第34話 紗也⑲

文字数 933文字

私は、きっと、一瞬、嬉しそうな顔をした。


そして、早坂くんは、それを見逃さなかった。


顔が熱くなってくのがわかる。


嬉しい。


早坂くんへの遠慮も何もかもなくしたら、私の素直な気持ちは、それだけ。

瑛斗が、私のことを思ってくれてる。

また期待が、膨らむ。


「…オレ、それにものすごく腹がたった。そんなこと、誰にも言われなくたって、オレは紗也のこと大事にするって…そう言ってやりたかったのに」

早坂くんの言葉に、ハッと我に返った。

「そう言って、いい?」

何も答えられなかった。
なんて言えばいいんだろ。

「そんな風に言われてさ…オレ、ずっとこの先も紗也と付き合っていきたいって、本当に思ったんだ」

なんて。

なんて答えればいい?

実験結果は、今、もうハッキリと出た。

…だけど、早坂くんを傷つけたくはない。




何も言えないでいる私の顔に、早坂くんの顔が覗き込むように近づく。


私は一歩、後ずさった。


「は……早坂くんてさ、素敵な人だから、私にはもったいないなって…思ってる」

「……何それ、全然嬉しくないんだけど」

そうだよね。
失礼だよね。
早坂くんは、この半年、ちゃんと私のことを大切にしてくれた。
ちゃんと私を、見てくれてた。

それに、きちんと答えなくちゃいけない。

「…ごめん…私がダメなんだ。私、瑛斗が…幼なじみが言ったこと、嬉しいって思ってる」

早坂くんは、何も言わない。

「ごめん…ごめんなさい」

「あのさ、オレのこと……全然、好きじゃなかった?ちょっとも?」

「…そんなことはないけど」

「…けど、ダメ、だったってことか…」

「…ごめん、ね」

「いいんだ、実験でいいって言ったんだから………って、言えれば格好いいんだけど」

早坂くんが、うつむく。

「……言わなきゃ良かったよ、実験なんて。そしたらさ……」

早坂くんが、もう一度私の方を見た。

それはこの半年間、ずっといっしょにいてくれた、好きになれると思った人の、見たことのないくらい悲しそうな顔だった。

「…ありがとう、付き合ってくれて」
その顔のまま、絞り出すように早坂くんが言った。


最後まで何も言えない私はすごく、ものすごく卑怯だ。

早坂くんに伝えたいことはたくさんあった。

ありがとうを言うのも、私の方こそだ。



それなのに、何も。

楽しかった思い出を、最後に汚したのは、私だった。


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