第98話 断ち切れない鎖 5 ~ 花会話 ~ Bパート
文字数 5,863文字
道中お互い口を利くと言う事はしなかったけれど、公園まで帰って来た時、
「どうしてあの店の中であの話を持ち出したのよ」
口調は穏やかに。でも視線には剣呑さを隠すことなく乗せる優珠希ちゃん。
「だって悔しいじゃない! こっちは何も悪い事もやましい事もしていないのに勝手な言いかがりを付けられっぱなしじゃ」
今となっては雪野さんに何かを吹き込んだ事までは予想出来ている。下手をしたら事実と違う事も分かった上で平気な顔で彩風さんに当たって、挙句の果てに優珠希ちゃんがいない隙を突いて暴力まで振るって来て。せっかく自分からシッポを出したんだから、せっかく掴んだシッポ。
絶対に逃げられない様に何が何でも引きずり出してやる。
「アンタの気持ちは分からないではないけど、そこら辺の事はすべてあの養護教諭がうまくやってくれるから。わたし達は先生を信じて出来るだけいつもと同じようにと心掛けるだけよ。だから余計な事はゆわないで」
私の気持ちと言うか気迫が伝わったのか、妹さんが瞳から剣呑さを消してあの腹黒を信用・任せておけると言う。
「あの先生を信用、任せておけるって……人の弱みを握って突いて来る先生なんじゃないの? そんな先生、信用して大丈夫なの?」
蒼ちゃんの事、暴力の事は箝口令となっている今、何があっても不用意に口を
「……。アンタが何を気にしているかは知らないけど、あの先生の“お人好し”は筋金入りよ」
私に対しては“隠すことなく”腹黒さも大人の狡さも見せて来るのに、やっぱり妹さんや御国さんは大切にしているのか。
「……」
そう思うとあのまれに襲ってくる感覚、私一人だけが取り残されたようなあの気持ちに苛まれる。
私の事は別に嫌いになろうが、雑に扱われようが
――養護教諭がどうして口割らないのか分かりました――
私に何も教えてくれないのならもうそれでも良い。でも蒼ちゃんの事だけは、こんな私に三年と言う大きな時間をくれた蒼ちゃんだけは何があっても大切にしたい。
「……アンタねぇ。何を考えてるのか知らないけど、あのお人好しアンタの事、相当気にいってるわよ」
でも妹さんは私の答えとはまるで正反対の事を口にする。
「優珠希ちゃんはあの先生が私に何を言って、何をしようとしたのか知らないからそんな風に思えるだけだよ」
でも私は、優珠希ちゃんがあの腹黒を信用していると言うのなら、頼れると言うのなら、その信頼「関係」を壊したくはないのだから、具体的な話をするつもりはない。
「……アンタ、気付いてないみたいだけど、アンタとあの養護教諭のお人好しなところも似てるのよ」
妹さんがため息をついて顔を赤らめながら、私とあの腹黒が似ていると言う。
「ちょっと優珠希ち『じゃあわたしはそろそろ帰るから――今日、佳奈の招待に応じてくれた事は感謝するわね』――ちょっと」
私がその事について文句を言おうとしたら、今日の事についてまさかのお礼。
しかも言葉にした優珠希ちゃんの方が恥ずかしかったのか、言うだけ言って私の呼びかけに振り返る事なく早足に帰って行ってしまう。
気が付けば夏の陽の長い夕方。これ以上遅くなると慶の事が言えなくなるからと、帰り際にスーパーに寄って、急ぎ家に帰る。
予想通りと言うのかいつも通りと言って良いのか、私も今日は帰って来るのが遅かったにもかかわらず、それ以上に帰って来るのが遅い慶。テストが終わって気が抜けすぎているのも気にはなるけれど、毎日毎日遅くまで何をして遊ぶことがあるのか。
結局慶が帰って来たのは、私がシャワーもご飯も終わらせて自分の部屋に戻った後だった。
ちなみに少し前までは慶の殊勝な態度に
「……」
私がいくら言っても慶が声を掛けてもくれないし、今となってはもう注意する気もなくなって来てもいる。
いつまでも慶の事ばかりを考えていても仕方がないからと、部屋にこもった私はいくら担任の先生にお願いしたからとは言え、今朝の執拗なまでの咲夜さんに対する囲い。結局教室内では全くその話が出来なかったらと言う事で、咲夜さんに電話をする。
『咲夜さん。時間大丈夫?』
『大丈夫だけど、愛美さんに言わないといけない事が……』
昨日にも増して弱々しい咲夜さんの声。やっぱり今朝のヒソヒソ話は私と優希君の話で間違いなさそうだ。
『前にも言ったけれど、私と優希君の仲は咲夜さんでは壊せない。だからホントに気にしなくて大丈夫だよ』
だから私は先手を打って、咲夜さんの罪悪感を軽くしようとしたのだけれど
『あたし……愛美さんとはもう友達を続けられない……』
かえって私の一言が駄目だったのか、瞬く間に涙声に変わってしまう。
『そんな事言わないでよ。私、咲夜さんと友達辞める気は無いよ』
何がどうなったって今までの咲夜さんの迷う気持ち、今日も勇気を振り絞った声と姿を私は見聞きしている。
『……今学期中。初学期中に副会長に告白しないと
いけない
』いけない……か。好きな気持ちがあふれて相手に自分の気持ちを届けないと気が済まない、どうにもならない所まで来ているから告白ってするものだと思うのに、気持ちを届けないと
いけない
と言うのはそれはもう咲夜さんからしても苦痛以外の何物でもないんじゃないのか。そこまでされる程、“私と優希君の仲を潰してやるからな”と言い切ったあの女子生徒に恨みを買うような事を何かしたのだろうか。
一番初めに優珠希ちゃんも、私に対しては強い敵意をむき出しにしていた事を思い出す。そう言えばあの時の理由も、いまだに聞けてはいない。
『咲夜さんの今のその気持ち。私が何をしたら楽になれる? 何を話せば楽になれる?』
でも今は耳元で罪悪感からか、私と友達を続ける事は出来ないとまで言わされている咲夜さんの事だ。でも、咲夜さん自身も分からないのか、言いにくいのか、言葉が続かない。
『じゃあ実祝さんにその話。した?』
だから、少しでもたくさん咲夜さんとお話がしたくて、空白、無言の時間を作りたくなくて質問を変えてしまう。
『話した。そしたら“あたしには仲良く喋る友達がいないからどうしたら良いのか分からないけど、正直に伝えたら愛美なら何とかしてくれる。後、愛美には友達を辞めるとか、そう言う事は言わない方が良い。どんな理由でも言われた方は辛い”とも言ってた……ごめん』
こんな状況にもかかわらず、私は咲夜さんからの電話の内容を聞いて嬉しくなる。
『ううん。私の方こそ実祝さんとちゃんとお話をしてくれてありがとう』
二人がちゃんと相談し合えるような関係にまでなっている。それ自体もすごく嬉しかったのだけれど、私が実祝さんにあれだけ酷い事を言ってても、ちゃんと私の事を信じてくれている。それにいつの間にか言われた方の痛みと辛さをちゃんと理解してくれている。多分蒼ちゃんにした事の痛みももう分ってくれているんだろうなって分かるし思える。
これなら私が悪者になって良かったと心から思える。他の人から“お前は何様だ”と罵られても多分耐えることが出来ると思う。
今の状況は非常に厳しい状況だとは思うけれど、実祝さんのお姉さんが願った関係、体得して欲しかった経験なんじゃないだろうか。
『……あたしっ! 副会長に告白なんてしたくない! 愛美さんの、友達の彼氏に色仕掛けで告白なんてしたくない! あたしは自分が好きになった人に告白したいっ!』
恐らくは咲夜さんなりの勇気の出し方なんだと思う。今の言葉の中にどうやっても看過できない言葉が入っていた。
でも咲夜さんがせっかく口にしてくれた勇気。私は、可能な限り大切にしたい。だから
『私たち女の子にとっては、好きな男子に告白する。それってとっても大事件だと思わない? だから良いよ。どうせ告白するなら後悔の無いようにしてくれたら』
こんなの大嘘に決まっている。色仕掛けと言うくらいなのだから、ただの告白だけじゃなくて、優希君自身に何かをするのか、それとも優希君の前で咲夜さんが何かを
させられる
のか。もうこれは完全にイジメじゃないのか。どういう同調圧力を加えたらこんな話が出来上がるのか。
担任の先生との勝手な
それに咲夜さんも十二分に可愛いのだから、咲夜さんが取るであろう色仕掛けに男の人である優希君が心動かないとは言い切れない。そうなった時、私は絶対に冷静でいられない。私の優希君に対する好きはそんなに軽いもんじゃない。
こればかりは男の人に面倒くさいと思われても、どうしようもない。
『愛美さんって本当に副会長の事が好きで付き合ってるの? ここまで正直に打ち明けてもなんとも思わないの?』
でも私の心の内を知らない咲夜さんが、私の言葉に対して訝しんで来る。
そうか、私が咲夜さんに優希君とお付き合いをしていると伝えなければ、咲夜さんが私と優希君がお付き合いをしている事さえ知らなければ、その罪悪感自体が生まれる事無く、咲夜さんの心を守れたのかもしれない。
でも私はあの時、咲夜さんの勇気に繋がるのなら、咲夜さんが少しでも笑顔になれるのならと、優希君との関係を打ち明けた事に関しては後悔はしていないつもりだ。だけれど、咲夜さんの心を守る事とあの時の咲夜さんの笑顔を天秤にかけた場合、私は果たして自分の取った回答、選択した行動は正しかったのか。今となってはそれはもう分かない。
『確かにそう言われたら優希君の事――』
だったらと思って口を開こうとするけれど、その一言が声に出せない。こんなにも心の底から好きだと思っている優希君の事を、“そこまで好きじゃない”とは口が裂けても言えない。言葉に出来る気がしない。
『ごめん。乙女で聖女な愛美さんがそんなに簡単に人を好きになったり、嫌いなったりとか出来ないんだったよね』
――愛ちゃんは咲ちゃんが思ってるほど “軽い女の子” じゃないから――
(57話)
そう言えば蒼ちゃんが咲夜さんに向かって私の事をそんな風に言ってくれていたっけ。
だから私も本音を口にする。
『私もごめん。ちょっとカッコつけすぎた。本当は咲夜さんが告白するのも嫌に決まっている。なのに私の大好きな優希君に色仕掛けなんて何考えてんのって問い詰めたい。けれど私は咲夜さんがここのところずっと迷っている事、懊悩している事も知っている。今も心の中の罪悪感で潰れそうになっている事も知っている。それに何より実祝さんとも仲良くしてくれている事も知っている。そんな優しい私の友達なら、やっぱり笑っていて欲しいじゃない? だから咲夜さんが優希君の前で何をするのかは聞かないし、後から優希君にも聞かない。どうせどう聞いたって私が嫉妬で染まる事は自分でも分かり切っているから。その上で一回だけ優希君の胸を貸してあげる』
自分でも支離滅裂な事を言っているのは重々承知の上だ。でも私の親友も、友達もみんな笑顔でいてもらおうと思ったら、私の頭ではこれくらいしか思い浮かばない。
それに優希君も私の良い所だって言ってくれた。面倒くさい私もそう言うところも含めて私の事が好きなんだと、他の誰でもない優希君が言ってくれたのだから、私はまた、優希君に甘える。
『愛美さんのその“深い”優しさはどこから来るの? あたしの
今までの
友達とどこが違うの? 何が違うの?』『
今までの
?』優希君に何の話もしないまま、優希君にとってはとても失礼な話の中で、出て来た言葉に思わず聞き返してしまう。
『あたし。もう疲れた。
今の
友達と喋っていても何も楽しくない。本当に友達って何なのかな……』もう咲夜さんの仲で懊悩が終わりつつあるのだと思う。もう気持ち自体があのグループから離れつつあるのがハッキリと分かる。
『難しいよね。本当に』
私と実祝さんみたいに、もう友達を辞めても良いとまで思ったにもかかわらず、今はそんな気持ちは微塵もないし、私はこうやって咲夜さんと喋るけれど、蒼ちゃんは咲夜さんの事を
アノ人
と言って、頑なに名前では呼ばない。そこには何か一つ知っている事と、知らない事があるだけで生まれる感情の違い《視点の違い》が決定的なのだと思う。
『とにかく私は咲夜さんの気持ちは知っているし、優希君の事も信じているから私は負けない。だから咲夜さんも、もう気にしなくて良いから。咲夜さんの笑顔。また私にも見せてね』
気が付けば結構な長電話。
明日も学校があるからと話をまとめにかかる。
『ありがとう愛美さん。それと……まだ、あたしは愛美さんと友達で良いんだよね』
まだって……何を聞くのかと思えばさっきの言葉を気にしてくれていたのか。
『もちろんだって。さっきのはさすがに本音じゃ無いって分かるよ』
だからこの質問には笑って返す。
『ありがとう。じゃあお休み』
それで安心できたのか最後は落ち着いて通話を終える。
その後、今の話を優希君にしようとしたところで
題名:明日一緒に登校したい
本文:今日も優珠の相手をしてくれてありがとう。その優珠は今日も喜んでくれてた。その優珠
が明日は愛美さんと登校したらって言ってくれたから。良ければその時に色々話したい。
優希君からのメッセージに気づく。
題名:分かった
本文:じゃあ前と同じ学校近くの最寄り駅で待ち合せね。
だから私の方からも話したい事があったのと、優希君の顔が見たかったのもあってすぐに返信する。
そして明日金曜日、大荒れになりそうな統括会に備えて早めに布団に入る事にする。
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「……何かあったの?」
昨日までとは雰囲気が変わる
“ワタシ全校集会の時にみんなに謝らないといけません”
昼休みの時の二年の教室での話
「おい岡本。ちょっとツラ貸せや」
一方黙っていない女子グループ
「蒼ちゃんごめん。もう優希君とのお話は出来ないと思う」
99話 落ちる心・救われる心 ~傷つく乙女心~