十朱さんは佐藤くんがお好き!

十朱さん、佐藤くんと出会う

エピソードの総文字数=1,967文字

まずは、2人の出会いから話しましょう。

悪魔の十朱さんと、人間の佐藤くんの出会いです。


――――――――――――――――――――――――――――――

あ、しまった。

今日、『撤退の小人』の最新刊の発売日だった。

制服のブレザーに身を包み、帰路の途中で足を止めたこちらの青年。

彼こそが『佐藤くん』でございます。


お気に入りの漫画の発売日だというのに、駅の本屋に立ち寄るのを忘れ、

引き返そうか悩んでいる、至って平凡な青年でございます。

うーん、引き返すにはめんどくさいな。

でも続き気になるんだよなぁ。

そんな佐藤くんを、ひっそり盗み見る影がありました。

電柱の陰に馴染んでいる、渋い顔をした黒猫でございます。

どうだ? 『クロ』

手頃な男は見つかったか?

その黒猫に声をかけた、

彼女こそ、悪魔の『十朱さん』でございます。


コソコソと物陰に隠れながら、ペットの『クロ』に尋ねます。

んにゃ~……。

もう良いのではありませんか?

サキュバスに恋愛経験が無いことをバカにされた位で、

そんなにムキになりませんでも。

なにを言う!

バカにされたまま終われる訳がないだろう!

でしたら、その辺の悪魔でよろしいのでは?

わざわざ人間でなくとも。

人間に姿を晒すと、その後が面倒くさいのでございます。

ぬぅ、今更言わなくても分かっているだろう。

私は、人間のフォルムに一番ときめくのだ……。

(はぁ~……。

 相変わらず、難儀な性癖をお持ちでいらっしゃる)

なんだ! 良い男がおるではないか!

良いぞ、とても私好みの顔だ!

そんなこと言って、本当は人間の顔なんて、

ほとんど違いが分からないくせに。

クロ、選択肢をやろう。

今すぐあの男を捕まえてくるか、私のおやつになるか。

すぐに捕えて参ります。
「ええい、ままよ」と言わんばかりの勢いで、クロが飛び出します。
おっ、黒猫。

この辺で野良猫なんて、珍しいな。

初めまして。

本日はお日柄も良く、実に散歩日和でございますね。

佐藤くんの、クロに向けて伸ばした手が、ピシッと固まります。

表情までも、石のようです。

突然で恐縮なのですが、我が主と交際して頂きたいのでございます。
ねこ、しゃべ、交際……?
佐藤くんはこの上ない動揺を見せながら、ようやく頭を働かせ始めます。
はい。

私の主はかなりの力をもった悪魔でございます。

頭が少し残念なのと、いかんせん恋愛経験がございませんので、

貴方様を満足させられる保障はございませnごっふぉぉ!!?

なにを! なにを言っておるのだ!

決めたぞ! 今ここで、その皮を削いでアクセサリーにしてやる!

エネルギー弾当てられ、ピクピクと体を動かすクロを、

十朱さんが真っ赤にした顔で見下ろします。

う、う、うわああああああ!!?!?!?
姿を現した十朱さんを見た佐藤くんは、絶叫しながらひっくり返ります。


その声に我に返った十朱さんは、クロから佐藤くんに視線を移します。

佐藤くんはと言えば、腰を抜かし口を震わせ、失禁寸前のみっともない姿ですが、

十朱さんの目には、この世で一番のイケメンに映っているようでございます。

ふ、ふぅ。

なんとイケメンなのだ。 そして、愛くるしい。

生で見る人間が、こんなに高い殺傷力をもっているとは。

な、なにを言って……!

だ、誰か、誰か!

怯える佐藤くんの膝に跨り、十朱さんが迫ります。
おぬし、本当に可愛い顔をしておるな……。

キュンときたぞ。

ひっ、許して下さい。

俺、食べても美味しくないと思います、多分。

何を勘違いしておるのか知らんが、私はおぬしを捕食したりはせんぞ。

……いや、ある意味、捕食かもしれないが。

カァッと頬を染めながら、十朱さんが佐藤くんに手を伸ばします。

そしてそのまま二人の距離が近づいてゆき――。

す、すみません!

俺、初めては、控えめで、料理が上手くて、面倒見の良い、

和服の似合う、三歳年上のお姉さんって決めてるんです!

な、なんと……?

控えめで、料理が上手くて、面倒見の良い、

和服の似合う、三歳年上のお姉さんです!

なので、ごめんなさい!

……そうか。
それを聞いた十朱さんは、ふら~っと立ち上がり、

どこへともなく歩き出します。

ふ、んにゃ!?

お待ちくだされ!

意識を取り戻したクロも続きます。

佐藤くんも家に帰り、一夜明けるころには

「あれは夢だったのか?」と思い始めたのでございました。

しかし、佐藤くんは「あれは現実だったのだ」と

すぐに思い知ることになるのです。

な、な!?
まずは、形から入ってみたのだ。

どうだ? 似合うか?

現れたのは、この前の露出高めの服ではなく、

巫女のような袴に身を包んだ、十朱さんでございました。

あ、あの、俺……。
そんな警戒しなくとも良い。

この前のようにことを急くつもりはない。

……控え目な女が好きなのだろう?

恥らうように視線を落とした十朱さんを、

佐藤くんは呆然と見つめます。


こうして、十朱さんの恋物語は幕を開けたのでございました。

TOP