1・教会の地下室

文字数 1,403文字

1・教会の地下室
ある夏の日、僕は大きな欄干を備えた橋の下を流れる広瀬川を眺める。川面に強い陽射しがさしこみ反射したまぶしい紫外線を含んだ光の輝きに一瞬まぶたを閉じる。ふたたび目を開けると黄金色のさざ波がゆらめききながら、ゆっくりとした速度で川下に向かって流れる。川岸に沿った道を歩くと、ほどなくしてリードオルガンの音色がかすかに響いてくる。バッハの曲だ。
仙台の広瀬川の河畔にある森の都教会の礼拝堂には地下室がある。教会が建てられる前には米蔵があり、米蔵自体が堅牢にできていたため、地下室を土台にして教会堂が建てられた。
教会には牧師の他に長老会というのがある。長老というのはなじみが薄いが、会社の組織でいえば、牧師が社長で長老が取締役のようなもので、長老会とは取締役会のようなものだ。
教会の組織と会社の組織は基本的に違うが、わかりやすくいうとそういうものだ。
長老の一人が、教会の備品を整理しているとき、「教会堂の地下室の備品はからくり箱があるという記録が残っています。この50年の間、からくり箱の中身について確認をしていないので、念のため清掃方々整理してみてはどうか?」と長老会での意見があったという。
かつて、教会員が50年前に整理し「何もないことを確認したうえで、鍵をかけており、何もないはずだよ。」という見方もある。だが、新しい教会堂の建設計画もあがっていることから、水漏れなどのチェックをした方がよいのではないかという意見もあり、教会員の中の若者達が地下室の清掃方々地下室探査に出向くことになった。
僕は昨年のクリスマスの日に受洗しこの教会の会員になった。他にも何人かの大学生の若者はいるが、みな帰省して今残っているのは東京神学大学大学院に在学中の神学生・佐藤ヒロシさんと僕・菊地イチローの2人だけだ。
僕はこの教会の隣りにある東北学院の4年生で昨年のクリスマスに洗礼を受けた。教会員としてはまだ新米だ。

教会員の中には「コウモリの巣窟になっているかもしれないね」とからかう人もいた。
この50年の間、教会員の誰もが立ち入ったことがないので、開かずの地下室と呼ばれていた。
教会の古い記録には、地下室には木製の「からくり箱」があり、かつて教会員のみんなで「からくり箱」を開けようとしたが、どうしても開けることができなかったのでそのままになっていたという。
たいした物は入っていないだろうし、あるいは何も入っていない空箱なのであえて時間と労力をかけてまで開ける必要がないという判断があったのかもしれません。
50年前の鍵屋さんにも出向いてもらったが、金属製の鍵が専門で昔の木製の「からくり箱」は京都や奈良の木工職人でないと開けることができないのではないかと言われたという記録が残っている。教会の地下室に金目の物があるわけでもないので、京都や奈良の木工職人を仙台まで呼んで開けてもらうほどではないということでそのまま置いていたらしい。
 森の都教会は、東北でも大きな教会であり、毎年東京神学大学から神学生が研修の一環としてやってくる。だいたい、大学の夏休み期間中で、教会で説教の奉仕をする。
だから、ヒロシさんにとっては、夏休みどころではなく過酷の研修期間ということになる。
 一ケ月の間、牧師に代わってヒロシさんは説教を担当する。すでに2回、2週の説教を終えている。あと2回の説教がある。
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登場人物紹介

僕・大学4年生・菊地イチロー






佐藤ヒロシ・東京神学大学大学院生

菊地小百合・僕の姉

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