act.06-01 ここ任せていいか?

文字数 2,072文字

 業務部第一班の到着には十二分も必要とせず、ほんの三分後には一台の大型バイクが到着した。スズキの(ハヤブサ)。ジェーンの1600ccとは別の意味で、こいつもとんでもない化け物だ。

「早かったな。ずいぶん飛ばしたろ」

 鷹が先に声をかけた。同時に、細身のライダーがバイクを降りた。重そうな車体を軽々と扱ってスタンドを立て、ヘルメットを脱いで歩いてくる。

「お疲れさまです。僕はいつも法定速度ですよ」
「プラスアルファをつけすぎだ」
「いえいえ、優良ライダーですから。いつもニッコリ安全運転の」

 井手(いで)(ぐち)という若手だった。幼く見える細面の上に、金色に染めた短髪が乗っかっていた。バイクも車も、運転の腕は相当なものだと聞いたことがある。確か二十五か二十六……だったか。

「その子の様子はどうですか」
「頭を打って気絶してる。出血はないが、ビビぐらいは入ってそうな感じだ」
「後頭部ですよね」

 井手口はサングラスを外して額に乗せ、倒れている少女の脇にしゃがんだ。腕時計を見ながら、首筋に指を当てて脈を測る。

「君ひとりが第一班なのか? それとも先行班か?」
「先行です。()(しろ)さんに言われて、僕だけ先に。第一班の到着には、まだ十分近くかかります」

 業務部チーフ、夜城秀道(ひでみち)。警察や消防、あるいは行政との橋渡しを専門に行う繊細な部署の絶対的エースであり、局内きっての切れ者だ。自分と同年齢でありながら、その機転と胆力にはとうてい(かな)わない――と、鷹は心底思っていた。

「だったらお前、やっぱり飛ばしたんじゃねえか」
「少しだけですよ。ほんのちょっぴり」

 親指と人差し指で、わずかな隙間をつくる。その手でデバイスを取り出し、何枚かの写真を撮った。首だけをわずかに横に傾けて、仰向けに横たわっている少女は瞼こそ開けてはいないが、胸はリズミカルに上下していた。

「救急車は?」
「もうすぐ、うちのドクターカーが到着します」

 消防署の救急車ではなく、病院所有の“医者つき救急車”を手配した――。それだけで、鷹は夜城の意図を察した。この先、少女が搬送される病院も担当する医者も、

が手回しされ決定されているということだ。いつもながら、手際のいい仕事ぶりだった。

「第二班もここに向かってるんだな?」
「そっちは二十分以上かかると思います」

 短時間のうちに、すべてのタスクが完璧にこなされていた。このぬかりなさが、夜城の真骨頂だ。

「井手口。ここ任せていいか? 俺はやりたいことがあるんだが」
「はい、大丈夫です。僕はドクターに症状の連絡を」
「受傷の流れは、まず胸にタックルされて尻から落ちて、その後で頭を塀に……って感じだったと思う」
「はい。そこは映像で確認しました。ここの塀、表面が平らでよかったですよ。角にぶつけてたら、すごい出血してたかもしれません」

 腰を落として少女に寄り添う井手口に目だけでうなずき、鷹は向かいのマンションへと足を急がせた。二階の一室に、七尾邸を警護するスタッフの詰所がある。

 階段から直通できる部屋の玄関を開けた。だが室内には誰もいなかった。三百六十五日二十四時間、ここには二名のスタッフが常駐しているはずだが、おそらく襲撃犯の追跡に向かったのだろう。鷹はデバイスで電話をかけ、警護部の(むかい)()部長を呼び出した。ワンコールも鳴らずにピックアップされる。

『鷹。今あったのは何事だ?』

 こっちの話を切り出す前に、先手を打たれた。向谷はさっきの襲撃を映像で見ていたということだ。相手は警護部長、手短にでも状況の説明をするしかなかった。

「詳細はまだ何もわかりません。海斗の家の前に、海斗にそっくりな少年が現れたんです。今、ジェーンたちとそっちに向かってます。捕縛した犯人も一緒です」
『そうか。ところで、これは何の電話だ?』
「ちょっと聞きたいことがありまして。さっきまで海斗の家の向かいの

にいた警護部員は、今どこに? 不在なんで、念のため」
『ふたりとも、海斗を乗せたワゴン車を追ってる。今は……ちょっと待て。映像で位置を確認する……いた。(なか)()区の方南(ほうなん)(ちょう)駅付近』

 一応、部員二名の名前を聞いて通話を切ると、すぐさまデスクのモニターを使って海斗襲撃の映像を再生した。さっき本部で見た映像は、海斗が押し込まれたワゴン車が走り出した場面で切られていた。その先まで見たかった。

 三度、四度と立て続けに再生し、隅々までじっくりと確認した。次いで、今しがた自分の目の前で起きた、海斗にそっくりな少年が襲われた場面も繰り返し再生した。

 ――やはり、おかしい。

 白昼堂々、同じ顔をしたふたりの少年が、同じ場所で次々と襲われた。いったい何が起きていて、それらは何を意味してるというんだ?

 遠くから、救急車のサイレンが近づいてきていた。
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