10.アウトサイダー

エピソード文字数 3,865文字

 雑踏の中を歩いて大型レコードショップに入れば、店内はいつものように賑わいを見せていた。若者が溢れ返ったこの場所で、数え切れないほどの音楽たちが売られていく。何度も何度も繰り返し聴き込む音楽から、一生巡り合うことのない音楽まで幅広く置かれた店内は、作ったやつらの想いで溢れ返ってでもいるようだ。
 いつものように真っ直ぐに足を三階へ向け、エスカレーターに乗る。降り立ったフロアで、惹き付けられるように向かう先にあるのは“ジャパニーズ ポップス”の看板だ。
 あ行。[アウトサイダー] 
 棚からファーストアルバムを手に取り眺める。
 頼の作ったCDは、今でもこうして棚に並び売られている。時折誰かが手を伸ばし、頼のCDを買っていく。
 同じ内容でも、ジャケットはレコード会社の意向によるのか俺が持っているものとは変わっていた。 アウトサイダーの曲は、解散した今でもCMや映画の挿入歌などに使われることがあるほどで、頼の事やバンド名を知らなくても、曲は知っているというやつらは少なくない。映画やCMで使われるたびに、俳優の写真を使われていたり、企業広告が貼られていたりする。
 アウトサイダーも俺と同じで、CDジャケットやライナーに一切顔を出していない。活動していた当時、メディアへの露出もなかった為。メンバーの顔を知っているのは、ごく限られた関係者や生のライヴを見に来たやつらのみだ。その影響もあって、カリスマ性と憧れの存在を確立していた。
 アウトサイダーのCDを棚に戻し、奥にあるインディーズコーナーへと向かい、は行の前に行き棚を確認する。
 在庫は、充分みたいだな。
「成人さんっ。成人さんっ!」
 フロアを見て回っていた圭が傍に戻り、騒ぎながら服の裾を引っ張る。
「なんだよ」
 無駄にはしゃいでいる圭を、面倒臭そうにして見る。
「さっきから呼んでるのにぃ。成人さん、メッチャ無視」
 無視って。いつからそばにいて呼んでいたのか、フロアに流れてる音楽でかき消され、圭の声など少しも聞こえやしなかった。
 圭が膨れながら右側に回りこみ、あれ、と指をさした。
「あ」
 指した所は、インディーズ棚の傍にある平台だった。見慣れたアルバムのジャケットたちが、飾り付けられたポップと共に正面や上を向いて置かれていた。
[店長の一押し!!] と銘打って平積みされているのは、紛れもなくValletta のアルバムだった。
 そういえば、少し前に宣伝アップするからどうのって連絡あったなぁ。
 他人事のように、飾られ並べられたCDを眺めていた。圭のやつは、すごいですねぇ。さすがですねぇ。とキラキラした目をしながら俺の様子を窺っている。圭があんまりすごいを連発するものだから、流石の俺も満更でもない。
 平積み台から少し離れ、自分たちのCDを遠巻きに眺めていると、高校生くらいの三人組がやって来て手に取り話し始めた。
「Valletta って、最近流行ってんだろ?」
 眼鏡をかけた一人が、ジャケットをまじまじと眺め呟いた。
「最近じゃねーよ。お前知らねーの?」
 すると、髪の毛をツンツンと立てたもう一人が、大袈裟なリアクションで言った。
「インディーズの中でもかなり売れてるんだぜ。ライヴのチケットなんて即日完売で、なかなか手に入らないんだってよ」
「へぇー。俺もその噂聞いたことあるけど。Valletta って、今そんなに売れてるんだ?」
 落ち着いた雰囲気を漂わせた最後の一人も、興味を持って話しに加わる。
「でも、所詮はインディーズだろ?」
 眼鏡の学生は、少し小馬鹿にしたような態度をとった。
「バカッ! Valletta の歌は最高なんだよ。あのギターの音とヴォーカル成人の声は、最高なんだ」
 ツンツン頭がいきり立ち、眼鏡に向かい言い放つ。
「てか、お前。知った風な口きいてっけど。ライヴ行った事あんのかよ」
 眼鏡が言い返した。
「……いや……それは、ないけど……」
 眼鏡の反撃に、ツンツン頭は口篭ってしまった。
「なんだよ、それ」
 張り切って力説したわりに、ライヴを見たことがないと言う仲間に、眼鏡は呆れ顔を向けている。
「てか、ヴォーカルの成人ってどんな顔してんだろうな。俺、CD持ってるけどさ、顔が全然写ってないんだ」
 一人だけ落ち着いた表情の学生が、並ぶCDを手に取った。
「へぇ。お前CD持ってるんだ」
 眼鏡が意外そうに言った。
「俺、かっこいいって言う噂聞いたことある」
 ツンツン頭が、再び意気揚々と話し出す。
「また噂かよ」
 呆れる眼鏡。
「じゃあ、今度みんなでライヴ見に行こうぜ」
 ツンツン頭が、名案だとばかりに張り切って提案する。
「チケットとれんのかよ」
「それは、頑張る」
「バカか、お前」
 ゲラゲラと笑う学生たち。その少し後ろで会話を聞いていた俺は、苦笑いを浮かべてしまう。
 噂ってやつは、本当に面白れぇ。本人を置き去りに、独り歩きしていく。まー、カッコイイと噂になっているなら、わざわざ訂正する必要もない。
 しかし、微笑ましいというかなんというか。ありがたい話では、あったな。
「成人さん、顔出したらいいのに」
 そばで三人の話を聞いていた圭が、不満そうに漏らす。
「ビジュアルって、大事ですよ。成人さんはカッコイイから、もっともっとファンが増えると思うんだけどなぁ」
 圭は、VallettaのCDを一枚手に取り、ジャケットを見ながらぶつぶつ言っている。
「いーんだよ。顔なんて載せなくたって……」
 声だけ、音だけ聴いて貰えれば、それでいい。
 俺たちの曲を好きだと思う奴が聴いてくれることが、一番ありがたいんだ。
「でもぉ~」
 未だ不満そうな顔で、圭はCDを棚に戻す。
 そういえば、今思ったけど。
「お前さ。何で俺の顔、知ってたんだよ」
「えっ。それはぁ~」
 語尾を伸ばすなっ、語尾をっ。
「ライヴに行ったことがあったからですぅ」
「へぇー。よくチケット取れたな」
 自分で言うのもなんだけど、当日のチケットなんて直ぐに売り切れる。それを手に入れるとは……、関係者に知り合いでも居るのか? 親が音楽関係の仕事をしているとか?
「成人さんのライヴを見るためなら。発売日前日から並んじゃいますよっ」
 鼻息も荒く、圭は両手の拳を握り締めている。なかなか熱心なファン魂に笑みが漏れた。

 夕方前の街は益々賑わいを増し、目的の場所へ辿りつく事が困難になっていく。スクランブル交差点で信号待ちをしながら、隣に並ぶ圭を見る。
「なぁ、圭。お前、ほかに行くとこないわけ?」
 ほぼ毎日のように、学校が終わると圭は俺のところにやって来る。いくら学生だからと言って、こんなにも暇を持て余しているものだろうか。塾や習い事、放課後の補修学習に部活。現代の学生は、やることが目白押しだとメディアじゃ言っていたが、こいつは例外なのだろうか。
「なんでですかぁ?」
 犬のような表情で、圭が不思議そうに訊き返す。
「俺と居てもつまんねぇだろ? 友達とか居ねぇのか? あと、宿題とかよ」
「ぷっ」
 圭がいきなり噴出し、ケタケタと笑い出す。
「コアな成人さんから、宿題っていう言葉が出てくるとは思いませんでした」
 目じりに涙を滲ませ、まだ笑い続けている。
 なんで年下にバカにされなくちゃならないんだっ。失礼な奴だ。くそっ。
 けど、その笑い顔があまりに無邪気すぎて、やはり怒る気にならない。こいつの前世は、犬だな。尻尾を振って舌を出し、俺の周りをクルクルと楽しそうにはしゃぎまわる姿を想像すれば、間違いないと言い切れる。
「勉強は、平気です。こう見えて、頭は良いんで」
 得意気というよりも、当然だという顔で頭脳の高さをひけらかした後は、いつもの通り満面の笑顔を見せる。
 おいおい。普通、自分で頭いいとか言うか?
 苦笑いを浮かべていると、さっきまでの笑顔をピタリとやめ表情を曇らせた。
「友達は、居ない……」
 急に萎んだ顔つきになる圭に、触れちゃいけない話題だったかと僅かに焦った。しか、全く居ないってこともないだろう。いくら今時の学生が冷めてるとは言ったって、友達の一人くらい居るだろうよ。そういうの、一人もいないのか?
 友達との付き合いがほとんどない俺が言うのもなんだけど、なんだか寂しいじゃねぇかよ。ガキは同級生とくだらないことを無邪気に言ったりやったりして騒ぐもんじゃねぇのか。さっきレコード店にいた高校生だって、三人でつるんでたじゃねぇかよ。あんなのが普通じゃねえのか?
 友達いない発言に、俺まで顔が曇っていく。そうやって同情しそうになっていると。
「可哀想でしょ? 僕」
 今度は、少しも可哀想とは思えないほどの笑顔を浮かべて顔を覗き見てきた。
 表情の切り替えが早いのも、現代の若者特有のものなのだろうか。さっきまで同情していた自分がアホらしくなる。全くついていけない。
「そうだ。成人さん、友達になって下さいよっ」
 ナイスアイデア! と、圭は目を輝かせた。
「あのなぁ~」
 ファンじゃなかったのか? いきなり垣根飛び越えて友達かよ。随分と手間隙素っ飛ばしたもんだ。
 頬を引き攣らせ、ニコニコしている圭を見ていたら信号が青に変わった。
「お前は、ペットどまりだよ」
 圭の頭にぽんと手を置き、皮肉に笑みを浮かべながらスクランブル交差点へと踏み込んだ。
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