第一幕第五場(2)

文字数 1,087文字

あの……
(ふり返る)

ありがとうございます。

え?
いえ、あの。いつも。何て言うか。
あ……、いえ、べつに。

間。
リキ、再び去ろうとする。

あの。
(ふり返る)
私、ヒグチです。(会釈する)
ああ……、ヒグチさん。(会釈する。黙ったまま)
えーと……?
(ためらいながら)キクチ、です。
キクチさん。
チは、イケです。
チは、イケ? ……ああ、(宙に指を走らせる)キクチのチが、〈池〉なのね、〈地面〉の〈ジ〉じゃなくて。
(黙ったまま)
キクチさん、ね。
(急いで)あーでもやっぱり、リキでいいです。
リキ?
はい。
下の名前?
いえ、あだ名、です。
間。
あの、とくに面白いエピソードとかないですから。普通に、あだ名ですから。
ああ、そうなの。
間。
本名、キライ、なんです。それだけなんで。
そうなの?
いろいろ、やなこととか、思い出すんで。
そうなんだ。
間。
あの。
はい?
小さい頃、太ってたんです。
誰が?
誰がって、自分ですけど。
えええええっ?!
間。
リアクション、デカイですね……。
だってビックリした。
こっちがビックリしましたよ。
だって信じられない。今こんな……(キレイなのに)。ホントに?
ホントです。(手で胴回りを示す)こんな感じで。
ウソォ。
ウソォって、言われても。
あれ、なんでこんな話になった?
だから……
あー、あだ名。
(うなずく)
え、(手で胴回りを示す)こんなだと、なんでリキなの?
(うつむいたまま)相撲?
(よく聞き取れない)はい?
(うつむいたまま)力士?
え、あ、力士?!(どう対応していいかわからない)そうなんだ。
(どう対応していいかわからない)よくわかんないです、俺も。
(急いで)でも、リキって、音がキレイ。
そう、ですか?
うん。鈴みたい。
(顔を上げる)鈴……?
うん。似合ってる。(微笑む)私は、下の名前、ハツコっていいます。友達には、よく、おハツって呼ばれてました。(おどけておじぎする)おハツにお目にかかりまーす。
(固まっている)
何?
ベタですね。
(笑う)ふふーんだ。どうせオバサンだもーん。
自分でオバサンなんて言っちゃ、だめですよ。
えー、じゃ、おねえさん? それもキツくない?
二人、笑う。
ハツコさん。ハツさん。……ちょっと噛んじゃいました。
そう? 「リキ君」のほうが噛んじゃうよ。
「君」、つけるからですよ。リキでいいですよ。
いきなり呼び捨て? なんか猫みたい。
二人、笑う。
猫、飼ってるんですか。
え?
いや、今、猫って言ったから。
ああ。(困って)えーと。
(困って)すみません。
(急いで)ううん。そうね、そう言えば、うちにも猫が一匹、いたような気がする。前ね。
前ですか。
うん。
舞台後方に、ゲン、浮かび上がる。
猫耳をつけている。

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登場人物紹介

リキ(力) 若い男。

タカ(高) 若い男。リキの「同居人」。

ゲン(源) 若くない男。タカの「客」。

ハツ(初) 若くない女。ゲンの妻。

ナツ(夏) 少女。

リキ&タカ(二人同時に)

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