05-01:姉ハルカ

文字数 3,185文字

夏期休講を目前に控えた金曜日。

高校入学からすでに3ヶ月が過ぎ、
途中暴力事件を起こして謹慎などもあった。

頼もしいクラスメイトのおかげもあり、
追試もパスして無事に1学期を終えられる
目処が立った。

その間にイサムの噂話は盛りに盛られた。

姉をマネする〈デザイナー〉に向かって吐いた。
3年生の〈パフォーマー〉に暴力を振るう。
自宅マンションに近づけば〈更生局〉送り。
〈ALM〉の偉い人間と関わりがある。
カフェは一見さんお断りで顔パスのタダ食い。
金髪逆毛の危険な不良との付き合いがある。
複数人の女性とのデートが目撃されている、など。

これら全ては頼もしいクラスメイトであり、
メガネに坊主頭の発信元から
直接聞き出したので間違いない。

「根も葉もない噂話でも少しの真実を加えれば、
 『その話、知ってる』と言う人があらわれる。
 実際に見た人が身近にいれば話はすり替わり、
 嘘は真実へと都合よく塗り替えられる。
 にわかに信じがたい内容であればあるほど、
 伝播力が高く、その目で見たものを
 人は都合よく解釈し、信じるもんだ。」

発信元の亜光(あこう)百花(ひゃっか)はそのように講義したが、
名誉を毀損(きそん)されたイサムが抗議したのは
言うまでもない。

もうひとり、亜光に抗議をしたのが
危険な不良とセットにされた貴桜(きお)大介(だいすけ)だった。

「オレの名誉は?」

「大介はその意味で噂のトレードマークだな。
 『わたし、その不良見たことある。』の典型。
  もともと評価されてないから安心しろ。」

「百花…、それ本当かよ…。」

「手芸部の連絡網は怖いな。」

「つか、なんでんなことしてくれてんの?」

「3年生の作った『有事協定』ってのは
 校則を利用した上手い制約だったんだが、
 イサムがその制約を無効にしたせいで、
 恐喝まがいの面倒に巻き込まれたわけだ。」

亜光の講義にイサムは強くうなずく。

「で、謹慎期間中にも俺も大変だったわけ。
 『ユージくんはなにが好き?』とか、
 『ユージくんは普段なにしてるの?』とか。
 部外の人間が部室に押し寄せてくるんだよ。
 部長にも聞かれたけど。」

「オレにはそんなうらやましい話なかったぞ。」

「そんなもん(うらや)むな。」

「それは、なんか申し訳ない。」

「それはそれとして、だ。
 いまのイサムの人気を利用する手はない。
 と思い、俺は一計を案じてあえて
 近づき難い存在に仕立てることにしたのさ。
 それに番犬がいれば誰も近寄らないだろ。」

「番犬…って?」

動物園で得たイヌにまつわる知識が、
こんな下らない講義で役に立った。

身近な番犬のおかげもあり、
警戒されたイサムは今日いちにちを
平穏無事に終えようとしている。

「イサムって夏期休講どうすんの?
 あれか? 実家帰る?」

「帰らないかな。居場所ないし。」

「今日は百花の家あそびに行こうぜ。」

「ダメだ。俺のかわいい妹に近づくな。
 ケダモノども。」

「教師め。さっさと〈更生局〉に行け。」

「なんとでもいうがよい。
 俺が居なくなったら貴様らの課題が
 どうなっても知らんがな。」

「人の弱みにつけ込む卑怯者め。」

「少しは勉強しようよ。」

今日も相変わらず賑やかなふたりを放置して、
イサムの見知った顔が校門で待ち構えていた。

「あれ? ハルカさん?」

「おう。待ってたよ。」

「どうしたんですか、急に…?」

学校指定の夏服を着て立っていたのは、
姉のコピーをした〈デザイナー〉ではなく、
イサムの姉本人である八種(やくさ)ハルカだった。

〈デザイナー〉ではない姉本人とすぐに気づいた。

亜麻色の髪の毛先にパーマがされて、
持ち前の色白な肌と自然色のリップグロスが
年相応に大人びた雰囲気が漂わせる。

「どうよ。この髪。きょうだいおそろい。」

「年甲斐もなく、はしゃいで。」

「こしゃくなことをいいおるわ!」

イサムの頭に手を突っ込んで揉みくしゃにした。

「なんかの撮影ですか? その格好は。」

「わたし卒業生だし、まだ二十歳(はたち)だし。
 これなら全然目立たないでしょ?」

「元の素材が際立ってっから無理じゃね?」

「だなぁ。」

貴桜と亜光もハルカの無理な格好に苦言を(てい)する。

桃色の糸で格子柄に紺地の
プリーツスカートは短く、膝上までの
網タイツにはガーターベルトが覗き見え、
現役の生徒の格好にしては扇情(せんじょう)的とも思える。

「あら、こんにちは。イサムの友達?」

「クラスメイト。亜光百花と貴桜大介。」

「俺らはイサムくんの番犬ですよ。」

「ははは。それは頼もしい。」

貴桜に向けた言葉を亜光は自称し、へりくだった。

「はしたない格好を見せに、ここに来たんです?
 ハルカさん忙しいのに。」

「休みの合間を縫って駆けつけたのに、
 あぁ、綺麗です…、目がくらむほどお美しい、
 可憐な花のようで、愛おしい…。
 ぐらいのこと言えないの? 元役者でしょ?」

「絶句。」

「このー。」

ハルカはイサムの頭を捕まえて脇で締め付けた。

「イサム、服が欲しいって言ってたでしょ?」

「メッセしましたね。だいぶ前に…。
 2ヶ月ぐらい経ってませんか?」

多忙なハルカのことなので、
忘れていると思っていたイサムだった。

メッセージを送った当の本人も、
まったく外出せず体操着で過ごす為に
購買意欲はすでに失われていた。

「それで、マオちゃんって子は?」

「マオチャン…?」

海神宮(わたつみのみや)さんだろ。」

「イサムの部屋の隣だっていうじゃん。
 下の名前も知らないの?」

「あぁ…。そういう名前でしたっけ?
 それなら。」

イサムが目線を向けた先は、
黒色のセダンにメイド服の機械人形だった。

「え? 〈キュベレー〉なの?」

送迎用の車で待ち構える〈キュベレー〉は、
ハルカを見て深々とお辞儀をした。

イサムは妙な気配を感じて身震いした。

「どうしたの?」

振り向けば燃えるような赤い髪を
後頭部のやや高い位置にひとつに束ねて
ポニーテールヘアにした女子生徒がやって来た。

「あ! あなたがマオちゃん?」

「はい?」

校門で待つ〈キュベレー〉が
車のドアを開けて待つよりも先に、
海神宮(わたつみのみや)真央(まお)はハルカに呼び止められた。

「ね、そうでしょ。」

「ハルカさん、迷惑かけないでくださいよ。」

「えぇー迷惑かけてるのイサムの方でしょ?」

それはあくまでハルカの想像ではあったが、
事実の為にイサムは反論の余地がなかった。

「ほれみれ。」

「クラスメイトの海神宮(わたつみのみや)さん。
 こちら僕の、…姉のハルカさん。」

立ち止まったマオを気にかけ、
ハルカが紹介を求めるので
イサムは渋々と従うほかなかった。

「はじめまして。八種くんのお姉さん。
 ご活躍は存じ上げています。
 悠衣(ゆい)は芸名なんですね。」

マオは3年生との悶着(もんちゃく)の際に、
荒涼(こうりょう)(じゅん)に説明を受けたので知っていた。

ハルカは『悠衣(ゆい)』という名前で、
モデル業であちこちを飛び回っている。

イサムの保護者になってからは
転府(てんふ)聖礼(せいれい)市で活動することも多い。

聖礼(せいれい)ブーム』が起きたことで
元名府の出身だったハルカは珍しがられ、
名府でも引っ張りだこになっている。

また短身のイサムの姉とは思えないほど
背が高いので、多くの〈ニース〉が
憧れて〈3S〉でコピーをする。

役者やモデルは〈ニース〉ではない。

ハルカは名府出身ではあるが、
モデルとして〈3S〉を行っていない。

役者やモデルはほぼ必ずと言ってよいほど、
〈ニース〉ではない〈レガシー〉が条件とされる。

多くの人間は単純に天然物を好む。

〈ニース〉がこぞってコピーをするので、
その数によって〈レガシー〉は格付けされる。

多くの〈ニース〉から羨望(せんぼう)を受ける姉が、
なぜか高校の制服を着て目の前に立っている。

彼女の制服姿は、動物園に行った
ナノとゲルダが入れ知恵をしたに違いない。

イサムの中にあった姉の、
厳格な人物像が崩れ落ちたのを感じる。

「わたしのことはハルカって呼んでね。」

「わかりました。
 それでなにか御用でしょうか。」

イサムは姉に対して渋い顔をして見つめる。

満面の笑みを浮かべるこの姉に
居心地の悪さを感じたが、嫌な予感は的中した。

「これからわたしたちふたりと一緒に、
 デートに行かない?」
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