになった心が求めていた温もりを、自然とジェイドに求めるユリア。
 ジェイドは優しく抱きかかえ、何も言わず、ただゆっくりと背中をさすった。

      ◇

 しばらく泣き叫ぶとユリアは落ち着きを取り戻し、ジェイドの厚い胸板から伝わってくる温かさに癒されていた。

「添い寝してあげよう」
 ジェイドはそう言うと、優しくユリアを横たえる。
「えっ……」
 ユリアは驚いた。男の人と一緒に寝るなんて、想像もしてなかった事態だった。
「嫌か?」
 ジェイドはちょっと寂しそうにユリアを見る。
「い、嫌じゃ……ないけど……、ちょっと、そのぉ……」
 ユリアは何と言ったらいいか悩んだ。
 するとジェイドはニコッと笑い、ユリアの隣に寄り添うと、毛布を掛ける。
「えっ、えっ……」
 思わず身体を硬くしてしまうユリア。
 ジェイドはそんなユリアの頭をそっと持ち上げると腕枕をして、優しく髪をなでた。
 最初は緊張していたユリアだったが、温かいジェイドの手の動きに徐々に心がほぐれていく。
「安心して寝るといい」
 ジェイドは耳元でささやく。
 ユリアはゆっくりとうなずくと眠気に身をゆだねる。
 最後にはユリアはまるで赤ちゃんになったかのようにジェイドに抱き着き、温かい安らぎに包まれ、すうっと眠りに落ちて行った。

      ◇

 その頃、ジフの南、公爵が治める王国第二の都市ダギュラの宮殿で、公爵ホレス・ダギュラは土下座をしていた。
 静まり返った夜の宮殿の応接間、高い窓から差し込む月明かりを浴びながら少女は豪奢な椅子に深く腰掛け、すらっとした細い足を組んでキセルをくゆらせている。
 土下座されている少女はつまらなそうに、薄くなったホレスの頭を眺めながら言った。
「大聖女、ドラゴンに取られちゃったわよ? あんた何やってんの?」
「ル、ルドヴィカ様、申し訳ございません。まさかドラゴンが来るとは……」
 小太りの中年男、ホレスは冷や汗をたらしながら弁解する。
 少女はスクッと立ちあがり、細いヒールでホレスの後頭部をガシッと踏むと、
「私、いい訳嫌いって言わなかったかな?」
 そう言ってヒールでグリグリと薄い頭を踏みにじった。
「ぐわぁ……、お、お許しくださいぃ……」
 少女はその間抜けなさまを眺め、首を軽く振ると、ボスっとまた椅子に腰かける。ウェーブのかかった金髪が月明かりにキラキラと揺れた。
「まぁいいわ、次はスタンピードよ、うまくやんなさい」
 と言ってニヤッと笑う。
「はっ! 大聖女なき今、スタンピードは相当効くでしょう。お任せを!」
 挽回しようと必死のホレス。
 少女は美味しそうにキセルを吸い、
「楽しみになってきたわ……」
 そう言うと、すぅっと消えていった。
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