第3話

文字数 2,843文字

 家に帰ると妹の秋乃と遭遇した。
「おかえり兄ちゃん。お母さんが友達と食べてくるときは事前に伝えろって怒ってたよ。」
「はいはい。」
 ていうか金曜は僕が外で食べてくることぐらいいい加減覚えろよ、などと愚痴を言うと秋乃のやつが母さんに伝えかねないから胸の内にとどめておこう。そんなことを思っていると秋乃は僕をまじまじと見てきた。いや、秋乃の目線の先にあるのは僕ではなくこの黒電話だろうけど。
「兄ちゃんそれ何?」
「電話。」
「いやそれぐらい見りゃわかるけどさ、なんでそんな古そうな電話持ってるの?」
「達也のおじいさんからもらった。何でもこの電話は過去や未来と通話できるんだと。」
「信じて貰い受けたの!?バッカじゃないの?そんなSF小説みたいなことあるはずないじゃん。」
 まるで可哀想な人を見るような目で秋乃が言った。たぶんこれは罵られてるというよりは諭されているのだろう(前者だったら後でげんこつ一発)。
「はいはい、馬鹿でドジでマヌケな兄ちゃんですみませんでした。」
「いや、そこまで言ってないけど…」
 押し付けられただけだし、第一本気で信じる訳ないだろ。面倒臭いやつ、とでも言いたげな秋乃の視線を無視して僕は自室にこもった。居間に行って母さんにガミガミ言われるのもご免だったので。

「過去や未来と通話できる電話、ねえ…」
 達也のじいさんによるとこの電話の使い方は次の通りだ。

1. 過去と通話したいときは最初のダイアルを0に、未来と通話したいときは最初のダイアルを1に合わせる。
2. 次のダイアルで何年前/後と通話するかを決める。ただし番号の数の都合上16年以上前には通話できない。
例:3年前と通話したいときは次のようにダイアル3桁を入力する。『03』
注:『00』やと入力した場合は現在から-364日以内の同種の電話を持った誰かと通話できる。『10』の場合は現在から+364日以内だ。ちなみに16年以上前/後には通話はできないとのことと、うるう年の場合はどうなるかは知らないとのこと。

 正直ちっとも信じちゃいないが、まあ試しに使ってみるか。まずは『08』と入力してみた―すなわち8年前の誰かに電話をかけた。『プー,プー』繋がらない。次に『05』、繋がらない。過去が駄目なら未来はどうだ、『13』、繋がらない。『16』、ダメ。『0C』、ダメ。『1A』、ダメ。ダメダメダメダメ…やっぱりこれ偽物だわ。そりゃそうか…なんだかこんなことをしているのが馬鹿馬鹿しく感じてきた。最後に、『03』
『もしもし、どなたか聞こえますか?』
 その瞬間全身に鳥肌が立った。聞こえた!聞こえたのだ!つまり向こうに―3年前の誰かに―電話が通じたのだ!!
『あのー、もしもーし、どなたかいるなら返事してくださーい。』
 電話の主がせかしてきたので慌てて電話に出た。
「あの、こんにちは。まさかこの電話が誰かに通じるなんて思ってもなかったのでびっくりして出るのを忘れていました。」
『私もまさかこの電話で本当に未来の誰かと会話ができるなんて思っていなくて…正直まだ実感が湧きません。』
 声から察するに相手は女だ。少なくとも悪意のありそうなやつじゃなくてホッとした。
「一応確認なんですが、そちらは西暦何年の何月ですか?あと総理大臣とアメリカ大統領の名前も答えていただけたら…少なくともこちらは確認ができるので。ちなみにこっちは西暦2015年の7月です。首相と大統領は…って答えても意味ないですね…」
『そっちは本当に3年後みたいですね。ちなみにこっちは西暦2012年の4月です。あと総理は野田さんで大統領はオバマさんです。』
 おおよそ3年3ヶ月の時差だから計算は合う。スマホで調べてみたが、確かにこの頃の総理は野田さんで間違っていない。オバマさんは現役で大統領だが(※作中の千春の現在の時間軸は2015年)。
「そう言えばお名前はなんてお呼びしたら良いでしょうか?こんなところで実名を言うのもなんなので仮名でも構いませんが…」
『そうですね…じゃあミツキとでも呼んでください。それであなたは?』
「じゃあ…松山で。」
 少しふざけてみた。ああ、”松山”ではないよ、僕の姓は。
『なんで苗字なんですか。もしかして名前が千春とか?』
 ミツキが笑いながら返してくる。
「ええ、まあ…」
『ああ、やっぱり?じゃあ、私が勝手に決めますね。チハルだから…”チハ”とかどうです?』
「そっちこそ何でよりによって戦車なんですか…」
 そこは普通”ハル”とかだろ…
『まあいいじゃないですか。そういうわけで”チハ”くん、これからよろしく。』
「ところで、その黒電話はどこで入手しましたか?ちなみに僕は近所の楽器の中古品なんかを扱う店の店主に譲り受けました。」
『へえ、実は私も似たようなもんです。』
「じゃあ案外同じ店だったりして。」
 本当に達也のじいさんの店だったりしないよな?
『ところで、楽器って言ってたけど、音楽でもされてるんですか?』
「ええ、高校の同級生とバンドを。一応軽音部を立ち上げて活動中です。」
『ええ!部活を立ち上げたんですか!!羨ましなあ…』
「といっても3人でなんとか部活の体(てい)をなしているだけですよ。活動も吹奏楽部とかが休みのときに音楽室を借りるだけですし、たまにライブハウスを借りてやることもありますが。」
『それでも凄いですよ。私の場合部活を立ち上げようにも頭数すら集まらなくて…』
「ということはミツキさんも音楽をやられてるんですね。楽器は何を?ちなみに僕はギターです。」
『私は...強いて言うならボーカルですかね。ギターも一応やってるけどそっちは全然上手くありませんし…』
「へえ、ちなみに好きな歌手とかジャンルとかは?」
『男性歌手ならB'zとか氷室京介とか、あとGLAYやラルクも好きですね。ていうか私ロックが好きなんでだいたい男性歌手に偏るんですよ。』
「ああ、僕の趣味もその辺ですね。あと海外だとデビットボウイとかKISSとか…」
 などと好きな音楽や歌手のことでミツキと盛り上がっているときに母さんが乱入してきた。
「ちょっと千春!帰ってるなら一声かけなさい!あと友達と食べてくるときは事前に言いなさいって言ってるでしょ!?
「あ、母さんだ、すみません、またかけ直しますね。」
『あ、ちょっと…』
 僕は黒電話を置いた。急に切ってごめんよミツキ。
「ところであんた誰と電話してたの?ていうか何よその電話。」
 黒電話を見ながら母さんが尋問してきた。
「べ、別になんでもいいだろ?達也のおじいさんに貰ったんだよ。」
 正確には押し付けられたんだが。
「ふーん、達也くんのおじいさんにねえ。あまり変なものをウチに持ち込まないでよ?」
 それだけ言うと母さんは出ていった。何にせよこの”過去や未来と通話が可能な電話”は偽物ではないことがわかった。そしてミツキという新たな音楽仲間ができた(直接会えないのが気掛かりではあるけど)。ありがとう、達也のおじいさん!長生きしてくれよ!!
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