第39話 猫園②

文字数 1,061文字

 正語は温室の裏に回ってみた。

 裏にはどこに続くのか林道が伸びていた。
 林道の脇に高床式の小さな小屋が建っている。
 小屋の近くにはパラソルがさされたアウトドア用の椅子もあった。
 
 正語は小屋に向かった。
 小屋に扉はない。

「すみません」と正語は小屋を覗いた。

 たくさんの猫が寝ていた。
 猫たちは揃って頭を上げて、こっちを見てくる。

(コータが世話をしている猫たちか)

 正語は小屋の床下を見た。
 凍ったペットボトルがいくつも置いてある。
 置かれてからまだ時間が経っていないのか、氷はほとんど溶けていない。

(男を一人熱中症で死なせたくせに、猫の暑さ対策は怠らないようだな)

 正語が床下を調べていると、小屋から次々と猫が出てきて茂みに入って行った。茂みからこっちを窺っている。

(ごめんよ)

 正語は次にアウトドア用の椅子を調べた。
 椅子はしばらく使われていないようで、座面に砂が溜まっている。

(コータ君、岡本涼音は君の猫を見に来てくれなくなったのか?)

 とにかくコータに会わなければと正語は思った。
 どんな少年なのか自分の目で確かめる。
 鷲宮家に関する疑惑も、雅の話からの推測に過ぎない。
 何一つ裏が取れていないのだ。



 温室の向こうから、車が近づく音がした。
 正語は立ち上がり、音のする方に顔を向ける。
 車が停まり、ドアが開く音と共に声が聞こえた。

「コータ、いるの?」

 真理子の声だった。

「コータ?」

 と温室の陰から姿を見せた真理子は、正語を見て驚いた顔をした。

「九我さん!」

 真理子は正語に駆け寄ってきた。
 泣いていたのか、目が赤い。

「コータを探しているんです……あの子、みんなに迷惑をかけてしまって……」

 正語は真理子の左目しか見ていなかった——ほんのり赤く染まった青灰色の瞳。

「……コータ君が、何をしたんです」

「女子更衣室に忍び込んで、女の子のバックに、変なメモを入れたんです……」

「変なメモ?」

「……卑猥な言葉です……」と、真理子はうつむいた。

 その卑猥な言葉とはなんだと女性に問うには、正語は紳士的でありすぎた。

「私も一緒にコータ君を探します」

 正語が言うと、真理子は嬉しそうに顔を上げた。

「お願いします」

 真理子の安心しきった顔を見て、正語はまた気持ちが沈んできた。

(……あいつもこんな風に、俺を頼ってきてくれればいいのに)

 なぜ秀一は兄が死んだ日にみずほにいた事を黙っているのか、何か言えない事情でもあるのか。

 話してくれれば、どんなことでもしてやるのに……。

 ただ、自分が兄を殺したなどという告白だけは勘弁だが——。
 
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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