第1話 再雇用おじさん、JKに転生する
文字数 1,994文字
1.トランスファー公園
まさかこんなことが起きるとは……
木枯らしの吹く11月、私は病院に行く途中だった。
2年前に心筋梗塞で手術して以来、大量の薬を飲みながら薄氷を踏みように恐る恐る生活をしている。それでも仕事は辞められない。61歳になった今でも再雇用職員として働かせてもらっている。
なぜなら司法試験を受け続ける30歳無職の息子、隆史がいるから……
途中の公園を通りかかると、若者達の騒ぐ声。ベンチで不良グループが宴会をしていた。
「もう自粛無理~」
「たまには飲んで発散しないとね~」
あれは町内の月島さんとこの紗弥 ちゃんだ。紗弥ちゃんは高校に入ってから、いい噂を聞かない。
「あ~気持ちワル……ちょっと横になる」
「紗弥、飲み過ぎ。寝たら置いてくよ~」
「家近いから這ってでも帰れるから大丈夫~」
病院の帰り道ふと公園を見ると、紗弥ちゃんだけベンチで横たわっているではないか!
友達はこの寒空の下置き去りにしたのか? 吐いたあとがある、顔色が変だ。
「おい、大丈夫か?」
反応がない。私は激しい動悸を憶えながらスマホで救急車を呼んだ。直後に胸が締め付けられるような痛みが走り、それきり記憶が途切れた。
2.クロスオーバー病院
目が覚めたのは病院のベッドの上だった。
それから起きた出来事は割愛する。私なりの考察をしよう。
① 紗弥ちゃんは急性アルコール中毒で意識不明の末、亡くなっていた?
② 私は心筋梗塞の発作を起こした。
③ 私の魂は苦し紛れに、あろうことか紗弥ちゃんに入り込んだ。
④ 私『鈴木信行』は女子高生に転生した。
「紗弥、着替え置いておくね」
月島さんの奥さん、いつもパートで忙しいのに申し訳ない。
「ああ、すみません。助かります」
「紗弥、もう少しで退院できるらしいぞ」
月島さんのご主人は私と違って若くて溌剌としている。
「今お仕事帰りですか? 水曜日はノー残業デイ? お疲れさまです」
ついつい鈴木信行が出てしまう。
紗弥ちゃん固有の記憶が無く、とんちんかんな対応をする私を、頭がおかしくなったと月島夫妻は思ったらしい。それと悪い交友関係を断ち切るため、退院後、隣町のフリースクールに編入させられることになった。
3.オルタナティブ高等学校
この学校は引き籠もりや不登校、退学者の生徒が行き着く、いわば最果ての受け入れ学校だ。ピアスをしたり、髪を緑に染めたりしている生徒が入っていくのをよく見かける。
私がこの学校のお世話になるとは……
校舎に入ると教室に数名の生徒が自習をしていた。思っていたよりみんな地味で普通だ。私は入口で挨拶をした。
「ええと、月島紗弥と申します。なにぶん込み入った病気で退院したばかりで勝手がわかりません。みなさんよろしくお願いします」
数名、顔を上げ無言で会釈をしただけだった。こりゃ馴染むのに時間がかかりそうだ。
すぐにみんなと打ち解けた。
少しずつ話を聞いてみると、イジメで不登校になった子が何人かいた。可哀相に。生徒は気持ちの優しい子ばかりだ。派手な子もいるけどちゃんと挨拶してくれる。私は認識を改めなければいけないと痛感した。
そして上下関係が無くフラットで落ち着いている。これが今の若い子なのか?
……私の年代はみんな幼稚だった。校内暴力、暴走族、極左学生セクト、カルト宗教……バブルでは物欲にまみれて……
休憩時間、みんなに話した。
「調べてみたんだが、今、少年犯罪は戦後最大の減少となっている。君達の年代はそれを誇っていい。これは素晴らしいことだ」
クラスの縁の下の力持ち、青山君が口を開く。
「月島さんて見た目ギャルなのに、雰囲気は村の長老みたい」
マンガ家志望の滝沢さんからは、
「うん確かに。紗弥ちゃん、転生何回目?」
ドキッとした。
「え? あ、それは、ちょっと」
「なんでうろたえているの」「反応が面白いよね」
私は真面目一筋でやってきた。面白いと言われたのは初めてだ。顔がほころぶ。
学校帰り、たまに勇気を出して鈴木家の前を通る。
目に見えて庭が荒れていく。この時期はクリスマスローズが咲くはずなのに。懐かしの我が家が、お化け屋敷に見える。
妻は隆史に甘いのだ。
客観的に見て司法試験は高望みしすぎだ。もういい加減バイトでもなんでもいいから社会に出て働くべきなのだ。それで何度、妻と口論になったことか。
遺族年金だけでは今まで通りの生活はできないぞ。隆史、覚悟を決めろ。
偶然、向かいから隆史が歩いてきた。コンビニ帰りだ。相変わらずのスエットにダウン姿。更に太って見える。
「おい、頑張れ、応援しているぞ」
すれ違い様、つい声に出てしまった。隆史が怪訝な顔をしながら、
「お前もな」
近所の女子高生にからかわれたと思ったのだろう。
お互いちょっと吹き出した。隆史と笑い合ったのは10年振りくらいか。
私も頑張るぞ、アップデートした体に合わせて、頭もアップデートさせるのだ。
まさかこんなことが起きるとは……
木枯らしの吹く11月、私は病院に行く途中だった。
2年前に心筋梗塞で手術して以来、大量の薬を飲みながら薄氷を踏みように恐る恐る生活をしている。それでも仕事は辞められない。61歳になった今でも再雇用職員として働かせてもらっている。
なぜなら司法試験を受け続ける30歳無職の息子、隆史がいるから……
途中の公園を通りかかると、若者達の騒ぐ声。ベンチで不良グループが宴会をしていた。
「もう自粛無理~」
「たまには飲んで発散しないとね~」
あれは町内の月島さんとこの
「あ~気持ちワル……ちょっと横になる」
「紗弥、飲み過ぎ。寝たら置いてくよ~」
「家近いから這ってでも帰れるから大丈夫~」
病院の帰り道ふと公園を見ると、紗弥ちゃんだけベンチで横たわっているではないか!
友達はこの寒空の下置き去りにしたのか? 吐いたあとがある、顔色が変だ。
「おい、大丈夫か?」
反応がない。私は激しい動悸を憶えながらスマホで救急車を呼んだ。直後に胸が締め付けられるような痛みが走り、それきり記憶が途切れた。
2.クロスオーバー病院
目が覚めたのは病院のベッドの上だった。
それから起きた出来事は割愛する。私なりの考察をしよう。
① 紗弥ちゃんは急性アルコール中毒で意識不明の末、亡くなっていた?
② 私は心筋梗塞の発作を起こした。
③ 私の魂は苦し紛れに、あろうことか紗弥ちゃんに入り込んだ。
④ 私『鈴木信行』は女子高生に転生した。
「紗弥、着替え置いておくね」
月島さんの奥さん、いつもパートで忙しいのに申し訳ない。
「ああ、すみません。助かります」
「紗弥、もう少しで退院できるらしいぞ」
月島さんのご主人は私と違って若くて溌剌としている。
「今お仕事帰りですか? 水曜日はノー残業デイ? お疲れさまです」
ついつい鈴木信行が出てしまう。
紗弥ちゃん固有の記憶が無く、とんちんかんな対応をする私を、頭がおかしくなったと月島夫妻は思ったらしい。それと悪い交友関係を断ち切るため、退院後、隣町のフリースクールに編入させられることになった。
3.オルタナティブ高等学校
この学校は引き籠もりや不登校、退学者の生徒が行き着く、いわば最果ての受け入れ学校だ。ピアスをしたり、髪を緑に染めたりしている生徒が入っていくのをよく見かける。
私がこの学校のお世話になるとは……
校舎に入ると教室に数名の生徒が自習をしていた。思っていたよりみんな地味で普通だ。私は入口で挨拶をした。
「ええと、月島紗弥と申します。なにぶん込み入った病気で退院したばかりで勝手がわかりません。みなさんよろしくお願いします」
数名、顔を上げ無言で会釈をしただけだった。こりゃ馴染むのに時間がかかりそうだ。
すぐにみんなと打ち解けた。
少しずつ話を聞いてみると、イジメで不登校になった子が何人かいた。可哀相に。生徒は気持ちの優しい子ばかりだ。派手な子もいるけどちゃんと挨拶してくれる。私は認識を改めなければいけないと痛感した。
そして上下関係が無くフラットで落ち着いている。これが今の若い子なのか?
……私の年代はみんな幼稚だった。校内暴力、暴走族、極左学生セクト、カルト宗教……バブルでは物欲にまみれて……
休憩時間、みんなに話した。
「調べてみたんだが、今、少年犯罪は戦後最大の減少となっている。君達の年代はそれを誇っていい。これは素晴らしいことだ」
クラスの縁の下の力持ち、青山君が口を開く。
「月島さんて見た目ギャルなのに、雰囲気は村の長老みたい」
マンガ家志望の滝沢さんからは、
「うん確かに。紗弥ちゃん、転生何回目?」
ドキッとした。
「え? あ、それは、ちょっと」
「なんでうろたえているの」「反応が面白いよね」
私は真面目一筋でやってきた。面白いと言われたのは初めてだ。顔がほころぶ。
学校帰り、たまに勇気を出して鈴木家の前を通る。
目に見えて庭が荒れていく。この時期はクリスマスローズが咲くはずなのに。懐かしの我が家が、お化け屋敷に見える。
妻は隆史に甘いのだ。
客観的に見て司法試験は高望みしすぎだ。もういい加減バイトでもなんでもいいから社会に出て働くべきなのだ。それで何度、妻と口論になったことか。
遺族年金だけでは今まで通りの生活はできないぞ。隆史、覚悟を決めろ。
偶然、向かいから隆史が歩いてきた。コンビニ帰りだ。相変わらずのスエットにダウン姿。更に太って見える。
「おい、頑張れ、応援しているぞ」
すれ違い様、つい声に出てしまった。隆史が怪訝な顔をしながら、
「お前もな」
近所の女子高生にからかわれたと思ったのだろう。
お互いちょっと吹き出した。隆史と笑い合ったのは10年振りくらいか。
私も頑張るぞ、アップデートした体に合わせて、頭もアップデートさせるのだ。