第1話

文字数 1,927文字




 山形県庄内地方には、古くから語り継がれてきた伝説が、今も細々とではあるものの、生きている。

 それは、千年以上の永きに渡り、生まれ変わる度に必ず出逢い、添い遂げてきた男女が揃った時にのみ、見付けられるという、縁起の良い葡萄の粒の話である。

 たわわに実った葡萄の粒の中に、各々が一粒ずつ、金色の粒と銀色の粒を見出すと言う。

 そして、それを分け合って、喉を潤せば、その男女のカップルの子々孫々まで、幸せに豊かに繁栄していくことが、約束されると言う。

 しかし、これは樹齢三千年以上を誇るブナの巨木に住まう精霊から聞いた話だが、千年以上の壮大な時間を掛けてまで、同じ相手と愛を育み続ける男女のカップルなど、極めて稀なケースであるとのことだった。

 実際、その精霊の知る限り、ここ二百三十年ほどは、そんな男女のカップルを見掛けたことは、皆無だと言う。

 けれども、運試しではないものの、我々こそは、生まれ変わる度に契りを交わしてきた組み合わせであるという証を、一目見たいと願うのが、人情というもの。

 ほら、今宵も、蒼白い月明かりが照らす中、秋の夜を彩る鈴虫達の合唱に誘われたかのように、収穫間近の葡萄畑に忍び込む人影が、一つ、二つ…‥。

 その寄り添い合う二つの人影は、広大な葡萄畑の端から端まで探し歩くと、互いに顔を見合わせ、首を横に振った。

 それでも、その一回目の探索で見落とした可能性を拾うため、再度、葡萄畑の端から端まで、探し歩く。

 そして再び顔を見合わせ、首を横に振る。

 それでも更に、二回目の探索で、死角に入っていた方向を拾うため、再度、葡萄畑の端から端まで、念入りに探し歩いた。

 それから再び顔を見合わせると、疲れた様子を滲ませて、首を横に振るのだった。

 とうとう男が溜め息混じりに、こう切り出した。

 「今日のところは、これで引き揚げよう。今度は、東の葡萄畑に行ってみようか」

 その時、近くで、下草を踏みしだく足音が聞こえた。

 自分達以外の何者かの気配を敏感に察知した女が、身を固くすると、素早く男の背後に隠れた。

 男は、女を庇うようにしながら、葡萄畑の入口の暗闇に目を凝らした。

 すると、そこに現れたのは、自分達と似たような年格好をした、男女のカップルの人影だった。

 そのカップルの女の側が、屈託のない様子で声を掛けてきた。

 「驚かせちゃったらごめんなさい。

 もしかして、あなた達も、伝説の葡萄を探しに来た口かしら」

 男は苦笑を交えつつ、決まり悪そうに答えた。

 「ああ、まあ、そんなところだ。

 それじゃあ、そちらさんも?」

 「ええ、まあ、そんなところよ。

 でも、今夜はもう遅いから、諦めて帰るところだったの。

 それで、伝説の葡萄は見付けられた?」

 「いいや。こっちも、同じようなものさ。

 もう帰ろうと思ってたところだ」

 「そう。お互い、残念だったわね。

 車は、この近くに駐めてある?」

 男がその質問に答えようとした時、背後に隠れていた女が、いきなり小さく声を上げた。

 「どうした?」

 「見付けたの…‥!

 ほら、ここに、金色の粒と銀色の粒が、ほんのりと光って見えてるわ。

 ねえ、見えるでしょう?」

 そう畳み掛けられて、男はたじろいだ。

 そうして、女の視線が釘付けになっている辺りに目を凝らすと、不審げに眉根を寄せた。

 「何でだ? 俺には見付けられないぞ…‥」

 すると、葡萄畑の入口にいたカップルの男の側が、夢遊病者のように、ふらふらと近寄ってきた。

 「僕も見付けた…‥!

 さっきまで、散々探したのに見付からなかったから、もっと分かりにくい所に隠れてるんだと思ってた。

 それなのに、どうして今になって、こんなにあっさりと見付けられたんだろう?」

 そこで、伝説の葡萄の粒を見付けた男と女は、打たれたようにハッとなって、互いに顔を見合わせた。

 それから、どちらからともなく手を取り合うと、潤んだ瞳でひたと見詰め合った。

 それは、生まれ変わる度に寄り添ってきた相手と、今世でも無事に再会を果たした瞬間だった。

 その一方で、残念ながら選から漏れた男と女は、悠久の恋人達の再会の邪魔にならぬよう、その場からそっと遠去かっていった。


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 ・・・ 金の粒、銀の粒〈第2話〉へと続く ・・・

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