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文字数 859文字

並び立つ二つの鐘楼。

その片側にイグネフェルとミクリラ。

もう片方に、助祭の祭服を纏う太った男が立ち、イグネフェルたちがいるほうへと身を乗り出していた。

イグネフェルは翼に触れる。
持ち上げたわけではない。しかし、翼は自然と浮き上がった。

まず左、次に右、自ら持ち主を認識し、肩胛骨の辺りに翼の付け根の位置を収めた。

それは、まったく体に触れていないにも関わらず、思うままに羽ばたかせることができた。

金属の翼は羽ばたきの音を立てない。
ただ、足が鐘楼の床を離れて高度を増す。

頭が鐘につきそうになる。

反対側の鐘楼に立つ助祭はというと、眼前の光景に腰を抜かしそうになりながら、鐘をつくための縄にほとんど縋り付いていた。

鐘を鳴らさせないで!
ミクリラの言葉には、体が自然に反応した。
右手の中指が、ちょうどその位置の羽根に刻まれた『短剣』の紋様を撫でた。


指先で形を認識する。


大きく腕を払って、その指を向かいの鐘楼に向けた。

白い軌跡。
『短剣』が顕現する。
白刃が、助祭が握りしめ、寄りかかるロープを切り裂いた。
もういい、逃げよう!
うん。
助祭は尻餅をついたらしく、鐘楼の低い壁に隠れて姿が見えない。

イグネフェルの足下(あしもと)では、ミクリラが両手を伸ばしていた。

その手を取る。
そして鐘楼を飛び出し、日の沈むほう、雲の向こうに一際目立つ大きな朱色の光点へと、翼をはためかせた。
翼は強靭で、ミクリラの重さを感じさせないほどだった。
助祭の喚き声が追ってきたが、すぐに聞こえなくなった。
腕にぶら下げたミクリラを抱き上げ、胸に抱え直す。

イグネフェルは目に移る世界を観察した。

頭上に雲、そしてさまざまな色彩で万物を描きこんだ、大地を覆う巨大な器の紋様。
眼下には、町、畑、街道、森。

水没した森、水没した街道。

水没した畑、水没した町。

高台には、何かの慈悲のように残された……あるいは無慈悲に余生を引き伸ばされた病人のように、イグネフェルの父が待つ家、そして林を隔てて村が、迫る夜の気配に息をひそめていた。
明かりが灯らない家へと、イグネフェルは高度を下げていった。
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登場人物紹介

イグネフェル

本作主人公の紋様兵器。魔女を討伐するべく旅に出る。

涙を流す機能がない。

ヴィオレンタ

本作のヒロイン。

セレナル

『世界の涙の魔女』。

30年前の器継承戦争によって魔女の地位を継いだ。

ミクリラ

30年前に名を上げた英雄オーレリアの孫娘。

ナーシュ

イグネフェルの創り主。

30年前の器継承戦争で息子イグネフェルを失い、自身は顔面を奪われた。

ヴィゼリー

西の浮遊要塞の司令官。生ける紋様兵器。

リーセリー

ヴィゼリーが連れている紋様兵器。

オーレリア

30年前の器継承戦争の英雄。ミクリラの祖父。

アグア

東の浮遊要塞の司令官。

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