第17話 2020年お正月    A Happy New Year 2020 !

文字数 4,231文字

 年が明けた。今年は東京2020オリンピックの年だ。ボランティアに応募したが、落選だった。大学生活もすでに9か月を経過している。
 正月は実家で過ごす事にした。寮の食事も休みになるからである。寮生の多くはそれぞれの実家へと帰って行った。私も、一人だけ寮にいてもなんとなくつまらないので、実家である。  

父は毎年、前年の10大ニュースと家族の目標達成状況、今年の目標という三種類の表を作って家族と共有する。元旦の恒例行事だ。
私の2019年の目標達成に関して言うと、大学生活をエンジョイする事に関する目標は〇、英語の上達に関する目標は△、部屋の片づけなどごくごく基本的な生活習慣についてはXと判定された。判定するのは父である。ネゴは受け付けてくれる。
 2020年の目標をどうするかについては、改めてよく考えた上で、次の項目を申請した。

① 学校の成績と英語試験(GPAxx点以上、TOEFLxx点以上) (点数は内緒です)
② アルバイト先でリーダー職に就く
③ 毎日5分は片付ける。生活習慣を正す
④ Comfort Zoneを抜け出しStretch Zoneで生きる
  
 うん、我ながら素晴らしい目標ではないか。Stretch Zoneだ! ①の点数については母からのプレッシャーで少々目標をいじったが、④については誰からも意見は出ずに承認された。承認するのは一応全員である。
 家族全員の目標というのもあって、毎年1番目の項目は「家族全員無病息災」である。今のところ、ほぼ毎年この目標は達成されている。

 今年の初詣では久しぶりに川沿いの土手を歩いて行こうという話になり、小一時間かけて不動尊を本尊として祀るお寺へ行った。元旦の午前中であったが、長い長い参拝待ちの列ができており、山門を横目に列の後方を目指し、最寄りの駅近くまで行ってようやく最後尾に並んだ。小春日和の元旦であった。暖冬である。
 暖冬のせいで雪が降らない。山間部もあまり降らないらしく、スキー場も商売あがったりらしい。例年だと、父の車が出動してスキーに出かけたりするのだが、この年は家で大人しくしている時間が長かった。家にいると自然とテレビを見る時間も増える。年末の番組では2019年の世界情勢について様々な解説をしていた。

「おとう、テレビで解説者も言ってたけど、今年も相変わらず自国優先主義を恥ずかしげもなく標榜する政治家が多かったね」
「ああ、恥ずかしげもなくな。由理奈も恥ずかしげもなくって思うか?」
「うん、だってこのままだと世界が悪い方向に行っちゃうよ。まるで第三次世界大戦の危機だよ」
「ま、最悪のケースだけどな」
「それに2020年はアメリカの大統領選挙でしょ?」
「そうそう」
「このまま自国優先主義の大統領が続いたらよくないんじゃない?」
「お父さんもそれは心配なんだよな」
「でも、対立候補が固まっていないみたいだね」
「その通りだ」
「それにしても、どうしてそこまで自国優先で地球の将来はどうでもいいみたいな話になっちゃうのかなあ? 国を代表する政治家なんだから一般人よりも考える事のレベルが高いんじゃないの?」
「お父さんもそう思うよ。かつての政治家の方が崇高な理念を持っていたように感じてしまうなあ」
「まあ、投票する民衆が世界の未来と平和を考えていないような気もするんだけど」
「そうだな。アメリカの大統領選挙結果はまさにその表れだ。現大統領が巧みに弱い民衆を洗脳してきている感じがしてならないな。人は弱いんだよ、一般的には。自分の不利益を短期間で解決したがる。長期的に見て全体の利益になるかどうかを考えられないのかと思うけれど、難しいんだろうなあ」
「それぞれの経済状況も影響するよね」
「ああ、こんな事言えるのもウチがまあまあ経済的に困っていないからだろうとは思うけど」
「私は最近は結構経済的に大変だよ」
「ああ、若いうちはどんどん困ってくれ(笑)。困った事のない人には分からない事がいっぱいあるからな」

 私は父から相当多額の援助を受けているが、それでも足りないくらいにかなり多額のお小遣いを必要とする。ひどい無駄遣いをしている訳はないのだが、色々なつきあいや合宿とか旅行とかがあって、気が付くとお金が足りなくなっている。それなりにバイトもしているのだが、
追いつかない。そもそも父は、大学時代に楽しめる事はどんどん楽しめ、旅行にも行け、見聞が広がる、人生において時間とお金と若さが全てある時期はないから、大学のうちに借金をしてでも色々なところを見て回って見聞を広げておけ、と言っている。だから、時々、お願いして海外へも行かせてもらっているのだ。
 まあ、人から見ればいい身分だと思われるかも知れないが、大学生活をエンジョイしながら何とかやり繰りしているという事になる。
 
おっと話がそれた。大統領選の話だった。
「ねえ、おとう、昔の政治家ってどうだったの?もう少し違ってた?」
「ああ、全然違ってた感じがするなあ。もっと大人だったかも知れない」
「今の政治家は子どもだって事?」
「まあ、子どもじゃないんだけど、考えてる事は子どもっぽいって言ってもいいように思うね」
「どうしてそうなっちゃったの?」
「あんまり一概には言えないけれど。世界的にみて政治が幼稚化しているように感じるなあ」
「幼稚化かあ」
「子どもの頃って、威勢を張って強そうに見せる男の子とかいなかったか?」
「どうだっけ・・・」
「君たちの子ども時代はそういう争いが少なくなっていたかも知れないけれど、お父さんが子どもの頃なんか、ジャイアンみたいな奴が一番威張っててさあ、でかくて力があるか、それが無理なら賢くてジャイアン相手でも頭脳戦で勝てるような子か、どっちかが覇権を握るような子ども同士の世界があったんだよ」
「昭和の感じがする(笑)」
「まさに昭和だな」
「のび太はどうなの?」
「彼は基本的に弱虫だから、普通ならジャイアンの軍門に下るしかなかったかも知れないけど、ドラえもんという究極の戦力を手にしていたから特殊なポジションに立つことができたってわけだな」
「なるほどね。じゃあ、今の世界の政治家たちもジャイアンとかと一緒なの?」
「そのものじゃないけど、近いよね。本来、政治家は幼稚な権力争いをするのではなく、知恵を働かせてお互いが幸せになる道を考えるべきだから、尊敬に値する立派な大人がその役割を担うのだと思うんだけどね。多分、様々な不安が高じて考えが幼児化してしまうのだと思うんだ」
「子どもになっちゃうんだ」
「そう、退行欲求という感情が時に弱い大人を支配するんだと思うよ。人間は一般的には成長欲求があるんだけど、成長のためにはある程度の負荷を背負わなくちゃならない。厳しい道のりだ。でも、成長という成果を手に入れる事ができた時は人間として非常に幸せだ。反対に、これは大変だと感じた場合、弱い人間は逃げたくなるかもしれない。 それが退行欲求で、子どもっぽく、その場限りの満足を求めるようになる。先の事など考えずにだ」
「じゃ、先の事を考えずに自国優先だと言っているのは退行欲求の現れって事?」
「多分、そういう事だと思うよ。大人として恥ずかしい話だけれどね」
「そうか、おとう、分かったよ。パリ協定離脱とか言ってるのは先の事を考えられない子どもっぽい発想だから、幼児化つまり退行欲求の現れだ。そうでしょ?」
「うん、まあ、そういう事だろうな」
「だから、おとうはアメリカの政策に賛成できないって言ってるんだね」
「そういう事だ。パリ協定離脱の理由は経済の減速が怖い、支持率が下がるのが怖いって事だよ。先々地球がどうなったっていいと思ってるとしか思えないよ」
「それは酷いよね」
「週休4日が地球を救う!というような考えをアメリカの人達にも分かってもらいたいなあ」

父は、アメリカの事になるととても力が入るようだ。若い頃、数年間西海岸に住んでいたからだろう。

「じゃあさあ、イギリスのEU離脱問題は?」
「ああ、これもほぼ同じ構造だろうな。急速に難民の受け入れ問題などがおこって、不安になった英国の大人たちに退行欲求が起こったって事のように思うよ。異なる者への恐怖などの感情から子どもにありがちな排除の発想が英国民の心を支配したのだろうね。そして本来崇高な思想のもとに生まれたEUの連帯を捨てて、とりあえずの安心を手に入れようとした」
「そもそもイギリスってEUの始めから加盟国だったんじゃなかったっけ?」
「いや、そこは微妙に違うんだけど、それでも早い段階で1973年にEUに入ったんだ。EUの歴史的意義は大きかったんだよ。何度も戦争を繰り返してしまったヨーロッパの国々が連帯する事で恒久的な平和を担保しようとしてEUが生まれた訳だからね」
「その意義は大きいよね、おとう」
「全くだ。主要国である仏独伊に加えて英国が加わったんだから、その段階でヨーロッパの連帯はできたようなものだったんだよ。その後さまざまな国が加盟して、最終的にはほぼ全部の国がEUに参加したのになあ。西欧の主要国で参加していないのはスイスとノルウェーだけだったんだよ」
「おとう、良く知ってるねえ。世界史選択だったの?」
「ああ、随分前の受験の時は世界史をやったけど、それよりもドイツにも赴任していたからなあ」
「あ、そっか」
「ヨーロッパの事にはとても関心があるんだよ」
「アメリカにも住んでたんでしょ?」
「そうそう、ドイツに行く前はアメリカのカリフォルニアに6年間も赴任していたから、アメリカの事も気になるなあ。あの頃のアメリカと今のアメリカを比べると、随分変わってしまった感じがするよ」
「前の方が良かった?」
「ああ、率直に言えばそうだ。誰でも100%正しい訳じゃないけど、以前の政治家の方が正しい価値観に基づいてアメリカをリードしていたように思うよ」
「正しい、って人それぞれの解釈で微妙に違うから難しいところもあるでしょ?」
「そうなんだ。誰もが少しずつ違うからなあ」
「でも、おとうの言ってる事は大体分かるよ」
「そうか、それは素晴らしい。由理奈も大人になってきたなあ」
「まあね(笑)」

なんとなく、そこで会話が途切れ、父は2階の自室兼本社へ戻っていった。まだ18歳の私であるが、少しは大人になってきたような気がした。来月ようやく19歳だ。

その日、日本でも初めてのCovid‐19ウィルス感染者が確認されたというニュースが流れた。
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登場人物紹介

名前:由理奈(ゆりな)

誕生:2001年2月25日 東京生まれ 

2020年のステータス:大学生

趣味:キーパーを抜いてシュート

おとう(由理奈の父)

1957年 地方都市生まれ

海外在住歴10年(アメリカ6年、ドイツ4年)

現在は一人会社の社長

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