煙ズム

最終話 Prison Ultra Haze

エピソードの総文字数=9,427文字

 「420番! 手紙と差し入れの本だ、名前を確認しろ! 間違いがなければここと、ここと、ここと、ここに、指印を押せ! 」

 「はい……」
 「間違いないな! 」
 「はい、大丈夫です」

 卍から手紙と本が D G 経由で差し入れされる。本は Bob Marley の歌集で、検閲をすり抜けた魂のバイブルだった。
 手紙には D G いわく、一生下半身不随(かはんしんふずい)といわれていた麻痺した足で卍は渚に立つ、今では裸足で白波を踏みしめ、タバコのケムリを大量に吐き出し、波打ち際を全力疾走で駆け抜けていている。山の切り立った(がけ)何度ももクライミングして足腰を鍛え、今では以前よりも遥かに心と身体の強さが増す。完全に、超感覚的に、魂が究極的に覚醒している。

 ちなみにタバコと書いたのは、検閲に引っかからない為の、D G の配慮。

 体を完全にケムリで治した卍は、生まれて来た巴の子と共にお前を待っている。

 何度か手紙で知らされてはいたが、生まれた子は男の子で、早く名前を付けてやれともいわれていた。

 生まれて来た子の名を付けるなら、男でも女でもカヤと決めていた。 Bob Marley の歌う、 KAYA と同じ、(眼を覚まし、自分を解き放つ)いみじくも卍が送ってきた魂のバイブルに、そう記されて有るがままに……。
 で、最後に。蒸発した父親と卍が再開したと書いてあり、詳しい詳細は知れないが、どうやら父親が突然卍の前に現れたらしい。

 「まったくフザケた父親だ……」

 巴は差し入れられた Bob Marley のハードカバーのバイブルを手に取るとページを捲った。するとシオリが一枚膝の上に落ちた。巴はシオリを手に取ると、確りと毛質書体で印刷された赤く目立つ文字で、(片眼の開く音を聞け! )と、書いてある。
 巴は笑みを漏らしてバイブルの中身を確認する。裏返したり透かして見たり、臭いを嗅いだりして。そしてバイブルの背表紙の隙間に小指を突っ込むと、小さくて硬いモノが指先に当たる。

 巴はゾンビの巡回を気にしながら箸を使ってそれを押し出すと、膝の上に1g程の | B D《バッズ》 を、| H H《 ハシシ》並みにカチンカチンに真空パックした小さなパケが、ポンと飛び出す。

 巴は咄嗟に |B D《バッズ 》の入ったパケを手の平に握ると、ゾンビが巡回する通路に面した独房に有る食器口の窓を静かに閉め、鉄の扉の小さな窓から外を覗き、通路を巡回するゾンビの気配に集中した。
 足音もなく気配がしないのを確認すると徐ろに立ち上がり、薄汚れた衝立のある便座の玉座(ぎょくざ)鎮座(ちんざ)する。
 外のゾンビを警戒しながら、握り締めた手の平を開き、便器の横の分厚いコンクリートの壁に鉄格子が打ち込まれた窓からの零れ日に、| B D《バッズ》 の入ったパケを照らして見た。

 微かに薄らと赤紫がかった濃くて深い緑が、陽の光に美しく輝き、愛して止まぬ女神との久し振りの対面に感極まる。

 巴はまた外のゾンビを警戒すると、いつでもパケを便所に流せる大勢をキープしながら、パケを歯で切り裂いた。
 瞬間、フローラルでフルーティーな香りが足早に駆け抜けて行く。で、すぐに猛烈なスカンキーで |H H 《ハシシ》な香りが隠逸(いんいつ)な独居房に広がった。

 巴は独居房に放たれる強力な |B D 《バッズ》の香りを、パケを鼻に付けて胸いっぱいに味わうと、外の通路を巡回するゾンビの影に気付き、鉄格子が嵌った窓を全開にする。

 便器に座った両足の太腿の上に官物のチリ紙(支給されるティッシュ)を引いて、その上にパケから |B D 《バッズ》をそっと取り出して置く。キレのある | H H 《ハシシ》臭が鼻を突き、露わになった |B D《バッズ》 を見て、巴は思わず首を傾げて小さく呟く。

 「あれ? 何で種付き何だよ……? 」

 膝の上の |B D 《バッズ》には、黒々と成熟した種が幾つも付いていた。

 「種無しの |S M 《シンセミア》が幾らでも有るはずなのに、何でわざわざ種付き送るかなー」

 巴は困惑しながら | B D《 バッズ》を指でつまみ上げ、ポツリポツリとチリ紙の上に |B D《 バッズ》に付いた種を落としていく。

 10粒ほど種を落とすと、|B D 《バッズ》からは種が完全に取り除かれた。

 巴は |B D 《バッズ》を指で半分に千切って2つにすると、1つを速攻口の中に放り込み、もう一方はチリ紙を四つ折りにして綺麗に包む。種を落としたチリ紙と一緒に手に持つと便座から立ち上がり、目の前の小さな洗面台の水道の蛇口からコップに水をくんで、口に含んだ |G J《 ガンジャ》を胃の中へ流し込んだ。そしてゾンビを警戒しながらチリ紙に包んだもう一方の| G J《ガンジャ》 を、元あった場所、魂のバイブルの背表紙の隙間に入れ、箸を使って中まで押し込む。

 取り除いた種は持っててもしょうがねーからどうすっかと考えて、一瞬巴は独居房に呆然と立ち尽くした。

 すると、鉄格子が嵌められた窓の外から小鳥の鳴き声が聞こえてきて、巴は窓の外をのぞく。
 巴の居る処遇棟4階の窓の外には、外を覗けないようにパネルのブラインドが有って、その下の足元の外に突き出たコンクリートのヘリの上で、2羽の雀がまるで |G J 《ガンジャ》の種をせがむように光の中で鳴きあっている。
 巴は |G J《ガンジャ》 の種を窓に嵌まる網戸の隙間から1粒雀の足元へ落としてみると、2羽の雀は我先にと |G J 《ガンジャ》の種を奪い合い、一方の雀がつまんで食べた。
 巴はすかさず雀の足元へ種を連続投下すると、2羽の雀はあっという間に |G J《 ガンジャ》の種を食べ尽くしてしまった。

 手元には1粒の種が残る。そうだ、コレは俺が育ててみようと、最期の1粒になった種を丁寧にチリ紙の中へ包み込み、水道の水に軽くつけて程よく湿らすと、私物の購入時に得たビニール袋の中に入れ、洗面台の下にある、トイレ掃除用に支給されるクレンザーの粉の中にバレないように隠して入れる。

  |G J 《ガンジャ》の種を喰らい、チュンチュンと鳴きながら輝く自由の光の中で飛び跳ねる、| G J 《ガンジャ》のトランスポーターとしての使命をおびた2羽の小さな雀を。|G J 《ガンジャ》が効き始めた巴は、紅く染まり始めた眼で窓際の鉄格子に凭れ掛かり、笑みを浮かべて見下ろしていた。

 すると突然、時間が止まったかのように、2羽の雀の動きがピタリと止むと、一瞬にして大空へと飛び去って行く。

 次の瞬間、巴は背後から激しく叱責を浴びる。

 「オイこら420番! なにお前突っ立って外眺めてんだテメーッ! とっとと出房の準備をしてドアの前に座ってろ! 」

 巴がドアの前に座ると、鉄の扉の鍵穴ががガチャガチャと耳障りな音を立てて扉が開かれた。

 「出房! 」

 号令を聞いた巴がサンダルを履いて通路に出ると、突然非常警報が鳴り響く。中央階段付近で囚人が暴れたらしく、警報が鳴り響く中、蜂の巣を突いたように警備隊達が一目散に靴音を轟かせて大勢集まって来る。

 こんなことは日常茶番劇(にちじょうちゃばんげき)だが、強制収容所に於いて強力な |G J《 ガンジャ》が効き初め瞳を紅く染めた巴には、コレはアウシュビッツでナチのゾンビが囚人をガス室へ連れて行く行為に、リアルに比例して見える。

 巴はすでに、なんともマヌケな軍国主義の亡霊に呪われて取り憑かれたゾンビ達が、囚人たちに謂れ無き罵声を浴びせ続ける狂気の教育訓練工場や、経理工場、一般工場へと送られていたが。そのつど作業拒否をして、この処遇棟へ連れ戻されて来た。

 少刑では殆どの囚人が仮釈放という毒饅頭(どくまんじゅう)を喰らい、強力なシステムの前に身も心も拘束される。皆仮釈を貰う為に己を偽り、強制労働に精を出し、ゾンビのご機嫌取りに余念がない。
 外界からゲットーの強力なシステムに隔離される無力な囚人たちは、そう差し向けられてしまっている。いいようにゾンビ達にコントロールされている。
 ヤバイ事をやらかしちまったんだからしょうがないと言えばそれまでだし、そういった(やから)を別に批判する気も毛頭ない。気持ちも分かるし、一日でも早く出たいし、そうしていたほうが得だと思うのは、誰でも当たり前の事だ。中には自分が犯した罪を本気で反省している奴もいるだろう。法を犯した罪も、それぞれ皆違うのだから。ただ、俺には出来ないし、仮釈という名のお得な毒饅頭もいらない。

 処遇棟とは、そのお得な割引を拒否った囚人か、本物のサイコキラーか、屈折したアナーキストか、それとも性的マイノリティーか、マジで天然か……? とにかくこの獄中という名のシステムの、強制労働収容所に於ける落ち零れの掃き溜めで、ここがゲットーのどん底だ。

 余談だがキマリ序でに本音で話すと、刑期の長さや罪の意識、それにそれぞれの家庭の事情ってもんがあるのも分かるが、ゾンビに媚び(へつ)らって(いただ)ける些細な優遇処置。例えば幼稚園児並みにいい子ちゃんにしていれば、お菓子やジュースがちゃんと貰えちゃったりするのだが、マジで笑えるほど添加物に塗れた安物の菓子やジュースなど要らねーし。TVも見られるというが、5時からの相撲と、7時から9時の就寝時間までのTVなど、言うまでもなく全てがクソだ。まぁそれ以外の時間帯も全てクソなのだが。
 特に7時から9時など、この世の悪魔が一番力を入れてる狂気の時間帯だろう。

 昔に気の効いた誰かが言ってたように、一億総白痴化(いちおくそうはくちか)の気狂いゴールデンタイムってやつ。

 そんなもん毎日檻ん中で見せられてみ! 時計じかけのオレンジじゃねんだよ! 独居に居ればまだTVを消す事もできるし、菓子を食わずに便所に流す事だって出来る。

 ゾンビに見付かれば懲罰だが……。

 ただ人間そんなに意志は強くない。手の届く所にあれば必ずTVは点けるし菓子にも喜んで手を出してしまう。特にこんな隔離された状況下であれば尚さらの事。

 雑居に於いては言うまでもない。TVを個人の意志で消す事など不可能だし、菓子を便所なんかに流そうものなら120パーセント、サイコな同囚とトラブル。そして非常に深刻な事態を招く事は目に見えている。

 檻の中で白痴化のゴールデンタイムを毎日見せられ、そこへ月に何度か添加物塗れのケミカルスナックが投与される。この相乗効果によってよりいっそう、囚人たちは狂気の白痴化が加速する。現に周りを見れば一目瞭然。しかも自ら進んで喜びながら、誰一人として……、それが当たり前のように……。

 でも結局それは娑婆に居ても奴隷でいれば同じ事。搾取されコントロールされた虚構の自由の中で、何も知らずに気付かずおとなしく薬漬けで眠らされて日々洗脳され続けて居るのだから、檻の外にいる方が根が深いとも言える。

 ここ処遇棟は、何かをやらかして懲罰を受けた落ちこぼれ囚人たちの掃き溜めだが。ここでは罰としてTVもなければ、お菓子を貰えるようないい子ちゃんも居ない。いい子ちゃんは絶対ここへは来ないからね。って、刑務所に入ってる時点でもうすでにいい子ちゃんではないんだけど。兎に角ここ処遇棟は、全員札付きの独居で、強制労働もやってるテイだ。

 皮肉にも懲罰を受け、落ち零れ扱いされてる方が、ゲットーでは精神衛生上健康でいられる。

 一つ確実に言える事は、獄中に居る狂った犯罪を犯した奴らは、皆自分で犯罪を犯しているんじゃない。狂った社会が起こさせていて。また今、やられちゃってる日本人がそれを求めちゃってるのが狂気の現実だ。分かるかな……?

 「気お付け! 前へ進め! 左、左、左右! 」

 声が裏返るほどの奇声を発して号令を浴びせるゾンビに、紅く眼を染めた巴は必死に笑いを堪えていた。カオスの吹溜まりである処遇棟の性的マイノリティが、腰をクネクネ振りながら行進するのを見て思わず噴き出し、ゾンビ共に高圧的に叱責されるが。だからといってもうこれ以上堕ちる所は、初日にブチ込まれた保護房しかなく。怒鳴り散らされるも晴れ晴れとした巴の表情に、ゾンビ共も諦める。ここがどん底、地獄の底だ……。
 
 数日後、濡れたチリ紙に包まれた |G J《ガンジャ》の種が綺麗に2つに割れた。殻の割れ目から瑞々しい実が巴をのぞいている。

 巴は色々思考した。流し台にあるスポンジを切り取り、それを水耕栽培用のロックウールに見立てて苗床に出来ないか? スポンジにちゃんと根がはしるのか? その前に雑菌でカビが生えて根腐れしてしまうだろう。

 種は1粒しか無く、失敗は許されない。

 3日が過ぎ、2つに割れた種からはニョッキリと?マークのような |G J《 ガンジャ》が顔を出していた。
 巴は散々考えた挙句、外へ運動に出るたびゾンビの目を盗み地べたにしゃがみ込むと、地面の土を少しずつポケットに入れて検身をすり抜け舎房へ持ち帰った。その土を独居の鉄格子が嵌められた窓枠の桟の所へ引き詰めていく。

 要は鉄格子の窓枠を、細長いプランターとして活用する。もともと窓枠の桟にはホコリが沢山溜まっていたので、仮に総検で見付かったとしても勝手に生えたとか何とでも言える。こないだ総転房したばかりだから、当分房を移される事もない。それに窓枠なら水やりも日当たりも完璧だ。
 しかし土は引き詰めるものの、運動場のカスイ土ではクオリティーが悪く、かといって肥料を手に入れる事は難しい。隊列を組んでの行進中に足元に鳥の糞を見付ければ、「いい糞だなー」と、巴は声を漏らす。

 数日が経ち、|G J《 ガンジャ》はまだ種の殻を頭に被ったままだったが、さらに2・3センチ成長したので、いよいよプリズン特製鉄格子プランターへ移植しなければならず、巴は焦っていた。
 思うように鳥の糞をゲット出来ない巴は、屋外の通路沿いに有る花壇の土が前から黒々とフカフカで良い土だと思っていたので、意を決して、行進中に花壇へ飛び込む決意を決める。

 「左、左、左右! 左、左、左右! 全体止まれ! 何だ、どうした? 420番! 」

 足が(もつ)れたフリをして、巴は勢いよく通路脇の花壇へ飛び込み、花壇の土をポケットの中へねじ込む。

 「どうした、420番! 立てるか? 」
 「大丈夫です、ちょっと(つまずいた)だけです」
 「立て! 」
 「はい……」
 「なんだ、泥だらけじゃないか! 土を落とせ! 」

 パン、パン、パン、パン……。

 「よし、隊列へ戻れ! 」

 何事も無かったように検身をすり抜け舎房へ戻ると、手に入れた花壇の黒々とした肥沃な土を、鉄格子プランターへ引き詰めた。

 芽吹いた |G J 《ガンジャ》が頭に被った種の殻を、巴は便器に座って優しく取ってあげ、綺麗な黄緑の双葉を包む薄茶色の薄皮を、支給される爪楊枝で綺麗にむいてあげると、|G J《 ガンジャ》は緑のカワイイ双葉をゆっくりと左右に美しく広げた。
 巴はプランターの土に指で軽く開けた穴に、双葉を広げた |G J《ガンジャ》を移植する。

 数日が経つと、|G J 《ガンジャ》の苗はプランターの土にちゃんと根を張り、双葉に分かれた真ん中から、あの美しい緑でギザギザの |The ・ L F《 ザ・リーフ》が遂に姿を現す。
 ギザギザの |L F 《リーフ》がこのまま育つと目立ってしまうので、巴は鉄格子の窓にはめられたステンレス製の網戸の端の網目を箸でグリグリと広げ、その広がった網目から |G J《ガンジャ》 を鉄格子の窓の外へと伸ばしていった。

 3ヶ月が経つと、|G J《ガンジャ》 の |L F 《リーフ》は双葉から3つ葉、5つ葉、7つ葉へと、さすがにセッティングが良くはないので成長はとても遅いが、それでも丈が15センチ程に伸びて、今ではすっかり Jah rasta fari と、なっている。

 これまで巴はゾンビの目を盗み、夢中になってゲットーの独房に芽吹いた聖なる| G J 《ガンジャ》の世話をした。水やりは勿論の事、たまには自分の小便も有機肥料としてあげた。
 ム所飯にゆで卵が出れば、殻を細かく砕いてカルシュウムとして与え、ワカメ等の海藻類が出れば、水でよく洗って塩分をしっかり落とし、ミネラルとして与えた。たまに運良く外で鳥の糞が採集できれば、舎房に持ち帰って与えたりもした。

  |G J《 ガンジャ》をよく観察した結果、茎から枝分かれする節の付け根に、♀である証拠の |T C《 トライコーム(油脂線)》のヒゲが有り、この| G J《 ガンジャ》は処女の |S M《 シンセミア》になる代物だという事が判明した。

 分厚いコンクリートに覆われた無機質な独房の、鉄格子が嵌められた窓に差し込む強い日差しに、鮮やかな濃い緑の |G J 《ガンジャ》がゆるやかに風に揺らいでは輝いている。

 どれほど癒された事だろうか、おかげで毎日最悪で単調な地獄以下の生活にも目的ができて、時間はあっという間に過ぎ去り、もうすぐ満期。

 何でわざわざ卍が種付きの |B D 《バッズ》を送って来たのか、今になってようやく理解する。

 |G J《 ガンジャ》はまだ全然熟してもいないが、出所前に毎週木曜日に出されるカレーに入れて食べようと決めていた。
 そして今日がカレーの日。巴はゾンビを警戒しながら、独房に嵌められた鉄格子の窓から外へ|Prison Break《プリズンブレイク》して伸びていた |G J 《ガンジャ》を引き戻して根元から抜いた。|L F 《リーフ》だけを綺麗に取り除いてバイブルの中に挟むと、根っこと茎と枝は便所に流す。

 食器口から配食されたカレーを受け取ると、 バイブルのページを広げ、挟んだ| L F《 リーフ》をカレーの中へワサッっと落下させた。
 さすがに自分で栽培した未熟なミニ盆栽 |G J《 ガンジャ》だけでは効能が少なすぎるので、この日のために取っておいた、魂のバイブルの背表紙に潜む |B D《バッズ 》も取り出して、一緒にカレーの中へ投入する。

 ム所飯の中で一番人気のカレーに |G J 《ガンジャ》をトッピング。

 自分が獄中で育てたハーブ入りカレーの味は、いつものカレーと一味違い、フレッシュな香りとワイルドなパンチが有り、またひとしお身に染みる。

 瞳が真紅に染まり始めた巴が片目を押さえると、魂が独房に嵌められた鉄格子をすり抜け、ゲットーの空から差し込む光りへと真っ直ぐに伸びて行く。光の中に輝く一切の矛盾無き道理が、否定する事の出来ない真理に映ると、巴は片眼の開く音を聞いていた……。

 すると脳裏に、前に山で見た神々しく美しい白鹿の姿が鮮明に映し出される。白鹿は一つ綺麗で大きな鳴き声を響き渡らせる。光の中で巴を見詰める白鹿の顔が、一瞬女の顔に見えると、気付けばツヅラが眼の前に佇んでいた。

 「草船に乗って波間に浮ぶ、(おもね)るアシラに会いに来たわ……」
 
 紫の儚げな野花の上に佇み、巴の眼を見詰めて話し掛けるツヅラは、相変わらず普通に可愛い子で、服も普通の学生のようで、黒いマニキュワと胸元の小さな六芒星のネックレスが印象的だ。
 
 突然、鉄の扉がガチャガチャと音を立てて開くと、なんの前触れもなく、卍と父親が面会に来た。

 紅く眼を染め久しブリのブリブリにブリッていた巴は、いきなり刑務官に呼び出されて超テンパったが、もう証拠は自分の胃の中に完全に隠滅されているし、使用は法に触れないし、何もアセる事はない。

 しかし狙われているはずの卍がココへ顔を出すのはどうかと思ったし、よりに寄って蒸発した父親も一緒に来るとは、いったい何がどうなってるのか、ツヅラも出て来てかなり効いちゃっているぶん訳が分らん。

 ブリブリに効きまくりの巴は刑務官に連れられ、「どうしたお前、目が赤いぞ」と言われ、「胸が一杯です」と、真顔で答える。

 面会室に入ると、開口一番卍が叫んだ。

 「サプラーイズ! 」

 「うるさい、うるさい、うるさい……」

 苦笑いを浮かべた巴はそう呟きながら、アクリルの板で仕切られた面会室の椅子に座る。満面の笑みを浮かべて、とてもちょっと前まで死にそうになっていた人間とは全く思えない、強烈な波動とオーラを放つ卍と、約10年振りに父親の顔を見た。父親も卍と同じく満面の笑みを浮かべていて、何であんたも笑顔何だよ! と、巴は久し振りに父親の顔を見て心の中で突っ込む。そして何よりも、想像していた以上に、卍の元気な姿が見られて本気で嬉しかった。

 「ねえ、父さん、言ってあげてよ」

 卍が笑顔で父親に言うと、父親は身を乗り出して口を開く。

 「なー巴、信じられないかも知れないが、父さんはずっと記憶喪失だった」

 「えっ? 」

 「厳密に言うと、違う別の次元に行っていた……」

 卍が思わず噴き出すと、巴は困惑の色を深めて眉を(ひそ)める。

 「父さん(ふくろう)飼ってたんだよ、あるときケムリの中で父さんが(ふくろう)になってて大きな木に止まってたら、卍と巴が見えた。父さんが名前を呼んだの覚えてないか? 」

 「あの時よ巴、山のコンテナの前で大きな(ふくろう)見たじゃない。で、父さんが私たちを呼んだ声、確かに聞こえてたわよね、ハッキリと。てゆーかアンタ眼紅いわね! 」

 いきなりなんちゅーブッ飛んだ会話だ! 巴もブッ飛んではいたが、ム所と娑婆(しゃば)とのテンションのギャップにいきなり衝撃的な波動を喰らい、思わず巴は仰け反り面会室のイスから滑り落ちそうになるも、すぐに体勢を整えてシンクロし、己を解き放つ。

 「聞こえたよ、父さんの声、何処にいたんだよ今まで? 」

 巴は紅く染まった瞳で父親の顔を見据えて聞く。

 「何て言うかなー……、だから……、別の次元何だよ」

 隣で卍がまた噴き出すと、巴もつられて噴き出した。父親もつられて笑い出すと、面会室に3人の平和な笑い声が大きく響き渡った。

 巴はふと我に返り、横にいる刑務官を見ると、刑務官は眠ったようにイスに座っていた。

 「巴、父さんは嬉しいよ! 目の中に入れても痛くない可愛いい孫ができた。でもまだ名前が決まってないみたいだから。早く名前を付けてやれ! 」




 名前はカヤ、眼を覚まし、自分を解き放つ……! それは光のなかで、片眼が開く音とともに……。

 一週間後、巴は刑務所を出所する。


 | Legalize《 解放しろ》、世界はもう目覚め始めている……!

                              煙ズム  完

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