第3話

文字数 1,986文字

『ふじかわ』のママは店の裏にある駐車場の半分を駅前の葬儀会館に貸していた。
 正確な時期はわからないけれど、かよちゃんやすみちゃん、田所さんや八木さんの話をすり合わせると、駅前の葬儀会館は私がS町の実家に戻る数年前にできたらしい。その頃ママの駐車場はすでに半分以上が空いていたようだ。
 昔は駐車場の隣のアパートの住民が月極で借りてほぼ埋まったが、車を手放す人やアパートから引っ越す人が相次ぎ解約が続いた。
 ママは、せっかくある駐車場を遊ばせておくのももったいないのでコインパーキングにでも変えようかと考えていたところ、駅前の葬儀会館がその半分を一年契約で、それも賃料の一部を前金として支払うから貸して欲しいといってきたのですぐに契約した。
「それをどこで聞いたのか知らへんけどさ、大家のおじいちゃんがケンカ腰で怒鳴り込んできてん」
 と、冷蔵庫から缶ビールを出したママが当時を振り返った。駐車場の隣のアパートの大家がいきなり『ふじかわ』に来たのである。
 アパートの大家は白髪頭をぴっちり七三に分けたおじいさんで、ママとは初対面ではなかったけれど、店に入ってくるなり一方的にまくしたてたという。
「おたくも人としての常識を持って欲しいとか、アパートの住人の立場になって想像して欲しいとか、人間として正しい考えを持って欲しいとか、上から目線のいい方もうっとうしかったわ」
 よっこいしょ、と、開店前のママはいつもカウンターの一番奥に座る。外はまだ明るいけれど、ひと仕事終えた感じでプシュっと缶ビールを開けて、グイっと飲んで「あー」といった。
「早合点ですね」
 私はカウンターの中にいて、手を泡だらけにしながらグラスや皿を洗っていた。
 葬儀会館が駐車場を借りると聞いて、自分の所有するアパートの隣に霊柩車が停められるとおじいさんは思ったそうだ。
 しかし葬儀会館は駐車場をマイカー通勤する従業員用に借りたのであって霊柩車を停めるわけではない。ママはそう説明して大家のおじいさんをなだめた。
「早合点の勘違いの迷惑ちゃんや。年寄りのせっかちはしゃーないけどな、早とちりしたら早とちりしたで、早とちりでしたとか、失礼しましたとか、なんとかいえっちゅーねん。それどころか『私はオーナーとして住人を守る立場にある』とか、『トラブルを未然に防ぐために人道的に解決したかった』とかぬかしてけつかりましたわ」
 ママは渋い顔を作るとリモコンで空気清浄器をONにし、メンソールの長い煙草をくわえて火を点けた。
『ふじかわ』では月に一度、昼間に貸切のカラオケパーティがあった。
 ママが、かよちゃんやすみちゃんたちと通っているヨガ教室は、町立の文化施設でやっている町民講座で、隣ではカラオケ教室が開かれていた。そのカラオケ教室の人たちから月に一度、ふじかわさんでカラオケパーティができないかとママは相談されたのである。
 歌い放題でフリードリンク、食べ物の持ち込みもさせて欲しい、と、メンバーが高齢者ばかりのカラオケパーティは何かと注文がついたけれど、ママは承諾した。
 チャージはもらうから儲けは出るし、食べ物をこっちで用意しない分、手間もかからへんもん、とママはいう。
 しっかりしているし、ちゃっかりもしている、と私は思う。
  ママは、口を丸く開けて怪獣みたいに煙を吐いた。
「だいたいさ、アパートの大家の本音ってのはさ、アパートの評判悪くなって住人に出ていかれて家賃収入減ったら困るって事やろ。オーナーが守りたいんは自分の儲けや。それがオーナーの立場っちゅーもんや。住人のためとか人道的とかキレイ事ゆーてもな、人さまからお金貰(もろ)てる事には変わらへんで。それにウチの駐車場屋外やん。屋根あらへんやん。雨の日風の日雪の日どないなるの? そんな駐車場に霊柩車停めるの? 停めるわけないやん、霊柩車は葬儀屋さんの大事な商売道具やで。考えたらすぐわかるやん。住人の立場になって想像して欲しいってゆーんやったらあんたも葬儀屋さんのお仕事想像せいっちゅーねん。ケッ、あのじいちゃんシロウトや」
「葬儀会館ができる時に反対はなかったんですか?」
 私は満水にしたポットをコンセントにつなぎ、おでんが入ったアルミ鍋に火を入れた。「よく聞くじゃないですか。葬儀会館の建設が決まると、近隣住民が反対運動するとかって」
 せやなあ、と、ママは頬杖をついて、
「いわれてみればなかったか……。うん、ウチが知る限りでは聞いてへんわ」
 と、口を尖らせて細く煙を吐いた。
「ちょっと意外ですね」と私。
「あっ、S町の住民は年寄り多いやん」
 と、ママはつぶらな瞳を輝かせた。「みんなそのうち使うから反対せーへんかってんわ。駅前にあったらちょうど便利やと思ったんとちゃう? 死んだら便利も不便もあらへんのに」
 ガハハハハハ、と、ママは勝ち誇ったように笑った。

(つづく)
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