第17話 ゲストハウスのウエブサイト作り

文字数 3,518文字

《トモダチ》に遊びに行くと、受付にはアラティの姿が。
「昨日はありがとう。すごく楽しかった」
「はい、私も楽しかったです」アラティが笑顔で応じる。

 郊外の遊園地に連れていってもらった。アラティの日本語学校のクラスメイト3人とも一緒だ。

 遊園地には、コーヒー・カップや湖に浮かぶスワン・ボートなどのアトラクションがある。オーソドックスなコンテンツではあるものの、だからこその良さも感じられた。好きな人とのデートとか、気持ちが盛り上がりそうだ。

 日本の遊園地と違うところは、アトラクションの運転時間が長いこと。

 コーヒー・カップに乗っても、日本の3倍ぐらいの時間は回る。サービス精神だろうか。「もういいです、勘弁してください」と言いたくなるほど長い。

 他にも、びっくりしたことがある。
 園内を象が歩いている。

 象使いを乗せた象が、のっしのっし、と。踏み潰されそうで、ちょっと怖い。料金を支払えば、背中に乗って園内を散歩できるらしい。

 アラティと遊園地の思い出話で盛り上がっているところに、ゴヴィンダさんが顔を見せた。チェスで対戦を申し込む。
 チェス盤に駒を並べていると、今度はオーナーがやってきた。

「宏美さん、いいところに。ちょっと付き合ってくれる?」

 チェスの対戦は、お預けだ。

 オーナーに率いられ、近所の雑居ビルに入った。パソコンが並ぶオフィスだった。

「ゲストハウスのサイト内に、日本語のページを作った」自慢げな口調。声が弾んでいる。
 見せてもらった。日の丸のアイコンをクリックし、日本語ページにジャンプ。

『カトマンズのThamel地区と都心に位置しています、トモダチゲスト家は近くのレストランと店に便利です』

 日本語表現が、ちょっと変。〈ゲストハウス〉を〈ゲスト家〉て。機械翻訳とバレバレだ。

「おかしな日本語だと、ゲストハウス自体も怪しいと思われますよ」

 私の言葉を受け、オーナーは社員と口論を始めた。このオフィスは、ウエブ制作会社だったようだ。口論といっても、激しい言葉の遣り取りはない。オーナーは、あまり強く出られない性格だ。クレームを言う時も薄笑いである。ネパール語はわからないが、口論の内容は察せられる。注文時の契約では「意味が通じる日本語だったら、多少は不自然でも構わない」との取り決めだった。社員は「お宅が『多少はOK』って言ったんでしょうが。作り直しはできませんよ」と息巻いている様子。

 口論から離れて、オーナーが戻ってた。目が悲し気だ。

 一肌脱ぎますか。

 日本語訳の修正を買って出た。まず、日本語ページの画面をプリントアウトしてもらう。自宅に帰り、レインボーマンのフィギュアの並ぶ机に着いた。

 運動の苦手な私には、レインボーマンみたいに死ね死ね団と戦う能力はない。が、〈ちょっと変な日本語〉ぐらいなら正せる。微力ながら、これも世直しだ。

 ときどき、〈ちょっと〉ではなく〈すごく〉変な箇所にも遭遇する。ボタンの上に書かれた〈連結〉の意味がわからず、鉛筆を持つ手が止まる。しばらく考えて、やっと理解できた。答えは、〈リンク〉だ。

 レポート用紙に清書した。手書きの清書とサイト画面の両方に番号を打ち、どの文章がサイト上のどの箇所に対応しているか、わかるように工夫した。

 ネット・カフェで日本語訳をタイプする。タイプしたテキストを、メールに添付し、オーナーに送信した。

《トモダチ》に寄り、手書きした用紙を渡す。テキスト・データはメールで送ってあると伝えた。あとはテキストをコピペして、番号を頼りに該当箇所に当て込めていけばOKだ。
 やれやれ、これで一件落着。

 数日後、再び《トモダチ》を訪ねた。ロビーのソファには、見慣れぬ顔が。60歳前後の日本人男性だ。チェックのブラウスにキャメル色のパンツを合わせている。地味な服装の中で、紫色のレンズの丸眼鏡だけが、浮世離れした雰囲気を醸し出す。

 退屈だから、なんとなくネパールに来ているのだ、とか。親の遺産があるので、若い頃から一度も働いたことがないそうだ。資産家である。ヨーロッパの貴族の多くは、不労所得で暮らしている。日本にも貴族みたいな人が存在するのだ。

 資産家と話し込んでいると、オーナーがやってきた。

「サイトは直りましたか?」
 私が尋ねると、オーナーの目が泳ぐ。
「実は、宏美さんから受け取ったメールが文字化けしていて。今、手書きの紙を見ながら、秋吉さんがタイプしてくれてる」

 秋吉さんもまた、《トモダチ》の宿泊客だ。日本で工業部品のルート営業をしていたが、退職してアジアを放浪中である。

 何も秋吉さんにタイプし直してもらわなくても、文字化けは直るのに。コンピュータのエンコーディング設定をちょちょちょっと弄ればいいのだ。

 秋吉さんが作業中のインターネット・カフェに、様子を見に行った。暇を持て余した資産家も()いてくる。

 コンピュータの前で背中を丸め、秋吉さんがタイプしていた。人差し指で、1つずつキーを打つ。まだ半分の仕上がりだ。

「いつからタイプ作業を?」私が問うと、「2時間」との答えが。

 オーナーの顔が思い浮かぶ。文字化けを確認後、私に報告してくれたら良かったのに。すぐに直せるし、秋吉さんだって、2時間もの作業に骨を折る必要はなかった。遠慮しないで、頼るなら、とことん頼ってほしかった。

 ネパール人は、概して、他人(ひと)に頼る行為に躊躇(ちゅうちょ)がない。助け合って当然、と思っている(ふし)がある。負担に感じるときもあるので、匙加減(さじかげん)は難しい。が、オーナーは遠慮し過ぎだ。

 今更、文字化けが直るとは言い出せない。頑張っている秋吉さんに、(こく)な宣告だ。
「交代しますよ。残りは私が」横から手を出して、マウスに触れる。うっかり、ブラウザの「戻る」ボタンをクリックした。メール編集画面に打っていた文字が、真っ白に。現在の最新のメーラーみたいな、自動保存機能は付いていない。

「何分か置きに、保存しながら作業していましたよね? ねっ?」

 焦る私に、秋吉さんの非情な回答が聞こえる。「いや、まったく」

「……ごっめーん!」

 人の善い秋吉さんは、「いいよ。(わざ)とではないんだし」と笑う。言葉とは裏腹に、顔色が悪い。

 オーナーが様子を見にきた。「どう?」

 もう、あかん。非常手段を使うしかない。オーナーに頼み、メール・ボックスにログインしてもらう。文字化けした私のメールを開き、ブラウザの「設定」ボタンから、エンコーディングを変更する。文字化けが瞬時に直った。居合わせている三人の口から、「おおおお」と、感動の声が漏れる。

 解決したとはいえ、2時間も苦労させた秋吉さんには申し訳ない。

 帰りに、オーナーにコーヒーを(おご)ってもらった。日本人が経営する喫茶店だ。ネパール人の生活にはコーヒーが普及しておらず、高級品である。秋吉さんと私に加えて、何もしていない資産家も、ちゃっかり奢ってもらう。こうやって得をしながら、私服を肥やしていく人生だ。



 コーヒーのあとは皆と別れ、買い物に出掛けた。自宅のストックの紅茶を切らしている。

 行きつけの紅茶屋に行くと、若い店主が笑顔で迎えてくれた。紅茶を振る舞ってくれる。一緒に紅茶を飲みながら雑談をしていると、外が騒がしくなってきた。大勢の軍人が忙しく動き回り、人々を建物の中に押し込む。

「また、外出禁止令の発動?」

 私の問いに、店主は「違うよ」と。

「王様を乗せた車が通るんだよ。スワヤンブナートにお参りにいく」
 スワヤンブナートは、ボーダナートと並ぶ巨大な仏塔だ。

 ネパール全土を巻き込んだ紛争。その渦中の人物が目の前を通るなんて。興奮と緊張で身体が強張(こわば)る。

 表通りから、市民の姿が消えた。閑散とした通りを、野良犬が駆け抜けていく。通りの両側に、約1メートル間隔で軍人が立ち、目を光らせる。

 数台の黒光りする車が列をなして、ゆっくりと走ってきた。厚い防弾ガラスの向こうに、玉葱のように髪を結った妃と、トピ(ネパール特有の、(つば)なし帽子)を被った王の姿が。

 店主と私は店先に立ち、過ぎ去る王の姿を見送った。王を見る店主の横顔を観察する。怒りや反発は読み取れなかった。かといって、一国のリーダーを目にした恍惚(こうこつ)も窺えない。

 感想を訊いてみたいが、できない。王についての言及はタブーだ。

 この国では、何が善で何が悪か、判別が難しい。《死ね死ね団》みたいに、わかりやすければいいのに。

 王たちを乗せた車が見えなくなると、私たちは店の奥に引っ込んだ。商品棚から、ティー・バッグを選ぶ。財布から紙幣を取り出した。

 お金には、人々を支配する力がある。権力を象徴する紙幣の上で、王の肖像画が、こちらを見ていた。
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登場人物紹介

リカルド

クラスメイト

メキシコ人

40代半ば(当時)

神話やインドの文学に興味があり、『ラーマーヤナ』(インドの代表的な文学作品。ラーマ王子の英雄譚)を原文で読みたい

きっちりした性格

ダニエル

クラスメイト

イスラエル人

30代半ば(当時)

アメリカでカメラマンをしていた際、ヨーガを学び始める。精神世界・瞑想に興味ありいずれはサンスクリットでヨーガ・スートラ(ヨーガの経典)を読みたい

大の甘党。ディスコでの夜遊びがやめられない

篠田さん

クラスメイト

日本人

65歳(当時)

ヨーガ、瞑想の(自称)エキスパート。日本の某私立大学の英語講師を25年に亘り勤め上げた。サンスクリットを学んで教本を出版したい

本人曰く、動物をも感動させる歌声を有し、森で鹿を泣かせたことがあるらしい

ディーパ

教師

ネパール人

25歳(当時)

幼少の頃から英才教育を受け、サンスクリットをマスターした才女

3児の母でもある

宏美(私)

日本人

27代半ば(当時)

大学1年生の時にインド旅行で衝撃を受け、インドの虜に

基本的にボーっとしてる

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