第2話 チンピラとのけんか

エピソード文字数 1,343文字

「な、なんてことを……」
 ご隠居が部屋の中に駆けこもうとする。チンピラたちが、それを羽交い締めにして食い止める。八っつあんが引き剥がそうとする。ヨネがよろめきながら、長屋へ走って行くが、チンピラが通せんぼする。トメは、まあまあ、喧嘩なんてやめなさいという尼さんみたいな顔だ。
 八っつあんは、その場に倒れそうだった。チンピラの襟を引きちぎる。五郎がヨネの着物の袖をビリビリに裂いている。太陽が輝き続ける。春の風がやわらかい香りを運ぶ。五郎は、八っつあんを殴りつけた。ごきっ。あごに拳骨が直撃し、八っつあんは目に火花が飛び散った。一歩しりぞく八っつあん。五郎は、得意そうになった。

「なろぉ!」
 八っつあんは、五郎のその顔を見て、頭に来た。ツバを吐いて捨てると、そのまま五郎に体当たり。五郎はうぐっと身体をくの字に曲げた。が、その程度でへこたれる五郎ではない。八っつあんの胸ぐらをむんずとつかむと、投げ飛ばした。
「五郎さん、やりやしたぜ。これでオレたちは権三さんの正式な手下だ!」
 チンピラが、五郎に向かって報告に走る。八っつあんとご隠居は、チンピラどもを放り出して長屋の中へ飛び込んだ。

 いちめんの陶器のかけらと残骸。掛け軸もビリビリ裂けている。五つあった陶器の壺は、見る影もなくなっている。掛け軸などは、ゴミ同然だ。
「ワシの全財産だぞ! 貴重な骨董品だ!」
 砕けた陶器をつまみ上げ、ご隠居がわめく。
「ああ、明の時代の逸品が! 元禄時代の掛け軸もめちゃくちゃに! これがいくらしたと思ってるんだ!」

 ご隠居は、尻に火がついたように、ものすごい勢いで拳をふりあげて五郎に飛びかかった。が、その拳をはっしと受け止め、五郎はカカカと笑うばかりだ。
「ひどいわ三太。きっとわたしが悪いのね。きちんと家事をしていないせいね」
 トメが悲痛な声をあげて泣き崩れる。ヨネは、痛ましげに顔を背けた。
 八っつあんは、口を開き、その言葉になにかを付け加えようとしたが、寸前でやめた。ひとつの声が、遮ったからだ。

「トメさん、あなたのせいじゃない。権三が悪いのだよ。この五郎は手先に過ぎない」
 その声に振り返ると、長屋の中から浪人姿の男がいた。と言っても、頭は散切りでひどいありさまだったのだが。
「小鳥遊さま」
 ご隠居は、ホッとして言った。
「なんとかしてくださいませ!」
 小鳥遊三左衛門は、沈黙している。完全に無表情であった。
「ムリムリ」

 五郎は、ニタニタ笑っている。
「その刀は竹光なんだろ。いまは明治だぜ、武士の時代は終わったのさ!」
「なんだとぉ!」
 八っつあんは、きりりと眉をつりあげ、腕をまくった。細い筋肉が痛々しい。
「いい加減に目を覚ませよ。古いものにしがみついて、みじめに朽ち果てるつもりかよ?」
 五郎は言い捨てると、踊るように手足を振って、その場を立ち去ってしまった。
 一気に、脱力感が一同に行き渡った。再び、重いため息が漏れる。もはや、なにもやる気にはなれそうになかった。

「片付けましょ」
 ヨネは、気力を振り絞るようにして言った。
「あんなヤツラに、負けてたまるものですか」
 そう言いつつも、疲れのあまり、目に隈が出来ていた。
 
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