第37話 日はどっちに沈む④

文字数 1,526文字

「この下に一輝さんの温室があるよ」と、雅は山道に作られた階段を指した。

「ここに立つと、コータが『一輝さんが死んでる』って、知らせてきた時のことを思い出すよ」

 そう言うと雅は、階段に背を向けた。

「あっちの方が涼しいよ」

 と雅は少し離れた位置に建つ東屋に向う。

 正語は温室へと続く山道をしばらく眺めてから、雅の後に続いた。

 精神を病んだ少年が温室で鷲宮一輝の遺体を発見して、あの道を登ってきた。
 正語はそのことを想像してみた。
 驚いて駆け上がって来たのか、ショック状態でふらふらしていたのか。
 
 だが、そもそも正語はコータに会っていない。
 コータがどんな少年なのかがわからない。

 (本当にコータは、責任能力を問われないような状態なのか?)

 雅の話では、コータは好きな子に猫の餌付けを見せて、気をひこうとするくらいの頭はあるようだが……。



 雅が招いた東屋は見晴らし台になっていた。みずほの町が見渡せた。
 正語は雅の横に腰を下ろし、眼下に広がる景色を眺めた。

「『相棒』の再放送を観てから、守親じいさんの様子見に行った後だから、六時近くだったと思うよ」

 雅は温室で一輝の遺体を見た日のことを話し始めた。

「あの日は夕日が、すごくきれいだったんだあ……ここで一服してたら、真理ちゃんが家から出てきたんだよ。夕飯どうしようかなんて話をしてたら、コータが来たんだ……」

 雅は手にしたタバコに火をつけるのも忘れたように、話し続けた。

「……あたしは最初、誰だかわかんなかった……夕日が眩しくってさ……真理ちゃんが、コータどうしたの?って、驚いた声で言って……ああ、コータが来たんだって思った……そしたら、コータの声がして……『一輝さんが、温室で死んでる』って……」

 正語は後ろを振り返った。
 自分の車がある。
 その後ろには開け放たれた門。
 門の前には左右に舗装された道が伸びている。

「……慌てたよ……あたしと真理ちゃんは転げるように階段を降りてったんだ……真理ちゃんは何度か転んだんだ……あたしは腰が痛くって、坂を下るの辛いんだけど……真理ちゃんは足が震えて、降りれないみたいで……一緒に支え合いながら、一輝さんの温室に入ったんだ……」

 そこで雅と真理子は一輝の遺体を発見。
 それはいい。
 だが正語はその前に気になることができた。

「『西手』は本家の西側にあるんですよね?」と正語はきいた。

「『西手』?……ああ、そうだよ」

 夢から突然起こされたように、雅は目をパチクリさせて振り返った。
 雅は指をさす。
 正語が今朝、車でやってきた道を。

「あの道を行くと途中に脇道があるんだよ。そこを曲がるとすぐ『西手』に着くよ。大きな洋館だからすぐわかるよ」

「コータ君はあの道から来たんですか? こっちの階段から登ってきたわけじゃないんですね?」

 雅はポカンと正語を見た。
 何を言われているのか、わからないといった顔つきだった。

「あの階段から来たのなら、西日が眩しくって、コータ君の姿が見えなかったってことはないですよね? コータ君は温室で一輝さんの遺体を発見した後、まっすぐここには来なかったんですか? どこかに寄ってから来たんですか?」

 雅は開けていた口を閉じた。

「……あたしは、もう行かないと……」と雅は立ち上がった。「客が来るんだよ……支度しなくっちゃ……」

 雅は正語の顔を全く見ずに、門に向かって歩き出した。

 雅は歩きながらライターの火をつけようとしていたが、何度もカチャカチャといわせるだけで火がつけられないようだ。
 諦めたのか、タバコとライターをポケットにしまうと、雅は門の中に消えて行った。

 (なんだよ雅さん)

 正語は冷ややかに雅を見送った。

 (あんた、何を隠してんだよ)


 

 
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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