世界の終わり

文字数 1,416文字

 砂川は僕に黙示録について教えてくれた。僕はこれまで聖書に書かれている黙示録は世界の終わりを示すものだと考えていたが、砂川の解釈によれば世界の完成となる。この世界は一度消滅し、隠されているものがすべて明かしとなる新天新地が創られる。その世界では神から与えられる運動は完全なものとなり、人間や天使による天体から独楽にまで及ぶすべての運行も神への愛によって善なる方向へ導かれる。現在の世界では人間は神の英知への無知から、自由意志を誤った方向に用いるが、新天新地ではあらゆる人間が神の意図をすべて理解しているために、過ちを犯すことはない。人智を超えた領域に全人類が踏み込む世界、それが砂川の言う世界の完成だ。
 一方で朝永は砂川の主義とは反する理論を展開した。現代物理学において、孤立系でエネルギーが移動するとき、必ず無駄な仕事が出てくる。そして有用なエネルギーの一部が無駄へと変換され続けるならば、いつかすべてのエネルギーが無駄になるときが来る。すなわちこの世界のすべてが不必要なものに埋め尽くされる。朝永はあらゆる地点においてエネルギーが均一になりすべての運動が静止する、という表現を使ったが。世界のすべてがこの「学園」に閉じ込められている人間のように追放される存在になることが熱的死だ。これこそがまさに世界の終わりである。
 しかし二人の女がそれぞれ信奉するものの観点から述べた、世界の完成と世界の終わりは一人の人間からすれば無限にも等しい時間が経ったあとの話だ。僕の人生は、無限の時間が経ったあと、世界が完成しようと、終わりを迎えようと、いかなる影響も受けない。
 ところが問題は僕の意識にある。その意識は他人と共有してはいけない意識であり、僕が「学園」に閉じ込められた原因だ。僕が「町」から追放された意識とは、桑江英が生きているこの時点で、世界が滅亡しているという感覚である。統合失調症の症状の一つとして、世界没落体験というものがある。しかし僕の世界の終わりの感覚はそれとはまったく異なるものだ。世界のあらゆる運動は世界が終わる前の名残、または揺曳に過ぎない。それゆえに人間の意識、意思、行動はすべて無意味である。僕は人間の生における所作がすべて否定される世界に生きている。「学園」と「町」の対立も、二人の女との議論も僕にとっては否定され、無意味になるものだ。それゆえに僕は終わっていない世界を作り出す必要があった。それが滑空機の製作と解体の繰り返しだ。僕は滑空機と意識の経路を繋いで、個人的な世界を作り出し、あらゆる所作が否定されない世界に閉じこもっている。僕は二人の女に人間同士のコミュニケーションは意識の経路として説明できると説いた。同時に僕は滑空機による個人的な世界に閉じこもり、他人との経路を持つことを否定している。その矛盾には二人の女も気がついている。しかし二人とも、僕を貶めるためにそのことに言及はしない。一度だけ、僕のことをまだ理解していなかった砂川が閉鎖した世界に閉じこもる僕を叱責する場面があったが。それでも僕がキリスト教と物理学を理解しようとすることは、無駄だとわかっていながらも、生を肯定するための手がかりを掴もうとする足掻きだ。
 僕にとっては滑空機に向き合っているときにのみ、あらゆる所作は意味を持つ。それ以外の世界ではあらゆる所作はすべて無意味だ。すべての意味を失った世界、それは終わった世界だ。
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登場人物紹介

桑江英(くわえはなぶさ)

「町」から精神的に欠落していると判断され、「学園」に収容されている青年。
自分の存在を確認するために設計上飛ぶことのできない滑空機の組立と解体を繰り返す。
物事を唯心論的な方面から解釈する癖がある。

朝永夏子(ともながなつこ)

「学園」の生徒の一人。
現代物理学に精通している。
量子力学が専門で、相対性理論と散逸構造論にはそこまで言及しない。

砂川絹(すなかわきぬ)

「町」を支配する教会の修道女。
「町」に対抗を試みる「学園」に人質として誘拐される。
宗派はカトリックで、特にトマス・アクィナスに傾倒している。

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