第12話 熱中

文字数 1,811文字

 ユウトは時間が経つのも忘れて動作を繰り返し修練を重ねる。

 なんども素振りをこなしていると気持ちの良い一振りがやってきた。重心や各関節の動きの歯車が正しく噛み合い、手に持つ剣の切っ先に力が伝わる感覚。

 それがあまりに気持ちよくて狙って出せるようにしたい欲求にかられる。少しづつ調整を重ねていく。ただの作業的な動作から改善の工程に入りユウトは熱中していった。

 そうして思い出すのはこの世界に来て初めて見たガラルドの戦闘での動き。ユウトにとって鮮烈に刻まれたガラルドの無駄のない攻撃と身のこなしだった。練習ではない本気の攻め合いに憧れのようなものを感じながらあの命のやり取りを行った空気を思い出し、そこへ近づけようとさらに集中する。

 どれほどの時間がたっただろうか。ユウトに後ろから近づく人影が一人。

 するとユウトに後ろから近づく人影が一人。

「・・・おい」

 ユウトに声を掛けたが本人が反応しなかったため語気を強めてもう一度言う。 

「おいっ!オマエっ!」

 ユウトはその大声でふと我に返った。

 周りの景色はオレンジ色に染まりどれほどの時間を修練を続けていたのかユウトにはわからなかった。これほど何かに熱中し無心になれたことがあっただろうかとユウト自身が驚く。

 声を掛けられていたことを思い出し、声のした方へとふりかった。

 そこには女性が一人。顔には見覚えがあった。今首にはめられているチョーカーのもとの持ち主で、たしかレナと呼ばれていたなとユウトは思い出す。

 体のラインが見えるくらいの軽装、鎖かたびらに要所を抑えた金属と革で構成された鎧で動きやすそうだった、とレナを女性と認識した。

 瞬間。

 ユウトに強烈な劣情が全身に走る。あまりに突然の体の異変に慌てふためき尻もちをついて座り込んでしまう。レナに気取られないよう必死に取り繕い最終的に膝をまいて正座の姿勢をとっていた。

「すすすすまないッ。何か用か?」

 レナは怪訝そうにユウトを見下ろしていたがユウトの異変に気付かれずに済んだようだった。

「ガラルド隊長からの伝言。日が暮れれば修練を終えて休め、ガラルド隊長とヨーレンさんは不在だから報告はいらない。とのことだ」
「そ、そうか。わかった」

 そしてレナは少々ぶっきらぼうにユウトへ何かの包みを投げて渡す。嫌味な渡し方だったが今のユウトにとっては立ち上がらずに済んで助かった。

「オマエの晩飯。食い終わったら包みと水袋は補給処に返しておいて」
「ありがとう!助かるよ」

 ユウトがお礼の言葉を言い終わる前にレナは振り向きその場を立ち去ろうとしていた。

 振り向きざまにユウトを見る目からは隠しきれない憎悪が伝わってくる。

 ユウトは何とかレナに気取られるとこなくその場をやり過ごすことができた。

 ほっと息をつく。

 確かにレナは魅力的な女性ではあるものの、だからといって以前の体ではこんな過剰な反応をすることはなかった。ユウト自身の人としての尊厳をかけて抑え込んだが精神は擦り切れんばかりに消耗している。

 洞窟でレナを見かけたときにはこのようなことはなく平静だったことをユウトは思い出し、あの場でこのような反応を見せることがなくてよかったと別の視点では安心した。

 そして、男しか見かけないこの野営地ではなんとかなるだろうが、この先様々な人が集まる集落や町、都市に立ち寄ることがあればどうなってしまうだろうという不安がユウトを襲う。

 ともあれここで悩んでも仕方がないとユウトは気持ちを無理矢理に切り替える。

「明日にでもヨーレンに相談してみよう・・・」 

 しばらく座り込んで平静を取り戻し、立ち上がりレナから渡された食事をもって自身のテントへ向かって一歩踏み出す。が、正座に慣れない身体だったからかあまりの脚のしびれにしばらくそのままの姿で固まってしまった。





 ようやく見つけた獲物を前に獣は待つ。

 匂いをたどり、煩わしい障害を避けてようやく見つけた獲物のゴブリン。朝日が迫ったために一度はそのチャンスをあきらめて夜を待つ。

 待つのは苦痛だった。平穏な思考を揺さぶる何かと対峙し続けなければならない。

 今にも飛び出し、溜め込んだフラストレーションを吐き出したい。そんな欲求がさらに獣の精神をかき乱した。

 しかしそれは許されない。強い思考の枷が目的遂行の妨げになる行為を制限する。

 制限と欲求のせめぎ合いの思考のノイズは鈍痛のように知覚され獣を蝕んでいた。
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