第26話 山路譚【トンネル】
文字数 1,537文字
地元の心霊スポットを知った休日の午後、愛車に相棒を乗せ、某山奥の旧道にあるトンネルに向かう。
この道は二十数年前にバイパスが出来て以来全く使用されておらず、枯葉や枯れ木で轍が消えるほど荒れ放題だったが、車ぎりぎりの幅員に難渋しながらもようやくトンネルの手前まで来た。
そのまま進入しようか迷ったが、地図上では出口から先の道路表示がない。結果、徒歩で進むことに決めエンジンを切った。
ドアを開けるとむっと草いきれが押し寄せる。
助手席に置いたビデオカメラを手に車を降りた。
「ボギー」
後部ドアを開けると相棒のシェパードも降りて尻尾を振る。
スイッチを入れカメラを回しながらトンネルに入った。
ひんやりした空気が身体を包み込み、気持ち良さと少しの怖気を感じつつ先を進んだが、腰の高さまで積もった湿った土砂にすぐ阻まれた。
土砂から苔むした壁面、ずっと奥に見える明るい出口を撮影し、先が見えないかとさらに出口をズームアップしたが逆光がただ眩しく白いだけで何も見えない。
「やっぱ夜に来ないと雰囲気も味わえないな」
そう独り言ちていると急にボギーが激しく吠え出した。
鳴き声がうるさいくらいに反響する。
「こらっ」
叱っても鳴き止まず、首輪を引っ張ってとりあえず外に戻った。
狸か猪でもいたのだろうか――まさか熊ではないと思うが追いかけて迷子にでもなったら大変だ。
俺は吠え続けるボギーを無理やり後部座席に引っ張り上げ、回しっぱなしにしていたカメラをオフにした後、自分も車に乗り込み来た道を引き返した。
街に出る頃にはボギーも大人しくなり、何事もなかったかのように後ろで長々と寝そべっている。
途中カフェに寄りアイスコーヒーを頼んでから、ただの無駄撮りだったと思いつつもカメラをチェックした。
自分の足音が聞こえる中、染みの浮いた暗いトンネル入り口、水溜まりのあるでこぼこの地面、高く積もる湿った土砂、苔むした壁面、遠くで逆光に光る半円の出口とズームアップされた白い出口の映像が流れていく。
「ん?」
その白い半円の中で黒い人影が手を振っていた。
なんだこれ?
思ったとたん、ボギーの激しく吠える声と叱る自分の声がして画面がぶれた。
「ちっ」
確認するため巻き戻す。
やはり手を振る人影がある。
逆光でわからなかっただけで誰かいたんだ。だからボギーは吠えていたんだな。けど人がいたくらいであんなに吠えるか?
そう思いながら、続く移動中のぶれた映像を見ているとおぼろげながらもその人影がだんだん近づいてきていることに気付いた。
車の横でスイッチを切る瞬間には真横に立っていた。日の下にいるにもかかわらず、ただただ黒いままだ。
あの時ヤバかったんだ。だからボギーはあんなに激しく――
よっしゃ、あとでネットに投稿しよう。反響が楽しみだ。
わくわくしながらスイッチをオフにする。同時にアイスコーヒーが運ばれて来た。
「すみません。ハムサンドのテイクアウトできますか? パンにハム挟むだけでいいんだけど」
「え?」
戸惑う店員に、
「犬に食わせたいんで」
俺は窓から見える駐車場の自分の車を指さした。
ボギーが窓から物欲しげな顔でじっとこっちを見ている。
「かしこまりました。かわいいワンちゃんですね」
店員はくすくす笑って端末に注文を打ち込む。
君もかわいいよ。
俺もそう言いたかったが、いつものように照れて言葉にできない。
ボギーの激しく吠える声が聞こえた。
あーわかった、わかった。浮気はしないよ。
心の中で苦笑いする。
「あ、お客様、あの方お友達じゃないですか?
先ほどからずっと手を振ってらっしゃいますけど」
店員が指し示す俺の車の真横に黒い人影がいた。
グラスに浮かぶ水滴がすうっと流れ落ちた。
この道は二十数年前にバイパスが出来て以来全く使用されておらず、枯葉や枯れ木で轍が消えるほど荒れ放題だったが、車ぎりぎりの幅員に難渋しながらもようやくトンネルの手前まで来た。
そのまま進入しようか迷ったが、地図上では出口から先の道路表示がない。結果、徒歩で進むことに決めエンジンを切った。
ドアを開けるとむっと草いきれが押し寄せる。
助手席に置いたビデオカメラを手に車を降りた。
「ボギー」
後部ドアを開けると相棒のシェパードも降りて尻尾を振る。
スイッチを入れカメラを回しながらトンネルに入った。
ひんやりした空気が身体を包み込み、気持ち良さと少しの怖気を感じつつ先を進んだが、腰の高さまで積もった湿った土砂にすぐ阻まれた。
土砂から苔むした壁面、ずっと奥に見える明るい出口を撮影し、先が見えないかとさらに出口をズームアップしたが逆光がただ眩しく白いだけで何も見えない。
「やっぱ夜に来ないと雰囲気も味わえないな」
そう独り言ちていると急にボギーが激しく吠え出した。
鳴き声がうるさいくらいに反響する。
「こらっ」
叱っても鳴き止まず、首輪を引っ張ってとりあえず外に戻った。
狸か猪でもいたのだろうか――まさか熊ではないと思うが追いかけて迷子にでもなったら大変だ。
俺は吠え続けるボギーを無理やり後部座席に引っ張り上げ、回しっぱなしにしていたカメラをオフにした後、自分も車に乗り込み来た道を引き返した。
街に出る頃にはボギーも大人しくなり、何事もなかったかのように後ろで長々と寝そべっている。
途中カフェに寄りアイスコーヒーを頼んでから、ただの無駄撮りだったと思いつつもカメラをチェックした。
自分の足音が聞こえる中、染みの浮いた暗いトンネル入り口、水溜まりのあるでこぼこの地面、高く積もる湿った土砂、苔むした壁面、遠くで逆光に光る半円の出口とズームアップされた白い出口の映像が流れていく。
「ん?」
その白い半円の中で黒い人影が手を振っていた。
なんだこれ?
思ったとたん、ボギーの激しく吠える声と叱る自分の声がして画面がぶれた。
「ちっ」
確認するため巻き戻す。
やはり手を振る人影がある。
逆光でわからなかっただけで誰かいたんだ。だからボギーは吠えていたんだな。けど人がいたくらいであんなに吠えるか?
そう思いながら、続く移動中のぶれた映像を見ているとおぼろげながらもその人影がだんだん近づいてきていることに気付いた。
車の横でスイッチを切る瞬間には真横に立っていた。日の下にいるにもかかわらず、ただただ黒いままだ。
あの時ヤバかったんだ。だからボギーはあんなに激しく――
よっしゃ、あとでネットに投稿しよう。反響が楽しみだ。
わくわくしながらスイッチをオフにする。同時にアイスコーヒーが運ばれて来た。
「すみません。ハムサンドのテイクアウトできますか? パンにハム挟むだけでいいんだけど」
「え?」
戸惑う店員に、
「犬に食わせたいんで」
俺は窓から見える駐車場の自分の車を指さした。
ボギーが窓から物欲しげな顔でじっとこっちを見ている。
「かしこまりました。かわいいワンちゃんですね」
店員はくすくす笑って端末に注文を打ち込む。
君もかわいいよ。
俺もそう言いたかったが、いつものように照れて言葉にできない。
ボギーの激しく吠える声が聞こえた。
あーわかった、わかった。浮気はしないよ。
心の中で苦笑いする。
「あ、お客様、あの方お友達じゃないですか?
先ほどからずっと手を振ってらっしゃいますけど」
店員が指し示す俺の車の真横に黒い人影がいた。
グラスに浮かぶ水滴がすうっと流れ落ちた。