第1話

文字数 58,134文字

 2年程前、引退したボクサーが居た。1991年4月、桜が満開の季節、後楽園ホール。東洋太平洋チャンプ・ベネズエラから東洋アジアに殴り込みを掛けて、見事ベルトを奪った、ロス・モスプリ。
 試合は、序盤から動いていた。
 チャレンジャー、日本フェザー級の3位、東洋ランカーでも有る、田島元は、得意の左フック、右ストレートを連打し、ロス・モスプリの足を防いで圧倒した。
 しかし、中盤までロスは、立っていた。
 ラウンド6、チャンピオン、ロス・モスプリを、コーナーに追い詰めてグロッキーに見えた。
 ロスの顔面へ、左ストレートが入る、誰もが田島のチャンピオンの誕生を、確信した。
 ドガ、一瞬場内の観衆誰もが、目を疑った。何と、ロス・モスプリは田島と体を入れ替え、田島の必殺ストレートを躱して、リングの中央付近にいた。
 田島は、その時、赤コーナーの、コーナポストに、左ストレートが入り、拳を痛めて試合続行不能となった。
 その時、左拳小指を骨折し、一時姿を暗ませて、3ヶ月後引退する運びとなった。
 そして月日が経ち、1993年1月6日。大阪城ホール、世界フェザー級選手権、王者2冠王、浪速が生んだハードパンチャー、立浪丈太郎VSWBCランキング1位、スコルピオン・スーダ。米国のファイターだ。
 久し振りに誕生した、日本人ファイターであり、ボクシング界のみならず、日本のスーパースター、立浪丈太郎の試合に連日マスコミは、報道し、蝶よ華よと持て囃す。所属は、大阪帝仁ジム所属、戦績は今までデビュー5年で、18戦17勝1敗、KOが12、昨年、WBCチャンプだった、立浪丈太郎は、当時、WBA世界チャンプ、ホセ・ロサリオと、統一世界王座戦をやり、6回ホセの顔面への攻撃で、ホセの左眉を切り、出血多量で、ドクターストップ、TKO勝ちを収め、統一王座に上り詰めた。
 今日のチャレンジャー、スコルピオン・スーダは、ここまで30戦、25勝2敗、3ドロー、KO7の、比較的オーソドックスな、ファイターだ。米国では、ここ3試合ドローに終わっている。技巧的な技の多いテクニシャンである。
 スコルピオンは、調印式の席上こう吹いた。
 「立浪得意の中盤のラッシュを、凌いで、8ラウンドで体力の無い立浪を、KOしてみせる」
 立浪は、それにこう返した。
 「イチビリが、得意そうにKO何て、片腹痛いわ、雑魚、覚悟して掛かって来いや」
 試合開始20分前になる。大阪城ホールの、2階席に、嘗てフェザーの新星と騒がれた、今は落ちぶれた、1人の青年が、難波で買ったホステス、美奈子と一緒に、リングを凝視していた。
 「ハン、立浪なぞ、俺が現役なら、今はリング上に居ねえぜ」
 美奈子は、その青年、田島元の肩にもたれ掛かり、キッスを求めていた。
 「オイ、美奈子、ニンニクくせーぜ」
 リングサイドの、セコンドに、マネージャーと、米倉井ジムのスタッフが出て来ていた。
 「ヘイ、米倉井さん、今日は8回までやるらしいから、耐久戦の構えを取って下さい」
 スコルピオン・スーダのサイドに居るマネージャーは、ケビン・グレードと言い、世界8カ国語を操り、日本人の世界チャンピオンも、2人作った事も有る。
 「ヘイ~、スコル、今日はディフェンス重視でファイトしな」
 「ハイ、極力そうして行きたいが、あの、ジャパニーズモンキーを、1ラウンドで眠らせてやりたい程だ」
 両者、リングに上がり、いよいよ、タイトルマッチになる運びだ。
 立浪丈太郎は、2本のチャンピオンベルトを、肩に掛け、大きく手を振って、声援に応える。右手を大きく振り回し、シャドーを、始める。
 「ケッ、猿が粋がりやがって」
 田島元は、美奈子の胸を揉み、キッスする。
 セレモニーが終わり、試合開始のゴングが聞こえる。
 両者リング中央に寄り、グラブを、チョコンと合わせて、ファイトが始まる。
 (へーイ、スコルピオン、今日は1ラウンドで終わりだぜー)
 (丈太郎~)
 観客の野次が聞こえる。
 両者、フットワークを使い、左ジャブで牽制し合う。立浪はだらりと右のガードを、下げる。
 「へーイ、スコル誘いだ乗るな」
 スコルピオンは、フットワークも軽やかに、立浪の左ガードを叩く。
 立浪は、ロープ際に追い込まれた。
 スコルピオンは、そのゲルマン人独特のブロンドを、振り乱しながら、左右のラッシュを与えようと踏み込む。
 「へーイ、駄目だー、ガード上げろ」
 マネージャーの、ケビングレードは恐怖の余り、目を見開いた。
 ズゴ、ボク、ズシン、と、スコルピオンの下がって踏み込んできた、甘くなった右ガードに、立浪得意の右と左のフックが入る。
 ヨロリと、スコルピオンは、よろめく。
 「行けやーどつき倒せやい」
 丈太郎サイドのセコンドが盛り上がる。観客は中腰になり、手に汗を握り、丈太郎コールが響く。
 左右のフックの後、スコルピオンは、反撃に繰り出した、右ストレートが空振り、丈太郎の頭を擦る。
 沈んだ体勢からショートアッパーが決まる。
 ズガーン。
 ケビングレードは、リングサイドで頭を抱える。
 「オーノー、何してんだスコル。何時も通り用心して、もう駄目だー」
 既に10カウントが聞こえる。
 ケビングレードは、担架に乗せられたスコルピオン・スーダの脇に近付き、下を俯いて、控え室へ入る。
 スコルピオン・スーダの控え室で、失神している。スーダを心配そうにケビン・グレードは見つめる。
 米倉井ジムの面々は、ケビン・グレードに、何を言って良いか分からず、只沈黙が続いていた。
 その晩、午前23時に、兵庫県芦屋に有る、立浪丈太郎の住むマンションに、一人の男が駐車場で待ち続けていた。
 1時間ばかり待つと、立浪丈太郎の乗る、シボレー・アストロの、89年式マシンが、駐車スペースに、入って来た。
 立浪丈太郎は、元暴走族に所属しい、所謂、カーキチで、マンションの駐車スペースを、5台貸し切り、自分で整備するほどのマニアで有った。シボレーアストロの、白いボディの一角が開いて、丈太郎は出て来た。
 その男、田島元は、ボクシングのグローブを、2組手にぶら下げて、立浪の足元に投げる。ボトリ、と鈍い音がして、ボクシンググローブは、地面に落ちる。
 「何や、誰かと思たら、コーナーポストパンチの田島さんやないか、何ですか、このグローブ、ワシとサシでドツキ合いたいんか?」
 丈太郎は、噛んでいたガムを、路上にペッと吐き、グローブを拾い上げて笑う。
 「何や知らんが、ストリートマッチかいな、相手したるで」
 「立浪、お前は俺と運よく当たらなかった、今ここで、お前の運も終わりだ」
 「来な、ザコが引退したお前など目じゃないわ」
 2人素早く、バンテージも巻かずにグローブを付ける。丈太郎は、両手を下げて、劇画のボクシング漫画の様な構えを取る。引退したロートルのポンコツにガードなどない方がやり易いと、踏んだ物か?
 イキナリ田島は突っ込んで行き、左のフックを繰り出す。立浪丈太郎は、右のストレートを繰り出す。ドガ、と物凄い音がし、立浪の頬を、田島の左が掠る。立浪の右は田島のボディーに深々と刺さる。
 立浪丈太郎の頬から、血が滴り落ちる。立浪は、暗夜の駐車場で、月明かりに反射して、両の眼が光る。田島はのたうち回り、数時間前に飲んだ酒を吐く。
 白タク稼業
 2月の夜気の冷たさが、身に染みる。新宿駅西口で、女がタクシー待ちをしている。女はグレーのコートに、身を包み、雪がパラリと舞い落ちる空を、見つめていた。
 午前1時だと言うのに、タクシー乗り場の、客待ちの列は長い。田島元は、一人路上駐車をしている、愛車のコロナ・エクシブの、運転席から身を乗り出して下車する。
 独り田島は、シャドーをしながら歩き、女に近ずく。シャドーするパンチは、素人目には追い付かず、舞い落ちる雪片を、軽快に叩く。
 田島は、オーロラビジョンに写る、健康ドリンクのCMを、片目でチラリと見ながら、チッ、と唾を路上に吐く。
 一体今年は、元号に直すと何年だ?と、ゴミ箱で風に晒されている、スポーツ新聞を、手に取り1面を見やる。
 【丈太郎・次の対戦は?WBA王座返上を申し出る?】
 「チッ、大した景気じゃねーのか日本も」
 元号を見ると、平成5年か、と思うと今年でこの俺も27歳か、ク・・・ロートル、と苦笑せざる得ない。
 どうにかして、30になるまでに、定職に就いて実家の一人暮らしのお袋に楽をさせてやらなければ。
 と思う間に、女の近くに来ていた。持っていたスポーツ新聞を、ロータリーに投げ捨てる。
 女の方から、寒気の強い冷気を含んだ風が吹き、香水の匂いが漂う。
 「あの、お嬢さん、お車お困りでしたら安く送りますよ」
 女は、フッと此方を向いて、無視する。
 「オヤッ、白タクさんですか?、私、社に戻らなければならないので、5千円で送ってくれませんか、時間に間に合わないとならないモンで」
 スーツを着た、中年の男に、思いま掛けずに、声を掛けられた。
 「ハッ?良いですが何方までで?」
 「神田の駅近くの、東都スポーツ新聞社まで、さっ急いで乗せて下さい」
 男をコロナ・エクシブの、助手席に乗せ20号を走る。
 男は、東都スポーツの、プロレス担当記者だと言う。
 「いや~悪いね、どっかでアナタ、会った事ありませんか?」
 田島は、いや、無いですねと、笑顔を作りながら、フロントガラスに舞い降りて来る雪を見つめていた。
 雪は更に本降りになって来た、車は、半蔵門で左折し、お堀端を走り、会話は途切れる。
 「あの、プロレスって、今チャンピオン誰ですか?」
 田島は、唐突に話が切れるのを恐れて、適当に話題を振った。
 「いや~君は見たこと無いのかね?、プロレスって言っても、団体が乱立して、何がチャンピオンか、訳が分からない位さ、で、君、何かスポーツしてるの、良い体してるね」
 男は、気味悪く笑い、田島の左上腕筋を摩る。
 「いや、昔、空手を少々して居まして」
 「ヘェ~じゃあ史上最強の極限かな?」
 車は、竹橋ICの下を左折し、一ツ橋方面へ向かう。
 「あのねぇ、大仁田が今日ね、試合が有ってね、あ、チケット一枚有るから、今夜6時から板橋体育館で、見に来てね」
 「ハイ、済みません」
 田島は、コーヒーを飲み、早くから来た眠気を覚ます。
 「君は、良い若者だ名前何てぇーの?」
 「ハイ、田島元一と言います、私の移動電話のナンバー教えます、忙しいときは何時でもご用命を」
 2人は、名刺交換をして、神田の駅近くの、東都スポーツ新聞社・本社の駐車スペースに入れる。
 「じゃ、色付けて6千円にしとくよ、又今度も宜しくな田島君」
 「ハイ、大変有り難う御座いました」
 バタム、とドアーが閉じて、桜井と名乗ったスポーツ記者は、ビルに消えて行く。
 田島は、秋葉原のロータリーに着ける。前に止まるY30のタクシーから、運転手が降りて来る。ロータリーでタバコを吹かしている、二人も来る。
 1人は中年の太った男、1人は禿げた頭に、制帽を被り、60代と思しき老年に近い男、もう1人は、20代の若い、やくざ風に開襟シャツを着て、ハンカチを、胸ポケットから、垂らしてタバコを横ぐわえして、此方に眼を付ける。
 田島は、無視を決め込み、リアシートに有る、【右極曹社】と、大書された、プレートを、フロントガラスの内側から外に見える様に出す。
 少し、眠気を催し、目を瞑る。ガチャリ、と助手席のドアーが開かれ、先程から此方を伺っていた、3人組がドアーを開けて、声を掛けて来た。
 「オイ、ヤーさんよ、此処は俺等、タクシーの所場だ、ロータリーから出て行ってくんねぇ」
 開襟シャツの若い男が凄む。
 「動かねぇーと言ったら?」
 田島は、顔を上に向けて、椅子をリクライニングしながら、週刊誌を顔に被せて鼾を掻く。
 「んじゃ、力ずくで退いて貰うよ」
 3人の男は、手に手に鉄のパイプを、持ち、田島を運転席から追い立てる様にして、車のシートを殴打する。
 「オイ、人の車に、汚ねぇ手で触るんじゃねぇーよ」
 「何ぃ~表へ出ろてんだ小僧」
 「やれやれ、そんなに打ちのメされたいのか?」
 田島は、運転席からストンと出て軽くフットワークする。
 「やい、格好付けてんじゃねぇ、掛かってこいや」
 田島は、打ち下ろされる鉄パイプを、ウェービングで躱し、その次に、50㎝程接近んして、右のアッパーを繰り出す。
 一撃だった、若い開襟シャツの男は、雪の降る路上にクタリとノビタ。
 後の二人は、ヒェーと叫び、公衆電話に走って行った。
 「やれやれ、此処でも嫌われ者か」
早朝5時。東京都下、昭島市の上河原3丁目の、小泉荘と言うアパートの、1階101号室が、田島元の自宅だ。車、コロナ・エクシブを、アパートの駐車スペース、3番へ入れる。今夜の上りは1万2千円だった。3人客が付き、最後は埼玉県の戸田で終了した。
 田島元、1966年生まれ、青森県八戸出身。元日本フェザー級3位、八戸に、高校まで居、専らスポーツは空手部に在籍していた。
 母、清美は今年で52歳だ、夫を早く亡くし、リンゴ農園でアルバイトをし、リンゴの採取をしていた。息子2人を、女手一つで育てた。
 母は、男は喧嘩に負けて泣いて帰るな。頑張れば男はどうにでも出世できる。だけんど、女は損ばかりだべや。と良く口癖の様に言っていた。
 母は、止むを得ず、夫を亡くしてから、夜の街でホステスをしていた時代も有った。6畳2間のアパートに、時には男を連れ込み、夜だと言うのに、弟と2人、家から出されたこともしばしば有った。
 田島元は、後に知ったのだが、外へ出される時は、母は、売春をしていたと、母を買った、ヤクザ者に言われて、田島は逆上して、その男を片羽にしてしまった。その報復に、田島は、組織の男達と乱闘になり、3人病院送りにして、母が、定期貯金を解約し、慰謝料を払わされた。そんな田島も何とか、高校は卒業した。
 卒業のその日に、同級生の小林志穂に、プロポーズするも、大学を卒業してから考えて見る、と遠回しに断られた。東京で志穂と再会した時は、志穂も変わってしまい、もう一度プロポーズをした時、志穂は言った。
 「アナタ、仕事何してるの?、私は、6大学出て、スポーツカーに乗って、背が180㎝以上ないと嫌なの、それにアナタってボクサーでしょ、汗臭いわ」
 最後に、こう付け加えた。
 「私、ビンボーしたく無いの」
 その夜、田島は、東洋太平洋4位の、カムン・ポイチャと対戦し、1ラウンドでKO
してのけた。
 田島元は、東京都下・府中市の、大手家電メーカーの、工場員として、就職した。
 その傍ら、昭島市に有る、ボクシングジム・岡崎スーパージムに入り、19歳にして、プロデビューを飾った。
 忘れもしない、プロデビュー戦は、同じグリーンボーイの3戦目、真中直と、4回戦で戦った。
 ヤケクソで生きていた田島は、拳闘・ボクシングを、公にやる、喧嘩で、警察も人を殴っても、逮捕しに来ない結構な処刑だと思い、今まで虐められてきた社会への復讐だと思っていた。
 甘ったるい現代人の生活に飽き飽きし、社会で平和そうに、幸せそうにしている、豚共を、地獄の底に叩き落してくれると意気込み、ボクシングの世界へ入った。
 田島は、デビュー戦で、のっけからそのファイターとしての、片鱗を見せた。相手が一発繰り出すと、物凄いパンチで、1ラウンド19秒、3発のフックで真中を、葬った。
 倒された真中は、田島を呪い、試合の次の日、田舎へ帰って行った。
 そして、24歳の時、東洋太平洋タイトルに挑戦し、チャンピオン・ロス・モスプリを、追い込み追い詰めた時、ロスの巧みなフットワークで、必殺の左ストレートが外され、赤コーナーの鉄柱を強打して、左手小指を骨折し、ショックで、自らの選手生命に終わりを与えた。
 通算成績は、21戦18勝3敗KO12である。
 田島元は、寝酒のニッカウヰスキーを、瓶ごとラッパ飲みして、昨夜の残り飯を、よそおい、コンビニで買って来た唐揚げをオカズにし、鍋に残っていた、コーンポタージュスープに、火を入れて朝食ならぬ、寝食を食べる。
 ケビングレード
 赤坂3丁目、日本料理・アヤマン・にて、米倉井ジム会長、米倉井現造、マネージャー、美濃誠二そして、スコルピオン・スーダ、とそのマネージャー、ケビン・グレードの、4人で鍋を囲む。
 「では、スコルピオンさんの、残念慰労会を、我々4人で始めましょうか」
 スコルピオンは、顔面を腫らして、俯き加減に、フォークですき焼きを突く。
 スコルピオン・スーダは、意気消沈していると思いきや、冗舌に陽気に話し出す。
 「へーい、米倉井さ~ん、次は、女性の居る所が良いですね」
 ケビングレードは、通訳せず、スコルピオン・スーダを、無視し、鍋を突く。
 「しっかし、試合の方は残念だったね、パンチ貰った顔大丈夫かい?」
 美濃は、さも心配と言った風情で、ニヤッと笑いながら、すき焼の卵を追加し、松坂牛に浸けて美味しそうに食す。
 ケビン・グレードは、これも又通訳せず、箸を使い付け出しの行者ニンニクの酢漬けを食べて、庭の方に眼をやる。
 ケビン・グレード、1944年、英国ロンドン生まれ。16歳から20歳まで、アマチュアボクシングで慣らし、22歳の時プロのリングへ上がる。
 26歳の折り、ビジネスチャンスを求めて、米国テキサスダラスへ渡る。
 その妥協しないファイティンングスタイルで、一時は、ウェルター級、世界8位まで登り詰める。
 ある日、地元ダラスのチャンプ、コーザ・スカイリー戦で、地元プロモーター、マフィアに、八百長を、強要され、スカイリーを、八百長破りでKOした。
 八百長の内用はこうだ。
 地元チャンプ、スカイリーが、1ラウンド目、ダウンし、そのファイティングスピリットで、立ち上がり、初回はケビンがポイントを取り、6回まで、静かに戦いが続き、7階、スカイリー得意のアッパー2発で、ケビンがKOされると言う筋だったが・・・・・・。
 ケビンは、1ラウンド目に、猛烈なラッシュでスカイリーの出鼻をくじき、スカイリーが反撃できない程、パンチを浴びせ、1ラウンド、2分12秒KO勝ちで制した。
 その掟破りの試合によって、有りとあらゆる嫌がらせを受け、チャンピオンベルトを返上し、ダラスの興行界から干され、ニューヨークへ渡った。
 ニュヨークでの2戦目、ケビ・マクドナル、当時世界ランカーとの、エキビジションマッチにて、3ラウンド、23秒、ケビ・マクドナルの放った必殺の右フックを、2連打され、右目を損傷し、出血多量でTKO、試合続行不能になり、敗退した。
 その後、右目の損傷により、視力が低下し、ボクシング現役生活を、絶たれた。
 そして、2年後、当時無名だった、米国の、ヘビー級ボクサー、ニコス・ローソンを、1年掛かりで、世界ランカーに仕立て上げ、WBC世界ヘビー級のチャンプ、カシアス・セインとのマッチメイクに成功した。
 そして、世界タイトルマッチの日が来た。
 結果は、ニコス・ローソンが、王座に就いた。アレは、5ラウンド、劣勢だった、セインのボディーを、執拗に攻め、6ラウンド遂に、セインはボディー攻撃に屈し、苦悶し、マウスピースを吐いた。
 しかし、天下は3日と持たなかった、再度、カシアス・セインの挑戦を受け、ニューヨーク、マディソン・スクエアーガーデンにて、3週間後、リターンマッチを迎えた。結果は、ニコスの1ラウンドKO負けを喫する。
 ニコスは、その試合で引退した。
 そして、何人かボクサーのマネージメントを引き受ける。
 2人日本人ボクサーを育て上げ、世界のリングに羽搏かせ、そして、世界王者になって君臨させた。
 その後、ケビングレードは、米国、日本、を、活動拠点にし、世界8カ国語を操るマネージャー、通訳として、ボクシングに関わり続けた。
 ケビン・グレードは、日本料理・アヤマン・に於いて、スコルピオン・スーダとの契約を、解除する書類を持ち出して、スコルピオン・スーダに差し渡す。
 「ヘイ、スコル、今日からお前さんとは赤の他人だ、そこにサインをしてくれ」
 ケビン・グレードは、帰り支度をして、ビールを飲みながら米倉井から貰った、ラッキョの詰め合わせを、バックに仕舞う。
 「オイ、ケビン、此処に何かいて有るんだ?」
 スコルピオンは、文盲では無いが、小学生程のスペルしか解らず、ケビンに質問する。
 「マネージメント契約は、双方の都合で、打ち切れる、但し、2年間はそれを行使出来ずだ」
 「フム、そうか、・・・・・・悲しいな~、ボクとの契約はもう終わりか、うーんもう・・・・・・」
 スコルピオン・スーダは、サラリとサインを書き入れ、米倉井会長にビールを注ぐ。
 「なぁ、ケビンさん、行く宛てが無かったらウチで少しトレーナーして見ないですか?若いので、生きの良いのが揃ってますよ」
 「良いですよ、しかし、フリーの待遇なら・・・・・・」
 ケビン・グレードは銀座にある、ボクシングジム、クラレジムに、顔を出す事にした。
 クラレジムは、大正時代から有る、古いジムだ。昔、戦前戦中戦後は、ボクシングと柔道のミックスドマッチ、所謂、柔拳興行をしていた。今は空手も教えている。
 銀座から、有楽町に行く、途上、4階建ての小さなビルの、2階に灯が点いて居た。
 ケビン・グレードは、2階にあるジムに寄り、先程からムカつく胃に気合を入れる為、ジムでサンドバッグを叩く。
 会長の、平井は以前、ケビン・グレードのスカウトして来たボクサー・前山、バンタム級世界王者になった男を紹介して、懇意の間柄だった。
 会長の平井はケビンの来訪を、オヤッと思い、心中ケビンの手掛けた世界ランカーが、又潰されたと、落ち込んでいるのか、心中を察し、放っておこうと思ったが、ケビンに近付いて、缶コーラをポンと傍らに置き、無言で奥へ消えて行く。
 ケビン・グレードは、何もかも空しい、只管サンドバックを叩く。
 タクシーを待ったが、何台も乗車拒否されて、駐車していた車のタイヤを蹴る。
 車の中から、一人の青年が、ドアーを開けて出て来た。青年は、手にバンテージを巻き、MA1ジャケットから、チューインガムを、取り出し、ニヤリと笑い噛む。
 「ヘイ外人さん、俺の車にアヤ付けやがって、どう言う積りだあー?」
 ケビン・グレードは下を向き言った。
 「アイムソーリー、路上に置いて有るスクラップ車かと思ったんだ、タイヤ蹴ったことは謝るよ、ソーリーソーリー、アハハハ」
 ケビンは、鼻を昼間、六本木の繁華街で貰った、ティッシュペーパーで、かみ、それを、コロナ・エクシブに投げ付けた。
 「オイ、舐めてんじゃねーよ、少しゆっくり、頭冷やして貰うぜ」
 青年は、右のジャブを、2発放つ。ケビンは軽くスウェイして、身を翻し、懐に飛び込む。
 「寝るのは、YOUだ、小僧」
 ケビン・グレードは、その青年のボディーに、ベアナックルブローを、決めて一歩下がる。
 グサリと重い久し振りに味わうパンチをその青年、田島元は、久し振りに嬉しくなって来た。俺もソロソロ、エンジン全開だっと、足を使い、ケビンの鼻へジャブ、右のを放つ。
 ピシリと感触を残し、ケビンの鼻から血が出る。
 「ヘイYOU、ケントウやってたのか?」
 「拳闘とはまた古めかしい、言い方だ、黙って殴り合いしようぜ」
 歩道には、ホステスや、ヤクザ者、高級サラリーマンの類が道に溢れ出していた。
 「ヘイ、ファイト、カムオン」
 ケビンは、49歳と言う年齢に似合わず、体力が、充実していた。
 ケビンの、右フックを躱し、田島は右ストレートをケビンの顎に決めた。
 「うががが」
 キャー誰か救急車ー
 「オイ大丈夫か外人さん?」
 見物人が騒ぎ、ケビンを介抱した。
 それでも、ケビンは、ヨロメキながら、田島の体に抱き着き、パンチを振るおうとする。
 「オイ、外人、お前の負けだ、大人しくおねんねしてな」
 田島は、ケビンを突き飛ばし、車の方へ踵を返す。
 「ヘ、ヘイ、ナイスパンチ、フーアーユー?ファッチャネーム?」
 「ん?田島元ってぇーんだ、訴えたきゃ訴えな」
 ケビンは、そのまま意識を失った。
  昭島駅南口のジム
 2月も後半に入った。春の小梅が咲き、ここ昭島の上河原にも鶯が、ーけきょーほーほけきょと、朝から姦しく泣き、朝も幾分過ごし易くなりなり、田島元は、白タクの仕事から帰って来ると、バタリ、と寝てしまう。
 田島元の生活は、夕方4時に起き、朝飯を食べてから、風呂に入り、5時45分白タク稼業の為、車庫から出て、コロナ・エクシブを、都内に向けて走らせる。
 そんな稼業だが、暇になる木曜日には休暇を取る事にしていた。
 田島元は、ボクシングを引退した後、8つの職を転々とした2年間で有る。
 最初に、中華料理屋の出前、そして新聞配達、倉庫番、工場の流れ作業、引っ越し屋の運転助手、そして現在は自前の車を持ち白タクである。
 白タクは、東京周辺23区に縄張りを持つ、〇×△会の収入、所謂シノギである。
 〇×△会とは、関東広域暴力団の、組織である。暴力団とは、名が付くが、自らの手を下さず、その下部組織や、雇われ者が、金を得る。それ故に、堅気の顔をして、収入を得ていることが多い。
〇×△会のシノギは、主に、金融、興行、土建、等々である。
 田島元は、3-7の割合で、売り上げを〇×△会に上納している。
 従って、収入は少ない。
 田島元は、夕方、午後4時に、目が覚めた。
 小腹が空いたので、トーストにチーズを乗せて、二枚食べてTVを点けた。
 TVは、詰まらない何時も同じパターンで終わる、サスペンス番組がやって居る。大体毎週のように、殺人事件が起こり、人が苦しまず死んでいく有様は滑稽である。田島は、こんな物が有難がられ、TVの王様気取りとは、笑止、とTVのスイッチを切る。
 窓を開け、外の空気を入れる。まだ寒気の残る、シベリア高気圧の影響で、外は、肌寒いが、気持の良い夕陽が赤く染まって行くのを見詰めていた。
 田島元は、トレーニングウェアーに着替えて、プーマのスニーカーを履き、シャドーをしながら、昭島駅南口の方面へ、走って行く。今日は木曜日では無いが、仕事をせず、久し振りにジムに寄ってみようと思っていた。
 上河原から、諏訪神社の坂を登り、朝日町方面へ向けて走る、
 朝日町の、アンダーパスの、側道へ入り、線路脇まで行き、線路沿いを左折して、走る。
 500メーター程走ると、山辺ビルと言う建物が有り、線路の脇に位置する、そのビルの、2階がかつて、田島元が所属していた、岡崎スーパージムで有る。
 ビルは、古めかしく、4階建てで、エレベーターは、4人も乗れば満杯と言った有様で、ウナギの寝床を、思わせる。ビルの入り口に描いて有る案内板には、1階、レイゾー事務機、2階、3階は岡崎スーパージム、そして4階は平嶋商店と書いて有り、そのどれもが落書きされて、薄汚れていた。古さを物語る。
 階段を使い、2階の岡崎スーパージムの、練習場へ入って行く。間口は狭いが、中は、20畳程の広さが有り、中央にリングが設えて有り、リングサイドでは、練習しているボクサーが5人居た。
 田島は、何の挨拶も無く入って行く。トレーナーの門田高安と言う男に見咎められて、田島は門田の方へ歩いて行く。
 「オイ、田島、何しに来たんだ。お前白タクやっているそうじゃ無いか、ウチはヤクザ者の、出入りは禁止しているのをお前は良く知って居るだろう?」
 「フン、誰がヤクザだ、こんなコンニャクパンチしか打てない野郎しか居ないジムで稼いでやったのは何処のだれでぃ?」
 門田は、年長者で今年で31歳だ、田島を宥める為、リングに上げることにした。
 「田島よ、月謝も払ってないお前が何を言うか、引退したロートルが、何処まで通用するかリングに上がってスパーリングして来い」
 「ヘン、相手は誰だ、俺は少し汗を流しに来ただけだ、オイ」
 リング上に門田に、ドンと言われたて上がった外国人の練習生が居た。ドン・レオ・カモメン、21歳だ。米国でアマチュアボクシングをやり日本の大学に、留学をして来て、経営学を学ぶ傍ら、日本のプロボクシングに興味を示し、近々プロテストを受け、デビューを目論んでいた。
 「ハハハ~、こんな半端な練習生で良いのか?、オイ、外人さんよ年幾つだ?」
 殊更悪ぶって、ドンの気持ちを乱そうとする手口は、現役時代と少しも変わらないと言った感じだが、2年振りに見る田島は、ブクブク太り、体が重そうで、シャープな動きは無理か、と門田は見て取った。
 「オイ、ドン、軽くあしらってやれ、1ラウンドで寝かせてやんな、それが先輩に対する温情だ」
 「はーい、カド~タさん、コイツKOします」
 田島は、リングシューズを借りて、ヘッドギア無しで、マウスピースを噛む。ドン・レオ・カモメンは、ゴングが鳴ると同時に、軽くフットワークで飛ばして来る。
 「へーい、田島先輩、1分でお寝ん寝しちゃイヤよ~ん」
 今年、8回戦に上がった、3年目の、高藤が野次を飛ばす。
 田島は、重い体を揺すり、速いフットワークで、田島を、左右から揺さぶる。田島はガードを固めて、執拗にボディーを狙ってくる。パンチを、ガードし、8オンスのグローブで、ドンの空いた右ガードの上から、思い切り叩く。ボコッと鈍い音がして、ドンの足は止まる。
 「フフフ、ロートルの田島さん、今の効いたよ」
 「じゃあ、もう一発で眠らせてやるぜ」
 田島は、右と左のコンビネーションで、ドンのボディーを狙う。ドンは、その速いフットワークで巧みに逃げる。
 と思うと、突然近付いて接近戦で、ブローを、連打する。田島は、2分で足に来た。
 ボクボク、と二発鼻に決まり、田島はヨロケル。
 カーン、と休憩のゴングが鳴る。田島はガードを下げて、水を飲もうとコーナーに近付いて行く。
 ドガ、その時、ドンが突っ込んで来て、ノーガードの田島のコメカミに、左ストレートが入る。
 田島は、意識が朦朧となり、リングサイドに落ちた。
 「へーイ、ドン、それは無いだろうー」
 門田トレーナーは目を剥いて怒った。田島元は、次に気が付いた時は、会長の岡崎健也の部屋で目が覚めた。
 「・・・うーん、ここは何処だ?」
 「元さん俺だ、一体何でアンナ喧嘩スパーリングしてたんだい?」
 岡崎健也は、この年で36歳、元は、岡崎スーパージムは、静岡に在った。沼津に在り、戦前は、岡崎拳闘倶楽部と言う名称で、所謂、柔拳、柔道とボクシングの、ミックスドマッチの興行にも、参加し、元日本フライ級チャンプの、岡崎吉男が、事務を設立し、1968年、2代目、岡崎道世、現顧問が、ジムを受け継ぎ、東京都昭島に移転し、名称を岡崎スーパージムに変えた。現当主、会長岡崎健也は、幼少の頃からボクシングをし、スーパーバンタム級で、その頭角を現し、19歳の時日本チャンプ、21歳の時、最初の世界挑戦し、判定でチャンピオンの、フィリピンの、ベニー・ユキへに勝利したが、判定に、問題が有るとし、WBCが、やり直し決定し、王者決定戦を行う。
 その際、ジャッジメンに、アメリカ人、ノセフ・コーザ(WBC)を、入れて、12回ドローに終わり、岡崎スーパージム側が、WBCに、上告し、もう一度、王座決定戦を、行うよう要請し、WBC側は、次はフィリピンのマニラでタイトル王座決定戦を、決定、JBC日本側がWBCにクレームを入れ一時マスコミを巻き込んで騒然となる。
 そして、1978年4月、フィリピンマニラの特設リングで、タイトルマッチが、行われた。結果は、ベニー・ユキヘが2度ダウンするも、手数の多い、ベニーに軍配が上がり、12回判定で、ベニー・ユキへが、王座返り咲きとなり、ジャッジメン、メインジャッジ、キニー・スカイラーと、岡崎側が乱闘になり、一時、岡崎スーパージムは、WBC側から除外され、WBA、のスーパーバンタム級のチャンプ、ロゼ・もスキーニを、東京へ招聘し、タイトルを狙った。
 そして、1979年、一月、日本武道館で、モスキーニのタイトルに挑戦し、7回、TKOで念願のタイトル奪取し、外電を通じて、WBCチャンプ、ベニー・ユキヘ側を挑発し、1年掛けて、1979年4月に、ベニーに、リベンンジしようと、蔵前国技館で、ダブルタイトルマッチを、する事に成功、岡崎側の面目躍如である。
 「ベニーなど、3ラウンドで潰してくれる」
 岡崎健也が言えば。
 「ヘナチョコジャパニーズのテクニックの無い野蛮なボクシングなど、世界王者に相応しくない、ベルト頂いた」
 ベニーは返す。
 そして、試合当日、ベニーは、軽量でオーバーし、失格、行方を暗ました。
 ベニーサイドは、3億円以上の違約金を払い、ベニーのジム及びスポンサーは倒産した。
 そして、3年前、ブラジルのボクシングのリングで戦って居ると、小さくマスコミが報じた。ウェイトはランクが上がり、フェザーで、年は33歳になっていた。
 岡崎健也は、26歳で現役を引退し、現在はジムの会長で有った。
 田島元は、重い頭を振りながら、身を起こす。
 「うーん、一体健也さんアノ変な外人何者?」
 「オイ、アイツは歴とした留学生で、多摩国立大の生徒だよ、あんなのに、良いの貰っちゃ、現役復帰は難しいな」
 岡崎は、十万石饅頭を、皿に盛り、「ホレ食え」と田島に進める。
 「うーん、また十万石饅頭すかー」
 30分後、田島と岡崎は近所に呑みに出掛けた。
 ケビンのプロポーズ
 田島元は、高円寺のプロポジムと言うスポーツジムで、汗を流す。
 田島は仕事の合間に、会員になっている、このスポーツジムに、3日に一度は顔を出す。
 スポーツジムプロポは、トレーナーは、米国のスポーツ医学の権威、フレッド・アトミンクと言う、中年のアスリートが担当していた。
 「ヘイ、タジマさんもう少し休憩しながらトレーニングして下さい、水も適度に飲んで下さい」
 アトミンクは、ジムを回りながら、何かを計算して歩いている。
 「アトミンクさん、アソコで俺を見ている白人は誰だい?」
 ジムの休憩サロンで、此方をジーと2時間見ている男が居た。
 「あ~アレ、ケビングレードって言って、元ボクサーで、マネージャーの男よ」
 フレッド・アトミンクすは、ケビンに近付き何か囁き交わして歩き去る。
 「フ~ン、ボクシングのマネージャーね」
 田島は一人呟く。
 田島は午後8時、高円寺の駅から出る。愛車コロナ・エクシブで、今夜も白タク稼業だ。
 東京郊外、北千住駅に行き、今日は張り込む日だった。北千住のロータリーで、客待ち顔をする、一人の大柄な男のシルエットが、近付いて来て、運転席側に来る。時計を見ると、午後22時21分だ。どうやら外国人の様で、コンコンと運転席のウィンドウを、叩かれる。
 「ハイ、何処までですか?」
 その外国人、サングラスをして、バーバリーのコートの襟を立てて、寒そうにしていた。或いは、日本語が通じないのかも知れないと思い、英語で語り掛けて見た。
 「プリーズ、ゴーインウェラアーユーゴーイン?」
 「フム、品川まで」
 「OK、何だ外人さん日本語ペラペラじゃ無いですか」
 男は黙って、助手席のドアーを開け、乗り込んで来る。
 「品川って駅までですか?」
 「大井の角半田ビルまで」
 「何か目印在りますかそこ?」
 「トヨタの代理店の裏で、現地に着いたら教えるから出せ」
 「OK」
 車は、環七を都内へ向けて走る。途中タバコが吸いたいと言うので、コンビニエンスストア~の、駐車場へ入れる。
 「何だ、禁煙車か、良い心掛けだ」
 駐車場のスペースに、不良が屯している。田島は降りて、缶コーラを2本買って出て来る。
 外人の男は、タバコの火の点いた吸殻を不良の乗る、クラウンに向けて投げ捨てる。
 ポッと火花が散り、ボンネットを、焦がす。
 「やい、人外何すんだよ、えーおー?」
 少年グループ6人が、外人の男の胸倉を掴む。
 「ヘイ、ノースピーキングジャパニーズ、ユーファイトカムオン」
 外人の男が、男達と揉め出して、タジマは止めに入る。
 「やい、てめぇーもコイツの仲間か、えーオイ?」
 田島は特殊警棒で腹を打たれる。
 「ヘイ~田島ー喧嘩だ全員ノシちまえ」
 外人の男は、一人を右のナックルで倒す。田島は、堪忍袋の緒が切れて、3人を相手に立ち回りをする。
 少年たちを、次々に、左右のフックで叩きノメス。田島は、気が付くと、2人組の金属バットを、持った少年と対峙していた。
 「オイ、ステゴロでバットか、今更汚ねぇとは言わないが、痛い目見て貰うぜ」
 田島は、言うが早いか殴るが早いか?、二人のボディーに右のブローを入れる。外人の男は、気が付くと、車の助手席に乗り込み、手招きしていた。
 田島も、警察が来る前に店の駐車場から出て行った。
 物凄いホイールスピンをして、幹線道路へ、躍り出て走り出す。
 車は、通常に走り出して、やっと落ち着いて外人の男に話し掛ける。
 「オイ、アンタあんな真似して何が目的なんだ、俺への嫌がらせや冷やかしなら降りて貰うぜ」
 田島は、気色ばんでコーラの缶を空ける。
 「ヘイ、田島、コーラは体に毒だぞ、飲むなら少量にしろ」
 外人の男は、サングラスを取り、田島の方へ顔を向ける。
 田島は、直ぐにはソレとは気付かず、お握りを頬張る。
 「あ、アンタさっき、と言うか、夜にプロポジムで俺を見ていたケビンとかいう外人」
 「ハハハハ、知ってたのか、君を是非今夜連れて行きたい場所が有るんでな」
 ケビン・グレードは、田島からもう1本のコーラを貰い一気に飲む。
 「ハハ?何言ってんの俺今仕事中だぜ」
 「そこを何とか、お越し願いたい、君の将来の為だ」
 「将来って何の事だ?」
 田島はガムを噛み、包装していた銀紙を、車窓から外へ捨てる。
 「君の将来だ、ボクシングの為さ」
 田島元は、ボクシングと聞いて、少し目の中が熱くなる。
 ーケビン・グレード、一体何の為にこの俺を喧嘩に巻き込んだり、ボクシングとか、将来とか何の事だか分からないが、面白そうだ、着いて行ってやろう。
 と、思い極めて、今夜の上りを諦める。
 車は、渋谷を過ぎ、六本木から中央区へ向かう。日本橋付近から、国道1号線へ入る。
 「ヘイ、彼女~」
 ケビンは、窓を開けて通行中のOLに大声で叫ぶ。
 「ちょっとケビンさん、格好悪いから止めてよ、ここは、アリゾナ州と違うんだぜ」
 「わーはっは、アリゾナか懐かしいな」
 ケビンは車窓から見る東京の変わり行く風景を見て、昔日のアメリカンドリームの夢を思い出して苦笑する。
 ケビンにとって、今の日本こそがドリームを、実現する時だ、と思い、目が潤む。
 車は、大井に有る、トヨタの代理店の裏にある、角半田ビルと言う、古ぼけたビルの前に止める。当時の事で、路上駐車だ。角半田ビルの2階が、ジムになっているらしい。ジムの名は、田島の良く知っている名で初めて来た。
 その名も、名門沼田クラブと言う名で、会長の沼田は、度々世界サーキットをする程の海外マニアだ。
 沼田は、現在日本フェザー級、9位の、野本誠二を売り出そうと躍起になっている。その、野本のクールなスタイル振りで、役者やCMにも時々出演している。
 それはさておき、ケビンの案内で、沼田クラブの中へ入る。
 中は、ソコソコ広く、リングが2つセットして有り、会長沼田がケビンと、田島を出迎える。
 2人は、沼田と握手を交わして、会長室へ、案内された。会長の沼田が手掛けた、世界王者や、日本チャンプ、東洋チャンプそして、世界ランカー達、お歴々が、写真の中で相手を威嚇する目で、見つめている。
 「ケビンさん、夜分どうも、そして君は、2年前まで居た、フェザーの田島元君だよね、宜しく」
 「ハイ、で今日は何で私メをここまで?」
 田島は、久し振りにみる沼田の顔の、皺と、白髪が多く成って居るのを気にして、出されたお茶を飲む。
 「実は、新聞で見て、ご存知かと思われるのですが、今、メキシコから、フェザー級元チャンプ世界、あ、WBAのね、世界二位のホセ・ロザリオのスパーの相手が居なくて、是非にと、ケビンさんに頼んで相手を探して貰って、田島君を呼んで頂いた次第です」
 「えっ?、世界二位のホセ・ロザリオ?、じゃぁ、今ホセに伝えて下さい、破壊されたく無くば、重いグローブにしなさいと、ニャハハハ」
 田島元は、この時、相打ちを狙うしか無いな、しかも1分以内で、と作戦が頭をよぎる。
 「田島、やる気あるのか?」
 ケビンは、田島を、値踏みするかの様な目で、上から目線を注ぐ。
 取り敢えず、田島は、練習生用のトランクスを履き、サンドバックを叩いて見る。
 ズバ、スパーン、ズンドンゴン。
 田島の、左ナックルは¥、今も健在だと、ケビンは、認め、ホセロザリオは、軽く、お辞儀をして、田島の叩くサンドバックの隣に行き、サンドバックを叩く。
 ピシン、ズバーンズンズンピシピシ。
 「会長、12オンスじゃかったるいから、6オンスないし、8オンスにしてくれませんか?」
 「いや~、ホセサイドと相談せにゃならないしどうでしょう、ホセ?」
 通訳の新崎と言う中年の男が、スペイン語で、ホセに説明する。
 「OK、6オンスでも良いよ、しかし僕のパンチで、壊されたく無いなら、16オンスでも良い、練習して早くシャワーを浴び休みたい」
 「OKらしいぞ、田島喜べ、試合形式で打ち込んでいいぞ」
 ケビン。グレードは内心喜んで、ホセ・ロザリオに、スペイン語で言った。
 「6オンスで良い、君の命が掛かったスパーだと思って相手してくれ、田島は、君を壊したく無いと言っているが彼は凶暴だぞ」
 5分後、2人はヘッドギアを被り、リング中央で、ボディーチェックを受ける、ゴングが鳴る。
 カィーン。
 2人は、中央でグラブをちょこんと合わせて、フットワークで双方グルグル、リング内を回る。
 互いに、軽くジャブを繰り出して、様子を見る。
 1分、膠着状態が続き、ホセは思い切って田島の、左に回ると見せかけて、右に回り左のジャブを入れる。
 ピシピシっと、鋭い音を立てて、田島の鼻にヒットする。田島は走り込んで、フットワークで、コーナー際にホセを誘う。
 ホセは、ジーと見て、足を止めて、打ち合いの態勢を取る。
 「ヘーイホセ、カウンターに注意しろ」
 ホセのセコンド陣が喚いて叫ぶ。
 ホセは左のジャブから、右のストレートを、田島の肩口に滑って当たる。
 田島は、ホセのラッシュを受ける。そろそろ2分30秒だ、体力が尽きて来て、未だ温存していた力を、一気に吐き出す様に、ホセのラッシュが一瞬途切れた合間を発見し、左のストレートを放つ。ホセは右を繰り出そうとした矢先だ。
 バーン、ドシーン。
 ホセの右頬に田島の左ストレートが入り、ダウンする。
 カーン。
 ゴングが鳴ってもホセは起き上がれない、KOされていた。
 「ホセ~、スタンダップー」
 ホセは健やかに寝入ってしまった。
 「オオーイエーイ、田島よくやったぞ金星だ」
 ホセのセコンド陣は、ホセの体を担ぐと、控室に消えてしまった。
 練習後、ホセサイドのマネージャー、コズン・グラードが、ケビングレードに、金50万円渡して、この事を口止め料と、今夜のスパーリングの報酬として渡した。
 「OK、コズン、この事は口外しないよ」
 その夜、田島の車に乗って、ケビンが自宅に来て、是非マネージャーとして、付かせて欲しいとのこと、田島に頼み込む。
 「へッ俺はまだリングに復帰するとは言って無いぜ、半年返事を待ってくれ」
 「ノーだ、直ぐ復帰して世界を目指そう」
 ケビンは、一晩説得したが、田島は、数日返事を待って欲しいと言い、保留した。
 立浪丈太郎VSホセ・ロザリオ
 ホセロザリオとの、スパーリングから一週間半後、WBA世界タイトルマッチが有った。
 軽量も無事終へて、ホセ・ロザリオは、通訳の女性と二人、両国の街で、食事をしていた、寿司処・越後・と言う店で先客に、田島元が現れた。
 「これは、これは、ロザリオさん、試合前に寿司なんか食っていいの?」
 田島は、ヒラメのエンガワと、日本酒を飲みながら、皮肉を込めた顔で、ホセ・ロザリオに言う。
 通訳の女性が、スペイン語で訳す。
 「田島さん、計量は終わった、是非、今日はタイトルを奪い、次にアナタと対戦したい、アナタの強烈な一撃忘れません、また、現役復帰してくれませんか?」
 ホセ・ロザリオは、痩せた頬を更にへこませて田島に握手を求める。
 田島は、握手を思い切り返す。ホセの眼を見ると双眸が光り、殺気を感じて背筋が冷たくなる様だ。
 ホセ・ロザリオは、ポツリポツリと、身の上を話し出した。
 通訳嬢が、遅れない様に正確に、とホセに言われて通訳する。
 ホセ・ロザリオは、1969年に、シウダートファレスと言う、国境の街に生まれる。幼少の頃は、豊かな家庭で会ったが、6歳の時、父は、麻薬中毒で、ホームセンターで銃を乱射して、警察に、撃たれて死亡。
 家を失い、路頭を迷い、金持ちの、スタンリッジと言う男の家に、母と3人の兄と一緒に住み込みで有る。
 スタンリッジは、母だけを夜母屋に呼び、慰み者にし、3人の兄は、その娘、スーザンの性奴隷として、毎夜弄ばれた。
 スーザンは、13歳、学校へは行かずに、近辺の不良グループのリーダーをしていた。
 スーザンは特に、1つ上の兄を、気に入り、11歳で有った兄と、性交渉を強制し、ハッシシーと言う、クスリ、麻薬を使い、毎日3人と、SEXをしていた。
 ある晩、スーザンは、愛犬、ドーベルマンの、スージーと、兄3人と格闘を強制し、スージーが、長男のセントレールを噛み殺し、死体を庭に埋めるのを、強制されて、自らの兄を、土中に埋めた。
 そして、母は、薬漬けにされて、主人、スタンリッジに絞殺され、それを3人で土中へ埋めさせられた。
 8歳の時、いよいよロザリオの番が回って来た。ロザリオは、15歳になったスーザンの、個室に深夜呼ばれて、薬を打たれる。
 スーザンは、その太った体を、ロザリオに擦り付ける様に接触させ、ロザリオの体を舐め回しロザリオの右腕に、コンパスの針で、スーザン・と、傷で刻印された。
 ロザリオは、このままじゃ殺されると思い、朝、寝ているスーザンを、45口径の、コルトで撃ち殺し、国境を越えて、エルパソの街へ逃げ込んだ。
 エルパソの街は、一見静かに思えた。街で、難民狩りが有った、浮浪児と化したロザリオは、エルと言う老人のテント小屋に匿われた。
 エルは、捨てて有る、家電を治して、街灯で売るのが商売で有った。
 儲かる商売で、路頭に迷うことは無くなった。ロザリオは14歳になり、街を牛耳る、スパニッシュ系不良外国人のグループ、カプチーノ一家で、ストリートファイトで、メキメキ頭角を現して来た。
 15歳の時だった、白人の金持ち、ロバートと言う若者を、素手で殺してしまい、保護施設へ入れられた。その時メキシコへ強制送還された。
 メキシコの施設へ入れられて、青少年育成の一環として、ボクシングを手習い、今のマネージャー、コズン・グラードに拾われて今に至る。
 「僕にとってはね、ボクシングなどルールの有る只の遊び何だ、世の中の、金持ちや、上流階級の奴等を地獄の底へ叩き落してやるのが、今の望みさ、遊び何だ、イッツ・プレイゲーム、結局はフフフ、ルール内なら、殺してもOK何だよ、今夜は立浪を、地獄へ落としてくれる」
 通訳の女性は、怯え、ロザリオはニタリと笑い、寿司を頬張る。
 田島は平然と聞き流した。
 「それがどうした?、てめえぇの不幸自慢して何が面白い、通訳さん、その馬鹿に正確に伝えてくれ、俺はお前より強い、拳闘が遊びならその遊びはお前の負けだ」
 「フフフン」
 ホセ・ロザリオは苦笑いをする。
 後ろの席で、人知れず、ケビン・グレードが、聞き耳を立てて笑って居た。ケビンは、あれから返事をしない、田島を気にして、付け回していた。
 しかし、しつこいケビンの、勧誘に少々ウンザリしていた田島であった。
 午後6時、田島は、立浪丈太郎の、控室に通って中にいた。
 「せやからアイツに、田島さん勝ったんか、良く言ってくれた、俺も今夜、1分以内でOKしたる、田島さん、リングサイドで見に来ませんかセコンド席で、どーせ席は2階やろ、安田セコンド外れろや」
 安田と言うトレーナーが外れ、大阪帝人の、会長宗も、了解してくれた。
 午後8時まで、皆でミーティングをし、8時15分、入場した。リング上で、ホセが田島を認めて、ニヤ~と笑う。
 「ヘイホセ、お前が地獄行や」
 丈太郎は、ペースを乱していた。立浪は、地に足が付かずフワフワしてた、と後に語っている。
 リング上で、立浪は、ベルトを2枚待ち、WBAのベルトをコミッションに渡し、セコンドはリング下へ下がる。
 「ヘイ、バッティング、ローブローは反則だ、サミングも原点の対象だ、ナイスファイト期待してるぜ両人」
 レフリーは、アメリカ人、ブルーノ・コーメンだ。
 ホセ側の、セコンド陣からヤジが飛び、レフリー、ブルーノはキッと睨む。
 立浪~KOだKOー
 ワーパチパチー
 試合開始前、観客はざわめく。
「オイ、立浪、奴はセコイ野郎だ、パンチが鳴く手数で勝負してくる、しかも、殴られ弱いKOするなら只なー」
 田島のアドバイスも、今は聞こえなく、立浪丈太郎は、頭が空になる。
 いよいよ、ゴングが鳴る。
 キーン。
 両者、リング中央でくるりと一回転して、グラブを合わす。
 立浪は、イキナリ左ガードを下げる。ジャブが来る、右のジャブだ、立浪は、待ってましたとばかり、思い切り、右のフックを放つ。ホセは、クリンチをして来る。ホセの、後頭部に、流れたパンチが当たる。ホセは、トンと、立浪を押して、ロープに軽く飛ばし、立浪のガードの上を右ストレートで叩く。立浪は、得意の右のロングフックに行こうと大振りする。
 「駄目だ止めろ丈太郎ー」
 ホセは、一瞬、沈み込み、立浪は見失う。
 次の瞬間、立浪は、顎に衝撃を覚える。
 ゴンズバゴン。
 3発、アッパーにショートフックにボディーブローだ。
 立浪は、フラリと来て、ガードを固める。ホセは、深追いはせず様子を見る。
 「オーイ、丈太郎ゆっくり休め」
 「休めさせたら駄目でしょう会長さん、打ち合いのチャンスだ、ここで一気に行けー」
 会長の宗と田島は、別のことを言う。リング中央では、立浪をジーと見ながら、ジャブを繰り出すホセが居る。
 「ヘイ、タツナーミ、ファイトファイト」
 キーン。
 1ラウンド目はポイントでホセが取った。
 「オイ、丈太郎、何だってアンナ変なアッパー貰うなんてどうしたんや」
 「いや、魔が差しただけや、いいから休ませてくれ」
 立浪は、水でうがいをし、会長は顎の様子を触ってみる。
 「田島さん、ここで負けたら見っとも無いやろな」
 「アハハハ、あんなのに負けたら笑ってやるよ」
 立浪は、会長の話によると、減量のし過ぎで、少し疲れて居たらしい。
 キーン。
 ラウンド2-。
 場内アナウンスで、ラウンドのコールを聞き、、プラカードを持ったラウンドガールが下がる。
 田島は少し、下を向いていた。
 ドワードワー。
 凄い歓声が起こり、リング上を見ると、立浪ノックアウトされていた。カウント8まで数えられていた。
 立浪は、起き上がれない。
 「ドクターヘイドクター」
 「オー、丈太郎大丈夫かー」
 ワーワードワァー。
 リングに空き缶が投げられ飛んでくる。田島は、目を疑う。宗会長は呆然としている。
 田島はホセと目が合い、ホセは又ニヤリとする。
 「薄気味悪い野郎だ、ホセ~、次は俺が相手してやるぜ」
 ウィナー、ホセ・ロザリオ~。
 場内コールが起きる。
 営業妨害
 WBA世界選手権から一週間経った。ホセ・ロザリオの事はスッカリ忘れて、田島元は、元の白タク稼業に、戻っていた。しかし、今も助手席にケビン・グレードが乗って居た。
 ケビンは、田島に一日2万払い、自由に田島を扱う約束をしてしまった。
 ケビンは、中野に有る、アスリームと言うジムに田島元を連れ出していた。
 中野のアスリームは、方南2丁目に有り、タスヤ・パクと言うオーナーが経営しており、ケビン・グレードの友人の一人だ。
 パクは、20年程前の1972年に、来日し、ジュニアヘビー級のプロレスラーとして、前座からメーンエベンターになり、タッグ世界チャンピオンになった。1983年引退し、蓄え高値で、ジムを開き、後進の育成に努めた。
 吉祥寺から、水道道路に入り、永福へ向けて、コロナ・エクシブは走った。
 途中コンビニエンスストアに寄って、スポーツドリンクを買い込む。
 ケビンは、マクドナルドに行きたいと言い、中野駅前を目指して走る。
 中野の駅前で、車を路駐させて、ケビンは歩いてマクドナルドに入る。
 コロナ・エクシブの後ろに、Y31シーマが止まり、中から見知った顔の中年の男が車から降りて来る。
 それに気付いて田島も車から降りる。
 「やぁ田代さんここ停めてて良いかな?」
 田代と呼ばれたその男は、グレーのスーツを着て、集金鞄をぶら下げて、田島を見詰めて言った。
 「オイ田島君、サボってて良いのか?」
 〇×△会の白タク世話人の田代は、嘗て田島が後楽園ホールで、日本ランキングに入るか入らないかの時分、ダフ屋をしていた。
 その頃良く、三日と開けずにリングサイドに現れ、野次を飛ばされセコンド陣と揉め事を、起こしていたりした。
 その都度、田島は止めに入り、殴られたりした。
 そんな田代は、今は、頼れる兄貴分で有った。
 10分程世間話をしていると、ケビン・グレードが戻って来、田代を見て険しい顔をして言った。
 「そこのヤクーザどっか行け」
 ケビンは、頭ごなしに怒鳴る。
 車は、方南通りに入り、ケビン・グレードは、ムスッとしている田島の機嫌を取ろうとしてポテトを、口の中に一つ入れてやる。
 カリっとマックフライポテトを、一齧りして、田島は、中野駅前の出来事を思い起こす。
 「やい、外人、俺にアヤ付けてるんかい、一発シバキ倒してゲロ、吐かすぞ」
 ケビンは、間合いに入り、右のストレートを田代の顎にお見舞いし、田代は、成す術も無く倒された。
 「何してんの~、兄貴-」
 田島は、田代の介抱をして、仕様が無しにケビンをコロナ・エクシブに乗せて、方南町に有る、アスリートジム・アスリームに、車を歩道に寄せて着ける。
 中から、受付の厳つい体をした大柄な男が出て来て言う。
 「そこ置いちゃ駄目だよ~、ちゃんと駐車場へ入れてよ~もう」
 ケビンは、先にジムに入り、ビルの中へ消える。
 方南3丁目に有るアスリームは、ボクシング、空手、プロレス、ボディービルダーに柔道、そして、隠密のスパーリングをするには持って来いの場所で、時折少数の客を入れて賭け試合、異種格闘技の試合が有る。
 その、客層は、芸能界、スポーツ界及び格闘界、政治家に、ハイソサエティーの婦人達と言った客層だ。
 アスリームは、地階と6階建てのビルディングを、目一杯使い、地下には報道陣が入れない様、鉄のカーテンが敷かれている。
 ケビン・グレードは、会長のタスヤ・パクの部屋へ入り、田島元を誘う。タスヤ・パクは、もはやジュニアヘビー級の体格を超え、ヘビーに地階ウェイトだ。
 パクは、会長席に座り、ケビンを待って居た。
 「やぁ、ケビン今日の選手は、この人かい、その顔はフェザーに居た、田島とか言ったね、丁度いい、君に試合をして貰いたい、相手は金山ジムの、ホープ6回戦ボーイだが、KO率100%を誇るハードパンチャー、向井太陽君だ、ウェイトはスーパーバンタム級、異論は無いね、ファイトマネーはタップリ出すよ」
 「ヘイ、パク、少しトレーニングして、汗を流させていいか、何せ2年のブランクだ、パンチは弱っちゃいないが、足に来ている」
 ケビンは、会長のコレクションのワイン棚に有る、ナポレオンを取り出してグラスに注ぐ。
 「しかし、ブランクがあるとは思えない、僕の情報だと、この間フェザーの立浪を倒した、ホセ・ロザリオを、スパーでKOしたそうじゃ無いか?」
 「フフン、良くご存知で・・・・・・」
 取り敢えず、試合前に、軽くトレーニングをリング上でして1時間汗を流す。
 「ヘイ、元、相手はグリーンボーイだとて油断はならないぞ」
 「OK、一発で天国へ行ってもらうぜ」
 試合は、午後10時からだ。前座の試合1試合目だ、メインイベントは、空手3段緑川健児VS佐々木恒彦だ、佐々木はKYグランプリと言う、最近ん流行し出したプロ空手の日本チャンプだ。
 緑川健児は、池袋の極限空手の本部師範代を、務めていた猛者で有った。
 ケビン・グレードは、パンチングミットを構え、田島元のパンチを受ける。
 ピシーンパシーン、と軽快にミットの音が鳴る。
 田島は、得意の左ストレートを、ミットに目掛けて打つ。
 ビシ。
 重いパンチが、繰り出されて、ミットを弾き飛ばし、ケビンの右腕を強打する。
 「ヘイ、ナイスパンチ、今夜はKO確実だ、元1ラウンドで倒して良いぞ」
 田島は、知った顔が何人かいたが、無視を決め込み一人丸椅子に座る。
 試合は、午後11時24分に出番が回って来た。田島の前の空手勝負は、フルコンタクト系の空手、加賀塾の山岡が、全日本空手道の系統、空心館竜空手の、山室と言う3段と闘った、双方血みどろになり、空心館の山室がKOで勝利した。
 試合を見に来ていた女性たちは、血みどろの試合を見て、エクスタシーを感じ昇天する女も、多々居る。
 控室で田島は、ケビンのマッサージを受けていた。
 「ケビンさんよ本当に壊して良いのか?」
 「OKだ、アイツは2度も掟破りをして、筋書を壊した」
 「フーン、ボクシングに筋はいらねぇぜ」
 出番が回って来た、対戦相手の向井太陽は、既にリングに上がっていた。
 「青コーナー、田島元選手の入場ですー」
 いよ~田島が久し振りリングに復帰かー。
 「仕事休んで来た甲斐が有ったぜ」
 「キャー、太陽君-」
 向井太陽は、その甘いマスクで女性を魅了していた。
 「赤コーナー、スーパーバンタム級のホープ、青山学園の星、向井太陽-」
 ーキャーキャー、パチパチパチ。
 少数であるが、芸能人の美女達も交じって声援を送る。
 「青コーナー、元日本ランカーの田島元ー」
 「おお、向井を倒して俺を儲けさせろー」
リングサイドには、戦後のボクサーファイティン原がリング上を見詰める。
 両者、ガッチリ、グローブで挨拶して、ゴングが鳴る。
 キーン。
 田島は、ガードが甘い向井の顔面を、右のジャブで牽制して、手を出してこない向井に対して左右のフックの連打を浴びせる。
 向井は、ロープに持たれる。田島は嵩に掛かり、ロープに追い詰めてラッシュをする。
 「ヘイ~様子を見て行けー」
 ケビンは、田島の大振りフックに隙を見出されるのを恐れて、リング上に怒鳴る。
 向井は、田島の左ストレートが3発目来た時、タイミングを計り、右のストレートを決めた。
 ボムッ、と鈍い音がして田島のコメカミに入る。田島はヨロりとな。しかし、攻勢に転じようとしている向井の体にクリンチをする。
 田島は、ブレークを宣告されフッと、何の気なしにガードを下げたその時。
 ボンズンビーン。
 田島は、左右のフックとアッパーでマットに沈む。
 控室で、額に冷たいタオルを置き、顎の痛みを耐えた。
 「ヘイ、今夜は残念だったな、奴にその内借りを返せば良いじゃん」
 コンコン。
 控室のドアーが、ノックされる。もうこの時間は選手の数は少なく、皆最上階の食堂へ行って、食事を摂っていた。
 他所のジムの選手がドアーを開ける。そこには、中型の鞄を持った、会長の、タスヤ・パクが入って来た。金の入った封筒を中から出して、ケビンに中を確認してもらう。
 「うーん、42万か、負けたのにこんなに貰って良いのですか?」
 ケビンは、封筒を自らのスーツの内ポケットに入れて、田島に2万渡す。横になっていた田島は、センキューと言い、2万懐に入れて、今夜の上りが、都合着いたと独り溜息を吐く。
 岡崎スーパージム
 田島とケビンは、昭島市に有る、岡崎スーパージムに行く事になった。
 現会長の岡崎健也は、居た。奥の会長室へ、通されて、岡崎会長と接見した。
 「単刀直入に言います、田島元を、私に下さい、マネージメント全般を私が取り仕切りたい、そして日本での練習場を、ここ岡崎スーパージムでトレーニングしたい」
 「は?田島のカムバックには、異論は無いし、マネージメントするのは自由だし、ジムは月額使用料を払ってくれれば問題無いよ、それにケビンさん、アメリカ、メキシコ回る時は、俺も連れて行ってくれればOKだ」
 岡崎健也会長は、スットボケタ事を言う物だ、観光旅行に行くのじゃないのに、ケビンは心中呆れた。
 「OKジムの使用料はOKした」
 ケビン・グレードは、小切手で、ジムの年間使用料を支払う。
 「OKだケビンさん、で、田島のプロ復帰に付いて何かプランは有るのか?」
 岡崎健也は、ボールペンを、手で弄びながら、何かを紙に書き込む。
 「まず、カムバックに向けて体力を取り戻せたい、ロードワーク重視のメニューを作って欲しい」
岡崎健也会長は、それでいいな?と田島元に念を押す。
 その日から、トレーニングが始まった。
 1993年3月で有った。
 翌日、朝6時に起きて昭島の岡崎スーパージムに行く。
 ケビングレードは、即日に、立川のビジネスホテル、モンテカルザと言うホテルに宿泊していた。
 ケビンは、朝4時にタクシーで、昭島駅前に有る、岡崎スーパージムに着いていた。
 朝4時半、ジムのシャッターの前で待つ。妻、雪江の運転する、日産スカイラインGTRで、やって来る。
 「やあ、お早うケビン」
 岡崎はシャッターの前で座っているケビンに声を掛ける。
 「遅いよー、ボク4時半に来てるのに」
 奥さんの雪江を見て、手の甲にキッスをする。
 「私ーしケビングレード言います、貴方のお名前は、美しいビューティーミセス?」
 「あら、34歳のおばさんに、美しいなんて、私岡崎の妻、雪江って言います、宜しくねケビンさん、ウフフ」
 雪江は、満更でも無いと言った風情だ。
 「ケビン、ビューティーは良いから、明日から5時で良いよ」
 岡崎は、シャッターを開けて、ケビンを中へ通す。
 「ねぇ、岡崎ーき腹減ったよ、何かある?」
 ケビンは、専ら、食料は現地調達である。奥さんの雪江が、おでんの用意がしてあると言う。雪江は栄養士の資格を持って居ると言いグリーンボウイの世話から、ベテランのコンディションまで見ている。田島元は、現役時代は、世話になっていたほどだ。
 ケビンがおでんを食べてると、トレーナーの門田が入って来る。
 「おっはー、皆さのおゲンコ?」
 「オッハーカド~タ、コレ美味しいよ食え」
食事ルームで朝のTVを見ていた。米国が、イラクでの戦闘が膠着状態に陥っていると言う報道が、繰り返されてニュースになる。
 朝一番の、練習生が、3階の寮から降りて来た。練習生6人が、朝のオデンを、ケビンと分け合う。
 東野健吾、中田昇、遠藤貴志、田中米久、スパーニ・アンドレ、そして今月デビューの、フェザー級の、星田公仁。岡崎が、皆、食事を摂っている時、どれが物になるかケビンに聞いて見る。岡崎健也はケビンのケビンの選別眼の眼力を試してみた。
「うーん田中が、良さそうだね」
田中米久は、フライの6回戦ボーイで、ここまで、戦績が6戦、2勝4敗だ。とても褒められた眼力じゃ無いと、健也は腹の内で馬鹿にした。
 「ほーう、田中か、実は東野がバンタムで、今年の新人王戦にエントリーする予定なんだ」
 田中米久は、今現役続行をして行くか、迷っていた。嘗て高校時代、青森八戸で、高校国体で、上位の常連で、ファイテン原の、再来と言われていた。現役時代の、田島のファイト振りに憧れて、上京し、岡崎スーパージムに入門したのだ。
 プロテストも、B級に合格し、順風満帆と見えたが、デビューの6回戦、後楽園ホールで、6回戦のベテラン、帝仁ジム所属の、山田正久との対戦で、ボロボロに殴られ、TKO負けをし、自信を失い、3回戦目で、やっと白星を掴み、2連勝した所までは、良かったが、その後は駄目で、憂さ晴らしに、立川の風俗店に通って居る。今年で23歳だ。
 「アハハ、それ育て方が間違っているからだ、健也の見込み違いだ」
 ケビン・グレードは、あからさまに会長を馬鹿にする。
 「何だと、ケビンさんよ、じゃあお前さんが、ボクシング仕込んでくれるのかい?」
 岡崎は、ケビンの態度に切れ掛け、ケビンに丸投げした。
 「いいよ、何れ世界ランカーになっても、健也の所のマネーは、僕が8で君が2だ」
 岡崎健也は、少々鼻白んだ、顔面がヒク付く。
 5時半、皆でロードワークに行く。ケビンは、門田から借りた、スーパーカブで、多摩川の土手を走る。
 「良いぞ、もう一キロだ」
 日野橋と、多摩大橋間をグルグル回る。昭島のクジラ公園で、一服していると、福生のボクシングジム、太陽ジムの4人が、ロードワークでかち合う。
 「いよ~、岡崎さんの所の、今朝はちょっと早いね」
 太陽ジムの会長、手島は愛想良く手を振る。
 太陽ジムは、福生の熊川に有り、創設9年だ。まだ世界ランカーや、チャンピオンは居ず、スーパーバンタムの江藤が、エースで、ジム初の日本ランカーで8位だった。
 「よお、何処のジムの人?」
 ケビンは、吸っていたマルボロライトを、公園の土に埋めて、手島に話し掛ける。
 「ハァ、岡崎さんは、羨ましいですな~、外国の方がトレーナー何だ」
 「私の名前は、ケビングレード、世界一のマネージャーよ」
 手島は、丁寧にお辞儀をして、名刺をケビンに渡す。
 「ホウ、会長さんなんだ一応」
 手島の心は傷付いた、が、ハッと有ることに気付いた。
 「あのー、ケビンさんて、昔日本の世界チャンプ、小島兄次さんを育てた方ですね?」
 手島は、今年で47歳、昔日の世界チャンプの事を思い出す、その時ボクシングマガジンに、ケビン・グレードは、毎週載って居た。顔を良く出していたのだ。
 「ケビンさん、今度ウチのジムも近いから寄って下さい」
 「OK、暇なら行くよ」
 一行は、再び、ロードワークに戻り、6時23分にジムに帰る。
 門田は、スーパーカブを取られてカンカンに怒っていた。
 「ヘイ、ケビン、人の物に勝手に乗っちゃ駄目だよー」
 門田は、その重量級になった巨体を揺らしながら、パンチングボールに、思い切り右ストレートを入れる。
 6時過ぎに、田島は走って来た。昭島の上河原からだ。
 田島は、呑気にタバコを吸いながら入って来た。
 「遅いよー、ロードワーク終わっちゃったじゃん」
田島は、食堂に入り、オデンを見付けて食べる。ケビンが鬱陶しかった。
 「田島元ーん、そんなに食べちゃ、駄目だよーウェイト落とさないとー」
 「それは済まん、腹減ってたから」
 ケビングレードは、顔を真っ赤にして、市内で田島の足を打つ。
 バシン。
 と物凄い音がして竹刀が、弾かれる程叩く。
 「いってぇーな、外人の癖に何するんじゃ?」
 それから、田島はケビンのボディーに右拳を入れる。ケビンは、苦痛でその場にへたり込む。
 「ガッデム~」
 そんな事から、一カ月経つ、田島は白タクを、廃業して、トレーニングに打ち込んだ。ウェイトは、ライト級並みの135ポンドに落とした。
 立浪丈太郎
 1970年・5月26日生まれ、大阪帝仁の生んだWBCの世界チャンピオンである。
 丈太郎の父は、元アマチュアボクシングの社会人チャンピオンで有った。26歳の時、父久米也は、交通事故で右肩を痛めて、現役を引退せざる得なかった。
 父は、丈太郎に喧嘩に役立つボクシングテクニックを仕込んだ。丈太郎は、小学生の時苛めにあって、いじめっ子を倒す為、ボクシングに打ち込んだ。中学生の時、地元不良グループ・白虎総会の頭とタイマン(一対一)の喧嘩で、対格差を物ともせず、ボディーに2発、鼻に一発計3発でノシタ。
 丈太郎は、中学の恩師、加藤教師の勧めで、卒業と同時に、大阪帝仁ジムに入門、入門と同時にプロテストを受け、B級で、合格、僅か入門で3カ月でプロデビューした。
 デビューの相手は、関西ボクシング界の名門、新日本関西ジムのホープ、グレーテスト友近との対戦で有った。グレイテストは、この数年後、メキシコに渡り、地元のチャンピオンになった男だ。ただし、防衛0回でチャンピオンは移動した。
 話は続く。グレイテスト友近対立浪丈太郎のデビュー戦だ。
 2回グレイテストは、瀕死のダメージを受け、フィニッシュの右フックから、左アッパーで沈んだ。
 2戦んで6回戦を卒業し、8回戦、秋から始まる新人王トーナメントにエントリーした。
 どんどん勝ち抜き、大阪府立体育館で決勝戦を迎えた。
 対戦相手は、九州博多雄、小林栄闘ジム、上川拳だ、拳とはスカシタ名前だと思ったら、リングネームで、本名は小林房男で有った。
 試合当日、立浪丈太郎は体調不良を訴えていた。前日食べた、お好み焼きの具が腐っていたと思われた。
 立浪は、そのビッグマウスを叩いたのはその時であった。
 「1分でKOしてやるわ、1分以上掛かったら引退してやるわ」
 立浪の、その強気に釣られて小林拳は言った。
 「この不良猿に、バナナパンチ喰らわしてやるバイ、一分で倒される程やわじゃないけんよ」
 2人は、記者達の前で言い放った。芸能マスコミが面白がって報道した。
 それから、2時間後、運命のゴングが鳴った。
 最初の一撃、小林はジャブを放つ。立浪は、ガードを下げて、相手を追い込んだ。5発殴られて立浪はニヤリと笑い、コーナーに追い込み、左右のフックをガードの上に打った。
 立浪のパンチは強烈だった、立浪は小林のガードをカチ上げた。
 その瞬間、立浪のボディーブローが、ストマックに刺さる。立浪は、更に小林の空いたテンプル、左側の、に、フックを連打した。
 又ガードが下がり、小林は、亀の様に固くなる。小林は苦し紛れに右のストレートを繰り出す。
 46秒が経過していた。
 次に、立浪のアッパーが小林の右ストレートとクロスし、小林のストレートが、耳を掠め、流れゆく。その瞬間、立浪のアッパーが小林の顎に決まる。
 小林は、マットに沈んだ。
 ここまで、56秒で有った。レフリーの加藤正男は、ドクターを呼んだ。場内アナウンスで、56秒・TKO・TKOと放送された。
 立浪は、その後、破竹の連勝で、WBC王座に挑戦した。対戦相手は、プエルトリカン、スーセ・キャスターだ。左利きで、強烈なブローを持って居る強打者だ。だがここでも立浪は、ビッグマウスを吐いた。
 「今夜のタイトルマッチ3ラウンド立たせておかないわ、あのトリカン」
 チャンプ、キャスターは、冷静に対応した。
「ハハハーハハハー」 
 ただ笑って居るだけで有った。スーセ・キャスターは、35戦33勝1敗2ドローだ。プエルトリコ国内では無敵だった。
 だが今夜は名古屋で有った。
 この日はナゴヤ球場特設リングで有る。
 この夜、名古屋では、3万5千人入った。
 丈太郎初のタイトル挑戦に、日本国内は沸き立った。ゴングは鳴り、初回から、3回まで、静かな展開であった。3回突如スーセ・キャスターは息が乱れた。
 丈太郎はその隙を見逃さなかった。スーセの苦し紛れの右ストレートを、弾き、懐に入り、ボディーに左右の連打をなんと、5発、更に止めの右のショーとアッパー決め、ko、そのままスーセ・キャスターは、病院行きになった。
 丈太郎は、名実ともに、世界チャンプになった。
雑誌記者・緑
 私、月刊ボクシング界の記者、新米ホヤホヤの、新巻緑、24歳です。
 今月の企画は、カムバック間近の、元日本フェザー級3位の、田島元氏の下へ取材に行く運びとなりました。
 田島選手って言うと、私は学生時代、後楽園ホールで、何度か試合を見て、そのテクニックに頼らず、素敵な左ストレートを放つ、強打者ファイターでした。所属事務はあの、岡崎健也会長の、岡崎スーパージムです、早々昭島まで行きました。
 神田から中央線に乗り、立川まで出て、立川から乗り換えて、青梅線で4つ目の駅が昭島です。
 駅を降りると、結構開けていて、住むのにも都心から40分位で行けて、一応通勤圏内かな~と思います。
 それはさておき、岡崎スーパージムは、昭島駅南口から、徒歩5分の場所に有り、立地条件はとても良いです。
 ソロソロと、静かにジムに入って行くと、顔なじみの門田トレーナーに会って見学許可を、貰いました。
 お目当ての、田島元氏は、ロードワークに出ているとの事、私もちょっと、お邪魔しようかなと思い、昭島市の西の外れ、拝島と言う場所のクジラ公園に行きました。
 会長の奥さん(これがとっても綺麗な人なの)の、な、何とスカイラインGTRで、ひとっ飛びで送って貰いました。
 公園って言っても、河川敷の公園です。そこに居ました、居ました、田島氏、今の所、現役じゃ無いので、氏と改めさせて頂いてま~す。
 あ、それに、例の男、ケビン・グレードさんも一緒でした。
 まずまずは、ケビンさんに声を掛けました。
 「あ、あの~私、月刊ボクシング界の、新巻緑と言います、今日は、密着取材に来ました」
 ケビンは、お昼の弁当を、岡崎雪江から、受け取りジロリと緑を睨む。
 「あ~一昨日電話で、話は聞いたよ、しかし、密着取材が一日とは、我々を馬鹿にしてるのか?、一カ月の取材許可は出した、それ以外は受け付けん」
 ケビンはキッパリと言い切り、トンカツ弁当を食べ始める。
 それに比べ、田島元の弁当は、イワシの煮物と、野菜サラダだけでご飯も、2口しか入って居なかった。
 「あ、あの、私、何も聞いて無くて、ごめんなさい、編集長に確認して来ます」
 緑は、涙ぐみながら、雪江の顔を見る。
 「ねぇケビン、一カ月何て、無茶言わないで、2、3日で、許可して上げなさいよ~」
 雪江は、こういう時のケビンは、テコでも動かないのを最近知った。
 「ケビンよ~、俺の特集してくれると言ってんだし、三日でいいんじゃないのか?」
 田島は、あっという間に弁当を、食べ終えて、ケビンと新巻緑の間に割って入る。
 「ノウだ、一カ月じゃ無いとやだ」
 ケビンは続けてこう言った。
 「三日で必死にやっている、我々の苦労の、どこが分かるー?一カ月ならいいよ、後、ギャラの振込先はー」
 緑は、泣き顔になり、雪江に昭島駅まで送って貰い、帰ることにした。その前に、月刊ボクシング界の編集長、岡田に連絡を入れる。
 岡田は、電話中で、1時間後に、又連絡してくれと言われ、岡崎ジムの練習を見詰めていた。
 一方、クジラ公園で、ケビン・グレードは、最近手に入れた、携帯電話ムーバで、月刊ボクシング界の、岡田と話を付けていた。
 「あのねー、一カ月が無理なら、2週間良しとする、オタクの都合も有るだろうし」
 (はぁ、一カ月なら一カ月で、良いっすよ、その代わり、駄目な時は思い切り、叩かせて貰いますよ、後、WBAのホセ・ロザリオに、スパーで勝ったって秘話は特集の時に使わせて貰いますよ、じゃ、一か月後に・カチ~ン)
 岡田は、岡崎スーパージムに居る、新巻緑のポケットベルを鳴らす。
 ピーピーピー。
 「あら、編集長からだ、雪江さん電話貸してくださいー」
 と言った具合に一カ月の取材費が、降りた。
 香港から来た男
 4月の中旬、栄共拳闘ジムに、チャオ・パイレンと言う、東洋ランカーが、来日した。
 チャオは、日本ランク1位の、豊田安春・アジアントレーニングジム・との、ランク戦、フェザー級、対戦する為に来日して来た。
 栄共拳闘ジムには、フェザーの新人に毛の生えたばかりの人材しか居なく、見物に来ていた、ケビン・グレードの、秘蔵っ子、カムバックを狙う、田島元に、スパーリングパートナーとして、一日だけ貸して欲しいと、白羽の矢を立てて頼み込んだ。
 田島元は、その頃、ウェイトはスーパーフェザーの、127ポンド、フェザーより、1ポンド多いウェイトになっていた。
 栄共拳の会長、元山実は、是非にっと、再三頼み込んだ。
 「良いけど、ギャラは、東洋チャンプのスパーのパートナー並にしてくれ」
 その話を聞いて、田島は鼻白んだ。
 ー俺は、闘犬や闘牛じゃあるまいし・・・ケビンの無茶は、今から始まった訳じゃ無いが、丸で銭ゲバだ、と岡崎健也にこぼした。
 健也は面白がっていた。
 「何なら、ウチのランカー出しても良いよ、但しスーパーフェザーだがナハハ」
 そんな話をしていると、ケビン・グレードは、墨田区に在る栄共拳闘ジムから、ハイヤーで帰って来た。
 バタムバタム、と、2回ドアーの閉まる音がして、ケビンともう一人、栄共拳の、フェザーの8回戦ボーイ、金山銀次と言う男を、帯同して戻って来た。
 金山は、東日本の新人王の準決勝に残り、決勝で、東日本新人王に昨年輝いた、浜坂世也に、敗退して次席で終わったのだ。
 ケビンは、金山を引き連れて、会長室にノックもせずに入って行く。
 「オイ、ケビン、何だ、ノックもせずに入って来て?」
 会長の、岡崎健也は、爪を切って新聞紙を、広げている所だ。
 「健也さ~ん、元の、テストに栄共拳の、8回戦ボーイ連れて来たヨ」
 健也は、ジロリと、ケビンを一瞥して、で一体どんな人、と尋ねた。
 「昨年の、新人王戦の準優勝の金山だ」
 「あ~そうか、で、元ちゃんはOKなのか?」
 ケビンの独断で有り、先走りで、元の了解は取って居ない。
 金山は、ジム内のサンドバッグを、持参して来たグローブを着け、叩く。
 ビーンビシビーンスバン。
 「おう、結構良いパンチしてんじゃん、名前は確か金山だっけかな、年は17歳か、やるな、将来が楽しみだな」
 門田は練習を見て感心する。
 「お陰様で、新人王は逃しましたけれど、来月勝てば、10回戦に上がれます」
 30分程して、田島元が、ロードワークから帰って来た。
 「お初です、田島先輩、今日先輩のスパーリングにお供します金山って言います」
 金山は、丁寧にお辞儀をして、リングに上がりシャドーをした。
 「知ってるよ、昨年の新人王東日本の準優勝の金山だろ、何で来てんの?」
 「ハイ、スパーリングを、会長からして来いと言われて」
 田島は何も言わず、了解したと言い、リングに上がる。田島の世話を最近している、田中米久が、マウスピースと、グラブ、8オンス、それに、ヘッドギアを、二組分持ってくる。
 田島はリング上で、シャドウボクシングを始める。キュッキュッと以前より軽快なフットワークで、リング上を滑る。
 「ヘイ、ゴング、3ラウンドで良いか?」
 「OKです、本気で来てください」
 「生意気な奴だ」
 二人は中央に立ち、間合いを計る。金山は、右のストレートで牽制して、足を使い左側へ回ってみる。
 田島は、左へ左へ、回る金山に、てこずりながら、右のロングジャブを繰り出す。気が付くと、ケビン・グレードと、会長、岡崎健也が、リングサイドに見に来ていた。
 「ヘイ、元、足を使って接近しろ」
 ケビンは、チューインガムを脹らませて叫ぶ。
 金山は、右のストレートから左ジャブに切り替え、ゴングが鳴る。
 1ラウンド終了だ。
 2人コーナーに戻り、水でうがいをする。
 「ヘイ、金山、次のラウンドで蹴り着けようぜ」
 田島は、マウスピースに水を掛け、洗う。
 金山は、OK、ラッシュ行きます、と、返事をしゴングが鳴る。
 金山は、ガードを下げ、右のストレートを足止めに打って来る。対する田島も足を止めて、応じる。
 ビシッバシッと、双方のジャブが鼻に当たる。1発田島は、顎に軽くフックが当たる。
 田島は、お返しに左ジャブで返礼をする。
 ボムッと金山は、リバーを撃つ、田島は左のボディーブローを、金山のストマックに命中させる。
 「ウグ~」
 カンカンカン
 「ストップだ、大丈夫か金山君?」
 門田トレーナーが、金山に水を掛けてやる。
 「ヘイ、元、ナイスファイトだ、これでバイトのチャオ・パイレンとのスパーもOKだな、コンディション良さそうだな、良い練習してくれ」
 三日後、田島元を伴ない、ケビン・グレードは、タクシーで栄共拳闘ジムに赴く。
 公開スパーリングと有って、報道陣が10数人来訪していた。中には、香港のマスコミも来ていた。チャオ・パイレンは、香港では大変な人気だそうだ。
 チャオは、豊田戦で、勝利した暁には、東洋太平洋のベルトを狙い、世界チャンプをも視野に入れていた。
 チャオは、戦績は、21戦16勝5敗で、ドローは無く、KOは10有る。
 ケビンは、チャオのジムの会長、勢・力年と、栄共ジムの会長、元山実と、相談して、ラウンド6回の10オンスグローブで、やる事にした。
 「勢さん、ギャラは東洋チャンプの、スパー代位出してね」
 「うむ、田島君も体絞って来てるし、丁度良いからそれ位出すよ~」
 田島は控室で、チャオ・パイレンと顔合わせする。
 「ヘロー、タジーマ、ナイスファイト期待してるよ、6回だそうだ、馬鹿の一つ覚え、左ストレート打って良いよ、効かないから」
 チャオは、体中のシップを剥がしながら悪態をつく。
 「何ィ~、左ストレートが効かないだと、今お見舞いしてやろうか、あ~?」
 そこへ、ケビンが入って来た。
 バッと、田島の左ストレートが繰り出される瞬間だった。
 「何してる~田島―」
 ケビンは、体を呈して、田島を止める。
 ドガッと、ケビンは、チャオのパンチを、顔面に貰い、背に田島のフックを貰う。浅手だが痛い。
 二人は、それで気が収まり、静かにする。
 「何すんのよー二人共-喧嘩しちゃ駄目ーよー」
 それから、30分後、練習が始まる。田島は、これ見よがしに左のストレートを、サンドバッグに叩き付ける。
 「ヘイ、元、ヤツーは得意技は右のショートアッパーだそうだ、初回からラッシュして眠らせていいぞ」
 「フンッ、あんなチャイナ野郎、鼻から眠らす積りだったぜ」
 田島元の、傍らで、月刊ボクシング界の、新米記者、新巻緑、一生懸命メモを取っている。時折インタビューを、挟み、写真を撮る。
 「あのー、田島選手、今日は、メンタル面は、どういったコントロールで戦いますか?」
 緑は、田島が今日は、荒れているのに気付き、男の人って言うのはこういう時は、荒々しいのか?と、自分で思い込む。
 「メンタル何て関係ない、ブチノメス」
 緑は、額面通り受け取り、記事のメモにする。
 いよいよ、スパーリングの時間通り、両者リングに上がる。
 チャオ・パイレンは、大勢の報道陣に囲まれて、インタビューを受けながら、リング上のコーナーサイドの椅子に座る。
 「ヘイ、チャオ、今日の対戦相手、田島をどう見る?」
 「フンッ、ロートルなんぞ相手じゃねぃ」
 田島は、リングに上がり、コーナーポストに、右ストレートを軽く入れて、フットワークをする。
 「本日、お集まりの皆様、公開スパーリングを行います。ルールは6回、グローブは10オンスです、そろそろ始まりますので、リングサイドにお下がり下さい」
 会長の、元山実は、リング中央で大声で説明する。
 いよいよ、ゴングが鳴った。チャオ・パイレンは、颯爽とリングを走る。チャオは、コーナーからやって来る田島を、右ストレート一閃、ガードの上から吹き飛ばし、コーナー際に追い込んで、ボディーにラッシュを入れる。
 「ヘイ、元、ガード固めろ」
 ケビンは、ポテトチップスを、食べながらリング上へ怒鳴る。
 ボスボスボス、田島はガードを固め、チャオの嵐の様なラッシュを、やり過ごす。
 「ヘへへ、亀の様だな、掛かって来い、止めを刺してやる」
 チャオは、耳元で囁いて、リング中央で田島を誘う。
 「舐めてんじゃねぇーよ、タコ中国人」
 「ノー、中国じゃない、香港は自治州だ」
 田島得意のブラフで、チャオは少しペースを乱す。チャオは、顔面真っ赤にして、田島元に突っ掛かる。
 チャオは、自ずと大振りのパンチになって来た。田島は、チャオの懐に飛び込み、ボディーに2発左右のブローを叩き込む。
 「ヘイ、チャオ、相手の上のガード、空いてるぞ、相手をしっかり見てやれ」
 チャオのセコンドに付いている、会長、勢・力年は、田島の意外に鋭いフックに、驚く。勢に取っては、田島は飽くまで噛ませ犬で、チャオの存在を、アピールするだけだと思った。スパーリングで、強敵と解り、カムバックしてくる前の、田島を今ここで叩いて潰しておこうと思った。
 チャオは、前半のラッシュで疲れて、パンチの手数が減っていた。
 ゴングが鳴り、1ラウンドは互角と見て取って。ケビンは、何も言わなかった。
 「ヘイチャオ、何であんなポンコツに全力で行くんだ、適当に流して、お茶を濁す程度で良いんじゃ無いか?」
会長、勢・力年は、チャオの頬が微かに切れているのを見て驚く。
 「ボス、奴は只の犬じゃない、必殺の牙を持った、狼だと思った将来を見据えて潰して置きまっさ」
 ゴングが鳴り、チャオは、慎重にリング中央に出る。
 田島は、チャオの弱点は、ボディーと見て取り、顔面へのラッシュをフェイクとして使い、ボディーを狙う。
 チャオは巧みに、フットワークで逃げて、田島へ集中打を、今度は顔面へ浴びせる。田島は一発貰い、二発目を擦り抜けて、チャオの懐に入り、リバーに2連打を入れる。
 「ヘイ、元、良いぞ」
 「チャオ、ガードを固めろ」
 チャオは、ヨロりとなる。田島は、チャオの顎に、必殺の左フックをお見舞いする。
 ぐらりと来た所に、右ストレート一閃、チャオは、苦し紛れに右を繰り出す。
 カウンターだ、両者、ストンとダウンする。ダブルノックダウンだ、そこで、勢・力年は、ゴングを鳴らし、スパーを中止することを宣言した。
 「オ~、流石ロートルと言えど田島だ、まだまだ現役で行けそうだぞ」
 東都スポーツ記者、新垣が興奮しながら言うと、
 「な~にマグレさ、ラッキーパンチが、当たっただけで、2年もブランクの有る田島に、パンチは無いつーの」
 城西スポーツの山田が言う。
 「何やな~、田島は陰で鍛えてたんやろ、なぁ~緑ちゃん?」
 関西系スポーツ誌、テイレスポーツの、西山が、密着取材している、新巻緑に話を振る。
 「そーよ、元さんは凄いトレーニングしてるのよ」 
「え?どう言うの、是非教えてくれ」
 そこへ、月刊ボクシング界の前田が割って入る。
 「そりゃーウチの特ダネで内緒です」
 「そりゃ無いよ~」
 控室で、ケビングレードは、良くやったと、シャワーを浴び終った、田島元に、シップを、貼ってやり、マッサージをする。
 「しかし、元、何であそこで右を貰った?」
 「偶然だ、眠い、早く帰ろうぜ」
 ケビンは、報道陣の中に居る、新巻緑を、呼んで、スパー後の感想を聞いて来いと命令した。
 「え~、元さん今日はお疲れだし自分で聞いてよ~」
 ケビンはその足で、会長室に行く。2階の角部屋だ。
 コンコンと、ノックをし、中へ入る。
 中で、勢・力年と、元山実が、ソファーに座り、何か相談していた。
 「ハァ~イ、今日は、互いにナイスファイトだったね、約束のマネーは?」
 ケビンは、上機嫌で、元山に手を出す。
 「ウム、些少だがこれで」
 元山は、机の上に、置いて有る、封筒を差し出す。中身を見ると、8万円しか入って無かった。
 「ノー、元山さん、額が違うよ、後20万少ないよ」
 ケビンは、机の上に有った、お茶を飲み訴える。
 「些少って言ったじゃ無いか、あんなスパーやらかして、30万とは、図々しいよ君」
 「そうだ、ケビンさん、ウチのチャオを、壊すつもりだったのかい?」
 勢・力年は、苦情を言う。
 「え~?聞こえないね、弱っちぃから、KOされるんだろおー?」
 暴れ出そうとする、ケビンを、ジムの若者が、5人がかりで押さえて、控室へ、追いやられる。
 「ガッデムあのケチ・・・・・・」 
 田島は、ケビンを宥めてタクシーに、新巻緑も乗せて、昭島まで帰る。
 チャオ・パイレンVS豊田安春
 4月も終わり、5月のゴールデンウィークに入った。5月2日、午後6時、後楽園ホール、東洋太平洋第4位、チャオ・パイレン対日本フェザー級1位、豊田安春が、東洋ランキングに、挑戦する。
 豊田安春は、4回戦から初め、ようやく日本フェザー級1位に昇り詰め、晴れて東洋ランカーを迎え撃ち、東洋タイトルを視野に入れようと、目論んでいた。
 ここまで戦績は、10戦10勝負なし、KO10のファイターで有り、必殺の右からのフックと、左のショートアッパーの、コンビネーションで、KOの数を、積み重ねていた。当年19歳である。
 豊田はその強烈なパンチで、もはや、国内に敵が居なく、日本チャンプの、イナズマ公二も、対戦を、ノラリクラリと避けてきた。
 所属は、アジアントレーニングジムで、会長の羽田美幸は、世界を目指せる、久し振りに出た、有望株として、手塩にかけて育てていた。
 試合前、アジアントレーニングジム側は、アドバイザーに田島元を呼んで、ミーティングをした。
 豊田は、田島に問う。
 「あの~チャオの弱点は、ズバリボディーですか?」
 豊田は、その試合ぶりとは裏腹に、気が小さく、試合前は、心配でトイレにも行かない程だ。
 田島は答える。
 「あのさぁ、やって見ないと分からん事も有るよ、怖いなら試合放棄すりゃいいじゃん、一つだけ弱点はボディーだ」
 田島は、減量の末、124ポンドまで下げて、いよいよ、プロ復帰の目途がついた。
 田島の身長は、168センチで、124ポンド、フェザーとしては、ベスト体重だ。これ以上太らない様に、ロードワークに相変わらず専念していた。
 「じゃぁ、ボディー攻撃が有効なんだな?」
 アジアントレーニングジムの、会長、台田一良は、心配と言うより、きっと東洋ランク入りしてくれると思っていた。
 午後7時45分、両者はリングに上がった。
 田島元は、リングサイド席に座り、ケビンの食べている、フライドポテトに手を伸ばして食する。
 「ヘイ、元、食うと太るから間食は止めてくれ」
 フレーフレー豊田~豊田~。
 豊田の地元、埼玉県の大宮から応援団が駆けつけていた。
 やい、香港野郎、今日が命日だー
 「ヘイ、サミング、バッティング、相手への侮辱は減点だ、それにローブローも」
 ―東洋太平洋ランク第三位、チャオ・パイレン、香港。
 田島に、壊されたんじゃないのかー?
 ―赤のコーナー、日本フェザー級一位~豊田安春ー。
 今日は、貰ったもんだー。
 歓声が響き渡り、豊田は両手を上げて答える。
 両者、コーナーに戻り、今か今かとゴングを待つ。
 カーン。
 両者リングの中央に寄り、チョンとグラブを合わせて試合開始だ。
 豊田は、ボ~としている、チャオ・パイレンに、右のストレートを入れる。
 ズダーン)
 開始早々、豊田の右が決まり、チャオは、カウント8まで寝る。
 「ファイト、ファイト」
 ニュートラルコーナーから中央に戻り、豊田は、左右のフックを放つ。チャオはクリンチをして、逃げる。
 チャオは、クリンチしながら、豊田のリバーにブローを入れる。l
 「ブレイク、ブレイク」
 レフリー、全日本ボクシング協会付けの、東郷守男は、クリンチを執拗にするチャオパイレンを、引き離す。
 「ファイトファイト」
 カーン、第一ラウンド終了のゴングが鳴る。
 「ヘイ、ユウ、ガードを空けて死にたいのかー」
 会長で、セコンドに居る、勢・力年は、叫びながら文句を言う。
 「ボス、好きなようにやらせてくれ」
 ダメージの残る、頭で、チャオ・パイレンは、水を一気に飲む。
 「ハハハ、勢さん、やっぱお宅のエースは弱いね」
 リングサイドに居る、ケビンが笑い飛ばす。
 「オイ、チャオ、全力を出せ・・・・・・」
 カーン。第2ラウンドに入り、試合は、膠着状態になり、ラウンドは、4回に入る。
 チャオは、鼻血を流し、豊田は、口の上を切っている。
 チャオは、得意のボディーのラッシュを決める、計15発は入る。
 「オー、何て下手なボクシングだ」
 ケビンは、野次を飛ばし、勢・力年の、頭はカッカと血が上る。
 リング上では、少し疲れている両者が、ダラダラと闘う。
 「ナハハハ~」
 ケビン・グレードは、勢の斜め後方の空いている席に移動し笑いまくる。
 「ガッデム、ユーアー馬鹿か?、リングサイドでしかデカイ顔で出来んのか?」
 勢・力年は、英語でケビンを挑発し、ケビンは、フライドポテトを投げ付ける。
 「オイ、ケビン、俺も怒るぞ、鬼畜」
 勢・力年は、後ろを向いて罵倒する。
 「何ぃ~、チャイニーズの癖に生意気だ、ちゃんとギャラ払え」
 勢は、ケビンに掴み掛かり、ケビンは、軽くフックを勢に当てる。
 「やんのかオラー」
 良いぞ~あほ外人―
 ドワハハハハ。
 会場に、異様な歓声が起きる。
 一方リング上では、2ダウン奪われた、チャオ・パイレンは、ピンチに陥っていた。豊田は、チャオを、追い詰め、ロープ際でチャオは、ボディーブローを、豊田にお見舞いする。スッと豊田のガードが下がる。左ジャブが豊田の鼻先を捉える。
 豊田は、ラッシュに移ろうとしたとき、右のフックが外れ、大振りパンチが、空を切る。
 その刹那、チャオの姿が、目の前から消える。
 (ドガ)
 チャオは、身を沈めて、思い切り跳躍し、豊田の顎に、右のアッパーが決まる。豊田は、白目を剥いてKOされる。
 「ヘイ、ドクター」
 チャオは、豊田を退けて、東洋ランク2位に上がる。
 カムバック
 ケビン・グレードは、日本ボクシング協会に、訪れていた。
 会長の、太田ジムの、太田番睦は、ケビングレードと、田島元の、復帰について相談していた。
 「あのね、ケビンさん、対戦相手が中々見つからないのよ、田島と言えば、世界ランカークラスの破壊力と、タフさで、潰されたくないつーて、どこのジムでも敬遠されてんの」
 太田番睦は頭を、悩まされていた、ケビンの、情熱にほだされて、今まで色々とバックアップを、してきたが、今回は、時間が掛かると言い、話は保留してきた。
 「じゃぁこれで美味しい物食べてください」
 ケビン・グレードは、高島屋の、商品券を手渡して席を立つ。
 「スマなんだのう、もう少し待ってくれ」
 太田番睦は、ケビンをエレベーターまで送り、手を握って別れた。
 ケビンは、東京帝人ジムに、タクシーで、日本橋まで行き、着ける。
 「これ、500円、美味しい物でも食べな」
 ケビンは、チップを渡し、帝人ジムの中へ入って行く。
 ―ズバーン、ズドーン、ストンストン、おーラスト100回―
 帝人ジム内では、中で20人程の練習生が、トレーニングをしていた。
 ケビンは、挨拶もしないで、奥にずんずん入って行き、会長の藤原に近づく。
 「おわっ、何だ、誰だと思ったらケビンさんか、何しに来たの?」
 藤原は、薄くなった頭髪を、肩まで伸ばしていた。ケビンから、商品券を貰う。
 「あ~あんがと、で、何の用?」
 「あのさぁ~、フェザーで10回戦の、野口、パワー野口とウチの・・・・・・」
 ケビンが、皆まで言う前に藤原は、ケビンに言う。
 「あのさぁ、パワー野口は、先週試合したばっかなの、他の選手も何のメリットの無い田島とはやりたくないの、分かってよもぅー」
 ケビンは、この後、東京の大手、米倉井ジム、沼田クラブ、金山ジムと周り、良い返事を貰えなかった。
 ケビンは、仮の自宅、マンションの一室で考えていた。
 田島元は、スパーリングをしていた。一日のトレーニングメニューの中で、スパーリングは、欠かせないメニューだ。田島の場合、一日3回は、スパーリングをしていたが、練習生の中で、着いてこれる者が、ドン・レオ・カモメンしか居なく、こいつと二人でスパーをしていた。
 「来い、カモメン」
 「おーまたやるのー先輩―」
 ゴングは無しで、8オンスグラブで、構え無しでもファイトするルールだ。これは、田島が若い時と言っても、まだ27歳だが・・・岡崎建也からやらされていたルールで、何時いかなる時でも油断はしないと言った心構え戦いだ。
 田島は、早く試合がしたくて、荒れていた。ケビンが言うには、日本ランカーか、東洋ランカーを、捕まえる耐久戦だと言っていた。
 ドン・レオン・カモメンは、日に日に顔の形が変わって行く。
 バン、ズドーン、ガン。
 ドンは、日々一方的に殴られて、嫌気が刺してきた。
 「ヘイ、ドン、次、右のフック行くぞー」
 そこへ、ケビンと、岡崎建也が、外出から帰って来た。岡崎は、門田トレーナーから何か聞かれて、頭を捻る。
 「ハハーン、この俺の対戦相手、まだ決まって無いな」
 ドンを打つ、パンチの威力が、増してくる。カモメンは、リング外を走り、遂に逃げた。この日は、会長室で、ミーティングを開いた。
 会長の、岡崎健也そして、顧問の岡崎道世、マネージャーの、ケビングレード、そして、トレーナーの門田と星山に加藤、それに田島元も交じり、会議を開く。
 「えー、本日は田島元のカムバック戦の対戦相手の、リストアップに付いての相談会を開きたいと思います、では、皆様、忌憚のない意見を聞かせて下さい」
 会長の、岡崎健也が、前口上を言う。
 「何でぇ、相手は東洋ランカーか、日本ランカーで、良いじゃないか?」
 顧問の、父、道世が言い出し、口火を切る。
 「じゃ~、日本チャンプの帝人の、イナズマ公二で、良いんじゃないか?」
 トレーナーの、門田が言う。
 「それが、ダメなのよぅ、帝人拳の連中、元にビビり入って、闘いたく無いとかぁー」
 ケビン・グレードは悲痛な顔で言い放つ。田島元の顔は、青ざめて、怒気を含んできた。
 「てかよー、セサミストレールて、会社が、スポンサードしてくれるかもって、東都スポーツの二面に書いてあったぜ」
 加藤が言い出し、皆初耳で、おおっと、なる。
 「セサミストレールって、何だ?」
 岡崎道世は、世捨て人同然の暮らしをしていて、世事に疎い。
 「セサミストレールは、光田佐製薬の健康ドリンクですよーもうー」
 星山が、補足する。
 「じゃー台東スポーツジムの、マグナム羽田、スーパーフェザーだけど、俺、昔世話になったんだよな、北海道で、ナシ付けるからマッチ組んでくれ」
 田島は、自分勝手なことを言い出して、ケビンが窘める。
 「ダメだーよ、あんな、日本ランクにも居ない、ドサボクサーは、第一客が入らん」
 「何ぃーマグナムは、日本で俺の次に強い」
 田島は、ケビンと、一触即発になる。
 「う~ん、俺のきいた話じゃ、日本ランカーで、元さんとやりたい奴は居ない、て話だ、外国から誰か呼ぶしかないな」
 会長の、岡崎健也は、慎重に言葉を選ぶ、取り敢えず、明日はケビンと田島を連れて、日本ボクシング協会に、顔を出して見ようじゃないか、と会議を打ち切った。
 その夜、田島は、ジムに遊びに来ていた、荒巻緑に、声を掛ける。
 「何だ、取材は終わったんじゃないのか?、俺の特集号は何時出るんだ?」
 田島元は少し、怒りが和らぎ、少し大人っぽくなった緑に、ドキリとする。
 「特集号は、田島さん、元さんが、カムバック果たした時、出すって編集長が言うのよ、それよりさ、今からまた取材が入っちゃったのよ」
 緑は、時計を見て、そわそわ、していた。
 取材は、今来日している、クレロス・マーニィー。フィリピン人で、東洋フェザー級7位、父が日本人、母がフィリピン人の日系人で、今、国分寺の、大矢ボクシングジムに来ていて、今夜9時ごろに、独占インタビューの約束が有ったのだが、今は、8時15分。
 「じゃー俺が、車出すから、一緒に行こうか」
 田島は、今夜は車で来ていた。緑は、遠慮し、電車で行くと言うが。
 「さっ早く来い、下に車置いてあるから」
 二人は、下の駐車場まで降りて、車に乗り込む。緑は、恥ずかしそうに俯いて、田島の横顔をチラリと見る。
 「ねぇ、田島の元さん、今来ているマーニィーと試合したらどう?」
 「え?でも、そのマーニィーは日本で他の奴と、試合しに来てるんだろ?」
 車は、昭島の駐車場から滑り出して、江戸街道を走る。
 「それがね、只ね、お父さんのお仕事で、来ているらしいの、ジムには練習しに来てるだけらしいのよ」
 緑は、メンソールの煙草に火を点けて助手席のウィンドウを下げる。
 「フゥーン、東洋7位で何してるんだそいつ?」
 「うん、建築関係のお仕事、お父さんがしてるらしいのよ」
 「何で、試合しないの?」
 緑の説明では、クレロス・マーニィーは、今年で18歳になると言う、戦績は、10戦負けなし、全てKOで勝っている。しかし、フィリピンでは、死神の異名を取っていて、3人再起不能にしている。最近戦ったのは半年前、当時東洋太平洋7位の、カピス・ヤランと言う、シンガポールの東洋ランカーだった。
 その時、第二ラウンドだった、マーニィーの放った、右のフックがもろに側頭部に入りKO。その後、カピスは、病院に入院し、意識障害になり、杖を突いて、歩行も困難になったという。
 「ふーん、何だか、殺伐としてんな」
 「でね、試合相手に、困ってるらしいんだ」
 車は、国分寺駅南口に着く。ジムの場所を、ぐるりと回って探す。駅から徒歩5分程の、南の外れ、堺ビルディングと言うビルの2階に有った。
 南町3丁目の信号の角にある。時間は、午後8時49分と、ギリギリだ、車を路上駐車をさせて、ATドライブをパーキングに居れる。2人は肩を寄せ合い、ジムの中へ階段を使い入って行く。
 「あのー今晩は、月刊ボクシング界の荒巻と言います」
 応対に出てきた、禿頭の40代と思しき、トレーナーに告げる。
 「あ、ちょっと待っててね、会長―」
 会長の大矢は、50代半ばのデップリとした男で、目の上に、切り傷が二か所有り、昔は日本ランク4位に入り、日本タイトルにも挑戦したボクサーであった。
 「あー月刊ボクシング界の~、あ~クレロスの件か、今控室でTV見てるから、行ってきな」
 大矢は、葉巻を燻らせながら、田島を見つめていた。
 「そこの兄さんは誰?田島元に似てるけど?」
 田島元は、慇懃に挨拶をし、取材に同席詩て良いか聞いた。
 「うん、良いよ、でもスパーはダメだけどな、もうジム閉める時間だからワハハハ」
 「じゃー取材させて頂きます」
 「うむ」
 2人は、奥の控室に行き、ノックをする。TVが大音量で鳴っていた。
 「はーい誰?」
 中から少年の様な声で応答がある。
 ドアーが開き、一人の小柄な少年と、20代半ばの男2人が、TVを見て笑っていた。
 「あのー月刊ボクシング界の荒巻と申します、予定していたインタビューお願いします」
 緑は、ふっくらとした顔を紅潮させて、少し上がり気味に話す。
 「あ、ハーイ、隣の部屋行きましょう」
 少年は、東洋ランク7位の、クレロス・マーニィーだ、その若くてかわいらしい顔立ちは、パンチをあまり受けていない、ディフェンスの天才と言われている所以である。
 「あのーこの人、田島元さんと言う、ボクサーなの、お手伝いに来てもらってるんです、同席して宜しいでしょうか?」
 「いいよ別に、早く終わらせて家帰って寝たいな~」
 「アハハハ、マーニィー、その元さんは、お前のライバルになるかもよー」
 部屋でTVを見ていた、6回戦ボーイ野島が、マーニィーを煽る。
 「ヘぇそうなんだ、元さんて言うの、宜しく」
 マーニィーは、手を差し伸べて、田島元と握手を交わした。
 「んで、お姉さん、何のこと聞くの今夜は?」
 隣のミーティングルームで、マーニィーは切り出した。緑は、小型テープレコーダーで、録音を開始した。
 「えー今夜はマーニィー選手の人生観なんか聞いちゃおうかな?」
 マーニィーは語りだす、15歳の時まで日本とフィリピンを行ったり来たりして、ボクシングを学んだ。中学生のころ、日本での虐めに耐えかねて、同級生3人を、殴って重傷を負わせて、保護観察処分になり、フィリピンマニラ郊外の母の実家に身を寄せた。
 母の実家は、16人家族が居て、煙草農家を、細々と営んでいた。父からの援助もあり、家計は、貧困では無かった。
 ボクシングのトレーニングは、マニラ市内の、パヤオトレーニングジムで、行い、16歳の時、プロデビューした。その相手は、地元出身の12回戦までこなしていた、プレン・コニンと言う、元東洋ランカーで有った。試合は、緊張もせずに2ラウンド目、プレンの右フックを躱して左ストレートを、一発で決まったのを皮切りに、10連勝した。
 「ボクシングじゃ相手が弱すぎて、空手に転向しようかなーと思って」
 マーニィーは、鼻が少々高い様だなと田島は思った。
 「あのー、今まで対戦した中で、一番の強敵はどう言う人ですか?」
 緑は、殺気を含んだ目付きのマーニィーに、気圧されて、変な言い回しをしてしまった。
 「そーだね、マニラの牙っていう、マフィアの用心棒の、林海運と言う、中国人が一番強かったね、何て言うの、カンフー、そう中国拳法で、アイヤーっと、襲ってきて目潰し狙いなんだよ全部」
 マーニィーは、その時を思い出して初めて少年らしい顔をした。
 「ヘ.ヘぇ―、で、何で戦ったのかしら?」
 緑は、怖くなり、テーブルの下で田島の手を握った。
 「そうだね、僕らのグループと、栄一家と言うヤクザで、白い粉の取り合いをしてね、売ると高いんだよアレ、それでね、栄の所と抗争になって、僕が代表で取引に行った時、港で対戦して、もう一発入ったらボコボコにしたんだよ」
 マーニィーは、嬉々として話した。
 「ヘ、ヘぇ―お国が違えば色々違うんですね」
 田島元は、横から合いの手を入れた。今まで再起不能にした3人について語ってもらう。
 「あ~あの3人ね、僕と闘ったのが運の尽き、弱いからじゃねーの、田島さんも、僕と闘ったら分かるよ、自分の弱さ何かじゃなくて、僕の強さが、アハハハ」
 その日のインタビューは終わった。緑は、礼を言うとサッと田島の陰に隠れた。
 「では明日にでも、日本ボクシング協会を通じて、正式に挑戦させてもらうよ、楽しみに試合待ってるぜ」
 「OK、僕は、異存がないよ、ナイスファイトしましょう、死なないでくださいね」
 チュッと投げキッスをして田島を煽る。
 フィリピンの虎
 クレロス・マーニィーは、東洋7位のカピス・カランと、対峙していた。
 カピスは、当時24歳、シンガポールのボクシング界を、代表するファイターだ。戦績は、30戦26勝4敗で有る。KOは19、パンチは有るが、詰めが甘いと言ったタイプだが、右から繰り出すジャブが、閃光の様に速く、目にも止まらないと言った評判だ。
 カピスは、リング上で、マーニィーを見下ろしていた。マーニィーは、唾をリングサイドに吐き捨て、目でカピスを威嚇する。1ラウンド目が、開始された。
 カピスはそのサウスポースタイルから、繰り出す右ジャブを放つ。
 マーニィーは、スイスイと避けて、懐に飛び込み、左右のフックを見舞う。様子見と言ったものは全くない。
 お返しとばかり、左のフックを、返すカピス、1ラウンド目は、小競り合いと言った風情で終わる。
 2ラウンド目、カピスが、猛然とマーニィーの顔面を狙う。マーニィーはクリンチで、やり過ごそうとしたが、ヘッドロックを掛け殴り付ける。
 減点1を、宣告された。
 ブレイクが入り、マーニィーは、カピスのガードをカチ上げて、ボディーに3発入れる。良くリストの効いたブローだ、右の3発目が入りダウンした。カウント8で立ち上がる。
 立ち上がり、猛然と又、滅茶苦茶にパンチを振るう。大振りパンチを、搔い潜り、ボディーに1撃入れるマーニィー。カピスはよろける。その時、
左フック右ストレート、顎にフック、コメカミに右フックが入り、カピス・カランは、マットに沈む。
 勝ち名乗りを受け、残忍に笑うマーニィーが立っていた。
 カピス・カランは、その日病院に運ばれ、脳障害で、引退せざる得なかった。
 VHSビデオの映像は終わった。
 ケビン・グレードが呼んだ、旧知の日本人、一休と言う名前の男から、借り受けたビデオだった。
 一休は、加沼一休と言い、今年で44歳、元はボクシングマニアで、後楽園ホールで選手の追っかけをしている内に、色々なジムの、人手不足を利用し、セコンドに加わり、70年代のボクシング界で、便利屋として、重宝された。
 その後、ケビンが初めて手掛けた日本人チャンプ、小嶋兄次のセコンドとして、世界サーキットに帯同していた。
 その後、神奈川県の鎌倉で、小嶋の所属していたジム、兼松ジムで、トレーナーをして、何とか今まで、生計を立てていた。ケビンの相棒でも有った事が有る。
 「うーむ、とても危険な相手だ、田島どう攻めてみる?」
 ケビンは、心配そうに田島元の顔を見る。
 「そうさな、付け入る隙が有るとすれば、奴の右ストレートを打った時だな」
 「ふ~ん結構自信が有るんだね、田島君、しかし、君の現役時代の闘いぶりも左ストレートの、無茶振りじゃないか、とても、マーニィーの右からのコンビネーションには敵わないと思うよ」
 一休は、さらりと言い、面白そうだから、ケビンにサブマネージャーとして、居させてくれと頼む。
 「一休、休む場所無いよー、居ても良いけど、どこで暮らすの?」
 「ふーむ、取り敢えず、田島のアパートで住まわせてくれ」
 一休は、内心、又、世界サーキットが出来る期待感で、胸を膨らませて、田島に、頼み込む。
 「良いけど、飯自分で作ってくださいね」
 こんな具合に、話は進んだ。
 次に、もう一人、マーニィーの再起不能にした相手の、ビデオテープを見る。そのビデオ群は、一休のマニラに居る友人が、一休の為に、現地でVHSムービーで録画してくれていた物であった。
 このビデオは、1992年、昨年、インドネシアのジャカルタで、マーニィーが試合した時の様子だ。
 それは、昨年、6月、相手は東洋ランク3位の、ポエロ・ガルシア、8回戦の、公式試合で有った。
 ジャカルタの、公園で行われた試合場は、VHSムービーの映像からも窺える程、観客は荒れていた。
 ビール瓶、空き缶が飛び交い、怒声と共にマーニィーが入場する。
 対する、ポエロ・ガルシアは、地元の生んだヒーローで、地元ジャカルタの、TV番組にもレギュラー出演する程の人気者だ。
 試合前に、ジャカルタの、新聞がマーニィーに、インタビューをした時、対戦相手に付いて聞かれ、こう答えた。
 「フフフ、2ラウンドで眠ってもらうぜ、こんなクソ田舎までわざわざ来たんだ、観光がてら、ポエロ・ガルシアをKOするぜ」
 その報道に怒ったインドネシア人は、リングでの、処刑を望んでいた。
 物が投げられ、試合開始が遅れていた。
 マーニィーは、不敵に笑う。
 レフリーが入り、ボディーチェックがなされ、いよいよゴングだ。
 ゴングと同時に、ガルシアは、様子見に軽くパンチを、当てて来た。ディフェンスの上手い、マーニィーは、小刻みにジャブを出してポイントを稼いでいた。
 1ラウンド、2分30秒の時、マーニィーは、ガルシアのボディーに、リストの効いた、鋭いボディーブローを、5発連打する。
 ガルシアは、苦しくなり、ロープに逃げる。またボディーの連打、ガルシアは、無抵抗になる。
 ダラリと下がったガードの上を、マーニィーの左ストレート、右のアッパー、顎に左フック、ガルシアは、人形の様に叩かれる。最後に、右ストレートを大振りして、KOした。
 ドクターが出てきて、ガルシアは、病院送りになる。
 その後、ガルシアは、右目の損傷で引退した。
 ビデオには、続きが有り、勝ち名乗りを受けている、マーニィーに、刃物を持った男がリングに上がり、襲い掛かる。マーニィーは、軽くKOし、リング外へ、警察の護衛付きで、退場していく。
 「ふぅ~一休さん、こんな奴、東南アジアでは野放しなのか?」
 横で見ていた、会長の、岡崎健也は、溜息を吐く。
 「まぁ~あんな物でしょ、発展途上国は、安定してないからね人心が、アハハハ」
 田島は、トレーニングを再開する。10キログラムのダンベルを持ち、空手の正拳突きを、500回やるのが日課だった。
 明くる日、日本ボクシング協会で、大矢ジム、クレロス・マーニィー、そして、岡崎スーパージム・ケビングレード、そして田島元立会いの下、試合の合意と、調印が行われた。
 試合は、再来週の、土曜日、ファイナル10回戦、東洋ランキング戦が行われる。
カムバックGO TO ME
 6月月刊ボクシング界の、田島元特集と、銘打って、7月号が発売された。
 試合3日前、チラホラ、ボクシング関係の記者が、岡崎スーパージムに集まり出した。田島の鬼気迫る左ストレートを、只管打ち続ける姿に、恐れて誰もインタビューや取材をしない有様だ。お陰でサンドバックの一か所がボロボロになる。
 田島のスパーリングのパートナーが、居なく、ケビン・グレード仕方なく務めていた。
 「ヘイ、カムオーン」
 1時間で、ケビンは使い物にならなくなった。
 田島は、休憩がてら、東都スポーツの5問インタビューに答えていた。
 「あの~、復帰に当たっての抱負はどーですか?」
 「はい、飽くまで通過点で、目標は世界に絞ってます」
 「では、対戦相手の、クレロス・マーニィーに付いて何か分かったこと有りますか?」
 「はい、とても良いパンチと、彼の真情は、ディフェンスでしょう、相手のペースに、乗らない乗せないのが手ですね」
 「次に東洋チャンプのロス・モスプリが、復帰してきたら、イの一番に、叩き潰すと言ってますが?」
 「何時でも借りを返したいです」
 記者の、南牟礼は、お茶で一息入れて、煙草を吹かす。
 「クレロス・マーニィーが、1ラウンドでマットに沈めると言ってますが、勝算は有りますか?」
 「やるからには、勝たなきゃ意味がないでしょう?」
 田島は、何を当然の事を、と言った顔で答える。
 「世界チャンプの、立浪丈太郎が、WBAのチャンプ、ホセ・ロザリオと闘いたがってますが、ホセをスパーで倒した男として、秘話が、月刊ボクシング界に載ってましたが、ホセと立浪どちらが強いでしょうか?」
 「一概には言えないけど立浪でしょうね」
 一通り、インタビューを受け、又、サンドバックを叩きに、ジムの練習場へ行く。田島元は、部屋へ帰ると、一休さんが、今月の頭に試合をした、ロス・モスプリの、東洋太平洋タイトルマッチ、12回目の防衛戦のビデオを見ていた。
 対戦相手のチャレンジャーは、東洋太平洋第3位、例の香港から来ていた、チャオ・パイレンである。
 場所は、ベネズエラで、総合格闘技場であると、一休は、解説する。
 一休は、冷蔵庫に入っていたビールを飲み干し、オカキを買ってきて食べている。
 「相変わらずベネズエラで、東洋タイトルか、奴さん東洋太平洋のタイトルを舐めているのか」
 田島は、座布団を敷き、ミネラルウォーターを、コップに注ぎTVを見る。
 チャオは、東洋ボクシング連盟・OBF・の威信を掛けて、会長、ナジャム・ソンの至上命令を受けて、東洋にタイトルを奪還しなければ行けなかった。
 すぐに第一ラウンドが始った。双方手数を出すも、有効打は一発も無く終わる。
 「随分と、悠長な滑り出しだな、なぁ田島」
 一休さんはボクシングの玄人でありながら、選手としての、出場は一度もない、心中ベネズエラが、何で東洋タイトルに拘るのか、察しては居るが、常識外れだと言い呆れる。
 2ラウンドが始まる、チャオ・パイレンは、少し踏み込んで、ジャブを打つ。ロス・モスプリも、ジャブを返す。一発だけ、チャオのボディーブローが入るが、有効打が無く、ラウンドを終了する。
 「しっかし、セコイボクシングだ・・・・・・」
 一休はボヤク。
 5ラウンドまで、進んでいた。相変わらずジャブの応酬で終わる。
 問題の8ラウンドが来た。チャオは、積極的に攻撃を仕掛けて居た。ロスは、チャオのストレートを貰い、ヨロリとなる。そこで、左フック、右アッパー、モロに入る。
 ロスは、髻打ってダウンする。カウント9で立ち上がる。
 一見グロッキーの様に見えるロスは、左のジャブで、牽制しながら、右ストレートを当てる。ポンッ、とチャオの顔から血しぶきが飛ぶ。
 チャオは、熱く燃えてリバーに一撃入れて、間合いを取り、顔面へ、ワンツーパンチを入れる。
 ロスは、コーナー際に、追い詰められる。ダラリと、ガードが下がり、痛々しい。チャオは、フィニッシュとばかり、ロスの顔面を殴打し、右ストレートを思い切り放つ。
 その時、チャオは、ロスと体を入れ替えて、右アッパー、ボディーブロー2発、チャオはグロッキーになり、ロス得意の左右のフックで倒れる。
 チャオは、白目を剥く。TKO、ドクターが止めた。
 又もや、東洋のベルトが返ってこなかった・・・・・・。
 「う~む」
 田島は唸り、一休は鼾を掻き眠る。
 明くる日、田島元は、トレーニング休みで有った。暇なのでジムに寄ってみる。
 月刊ボクシング界の、荒巻緑が、取材の傍ら、何処かに、食事に出ないかと田島を誘う。
 「じゃぁ、駅前のイタリアンレストラン。スパーニャに行かないか、減量は成功しているから少々食べてもOKだ」
 田島と連れ立ち、緑はエレベーターに乗る。
 エレベーターの中で、緑は、潤んだ瞳で田島を見つめポツリと呟く。
 「私、怖いわ、殺人鬼見たいなマーニィーと明日、元さんが、リングで闘うなんて・・・・・・」
 田島は、ボケッとして緑の言葉が聞こえなかった。二人は肩を寄せ合い、歩いて昭島駅北口へ向かう。
 北口ロータリーに有る、レストラン・スパーニャに着く。田島元は、シーフードスパゲティーを頼み、緑はピザを頼み見つめ合う。
 「ねぇ、元さん、明後日勝ってどうするのこの先?」
 「うん、又ボクシング界で生きて行こうと思う」
 田島はワインを頼み、小皿にスパゲティーを盛、少しずつ食べる。
 「あたし、元さんのお部屋行ってみたいな」
 「良いよ、汚い部屋だけど来るかい?」
 それから少し、緑はインタビューをしてメモを取る。
 昭島駅で少し歩いてから、上河原の、田島元の部屋、小泉荘の101号室に入ったのは午後一時であった。
  復帰戦
 後楽園ホール、6月10日。午後6時半、岡崎スーパージム一行は、控室で、シーンと静まり返り、モニターで前座の試合を観戦していた。
 一休は、東都スポーツ裏3面に載っている、田島元VSクレロス・マーニィー戦の記事を読んでいた。
 【今夜復帰戦・2年ぶりのゴング・田島元】
 (今夕行われる、フィリピン・東洋太平洋7位クレロス・マーニィー(18)、対する岡崎スーパージム所属・田島元(27)の復帰戦のゴングが今夜鳴る。互いにフェザー級の強打者、専門家の間では、前評判の高いクレロス・マーニィーは、ここまで10戦して10KO、まさしくフィリピンの虎と呼ぶのに相応しい。対する田島元は、2年前、現東洋チャンプ、ロス・モスプリとタイトルを争い、6ラウンド目に、拳を痛めて負傷し敗退して、引退の運びとなったが、各ジムでの調整スパーリングで、その強打者振りの健在を見せつけてまずまずと言った所だ。専門家の話によると、田島の痛めた拳は、完治している様だが、思い切り左ストレートを出せるかが勝負の分かれ目だ。引退前の田島の戦績は、21戦18勝3敗KO12である。果たしてどちらに軍配が上がるか?・記事小宮)
 「へぇ~前評判が高いぞ元さん」
 一休さんは、梅酒のワンカップをぐびりと一杯やる。
 控室は個室で、今日のセミファイナルである。
 メインイベントは、東洋太平洋バンタム級タイトルマッチ、田原一郎VS小坂四郎の10回戦だ。
 「一休さん、酒はダメだよ~、見つかると怒られるよ」
 今夜のケビンは、声が上ずって、イントネーションがバラ付いている話し方だ。
 午後7時、進行係がやって来て、リングに上がるよう促される。
 「田島選手―時間です、入場してください」
 「OK」
 岡崎スーパージム一行5人、田島元、岡崎健也、ケビングレード、一休さん田中米久の順にリングに向かう。
 (田島ぁー2年ぶりのリング勝って帰ろうぜ)
 ザワザワ、と場内ざわついている。
 この歓声、この匂い、この熱気、これぞリングだ。田島元は、リングサイドに来て身震いして、リング上にパッと上がる。
 「ヘイ、元、今日は大入満員さ、急がずじっくりリングを噛み締めてこい」
 ケビンは、今更田島の様なベテランに、言う事はないと思い、無駄口を慎んだ。
 「なぁ、元さん、あいつのKO記録止めようぜ今夜で」
 一休は、田島のファイティングスピリッツを、喚起させようと鼓舞する。
 「元さん、世界への夢の続きだ、まず一歩踏み出そうぜ」
 会長の岡崎健也は、田島の肩をドヤス。
 リングアナウンサーの呼び出しが始まる。
 (青コーナー、岡崎スーパージム所属~、124ポンド、田島元~)
 「フィリピン小僧叩きのめしちめぇ」
 田島は、両の手を振り、声援に応える。いささかの緊張もない様子だ。
 (赤コーナー、東洋太平洋フェザー級第7位―125ポンド三分の一、大矢ジム所属~クレロス・マーニィー)
 「キャーマーニィー君かっこいい~」
 場内は、一時静まり返り、両者リング中央で、注意とボディーチェックを受ける。
 「ヘイ、バッティング、ローブロー、サミングは反則だダウンしたらニュートラルコーナーに速やかに行って・・・・・・」
 「ヘイヘイ、そんなフィリピン人さっさと倒して飲みに行こうぜー」
 2人コーナーに戻り、セコンドのアドバイスを聞く。田島元は頭の中は青白くなりリング上の空間が、白くぼやけて見える。
 「ヘイ、マーニィ、相手はロートルだが、早い回で倒してしまえ」
 大矢会長は、田島元侮っていた。現役時代の性格は、闘犬と言われ、噛み付いたら相手を離さないしつこさが有り、マーニィーにもその執念を植え付けていた。
 「大矢会長、5ラウンド無いっすよ、僕も今夜家に帰って見たいTVが有りますから」
 マーニィーは、ほんのスポーツ程度のボクシングに飽きて来て、今流行の、グローブ空手に転向し、合法的にリング上で、殺人をしてみたいと、言う欲求を念願するようになった。
 第一ラウンドゴングが鳴ろうとしていた。
 キィーン・ラウンド1
 ゴングと場内アナウンスが響き、両者ンぐ中央に寄る。
 ファーイト。
 レフリーが、大袈裟に大声で怒鳴る。
 田島はジャブを打ってみる。マーニィーは、ニヤリ笑い、左のジャブを返す。キュッキュとフットワークで両者リング上を滑るように走る。
 マーニィ―左グラブを下げて、打ってこいばかリ顔を突き出す。
 田島は、右のジャブを、試しに出して見る。見事なウィービングとスウェイバックで全部外す。
 「ヘイ、元、深追いスンナー」
 「マーニィー一気にのしちめぇ」 
 マーニィーは更に右のグラブを下げてみる。
 タイムは、1分32秒。
 田島は、左のフックを思い切り狙って踏み込んでみた。ズン、とガードで躱されて、逆に右のフックを貰う。ドガと、コメカミに入りヨロリとする。
 場内は、ドヨメク、マーニィーは更に、右のアッパーを狙う。これは躱された。田島は反撃に右のショートフックを出す。これも外れる。
 キィーン。
 第一ラウンド終了。
 「ヘイ、元顔色が青いぞどーした?」
 ケビンは、水を飲ませ、元の頭をポンと叩く。
 「どうも吐き気がして、具合が悪い」
 「何言ってんだ試合は始まったばかりだぜ」
 一休は、田島の背中をさする。
 ラウンド2―キン。
 1分のインターバルを置いて、2ラウンド目が始まる。
 フラリと田島元は、ファイティングポーズを取る。のっけから、マーニィーの目がぎらついて光る。殺気を含んで襲ってくる。
 右のストレート、ヨロ付く田島のガードを叩く。
 「ヘイ、元、ファイトだファイトだしっかりしろ」
 ケビンは心配そうに叫ぶ。
 田島は、左のフックを繰り出す。その隙を突き、マーニィーの右のフックが、又入る。マーニィー得意のアッパー、レフトだ。炸裂する、2連打だ、立っているのがやっとの田島。
 止めの、左フック。
 バシーンと、鈍い音を立てて、田島の目に当たる。
 田島ダウ―ン。
 「あぁ、俺の夢の世界サーキットが、元、立て~」
 一休は、悲鳴を上げる。
 「元さーん・・・・・・」
 荒巻緑は、悲壮な、田島元を見て目を瞑る。
 ダ―ウン、ワン、ツー、スリー、フォア、ファイブ。
 「元、立つなー」
 岡崎健也は、元の異常に気付き、タオルを投げようとする。ケビン・グレードは健也と掴み合いになる。
 セブン、エーイト。
 スッと、田島は立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
 「ヘイ、田島出来るか?」
 「OKだ、本番はこれからだぜ」
 田島の頭は、朦朧として、真っ青な海原の様に荒れていた。何時か見た、荒れた日本海の海のようであった。荒れた海原の様に心が揺さぶられる。
 「ヘイ、止めだ死にぞこない」
 エキサイトした、マーニィーは右のストレートを放つ。
 その刹那、田島は左のストレートを、マーニィーの右ストレートの内側から、抉る様にして打ち上げる。
 マーニィーの右は田島の左ストレートに弾かれ、外側に飛ぶ、田島の左はカウンターになり、マーニィーの鼻っ柱を捉えた。
 ドゴッ。次に連続攻撃で、マーニィーの左こめかみに田島は右フックを入れる。最後はマーニィーのボディーに、左のブローが突き刺さる。
 ジャックナイフの様に、マーニィーは九の字に折れる。
 ダ―ウン。田島下がって。
 田島は、ヨロケながらニュートラルコーナーに下がる。
 「おお、やったぜベイベイ~」
 観客は、狂喜する。
 「マーニィー、立て立て、世界が遠のくぞー」
 大矢会長は涙目になり叫ぶ。大矢にとって、ジム創立以来の、世界を目指せる東洋ランカーだった。大矢は、ここで潰されるのを嫌った。
 タオルが投げ込まれた。
 しかし、既にマーニィーは白目を剥き立ち上がってこなかった。
 「あーあーマーニィー何てことだー」
 「おお、世界サーキットの夢繋がったぞ、でかした元さん~」
 マーニィーは担架で運ばれていく。
 リングに、セコンドが上がり、田島を祝福する。田島元は、東洋太平洋6位に正式にランクインされる。
 ウィナー田島元-。
 勝ち名乗りを受け、賞金を受け取る。田島は、これで国に居る弟と、母に、美味しい物を食べてもらおうと、一時、青森に帰る事にした。
 控室に帰り、椅子に座ると、フラリと倒れた、ガシーンと音がして周りの物を驚かせた。
青森へ・初夏の八戸
 試合から3日が経った。ジムに置いてある新聞を捲ると、新聞の裏に2面、東都スポーツの、に、クレロス・マーニィーが、自信を失い、引退する運びとなったと記してあった。記者から感想を聞かれて、無言で新聞を捲って無視を決め込んでいた。
 青森へは明日行く予定だ。勝利した次の日に、病院で朝を迎えた。田島元は、付き添いに来ていた、荒巻緑から、プロポーズされた。
 「元さん、ご飯とかどうしているの何時も?」
 緑は、思い詰めた様に、田島の目を射る。元は見舞い品のドーナツを食べて栄養を取る。
 「うん、雪江さんに作ってもらってるから」
 「何時も一人で生きていて寂しくないの?」
 「寂しいさ、だけど仕様が無い、ボクサーは何時死ぬか分からない商売だからな」
 「そんな事言わないで、私、元さん好き、愛してる・・・・・・」
 緑は、泣き出し、元は困惑し、緑の肩をそっと抱く。涙をぬぐってやる。二人は深く抱き合いキスをした。長い時間で有った。
 八戸へ、二人分の座席を取り、乗車する。
 座席には、田島元、荒巻緑が、グリーン車に二人で乗った。列車は走り出す、八戸へ向けて二人を乗せて。
 その頃、マネージメントを請け負う、ケビン・グレードは、次の対戦相手を探していた。旧知である帝人ジムの顧問、世田号拳にアポを取る。
 世田号拳は、帝人ボクシングジムの、創設者にして、日本ボクシング協会の相談役、現在78歳にして、ボクシングの興行を、取り仕切る重鎮である。
 ケビンは銀座の、松方楼にて、午後8時に会食した。
 「久しぶりだねケビン君、まずは、田島君の復帰おめでとう」
 世田老人は、和食膳のフルコースを頼み、ケビンは、和風ステーキを注文する。
 「ねぇ、世田さ~ん、元の次の対戦相手探してるんだけど、誰かいない~?」
 ケビンにとって、第二戦こそ正念場で有った。第一戦の相手、クレロス・マーニィーが引退し、各ジムのランカー達は、元を敬遠し、関東のジムには相手が中々いなかった。見つからなければ、安いギャラで、アメリカで、地方巡業に交じり、細々とボクシングをするしか無かった。しかし、日本で、稼ぐだけ稼ぎたいと、世田に言った。
 世田老人は、ケビンを見つめて言った。
 「ケビンさん、そんなに闘いたければ、ミサイル山半とやったらどうだ?」
 ミサイル山半。現在日本フェザー級ランク10位、東洋ランク6位の田島にしたら、格下だが、山半は31歳と、ボクサーとしては、高齢だ。11年前、対戦相手が3人試合後相次ぎ死亡した為、日本のボクシング界で恐れられ、対戦者が居ず、海外にその活躍の場を移し、一度、南米ブラジルで、世界戦に挑戦し、ドローに終わり、その後、タイトルに挑戦する機会が無く、腎臓を患い、2年間休養し、ボクサーに復帰。日本に帰国、4試合をこなし4KO、日本ランク10位に復帰。その素行の悪さから、ボクシング協会から相手にされず、マッチメイクが無く、腐っていると言う悪名が有る。山半は、試合が出来ず、半年が過ぎていた。
 ミサイル山半、本名・金田次彦、神戸出身、宗家ジム所属。通算48戦46勝1敗1ドローの、ハードパンチャーだ。
 「はぁ~?山半?ノーだ、奴は危険すぎる、田島もまだ本調子ではない、壊されたらヤダ」
 ケビンは、日本酒を一気に飲み干し、顔を紅潮させていた。
 「じゃワシャ知らん、山半のいる宗家ジムからも、田島元について問い合わせが来てたんじゃ、向こうは闘いたがってるぞどうだ?」
 「うーん、1週間ほど考えさせてください」
 田島元は、二泊三日で、荒巻緑と、青森県八戸の、田島元の実家へ婚前旅行に来ていた。
 田島の実家と言えるほどの物は無い。親が住んでいるのは、八戸市の、十六日町の、一隅、築30年になる、ボロアパート、木造二階建ての、共同アパートで有った。
 特急は、午後六時に着き、歩いて二人は十六日町の母の住むアパートに行く。
 八戸の町並みは、空襲で少し被害は出たが、古い武家屋敷が残る佇まいは、南部時代を思わせる。
 「へぇ~エキゾチックで良い町ね」
 緑と田島は腕を組んで歩く。
 「なぁに、最近は、商業施設ばかりで、詰まらない町さ、昔はよく港へ行って釣りをしたものさ」
 「へぇ―、釣りって何釣れるの?」
 戻りは、お土産物屋の店先を覗きながら相槌を打つ。
 「釣りって言っても、俺の子供時代は、物干し竿に、糸を付けて、イカとか、カニ、サンマとか釣れたぜ」
 「へぇー結構色々いるのね」
 二人は、街を歩き、色々と商店を見て回った。
二人は、田島元の母の住む、アパートに辿り着く。
 コンコンと、共同廊下を、歩き、二階の奥の部屋の前に着く。
 「お母ちゃん、帰ったべよ」
 外からドアーの中へ声を掛ける。誰も出てこない。田島の表札が外されて、佐々岡と出ていた。
 「アレ、佐々岡って出てるよ名前」
 荒巻緑は、プレートを見て訝しむ。
 「おかしいな、中に誰か居ますか?」
 中からドアーが開き、若い学生風の男が、眠そうな顔をして出て来た。
 「なんだべ?アンタ誰?」
 「この部屋に住んでるの君?」
 「うんだ、俺は、ここに住んで2年になるべ」
 「はぁ~そうですか、前に住んでた田島って人ご存知ですか?」
 「さぁーね知らねぇ」
「そうですか、失礼しました」
 田島元は、落胆してホテルへと行った。
 その日から、元はどこか鬱気味になり塞ぎ込んでいた。
 田島元は、東京に帰り、悶々としていた。
 一休、外出しており、一人、部屋の真ん中で煙草をふかしている。
その日から、岡崎スーパージムで練習を再開した。
 ケビン・グレードも、忙しそうに、都内のボクシング協会と、昭島を、行ったり来たりしていた。
 「オイ、東野、スパーだ、3ラウンド付き合え」
 田島は、リング上で、シャドーボクシングをし汗を流している。
 「ヘイ、田島さん、ヘッドギア着けてください」
 「俺にそんな玩具必要ない」
 「はぁ~そうっすか」
 スパーリングが始まった。2ラウンドをこなし、リングサイドに見知らぬ男が立っていた。その男は、水鉄砲をもって、立って、ニヤ付いて居た。
 「オイ、そこの人、目障りだ、誰の許可で入って来た?」
 トレーナーの門田が、注意するが、男はニヤケながら、水鉄砲で、田島元の顔に水を掛ける。
 「ヘイ、田島、これ避けてみぃや」
 水鉄砲の水を最強にして、水を田島の顔面に噴射する。水は田島の肩に掛かり、グラブでガードした。
 「へぇ、一応、基本の型は出来てんえんな」
 男は、持参したボクシンググローブを、着け、リングに上がろうとする。
 「オイ、オッサン、何しようとしている、チンピラリングから降りれ」
 後輩の、東野は、水でぬれたリング上に、足を取られそうになり、よろける。
 「東洋フェザー級6位の、田島元かお前?」
 そこへ、テイレスポーツの、尾崎が、顔を出し入って来た。
 「オヤ?アンタさん、宗家ジムのミサイル山半ですやないか、何しにここに来てはるのん?」
 「何だも何もない、コイツに正式に挑戦してんのにや、逃げてけつかるんや」
 ミサイル山半と聞いて、ジム内は緊張して、静まり返っていた。
 「何で俺が逃げてるんだ?山半さん何時でも勝負して良いぜ」
 山半は、おもむろに、リング内をダッシュして、
 「じゃ~今一発でノシテやる」
 「何だ、山半止めろ」
 ジム内は、騒然とした。
 「うっせー黙ってみとけザコ」
 山半は、もの凄いスピードで、田島に近づく。田島は、ガードを構える前に、右ストレートを貰う。
 (ズダーン)
 「おーこりゃ、特種や、スパーで田島コロリや」
 田島は、鼻にもろに貰い、昏倒した。倒れた田島に更に、ボディーにフックを入れようとして構えた時、ジムの入り口で立っていた岡崎健也に窘められる。
 「オイ、山半、それ以上やったら俺が相手だ、このチンピラ出て失せれ」
 山半は、そのミサイルと異名を取る、右ストレートを、宙空に打ち言い放つ。
 「何時までも逃げられると思うなよ、俺が現役の内は、フェザーの王者は俺だ、岡崎ハン、今ここで約束してくれへんか、来週後楽園ホールのリングで戦うと」
 田島は、鼻時を拭き言った。
 「てめぇーこの外道殺してやるから、リングに上がれ、来週だな楽しみにしているぜ」
 「待ってるぜ良い返事、アバヨ」
 山半はリングから降り去って行った。
 その夜、ケビン・グレードは、事の顛末を聞いて激怒した。
 「山半~、殺していいよ、明日正式にチャレンジ受けてくる、田島ぁ~やってしまえ」
 次の日テイレスポーツ一面に、
 【田島元!喧嘩スパーリングで一発でコロリ・山半やったやないか~・そのミサイルストレートで田島粉砕や】
 これを読んで一休は笑った。
 時は移ろい行き、早く過ぎるものである。翌週土曜日、メインイベント、東洋フェザー級6位、田島元VS日本10位・ミサイル山半。
 いよいよ出番10分前、一休は言った。
 「おい、田島、ミサイル山半は、以前、サンパウロの市内で、一緒に飯を食った事が有るが、奴はその一か月前、メキシコシティーで世界ランカーとの試合で、相手を引退に追い込んでる、それだけだ」
 「フ~ン」
 田島元は、気にも留めずに頷くだけであった。
 兎に角、奴、ミサイル山半を、マットに沈めなければ済まない。今夜は奴に冥途に旅立ってもらわないと気が済まない。全力で初回から行ってやる。
 田島元は、独り言をブツブツ言って殺気立っていた。
 ケビン・グレードは、そんな田島の背中の中心部を、思い切り指圧する。
 「元、今夜の相手に余り入れ込むな、思ったより、年齢からくる衰えは隠せないよ」
 10分後、リングに上がり、リングアナウンサーのコールを聞く。
 「本日のメインイベント、フェザー級8回戦、青コーナー、日本フェザー級第10位、ミサイル山半―」
 (いてこませ、山半~)
 「赤コーナー東洋太平洋フェザー級第6位―田島元―」
 (今夜は殺人OKだぜ田島―)
 両者リング中央に寄り、注意事項のチェックをする。
 「ヘイ元、相手はロートルだ、最終回まで間を持たせて疲れを誘ってKOだ」
 ケビンは、血が頭に昇った田島を引き締める。
 相手の山半の宗家ジムは、リングサイドに居て、何も会話しない様だ。
 ラウンドワーン。
 キィーン。ゴングが鳴る、山半が走って突撃して来た。右のストレートだ、田島は、やっとの思いで躱し、山半のがら空きのボディーを打つ。サッと山半はガードを下げ、お返しに、ボディーブローを田島に返す。ドガドガ、と、鈍い音がして、山半は、次は、右と左で交互にチンを狙って打つ。
 チンとは顎の先端事だ。田島はガードを上げて、右のジャブを、左に回り込み、連打する。山半は、クリンチをして、田島の脇腹に、肘打ちを二発入れる。田島は、くつうに顔をゆがめ、ブレイクと同時に山半の顎にアッパー、ショートだを入れる。
 山半のガードの下から、浅くアッパーが入る。
 2分が過ぎた、山半は、ヨロリとなる、左にだ、田島は、空手の要領で、左ストレートを出す、右も同時にだ。交互に左右の連打を貰い山半はダウンする。
 ワン、ツー、スリー、フォア、ファイブ、シックス、セブン。
 カウント7で立ち上がる。
 キンキン。
 両者コーナーに戻りうがいをする。
 「ヘイ、田島元お前狂ったか?相手は30歳を超えている、8ラウンド位戦える、俺の世界サーキットの夢忘れるなよ」
 一休は吠える。
 「アンタの夢物語は良い、次のラウンド行くぜ」
 キィーン・ラウンド2。
 ミサイル山半は、気合声を掛けて、馬鹿の一つ覚えの、右ストレートを殴り付けてくる。
 「あちゃ~、ありゃ喧嘩だよ見ちゃいられねぇ」
 岡崎健也会長は、呆れ果てて、スポーツドリンクを飲む。飲まないとやってられないと言った惨状だ。
 田島と、ミサイル山半は、立ち止まり、打ち合う。山半の右が入れば、田島のボディーブローが腹に刺さる。山半は、有利だ、手数で田島に勝る。
 しかし、1ラウンドのダウンが効いているか、山半はKO以外眼中にないといった風情だ。山半は、コメカミに一発、左フックを貰う。何の気の無いフックだが、スピードの乗った素晴らしいブローだ。田島は、嵩にかかろうとして、右のストレートを出す。その時、山半の右が繰り出された。相打ちだ。
 山半は、既に足に来ていた。この打ち合いの凄まじさを物語る様に両者、顔面が腫れあがり、血しぶきが飛ぶ。山半の、ジャブが田島の鼻にヒットする。田島はロープに追い込まれた。
 が、田島は右のフックを一発決めて、ミサイル山半との体を入れ替える。田島は、逆に、山半をロープに詰める。山半は逃げられない。田島は0,1秒ほど山半のガードが下がったのを見た。手数が減ったのを感じ、右のストレートを入れる。山半は、グロッキー、レフリーが止めに入る。
 「ヘイ、山半、山半―」
 山半は、立ったまま気絶していた。
 「TKO―TKO―」
 2ラウンド2分32秒田島元のTKO勝ちである。が、ケビン・グレードは、こんな戦い方を続けたのじゃ、パンチドランカーになるのじゃないのか?と心配していた。
 明くる日の、スポーツ新聞の、片隅に、ミサイル山半の引退表明の記事が載っていた。
 「元さん、山半引退したらしいぜ」
 トレーナーの門田は、俯き加減で呟く。
 「うん、奴も潮時だろうな」
 田島元の顔面は腫れ上がり、内出血も多いが、何か吹っ切れたような朝であった。
 その日の夕刻、ケビン・グレードは、来日している、フィリピンの、OBF会長、ナジャム・ソンに呼び出されていた。
 「ケビンさん、田島元の勝利おめでとう」
 OBF会長の、ナジャム・ソンは、牛丼の吉野家が好物で、吉野家の、渋谷店のBOX席で、ケビンとサシで話していた。
 「君も知っているように、東洋太平洋のベルトは、WBAの嫌がらせで、ベネズエラにタイトルが持って行かれっぱなしだ」
 「はい、確かベネズエラのWBA世界3位にして、東洋チャンピオンの、ロス・モスプリが数年保持していますね」
 ケビンは、ホークで慣れない牛丼を、ぎこちなく食す。
 「そこでだ、君の所の田島君が、今東洋5位に上がった所で、ロス・モスプリとのタイトルマッチを組みたいのだが、自身有るか?」
 「イエス、田島は稀に見るファイターで、ハードパンチャーだ、ロスに勝ち損ねた過去が有る、是非チャレンジしたい、スポンサーのバックアップでトーキョー呼べばいい」
 「それがな、ロス側は、田島とやるときは、本国ベネズエラじゃないと、駄目だって動かない、取り上げて、返上してしまうのも手だが、それをやると、WBAの狙い通りなる。そこで、君達はベネズエラで、リベンジマッチ、そう田島君のを行って欲いんだ」
 ナジャム・ソンは、もう一つ、特盛を食べて、その太った腹を摩る。
 OBF、東洋太平洋協会、ロス・モスプリの、王座に手こずって居た。過去、数度東洋に来て、タイトルを防衛したのだが、ここ1年は、本国ベネズエラから動かず、OBFの放ったチャレンジャーを退けていた。その防衛数は12、そして、殆どがベネズエラでの防衛戦であった。田島元は、東洋でチャレンジたが、これも退けられた。そして、この年1993年に遂に、再び、田島元にチャレンジャーとして白羽の矢が立った。
 「OKです、OBFの、旅費持ちで、ベネズエラまでなら行きますよ」
 「君は、話が分かる、是非、アジアにベルトを、持って帰って来てくれたまへ」
 二人は、別れた、OBFから正式に、岡崎スーパージムに、連絡が入ったのは、3日後だ。マスコミを上げて、田島元の応援キャンペーンを、繰り広げられたのは、言うまでもない。
 田島は言った、
 「ロスモスプリは、5ラウンド以内でブチ倒してやる、ただし、5体満足で帰してやるけどな」
 ロスは、本国ベネズエラでこう答えた、
 「必ず潰すって、言っておいた筈だ、アノ殺人鬼のジャパニーズの顔の形が変わるまで試合してやる、え?リベンジマッチ?ワハハハ、格の違いが分かってねぇな、やはり猿は猿だな」
 7月の初旬、ケビン率いる、岡崎スーパージム一行は、成田空港に居た。
 荒巻緑は、田島にこう言った。
 「勝って帰ったら結婚して」
 「うん、負は無いよ」
 二人はマスコミの面前でラブシーンを、演じる。
 「田島選手~、頑張ってタイトル持って帰って来てください~」
 空港ロビーに居た、若者が、声援を送るのを田島は応える。
 「あの~、今回のチャレンジャーとしての抱負は?」
 東都スポーツ小宮が、インタビューする。
 「抱負は、な、アイムチャレンジャーナンバーワンだ、ナンバー2のロスには負ねぇよ」
 出発の時間が来た、空港の出発口へ向かう。
 「元さーん愛してるー」
 緑はテープを投げて田島を見送った。
 田島元27歳の初夏だった。
      第一話終
 
 





 



 





 

 
 

 
 








 





 


 
 

 
 

 

 
 

 
 

 
 



 

 
 

 
 



 
 

 
 


 
 

 
 



 
 


 


 
 


 
 

 
 


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