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文字数 2,761文字

――――あぁッ!!……


俺は目を覚ました。


何か、怖い夢を見たような気がする。実際、俺の体は震えているし、なんだか不穏な胸騒ぎがする……が、見た夢がどんなものだったか覚えていない。




いや、そもそもの話だ。今は一体何時なんだ?

夜? 夕飯食べたっけ? あのドラマは見たっけ? どうして記憶がすっぽ抜けて……――


……フレディ。大丈夫ですか?
うぉッ!?

……あ、アルさん……?


出し抜けにアルさんの声がしたものだから、つい大声を上げてしまった。


どうして俺の部屋(ここ)に、というか、そもそも俺はどうしてここに?

――問おうとした俺を手で制し、アルさんは口を開いた。



びっくりしましたよ、フレディ。

アナタ、お店で急にぶっ倒れちゃったんですもん

店で?

ああそうか、俺気絶して……

ええ。それで、どうにかここまで運んで来たんです。

起きそうもなかったから、とりあえずこうして寝かせておきました。


……険しい顔をしていますよ? 何か、夢でも見ていたのですか?

…………


俺は黙って、アルさんの顔をじっと見た。


きっと、寝言だの寝相だのをこの人は見聞きしていたに違いない。隠しても無駄なんだろうけど、……いや、そもそも覚えていないんだから、隠すも何もないじゃないか。俺は何をこんなに不安がっているんだろう? この胸騒ぎは何だろう? ……



……あのね、フレディ。
……うん
さっきはごめんなさい。

忘れたままでいたいなら、無理に思い出さなくても大丈夫ですから。

……アナタが抱えているであろうものを知らないものだから、つい気になってしつこく聞いてしまいました。が、それにしてもやはり無神経でした。ごめんなさい。


アルさんはすっかり落ち込んでしまって、しょんぼりと肩を縮め、項垂れていた。でも、俺にはアルさんがどうしてこんなに落ち込んでいるのかわからない。



何でアルさんが謝るのさ。いいよ、別に。抱えているものなんて無いし……

お、おい、アルさん。そんな顔するなよ。調子狂うだろ……?

でも、……


……アナタが「覚えていない」というのは、単純な時間の経過による記憶の風化とは訳が違うんですよ、恐らく。

あ、いえ、断定はしかねますが……

……と、言うと?

どういうこと?

俺が訊き返すと、アルさんは眉間に皺を寄せながらポツポツと話し出した。
そもそも、もしもそうであったなら、こうしてアナタの魂がこの世に遺っていることの説明がつかないんです。

そりゃ、ほんの数か月、数年程度なら、死後、何の理由も未練もない状態でこの世に居座ることもまれにあります。しかし、それが数千年ともなると訳が違う。……


つまり、こういうことなんです。この世に未練があるから、すなわち「死んでも死にきれない」からアナタはここにいるはずなんです。

強烈な「何か」が、アナタをここに縛り付けているんです。時間と共に流れ去る、朽ちて消えていく記憶とは、比べようもない「何か」があるんです、きっと。

でも、アナタはその「何か」を覚えていないという。

それならば、こう考えるのが妥当なんですよ。


アナタはその「何か」を、自らの意志で記憶の中から消し去った、と――


記憶から消し去る? 自分の意志で? そんなことが可能なのか?


――問おうとして口を開きかけた俺を手で制しながら、アルさんは続けて言葉を紡いだ。



記憶障害には複数種類がありまして。

ざっくり分ければ、外的要因によるものと内的要因によるもの。新しく覚えることができないタイプのものと、過去を思い出せないタイプのもの。全て忘れるタイプのものと、一部は思い出せるタイプのもの。

アナタのそれは、恐らく内的要因によるもので、過去を思い出せないタイプのもの、そして全て忘れるタイプのもの。

ワタクシは医者ではないので確実な診断を下すことはできませんが……まあ、十中八九言い当てることはできましょう。恐らく、「全生活史健忘」というものです。耐え切れない程の極度のストレスからこころを守るために発するものです。


一気にこれだけ話すと、アルさんはふーっと息をついた。



……全然。この数百年、全然気づきませんでした。いや、気づけませんでした。
なら、なおのこと謝らなくていいよ。――


と言いながらも、俺は内心混乱していた。混乱しながら、さっきの夢を思い出そうと必死になっていた。

空っぽのはずの頭が痛んだ。空っぽのはずの胸は相変わらず騒ぎ猛っていた。


アルさんの言葉を「思い過ごしだ」と笑い飛ばせたらどんなにいいだろう。

でも、とてもそんな気にはなれなかった。

空洞のはずの、魂に突き動かされているだけの空っぽの身体が、音も無く叫んでいる。


“確かに、俺は「何か」を見た。「何か」を愛した。そして「何か」を失ったんだ”と。



……フレディ?
俺、死後目覚めてから過去のことなんて考えたことなかった。気にも留めてなかった。

でも……何で覚えていないんだろう。何で忘れたんだろう、生前のことを。


絶対、忘れちゃいけないことだったんだよ。「何か」、「何か」があったんだ。

……「何か」って、何だ? ――

…………


アルさんは俺の問いには答えず、ただ黙っていた。

眉間に皺を寄せ、思いつめたような顔。この顔は何か知っている顔だ。




空っぽのはずの頭は相変わらず痛んだ。痛みはどんどん増していく。鈍器で殴られているようだ。


――思い出せ。


いや、思い出せない。既に機能を失っているはずの心臓の音が聞こえるようだ。


――思い出せ、思い出さねばならないんだ、――もう逃げてはいられない!


相変わらず身体は叫んでいる。身体は、「何か」を覚えている。



俺は堪えきれなくなって、頭を抱えて吠えた。



アルさん! 何か知っているなら教えてくれ!

身体は覚えてるんだ、「何か」を、……俺がかつて見たものを、愛したものを、俺が失ったものを、この身体は覚えてる!

なあ、頼む……! 思い出さなきゃ、思い出さなきゃいけないって、身体がそう言ってる……いや違う。

俺、俺が、……俺が思い出したいんだ!! この「何か」を――

……ワタクシとて。

ワタクシとて、知っていることは殆どありません。

ワタクシに出来ることといえば、先ほどうなされていたアナタの言葉を復唱するぐらい

それでもいい!


それでもいいから、――俺は過去と向き合わなきゃいけないんだよ!




ふう、とアルさんが息を吐く音が聞こえた。




……わかりました。

と言っても、ワタクシが言えることは本当にわずかです。それでもいいんですね?


俺は頷いた。その瞬間、スッと頭の痛みが引いた。



全て思い出せるとは限らない。

思い出したら、今以上に苦しまねばならなくなるかもしれない。

その苦しみは負いきれないほどの重荷かもしれない。


……それでもいいんですね?


俺はアルさんの目を見て、もう一度頷いた。




アルさんはためらいがちに口を開いた。



結論から申し上げます。

生前のアナタは、恐らく――――


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登場人物紹介

名前:アルカード

通称:アルさん

一人称:ワタクシ

性別:男

種族:吸血鬼


概要:白い髪、白い肌、紅い瞳が特徴的な、ルーマニア出身の吸血鬼。いわゆる「ドラキュラ公」の息子…だけど、そのことは秘密(らしい)。

紆余曲折あって、現在は日本の都心からちょっと離れた微妙な片田舎で、怪物支援施設【ヴァンパイアの館】を運営している。

怪物福祉協会認定の“ウラ社会”福祉士。【ヴァンパイアの館】の管理責任者、常勤カウンセラー、指導員。

性格はおおらか、朗らか、THE・善人。

吸血鬼だが血は苦手。長年血を飲んでいないためか、日光にあたっても無問題。血の代わりにしばしば薔薇を摂取( )する。ラーメンの上にも薔薇の花びらを散らすので、【館】の住人たちにはドン引きされている。比較的真人間(人間じゃない)だけどたまに変な人(人じゃない)。

好きなブランドはATELIER B○Z。いつも貴族みたいな恰好をしている。実際貴族なのだが。


作成者:波多野琴子

名前:アルフレッド・スミス

通称:フレディ

一人称:俺

性別:男

種族:ミイラ


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。現在の住人の中では最もアルカードとの付き合いが長い。ロンドンの博物館から逃亡していたところを保護された。

他の住人と違い、何らかの問題や生きづらさ(既に死んでるけど)を抱えているわけではない。利用者というよりはむしろ居候ひとりのスタッフのような存在。

クールでありたいけどクールに徹しきれないツッコミ役。みんなの兄貴分。

ロックとマンガとサブカルチャーを愛し、常に流行を追っている。わりと私服はパンク系。……と、あたらしいもの好きっぽいけど、実際はものすごく大昔の人らしい。まあミイラといえばアレですよね、古代エジプトとか。残念ながら、本人は生前のことを全く覚えていない。覚えていないことを残念がってすらいない。


作成者:波多野琴子

名前:紅葉(もみじ)

通称:紅葉・紅葉ちゃん

一人称:おいら

性別:?

種族:鬼


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

開国直後、とある見世物小屋でこき使われていたところをアルカードに保護された。

故郷を追われたり人々に嫌われたりこき使われたりと散々な目に遭ってきたため、PTSD様の症状に悩まされている。【ヴァンパイアの館】の住人たちとの共同生活を通して療養中。

暗闇や夜が大の苦手だが、それ以外の明るい空間・時間帯にはわりとヘラヘラと楽しそうにしている。

のんびり屋でマイペース、【館】のムードメーカー的存在。

絵を描いたり観たりすることが好き。最近ユ○キャンで水墨画のテキストを取り寄せたとか。ただしおっちょこちょい(というかアホのこ)なので高確率で墨や画材をぶちまける。


作成者:波多野琴子

名前:ロカ

通称:ロカ、ロカちゃん、ロカっち など

一人称:私

性別:女

種族:魔女(?)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

金髪・緑眼が特徴的な美しい女性。長年ヨーロッパの各地を転々とし独り暮らしをしていたようだが、限界を感じたらしく協会に助けを要請し、【館】を紹介されて入居してきた。

過去のことを頑なに語ろうとしないが、アルカードには「一種の多重人格障害のようなもの」とだけ伝えたことがある。とにかく詳細は謎。

そもそも魔女なのかどうかも謎で、魔術というよりはむしろ錬金術のようなものに傾倒しており、よく何かの実験をしては部屋を爆発させ、アルカードを悩ませている。

基本的には元気なポジティブお姉さん。【館】の盛り上げ役。そしてボケ役。

アルフレッド曰く「ロカちゃんとアルさんが並んで喋ってるとツッコミが追い付かない」とのこと。


作成者:波多野琴子

名前:関建(Guang1 Jian4、グァン・ジェン)

通称:ジェン

一人称:オレ

性別:男

種族:僵屍(キョンシー)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

いかにも中国人っぽい恰好をしている。実際中国人。清代の人で、蘇州出身。

【館】が中国にあった頃、湖南省は武陵の奥地にて発見・保護された。

過去のことをあまり話したがらないので、彼の過去については保護の現場に立ち会ったアルカードとアルフレッドしか知らない。

かなり重い過去を背負っているのだが、普段はそれを感じさせないほどに(或いは感じさせないように)ハイテンションに振る舞っている。

性格は繊細、それでいながら楽天家。

「いろいろあるけど、まあどうにかなるヨ」といったスタンスで生きている(※死んでる)。

「~だヨ」とやけにカタコトで話す癖があるが、実は真面目に話そうと思えば流暢な日本語を話すこともできる。「でもさ、ホラ、なんとかだネ~って話したほうが、いかにもちゃいにーず!って感じするでしょ?」とは本人の談。


作成者:波多野琴子

名前:ルドルフ

通称:ルドルフ、ルド、ルディ

一人称:おれ

性別:男

種族:オオカミ人間


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

住人の中で二番目に若い(生きた年数で言うなら一番若い)。

家出少年、ならぬ家出オオカミ少年。

アメリカで両親と一緒に暮らしていたが、いろいろと思うところがあったらしく家出し、各地をさすらった挙句【ヴァンパイアの館】に辿り着いた。

基本的に人間の顔に狼の耳・しっぽを出した状態で生活しているが、必要に応じて狼になることも人間になることもできる。中間ぐらいの格好でいるのは「こうしているのがいちばん疲れなくて良いから」とのこと。

基本的に無口・無表情だが感情の起伏は激しい。

口では喋らないけどTwitt○rなどのSNSではめちゃくちゃ騒ぐタイプ。

いかにもな現代っ子で、常時スマホを手放さない。いろいろなソシャゲに手を出しまくっている関係で、ハロウィンやらクリスマスやらのイベントが重なりまくる時期はそれなりに大変そう。よくジェンと一緒にスマ○ラをやっている。


作成者:波多野琴子

名前:みずは

通称:みずは、みーちゃん

一人称:みずは

性別:女

種族:川の精?


概要:【ヴァンパイアの館】の一人。住人の中では、今のところいちばんの新参者。といっても、既に【館】で暮らし始めて五十年近くになる。

種族が何だかいまいち判然としないふしぎな子。本人もよく分かっていないようだが、どうやら「川の概念が身体を得たもの」らしい。高度経済成長期に進められたダム開発によって涸れ川となった川に一人佇んでいたところを保護された。

紅葉がさすらいの旅をしていた頃に会ったことがあるとのことで、軽く千年ぐらいは生きているようだが、なぜかいつまでも四歳ぐらいの幼女のままである。

冬でもいつも浴衣姿。本人曰く「川っぽくていいでしょ」とのこと。

最近はセカンドブームが到来したムシ○ングにハマっているらしく、【館】でもかぶとむしを飼っている(ちなみにそのかぶとむしの名前は『イワレビコ』。ネーミングセンスが無い古い)。

天真爛漫、マイペース、自由人(人じゃない)。


作成者:波多野琴子

名前:ハトシェプスト・クヌムトアメン

性別:女


概要:古代エジプト第18王朝第3代ファラオ・トトメス一世の娘。後第4代ファラオ・トトメス二世の王妃。さらには自ら第5代ファラオとして君臨する(即位名はマアトカラー)。

名前:ネフェルジェセル

性別:男


概要:王女ハトシェプストの側近の一人。乳兄弟。

彼女がファラオとして即位した後も彼女の傍で仕えた。

王女が拾って来たある子の世話係も兼任する。

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