第3幕
文字数 1,573文字
晶は、通学用のリセバッグを右肩に掛け直すと、螺旋階段の縁に立ち、遥か下方を見下ろした。
そこは、悪魔の吐息のような禍々しい闇がわだかまり、底無し沼ででもあるかのように見えた。
思わず縋(すが)るような眼差しで蔦彦を振り返ったが、彼はただ黙って頷き返してくるだけだった。
晶は再度螺旋階段へと向き直ると、恐る恐る足を踏み出した。
そのまま一段一段、探るように慎重に降りて行く。
少しでも気を緩めると、足を踏み外してしまいそうで恐かった。
けれどもそうかと言って、手摺りなど設置されている筈もなく、代わりに石造りの壁面に手を添えると、ひんやりと固い感触と共に、柔らかく湿っぽい苔にも触れることがあった。
革靴の踵が打ち鳴らす、たどたどしいリズムが石の壁に反響していく。
螺旋は途切れることなく、次々と現れてくる。
それに沿って円を描きながら降りて行くうちに、記憶が巻き戻されていくような感覚に陥る。
過去へ、あるいは未来へ。前世へ、あるいは来世へ。
ゆっくりと回転を繰り返すうちに、きっちりと締め付けられていたネジが緩んで外れ、自分自身の中に潜んでいるまだ見ぬ異空間へと、旅に出る許可が下りる。
その異空間へ向かって、足を一歩踏み出した途端、晶の視界の片隅に、薄ぼんやりとした光が射し込んできた。
その淡い蜂蜜色の光は、小部屋の出入り口から漏れてくるものだった。
いつの間にか、地下へと辿り着いていたのだ。
朧気な白昼夢と現実の狭間で、小舟のようにたゆたいながら、小部屋へと足を踏み入れた。
その空間は、ごくささやかな面積を有していて、巣のような居心地の好さを湛えていた。
壁は六面で形成されており、まるで鉛筆を空洞化したような造りになっていた。
明かり取りを兼ねたステンドグラスが一面置きに設置されており、それらは緑と黄色を基調とした素朴で温かみのあるデザインに仕上がっていた。
残りの二面にはアルコーブが設けられており、象牙彫りの聖母子像とキリスト像が安置されている。
最後の一面は出入り口である。
そして、床に無造作に置かれているのは、木製の古びた四脚のスツールだった。
「晶、来てくれたんだね。嬉しいよ」
こぢんまりとした六角形の小部屋で、満面に笑みを湛えて出迎えたのは、真澄だった。
彼の隣では、竹光が穏やかな微笑を浮かべており、次のように付け加えた。
「『銀の翼秘密同盟』へようこそ。歓迎するよ」
晶は軽い混乱の只中にいた。
先客として真澄と竹光が来ていることは知らされていなかったし、竹光が口にした同盟の名称も、耳慣れないものだったからだ。
そんなわけで、一番最後に到着した蔦彦に向ける眼差しは、自然と咎めるものになった。
「蔦彦、これは一体どういうことなんだ? ちゃんと分かるように説明してくれよ」
晶の険の滲んだその言葉に真っ先に反応したのは、躊躇うような表情を浮かべた蔦彦ではなく、真澄だった。
「何だよ、蔦彦。
晶に全部、話してきたんじゃなかったのか?
僕はてっきり、了承済みでここに一緒に来てるのかと思ってた」
その声音には、呆れたような響きが含まれていた。
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・・・ 少年宇宙へようこそ~ハーモニーが奏でる宇宙〈全10幕~第4幕~〉~へと続く ・・・
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