2.結婚相手は同級生

文字数 3,018文字

ほんとにね、たいしたことじゃないんです。はじめから話すと。どこからになるかな。

とにかく、新郎、新婦、ふたりとも中学の時の同級生なんですよ。

それではおふたりはずっと地元の方にお住まいだったのですね。

今はね。

ふたりとはずっと中学を卒業して会ってなかったんだけど、新郎のほうとは成人式で再会して。

新婦のほうは、彼女もまたまじめというか、美容師をやっていて、成人の日って、美容院に殺到するじゃないですか。だから、彼女、自分のことはそっちのけで、仕事するために帰郷しなかったそうで、そのとき会えてないんですよ。

とんずらしてしまう会社もあったというのに。
ああ、ありましたね。

一生に一度のイベントを台無しにされる人もいれば、仕事を選ぶ人もいるのですね。


――それで、新郎さまとは。

成人式でたまたま席が隣になったんです。それで、連絡先を交換して。
近ごろは気楽なかんじで連絡先が聞けますものね。
そうそう。LINEとか。家電とか聞いても絶対かけないから(笑)
当時も学校だけで会うくらいで?

そう。中学生当時はさほど仲がいいというわけでもなくて。

オレはこんなで、あっちはまじめで。接点なんてできないですよ。生徒会長とかやってたくらいだから。先生からも信頼あったし。

あ、そうか。親父も先生だったな。

お父様も、というと、新郎さまも?

うん。高校教師をやってるんです。

父親は小学校の教頭になったっていってたな。母親も教師をやってたけど、今は家で小学生相手に英語教えているとか。

そうだ。妹も。どこかの国で日本語教師をやってたけど、近くでテロが起こったから、同じ死ぬなら日本がいいって、帰ってきて、日本で日本語教師やってるらしいです。

まさに一家そろって、ですね。

イメージだけだってあいつに言われたけど、そうはいってもお堅い家柄ですよ。

仲人も、もちろん先生。

オレは新郎側の招待なんですけどね、場違いな感じというか。羽目を外しすぎたらバケツ持って立たされるんじゃないかってくらいにピリッとしていて。

そういうお式があってもいいですよ。
なおのことといっていいのかな、実は、彼女が妊娠三ヶ月で。
眉をひそめる方もいらっしゃるでしょうけど、授かり婚は珍しくもありません。
そこはね、オレもめでたいなと思ってます。
ふに落ちないのはそこではないんですね。

ええ。ずっと長く付き合っているようでしたし。妊娠がわかったのも結婚を決めてからといってましたし。

でも、オレが彼女の名前を知ったのは招待状なんですよね。

本当にオレたちは友達なのかな(笑)

男同士というのはそんなものかもしれません。

ですね。

で、これって、同じ中学に通っていたあの彼女かって、すぐにメールして。そしたらのんきに、あれ、いってなかった?だって。

確かに、彼女は美容師で、結婚資金とお店出すための資金を貯めるから、ふたりとも今はこっちで実家住まいってことは聞いてたけども。

同級生の女性と結びつかなかったんですね。

そう。

大学生の時にも、付き合ってる彼女だっていって、写真を見せてもらったことがあったんです。スマホで撮影したものでしたけど、アプリで改変されてて、目は大きく、ウサギの耳までくっついていて、その時は、お前がこんな写真を撮るのかって、そりゃあもう驚いて。肝心の彼女に気づかなかったんです。

気づかなかったというのは?

中学の同級生だということに。

卒業してからかなり時間が経ってたし、普通の写真でもわからなかったかな。今日も十何年か振りに会ったけど、ドレス着て化粧してたら当時の面影見つけるほうが難しかった。

大学生のときも新郎さまはなにもお話しなさらなかったのですか。

オレも聞かなかったし。どうせ大学の同級生で、オレの知らない女だと思い込んでいたから名前も素性も聞いてなかったんです。

それより、デフォルメされた写真を持っているだけじゃなくて、かつての同級生に何のためらいもなく、そんなふざけたいちゃいちゃ写真を見せることが衝撃で。ああ、やつも付き合う女によって変わるのかって。

水を差すようですが……大学生当時は別の方とお付き合いしていたということは……?

え? まぁ、そうですね。

あいつのことだから二股はないだろうし、ましてや本命のほうの写真を見せたってこともないだろうから、あのときは別の人と付き合っていて、またよりを戻したってことはあるでしょうね。

よりを戻す?

ああ、そっか。まだいってなかった。

ふたりの馴れ初めを綴ったビデオってあるじゃないですか、披露宴で見せられる。あの中で、ふたりは『中学生の時からずっと思いを寄せ合っていた』というエピソードがあったんです。

なるほど。それが気にかかっていると。
ああ、いや。別にそれはいいんです。あ、でも気にしているのか。だけど、そんな細かいことまで問いただしてやろうとか、そういうことじゃないんです。
ええ。
実はオレ、中学生の時に彼女と付き合っていたんです。
えっ。
中学生のころのことですから、付き合っていたといっても恋人と呼べるのかどうかも。キスさえもできなくて。
中学生らしい付き合い方ですよ。
あいつはそういうことに興味なさそうだから知らなかったかもしれないけど、彼女はひょっとしてオレと付き合っていたという認識はなかったのかな、とか。軽く打ちひしがれてしまいまして。『思いを寄せ合っていたふたり』といわれると、瓦礫の山となった自分の思い出に押しつぶされてしまったようになりましたよ。
それは確かに、二次会にいてもそわそわしてしまいますね。
波風立てるつもりはないんです。子供だって生まれるんです。彼らの前ではなにもなかったように振る舞えますよ。だって中学生のころの話しですもん。今日だけオレひとり、落ち込めばすむ話しです。
案外、なんてことのない話しかもしれませんよ。
慰めにもなりません。
新郎さまのご家族は教師一家だとおっしゃいましたね。
それがなにか。
先生が堅物であるというのは時代錯誤かもしれませんが、実際、新郎さまご家族、仲人さま、あるいは新郎さまの同僚の先生方に、お堅い考えの方がいらして、ちょっとした印象操作をしたのかもしれません。
印象操作?
新婦さまは身ごもっておられますね。籍を入れる前となると、誠実さがないと思われる方がいらっしゃるかもしれません。だから、『思いを寄せ合っていたふたり』と、とても長いお付き合いがあることを匂わせたのでは?
うーん。そうとも取れるけど。
けっしてその当時からずっとお付き合いしていたということではないんですよね?

付き合い始めるきっかけとなったのは、やっぱり結婚式だったらしいです。

あいつが大学生になりたてのころ、友人ができちゃった婚をしたんです。相手方の女性が彼女の美容院に通っていたとかで。それでわざわざ彼女を呼んで髪を結ってもらって、そのまま披露宴にも出席したようで。

偶然再会したんです。

素敵なお話です。
まじめなふたりにぴったりなエピソードですよ。
新婦さまがなにげなく、あたしたち、中学生の時つきあっていたよね、なんておっしゃる日がくるかもしれませんよ。
それはそれで気まずいなぁ(笑)
お客さまご自身もまじめで、お優しい方です。
もう。乗せられたから、じゃあ、もう一杯!

かしこましました。

それでは近くの道の駅で見つけたローズマリーのお酒を。花言葉は『追憶』だそうです。

まさか、中学生時代のオレを語らせるんですか。
思い出を瓦礫になんかしてはいけません。
参ったなぁ。
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