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文字数 3,139文字
話に聞いたヒヤシンス通りの公会堂は、三十分も歩けば見つかりました。
蓮が浮く池の前にある、石造りの建物で、出入り口を覆面の男たちが固めていました。
テスは公会堂の側面に回り込み、クェテのズボンから掏った覆面をかぶりました。
肩まで伸ばした後ろ髪はストールの中に押し込んで隠し、大気をまとい、壁を三角に蹴って公会堂の窓のひさしに飛び乗ります。
窓を割って鍵を開け、中に滑り込みました。
その部屋は埃っぽく、暗く、彫像や季節ものの装飾品が雑然としまわれていました。
内鍵を開けて外に出ると、そこにも不変の角度で西日が差しており、やはり埃っぽいことから、普段はあまり使われていないことがわかります。
階段から見下ろすと、覆面をした何人かの人々が、シャンデリアの下がるエントランスに集っていました。
石の手すりにもたれかかって何かを囁き交わしていた二人組が、テスの気配に気付いて階段を見上げました。
覆面をしたテスが堂堂と下りていくと、その態度から仲間だと思ったのでしょう。テスは誰にも呼び止められませんでした。
覆面の人々を追って、ある一室に入ると、そこは天井の高い、彩色されたガラス窓で彩られたレストランでした。
中央のテーブルに人々が神妙な面持ちで集まっています。
テスはその群れに加わって、椅子に座りました。
太陽のバッジを胸につけた男が入ってきて、場が静まりました。
もちろん、その男も覆面をしています。
彼は一番上座の椅子につきました。
これで空席は残り一つです。
大きなざわめきと興奮した吐息が、食事のないテーブルを温めます。
テスは交わされる言葉の内容よりも、声そのものに意識を集中しました。
男が多いが、女もいます。
子供の声まで聞こえます。
一人、思春期を迎える頃の女の子がいました。
左右に座るのは、彼女の両親なのでしょう。
差別主義者の両親を持つ、純粋培養の差別主義者……。
同志ネサルは海路で一人の言葉つかいを抹消している。
はじめ、その報復かと思われたが、どうやら違うらしい。
彼女が亡くなった死者の町の同志によれば、この町の支部から派遣されて現在調査に入っている協会員たちは、海路での件については別の言葉つかいが絡んでいると考えているようだな。
痕跡を残さずに一人の男を消そうとなると、言葉つかいの力を用いるか海に投げ込むしかない。
だがここにいるみんなが知っている通り、ネサルは女性だ
再びの沈黙。
それを破ったのは、ドアのノックでした。女性の党員が入ってきて、覆面で覆われた顔を代表者の耳に寄せました。
彼女が何かを囁くと、代表者は目に見えて動揺しました。
台本通りではない事態が起きたようです。
緊張した様子で小声でやりとりし、女性が出ていくと、しばらくじっとうなだれてから、テーブルを見回し、口を開きました。
代表者とテスの間には、十人ばかり人がいました。
その人々が特に慌てる様子もなく、次々覆面を脱いでいきます。
テスは動じることなく覆面を脱ぎました。
左隣の男も、続けて覆面を脱ぎます。
更に隣の男が覆面に手をかけたところで、代表者が声をあげました。
代表者はじっとテスを注視しています。
テスは変わらず堂々と答えました。
代表者はテスを見つめるのをやめ、書面に目を落としました。
色ガラスの窓から差す暗い光の中でも、男の指に力が入っているせいで書面に皺が寄っているのが見て取れます。
ニサです。
覆面をしていても、来ている服でわかります。
いよいよテスの心臓が早鐘を打ち始めました。
ニサは大判の封筒を代表者に渡し、空いている席に座ろうとしました。
が、もう一人の女性に耳打ちされ、驚いた身振りをしたものの、黙って一緒に出ていきました。
代表者は封筒から一枚の紙を取り出しました。
テスは幸運を願いました。
たとえばネサルの絵が下手で、彼女の作った人相書きがテス本人とは似ても似つかぬものであれ、というような。
代表者は目をしばたたきながら、五度ほどテスと人相書きを見比べて――
そして息を吸い込みました。
全員が浮足立つ中で、テスは椅子を後ろに倒して立ち上がり、高く飛び上がりました。
両腕で首と頭を庇い、大気を蹴ってガラス窓に肩から激突します。
こもったレストランの空気から、町の、沈鬱だけど流れのある、新鮮な空気へと飛び出していきました。