エニシダを呼べ!:世界を救う8000字
文字数 8,125文字
「エニシダを呼べ!」
「だめです! この艦にもうエニシダはいません!」
「なん……だと……?」
燃料タンクは既にempty のラインを振り切っている。
なんということだ……。目の前が暗くなる。どうやって乗り切ればいいのだ。この艦のエネルギーのそのほとんどはエニシダに頼り切っているというのに。
今、この星間航行艦『最果ての地球』号は何度目かのワープの先で絶望に打ちひしがれていた。とうとう、追いつかれてしまうのか、プリンブギョウ、通称PBに。
司令室の中央に設置されたこの艦を中心とする全方位ホログラフの端にぷつりと現れた光点は急速にこの艦に近づいてくる。
ふと、綺麗に磨き込まれた計器が目に入った。2186年3月12日。これが人類が滅びる日、なのか。
ふいに、頭の中にこれまでの航海や地球の景色が浮かんでくる。
これが走馬灯というものか。
私はうす青い空が広がるビーチにいた。この日、私たち人類は初めてPBの存在を知ったのだ。
始まったばかりのバカンスを妻と一緒に過ごしていた。ビーチにパラソルを立ててチェアを起き、2人で並んで寝転がっていた。波間はキラキラと輝き、その海と空を隔てる水平線の上には奇跡のように雲ひとつなかった。
だからその異変はとてもよく、見えた。
その瞬間はとても眩しく、流れ星でも落ちたのかと思った。そしてその直後、バシュゥと空気が揺れて強い衝撃がパラソルを吹き飛ばし、チェアを横倒しにした。
「大丈夫か、クレア」
「ええ、一体何が起こったの」
砂まみれになりながら妻の手をとって助け起こそうとした時、世界は突然暗くなった。見上げると、視界一杯に大型の裾の広い円柱形の飛行物体が浮かんでいたのだ。飛行物体、その時はそう表するしかなかった。
20世紀末の古い映画を思い出す。私は古い映画を見るのが趣味なのだ。その映画でも突然、上空に飛行物体が現れ、大都市を爆撃したのだ。
そして呆然と見上げている私と妻をまるきり無視して、都合10機現れたその巨大な飛行物体は東の方向にあっという間に消え去った。
その時はまだ、純粋に信じていたのだ。
その古い映画のように人類は最終的には未知のそれらを追い払えるだろう、と。
その次に私を正気に戻したのはけたたましいスマホの音だった。当然のように宇宙軍司令部からの通信だった。
飛行物体が東の空に消えてからそれがなるまで10分もなかっただろう。
「Emergency !」
その強い焦りを含んだ短い単語は私を酷く硬直させた。その続きが予想できたからだ。飛行物体が飛んでいった方向は首都だった。
「マクレール大佐、落ち着いて聞いてくれ。これはジョークでも何でもない事実だ。首都と音信が途絶えた。衛星で確認したところ爆撃されたらしい。繰り返す」
「冗談、じゃないんだな。俺も見た。見たこともない巨大な物体が首都方向に飛び去ったのを」
「……大佐のバカンス先はウォーレル諸島だったな。無事でなによりだ。迎えをよこすので急ぎ搭乗されたし」
間も無く現れた機体に妻と共に乗り込むと首都とは反対方向に向かう。宙軍基地とも異なる方角だ。
「どこに向かっているんだ? エリア24ではないのか?」
「エリア24は最初に破壊されました」
複数の戦闘機が飛び出し、あの飛行物体に近づいた瞬間、飛行物体から光が射出されて消滅したという。そして間も無くエリア24からの連絡も途絶えた。
今向かっているのは隠されたエリア51だ。そこでは主に宇宙での戦闘を主軸としたこの国の宙軍が置かれている。
2174年7月29日。
これが人類がPBに対峙する最初で最後の日であり、長い逃亡の最初の日であった。
エリア51に到着した私とクレアは結局のところPBと戦うことはなかった。人類とPBの戦力差が圧倒的すぎたからだ。私が思い出した昔の映画のように飛行物体に攻撃行動をするにも至らず、ウィルスのようなものを感染させることができるような代物でもない。つまり戦闘にもならなかったのだ。
なぜならPBは機械ではない。飛行物体と呼んでいるのはかつてのUFOのように機械でできたものではなく、半固形状の何か、映画などのイメージ的にはそれ自体が生物、つまり有機化合物でできているようにしか思えなかった。
後にその一部が落下したものを分析すると、それはやはり人間と同様の有機物でできていたそうだ。
結局のところ人類は地球を捨てて逃亡するしかなかった。
都市部はあっという間に制圧され、連絡も取れなくなった。郊外に住んでいたわずかな人間だけが荒野をさまよい、時折浮遊する飛行物体に捕まった。
各地をさまよう人間たちは次第にコロニーを作り、そこで生活するようになった。けれども一定の規模以上になると飛行物体が現れて制圧する。
衛星画像から見ると、季節移動するヌーの大群なども一定規模以上になれば襲われている。その帰結はどうやらPBは動物の集団を何らかの方法で察知し、くべつな襲っているということだった。そしてその集団の母数というものは次第に減少していった。
最初は1万程度の個体の集まりを襲っていたのが次第に9000、8000になる。
この段において、人類は地球を捨てて新たな地を求めることを決意した。
全ての生物が捕らわれる前に。
PBから隠れて地球からわずかに残っていた星間飛行船と新たに急増した船で小規模に地球を脱出する。そして私はその艦の1つを任されることになった。
「マクレール大佐、配分はどうしましょう」
「家畜は極力多めがいい」
「しかし個体数が多すぎるとPBに補足される可能性が高くなります」
「……エニシダなら植物と見做されるのではないだろうか」
1つ問題があったのだ。
食料だ。なるべく多くの人間を収納するということはそれだけ多くの食料が必要となる。
人類が宇宙への旅に出るようになってもう数十年になる。そこで急務になったのは短期的には食糧の確保。そして長期的には安定した食糧が生産できる拠点星の発見だ。
そのためにさまざまな試みがなされていた。
最初は植物を増やす研究を行われたが、その次の動物を増やす実験がうまくいかなかった。動物を育てるというのはカロリーが必要だ。動物を育てられるほどのカロリーを宇宙で育てた植物で賄うのは難しい。そもそもそれほどの植物を育てられるスペースが宇宙船に確保できないのだ。
だから植物から動物を生やすという研究が行われていた。そしてその研究開発の主任は妻のクレアだった。
参考となったのはミドリムシだ。ミドリムシは体内に葉緑素を持つ。光合成によって自らエネルギーをまかないながら動物のように動く。
そこでまずは単純な微生物から実験が始まり、次第に対象はラットに移った。そして葉緑体を持ったラットの中で何故だか突然変異し、芋から生まれるという謎の生態を獲得したのがエニシダと名付けられた個体だった。
よくわからないものの、エニシダは何でも食べるし植えておけば土中の栄養を吸い上げ、水耕にすれば光合成でエネルギーを得る。恒星が存在する範囲であれば、種芋さえあればいかなる方法でも増えることができるのだ。
エニシダが植物なのか動物なのかはよくわからないものの、地球でもエニシダ群生地は何箇所かあるが、そこがPBに襲われたという話はついぞ聞かない。とすればエニシダはおそらく植物とみなされているのだ。
だから私たちは各艦隊に人間2500人とエニ芋を1万個詰め込んで宇宙に飛び立つことになった。
行く先、人間が住めそうな星というのは既にいくつもあたりはついていた。けれどもいずれも途方もない彼方にある。だから数代を乗り継いで、漸く新天地を迎えられるかどうか、という話だ。
けれども他に方法はない。この地球に残れない以上は。
そうして私にとってはもう1つのより大きな問題があった。
「何故です! クレアは私の妻だ! 必ず私の艦に連れていく!」
「マクレール大佐。申し訳ない。本当に申し訳ないのだが、クレア博士を置いていってくれ!」
「嫌だ。嫌だと言ったら嫌だ!」
妻を置いていけという理由はわかる。妻はエニシダの第一人者なのだ。クレアでなければ新しいエニシダの開発が進まない。そしてこの世界に生き残っている人間が全て乗ることが出来るほどの艦が確保できない。
畢竟、地球に残らざるを得ない人間が大量に出てくる。
そのような人間がどうやって生活をしていけばいいのか。
ようは悩みは同じなのだ。小さな艦の中のビオトープを維持して糧を得る方法と、地球の中でエニシダを育てて糧を得る方法と。
一度地球を捨てて出てしまえばおそらく戻ることは叶わない。そして行く先に人が住める地が待っているかどうかもわからない。それでも他にどうしようもないから新しい場所を探しにいくのだ。
そんな一か八かの艦にクレアを乗せるという判断はできない。そのわずか2500人だけがクレアの恩恵を受け、その他の地球やルートを辿った艦には恩恵がないのだ。
「駄目だ。クレア博士は人類の希望なのだ。PBが人を襲う枠がだんだんと狭くなってきている。もはやたった1つの種芋と人間という単位でしか生存ができなくなる可能性がある。クレア博士は生きて地球に残る人類にとってあらゆる意味で光なのだ」
「……あなた。私は残ります」
「しかし」
「大丈夫。あなたが人類が移住できる星を見つけてもらえれば、地球に残っている人たち皆で追いかけるから」
けれどもそんなことは夢のまた夢なのだ。そもそもたどり着くのですらどの程度かかるかわからない。一番近い目当ての星ですら片道30年はかかる代物だ。
だから……一緒にいけないというのはつまり、ここが今生の別れだ。そんなことは誰もが知っていた。
それでも私も残るという選択肢はなかった。
艦も少ないが、艦を操れる者もそれほど多くはなかったのだ。何故なら優秀な宇宙艦乗りはPBが最初に訪れた時に機に乗って飛び立ち、失われてしまったのだから。
だから新たな星を見つけに旅立てる十分な技術を習得した宇宙艦乗りは私のように丁度休暇を取っていて消失を免れた僅かな数しかいなかった。誰かが新たな地を見つけなければ、いずれ未来はない。
最後の夜は2人で食事をした。食事と言っても既に食料は限られていて、その食卓は質素なものだった。クレアの育てた芋から育ったエニシダを中心としたメニュー。足元を走り回る小さなエニシダ。
モニタには私がこれから向かう予定の星系が静かに映し出されていた。いずれもいまだ小さな光点に過ぎない。どのような場所かは行ってみなければわからない。それでも妻を対価に、私はもっとも近い星へ向かう船の艦長に就任した。
「あなた。なんだか全ては本当に急なこと」
「そうだな」
「けれどももし、私たちがバカンスをとっていなければ、私もあなたも既に消滅した基地にいた。だから今ここにいること自体が奇跡なの」
「奇跡などどうでもいい。今一緒にいる。俺はこれからも一緒にいたいんだ」
「きっと全てのものはほんの小さな運命のめぐり合わせなの。私とあなたが出会うことはおそらくもうないのでしょう。けれども私が開発したエニシダを食べて、あなたはどこまでも遠い星まで人類の希望を運ぶの。それであれば、ずっと一緒にいるのも同じでしょう?」
クレアは足元に転がるエニシダを1匹つまみ上げる。
ぽえぇと間抜けな声を上げるそのエニシダは、それでも人類の叡智なのだ。このエニシダをクレアが開発しなければ、そもそも多くの艦が新天地を求めて地球を旅立つことすらできなかっただろう。
クレアの手に手を乗せる。
「きっと俺が新しい星を見つける。そしてエニシダを植えてお前が来るのを待っている。必ずだ。約束だ。だからそれまで、生きていてくれ」
「ええ。あなた」
そのように絶望的な旅路に飛び立ったたくさんの艦隊は、それでも10年は平穏に航空を続けていた。PBに襲われることがないという直接的な安寧はいつしか穏やかな暮らしを生んでいた。館内にエニシダが走り回り子どもが追いかける姿が見られた。
他の艦も同様に、それぞれの星系に向かっていた。星間旅行というものはひたすらに時間がかかるのだ。けれどもその平和な空気感というものが逆にクレアの喪失という心の中の大きな虚を否が応でも強調し、窓の外にただ茫漠と広がる闇の宙と同様に飲まれてしまいそうな不安定さに苛まれていた。
そのころにはもう、クレアとの通信に年単位の時間がかかるようになってしまったから。
地球と火星との間ですら信号を送るのに光の速さで3分以上かかるのだ。
この艦が地球を離れてもう10年。最初は密に取っていた連絡も次第に粗になり細切れになる。次のクレアからの通信が返ってくるのはおそらく来年なのだろう。そうすると、この艦が辿り着いた星が生存可能な星であったとしても、それを地球に伝えるまで、そして地球からその星にクレアたちを呼び寄せるまで一体どの程度の月日が必要だというのだろう。
最初からわかっていたけれど、頭が考えることを拒否していたその事実が心に重くのしかかる。
クレア。
最早俺がクレアに会えるのはどのように最善の事象が起こったとしても、それは夢の中だけだった。
けれども突然、事態が変化した。
「マクレール艦長。後方より何かが迫っています」
「他のルートを選んだ艦がこちらに合流しようとしている、といった可能性はあるのか」
「……考えられません。それからこの方向は正しく地球の存在する方向です。一直線にこちらに向かっています」
突然、かつての地球の方角から急速に迫ってくる何ものかが観測されたのだ。同時期に飛び出した宇宙船は、なるべく多くの可能性を探るため、それぞれ異なる星域に向けて飛び立った。だからもし、途中で方向転換をするとしてもそもそも『追いつける』という事象が考えがたい。
けれども既にこの艦と地球では時間の流れが異なる。この艦で10年を過ごす間に地球で技術が発達し、より早い艦が建造されたのかもしれない。それにひょっとしたらクレアが乗って追いかけてきたのかもしれない。
そのように浮かんだ希望はすぐに打ち砕かれる。
何故ならこの艦は未だ対象の星に辿り着いていないのだ。つまりそこが人間が住める場所かどうかは未だわからない。それなのに地球からの船が追いかけてくるなど、あるはずがないのだ。
つまり、あれは。
そして観測手が観測したその飛行物体は、やはり地球の技術のものではなかったのだ。観測手は震える声で指摘するそれは、裾の広がった円柱形をしていたのだ。つまり、私が10年ほど前に初めてみたあの飛行物体と同じ形を。
艦内が騒然とする。
追ってきたのだ。
追ってきてしまったのだPBが。
つまり。
その意味は、地球に張り付く意味がなくなった。つまりそういうことだろう。制圧できるものは全て制圧し尽くして、新たなターゲットを探して地球を飛び出したのだろう。
新たなターゲットとは、つまりこの艦だ。
PBとは未だ距離が離れている。けれど、逃げなければならない。PBと我々はどれほどの技術力の差があるのだろう。
「艦長! どうしたらいいのでしょう!」
「逃げるしかない。PBの光学兵器の仕組みなど未だわからないのだから」
「しかし! PBはその速度を順調に上げております!」
「全速力だ! それからエニシダだ! エニシダを炉にくべろ!」
この艦も10年を漫然と過ごしたのではない。クレアに会うために、より早く航行できるよう改良を重ねてきた。そしてその中心はやはり、エニシダだった。
エニシダは生命サイクルがとても早い。そしてとても進化しやすい。
エニシダはこの艦において、いつのまにか進化していた。食料としてのエネルギー値は爆増し、その種芋はそれ自体が高純度のエネルギー物質と化していた。つまるところ、この艦のエネルギーは本来の水素エネルギーではなく、より効率の良いエニシダエネルギーで賄われるようになっていた。
エニシダはある程度の命令を理解できるほど進化し、一定のオーダーを指示さえすれば自ら役割を振りわけてオートメーションで艦を動かすほどになっていた。
それで一時は多少は距離を引き離すことができた。エニシダエネルギーでブーストして距離を開け、近づくまでにエニシダを大量に急速成長させ繁茂させる。そしてそれで得たエネルギーで再びブーストする。
いつ終わるとも知れない1年半ほどのイタチごっこの結果、結局エニシダが枯渇したのだ。
他にどうすることができたというのか。
「艦長……もう……ダメです」
「そうだな、我々はやるべきことは全てやった。そう思う」
もうすでにこの艦内にエニシダはほとんどいないのだ。全てを逃走に費やして、費やしきって、それでも私は逃げ切ることができなかったのだ。
私はそのことに酷く落胆し、けれどもどこかで安堵していた。
結局のところ、私はこの艦でPBから逃げ切ったとしても、二度とクレアに会うことはないのだ。10年もたてばそんな諦念は目をそらすことができないほど心の奥底に積み重なり、それが心を圧迫し、つまるところ私は疲れ果てていた。
「艦長! 接触しました!」
艦が大きく揺れた。その揺れはとてもゆるやかで、とても気持ち悪かった。
反吐が出る。これが私たちの地球をそしてクレアを、そして私たちの生活を駄目にしたのだ。憎悪で黒く煮えたぎった私の心は、それでも最早どうしようもなく、拳を震わせる。
そこでふいに、ちゅぅ、という音がした。
足元をみると小さなエニシダがいた。
このエニシダはクレアと最後に食事をした時にクレアからもらった原初のエニシダだ。様々な品種改良が施される前の、生産性の低いエニシダ。だからこの艦のシステムに組み込まれていなかった。
それの首をつかんでつまみ上げる。
ふわりとクレアのことを思い出した。そうだ。どうせ終わるならこのエニシダと。最後くらいは堂々としよう。
そう思っているうちにも司令室内にずぷり、と卵色の物体が扉の隙間から侵入してきた。PBの艦だ。PBの艦は半固形だ。だからこのように、物理的に侵食してくるのだ。
ふいに、エニシダが暴れて手元から抜け出した。
そしてあろうことか、その卵色の物体に向かって駆け出したのだ。
私は急いでそのエニシダを追い、捕まえた時には卵色がほんの数センチまで迫っていた。一巻の終わりか。
そう思うと、その卵色からぬるりと腕が突き出された。
人間の、腕?
「この子を大切にしてくれたのですね、あなた」
「クレ……ア?」
そしてその卵色のものから現れたのは、懐かしきクレア。少しだけ年をとったクレア。これは死ぬ間際に見るという走馬灯というものなのか、それとも死の恐怖で気が触れたのか。
そしてそのクレアはそっと私を抱きしめた。懐かしい感触そのままに。
「安心して。私はクレアです」
「何が起こっているんだ」
「エニシダを改良したの。エニシダは何だって餌にできる。だからこのPBを餌にするエニシダを開発したの。そうしてエニシダは全てのPBを駆逐したわ」
「それなら何故、知らせてくれなかったんだ」
「私とあなたは遠くなりすぎた。だから通信が届かなかったの。だから光と同速度で移動するPBの艦に乗って追いかけた」
「なら、本当に本物のクレア?」
「勿論」
それを証するかのようにエニシダはクレアの足に頭を擦り付けた。
「失った時間を取り戻しましょう」
「ああ。もう離さない」
気がつくと艦の外では初めて見る恒星が祝福するように輝いていた。
ここは……目的としていた星系?
艦はPBから逃げるためにありえない速度を必死に航行し、20年の時を超えて目的地に到着していたのだ。地球は既に破壊され尽くされている。それならばここで新しい地球を始めよう。
元々その予定だった。そしてそれは艦の住人に承諾され、地球に向けて星発見の伝令を打つ。
そうして私とクレアは新しい星に降り立った。エニシダという約束された繁栄とともに。
Fin.
「だめです! この艦にもうエニシダはいません!」
「なん……だと……?」
燃料タンクは既に
なんということだ……。目の前が暗くなる。どうやって乗り切ればいいのだ。この艦のエネルギーのそのほとんどはエニシダに頼り切っているというのに。
今、この星間航行艦『最果ての地球』号は何度目かのワープの先で絶望に打ちひしがれていた。とうとう、追いつかれてしまうのか、プリンブギョウ、通称PBに。
司令室の中央に設置されたこの艦を中心とする全方位ホログラフの端にぷつりと現れた光点は急速にこの艦に近づいてくる。
ふと、綺麗に磨き込まれた計器が目に入った。2186年3月12日。これが人類が滅びる日、なのか。
ふいに、頭の中にこれまでの航海や地球の景色が浮かんでくる。
これが走馬灯というものか。
私はうす青い空が広がるビーチにいた。この日、私たち人類は初めてPBの存在を知ったのだ。
始まったばかりのバカンスを妻と一緒に過ごしていた。ビーチにパラソルを立ててチェアを起き、2人で並んで寝転がっていた。波間はキラキラと輝き、その海と空を隔てる水平線の上には奇跡のように雲ひとつなかった。
だからその異変はとてもよく、見えた。
その瞬間はとても眩しく、流れ星でも落ちたのかと思った。そしてその直後、バシュゥと空気が揺れて強い衝撃がパラソルを吹き飛ばし、チェアを横倒しにした。
「大丈夫か、クレア」
「ええ、一体何が起こったの」
砂まみれになりながら妻の手をとって助け起こそうとした時、世界は突然暗くなった。見上げると、視界一杯に大型の裾の広い円柱形の飛行物体が浮かんでいたのだ。飛行物体、その時はそう表するしかなかった。
20世紀末の古い映画を思い出す。私は古い映画を見るのが趣味なのだ。その映画でも突然、上空に飛行物体が現れ、大都市を爆撃したのだ。
そして呆然と見上げている私と妻をまるきり無視して、都合10機現れたその巨大な飛行物体は東の方向にあっという間に消え去った。
その時はまだ、純粋に信じていたのだ。
その古い映画のように人類は最終的には未知のそれらを追い払えるだろう、と。
その次に私を正気に戻したのはけたたましいスマホの音だった。当然のように宇宙軍司令部からの通信だった。
飛行物体が東の空に消えてからそれがなるまで10分もなかっただろう。
「
その強い焦りを含んだ短い単語は私を酷く硬直させた。その続きが予想できたからだ。飛行物体が飛んでいった方向は首都だった。
「マクレール大佐、落ち着いて聞いてくれ。これはジョークでも何でもない事実だ。首都と音信が途絶えた。衛星で確認したところ爆撃されたらしい。繰り返す」
「冗談、じゃないんだな。俺も見た。見たこともない巨大な物体が首都方向に飛び去ったのを」
「……大佐のバカンス先はウォーレル諸島だったな。無事でなによりだ。迎えをよこすので急ぎ搭乗されたし」
間も無く現れた機体に妻と共に乗り込むと首都とは反対方向に向かう。宙軍基地とも異なる方角だ。
「どこに向かっているんだ? エリア24ではないのか?」
「エリア24は最初に破壊されました」
複数の戦闘機が飛び出し、あの飛行物体に近づいた瞬間、飛行物体から光が射出されて消滅したという。そして間も無くエリア24からの連絡も途絶えた。
今向かっているのは隠されたエリア51だ。そこでは主に宇宙での戦闘を主軸としたこの国の宙軍が置かれている。
2174年7月29日。
これが人類がPBに対峙する最初で最後の日であり、長い逃亡の最初の日であった。
エリア51に到着した私とクレアは結局のところPBと戦うことはなかった。人類とPBの戦力差が圧倒的すぎたからだ。私が思い出した昔の映画のように飛行物体に攻撃行動をするにも至らず、ウィルスのようなものを感染させることができるような代物でもない。つまり戦闘にもならなかったのだ。
なぜならPBは機械ではない。飛行物体と呼んでいるのはかつてのUFOのように機械でできたものではなく、半固形状の何か、映画などのイメージ的にはそれ自体が生物、つまり有機化合物でできているようにしか思えなかった。
後にその一部が落下したものを分析すると、それはやはり人間と同様の有機物でできていたそうだ。
結局のところ人類は地球を捨てて逃亡するしかなかった。
都市部はあっという間に制圧され、連絡も取れなくなった。郊外に住んでいたわずかな人間だけが荒野をさまよい、時折浮遊する飛行物体に捕まった。
各地をさまよう人間たちは次第にコロニーを作り、そこで生活するようになった。けれども一定の規模以上になると飛行物体が現れて制圧する。
衛星画像から見ると、季節移動するヌーの大群なども一定規模以上になれば襲われている。その帰結はどうやらPBは動物の集団を何らかの方法で察知し、くべつな襲っているということだった。そしてその集団の母数というものは次第に減少していった。
最初は1万程度の個体の集まりを襲っていたのが次第に9000、8000になる。
この段において、人類は地球を捨てて新たな地を求めることを決意した。
全ての生物が捕らわれる前に。
PBから隠れて地球からわずかに残っていた星間飛行船と新たに急増した船で小規模に地球を脱出する。そして私はその艦の1つを任されることになった。
「マクレール大佐、配分はどうしましょう」
「家畜は極力多めがいい」
「しかし個体数が多すぎるとPBに補足される可能性が高くなります」
「……エニシダなら植物と見做されるのではないだろうか」
1つ問題があったのだ。
食料だ。なるべく多くの人間を収納するということはそれだけ多くの食料が必要となる。
人類が宇宙への旅に出るようになってもう数十年になる。そこで急務になったのは短期的には食糧の確保。そして長期的には安定した食糧が生産できる拠点星の発見だ。
そのためにさまざまな試みがなされていた。
最初は植物を増やす研究を行われたが、その次の動物を増やす実験がうまくいかなかった。動物を育てるというのはカロリーが必要だ。動物を育てられるほどのカロリーを宇宙で育てた植物で賄うのは難しい。そもそもそれほどの植物を育てられるスペースが宇宙船に確保できないのだ。
だから植物から動物を生やすという研究が行われていた。そしてその研究開発の主任は妻のクレアだった。
参考となったのはミドリムシだ。ミドリムシは体内に葉緑素を持つ。光合成によって自らエネルギーをまかないながら動物のように動く。
そこでまずは単純な微生物から実験が始まり、次第に対象はラットに移った。そして葉緑体を持ったラットの中で何故だか突然変異し、芋から生まれるという謎の生態を獲得したのがエニシダと名付けられた個体だった。
よくわからないものの、エニシダは何でも食べるし植えておけば土中の栄養を吸い上げ、水耕にすれば光合成でエネルギーを得る。恒星が存在する範囲であれば、種芋さえあればいかなる方法でも増えることができるのだ。
エニシダが植物なのか動物なのかはよくわからないものの、地球でもエニシダ群生地は何箇所かあるが、そこがPBに襲われたという話はついぞ聞かない。とすればエニシダはおそらく植物とみなされているのだ。
だから私たちは各艦隊に人間2500人とエニ芋を1万個詰め込んで宇宙に飛び立つことになった。
行く先、人間が住めそうな星というのは既にいくつもあたりはついていた。けれどもいずれも途方もない彼方にある。だから数代を乗り継いで、漸く新天地を迎えられるかどうか、という話だ。
けれども他に方法はない。この地球に残れない以上は。
そうして私にとってはもう1つのより大きな問題があった。
「何故です! クレアは私の妻だ! 必ず私の艦に連れていく!」
「マクレール大佐。申し訳ない。本当に申し訳ないのだが、クレア博士を置いていってくれ!」
「嫌だ。嫌だと言ったら嫌だ!」
妻を置いていけという理由はわかる。妻はエニシダの第一人者なのだ。クレアでなければ新しいエニシダの開発が進まない。そしてこの世界に生き残っている人間が全て乗ることが出来るほどの艦が確保できない。
畢竟、地球に残らざるを得ない人間が大量に出てくる。
そのような人間がどうやって生活をしていけばいいのか。
ようは悩みは同じなのだ。小さな艦の中のビオトープを維持して糧を得る方法と、地球の中でエニシダを育てて糧を得る方法と。
一度地球を捨てて出てしまえばおそらく戻ることは叶わない。そして行く先に人が住める地が待っているかどうかもわからない。それでも他にどうしようもないから新しい場所を探しにいくのだ。
そんな一か八かの艦にクレアを乗せるという判断はできない。そのわずか2500人だけがクレアの恩恵を受け、その他の地球やルートを辿った艦には恩恵がないのだ。
「駄目だ。クレア博士は人類の希望なのだ。PBが人を襲う枠がだんだんと狭くなってきている。もはやたった1つの種芋と人間という単位でしか生存ができなくなる可能性がある。クレア博士は生きて地球に残る人類にとってあらゆる意味で光なのだ」
「……あなた。私は残ります」
「しかし」
「大丈夫。あなたが人類が移住できる星を見つけてもらえれば、地球に残っている人たち皆で追いかけるから」
けれどもそんなことは夢のまた夢なのだ。そもそもたどり着くのですらどの程度かかるかわからない。一番近い目当ての星ですら片道30年はかかる代物だ。
だから……一緒にいけないというのはつまり、ここが今生の別れだ。そんなことは誰もが知っていた。
それでも私も残るという選択肢はなかった。
艦も少ないが、艦を操れる者もそれほど多くはなかったのだ。何故なら優秀な宇宙艦乗りはPBが最初に訪れた時に機に乗って飛び立ち、失われてしまったのだから。
だから新たな星を見つけに旅立てる十分な技術を習得した宇宙艦乗りは私のように丁度休暇を取っていて消失を免れた僅かな数しかいなかった。誰かが新たな地を見つけなければ、いずれ未来はない。
最後の夜は2人で食事をした。食事と言っても既に食料は限られていて、その食卓は質素なものだった。クレアの育てた芋から育ったエニシダを中心としたメニュー。足元を走り回る小さなエニシダ。
モニタには私がこれから向かう予定の星系が静かに映し出されていた。いずれもいまだ小さな光点に過ぎない。どのような場所かは行ってみなければわからない。それでも妻を対価に、私はもっとも近い星へ向かう船の艦長に就任した。
「あなた。なんだか全ては本当に急なこと」
「そうだな」
「けれどももし、私たちがバカンスをとっていなければ、私もあなたも既に消滅した基地にいた。だから今ここにいること自体が奇跡なの」
「奇跡などどうでもいい。今一緒にいる。俺はこれからも一緒にいたいんだ」
「きっと全てのものはほんの小さな運命のめぐり合わせなの。私とあなたが出会うことはおそらくもうないのでしょう。けれども私が開発したエニシダを食べて、あなたはどこまでも遠い星まで人類の希望を運ぶの。それであれば、ずっと一緒にいるのも同じでしょう?」
クレアは足元に転がるエニシダを1匹つまみ上げる。
ぽえぇと間抜けな声を上げるそのエニシダは、それでも人類の叡智なのだ。このエニシダをクレアが開発しなければ、そもそも多くの艦が新天地を求めて地球を旅立つことすらできなかっただろう。
クレアの手に手を乗せる。
「きっと俺が新しい星を見つける。そしてエニシダを植えてお前が来るのを待っている。必ずだ。約束だ。だからそれまで、生きていてくれ」
「ええ。あなた」
そのように絶望的な旅路に飛び立ったたくさんの艦隊は、それでも10年は平穏に航空を続けていた。PBに襲われることがないという直接的な安寧はいつしか穏やかな暮らしを生んでいた。館内にエニシダが走り回り子どもが追いかける姿が見られた。
他の艦も同様に、それぞれの星系に向かっていた。星間旅行というものはひたすらに時間がかかるのだ。けれどもその平和な空気感というものが逆にクレアの喪失という心の中の大きな虚を否が応でも強調し、窓の外にただ茫漠と広がる闇の宙と同様に飲まれてしまいそうな不安定さに苛まれていた。
そのころにはもう、クレアとの通信に年単位の時間がかかるようになってしまったから。
地球と火星との間ですら信号を送るのに光の速さで3分以上かかるのだ。
この艦が地球を離れてもう10年。最初は密に取っていた連絡も次第に粗になり細切れになる。次のクレアからの通信が返ってくるのはおそらく来年なのだろう。そうすると、この艦が辿り着いた星が生存可能な星であったとしても、それを地球に伝えるまで、そして地球からその星にクレアたちを呼び寄せるまで一体どの程度の月日が必要だというのだろう。
最初からわかっていたけれど、頭が考えることを拒否していたその事実が心に重くのしかかる。
クレア。
最早俺がクレアに会えるのはどのように最善の事象が起こったとしても、それは夢の中だけだった。
けれども突然、事態が変化した。
「マクレール艦長。後方より何かが迫っています」
「他のルートを選んだ艦がこちらに合流しようとしている、といった可能性はあるのか」
「……考えられません。それからこの方向は正しく地球の存在する方向です。一直線にこちらに向かっています」
突然、かつての地球の方角から急速に迫ってくる何ものかが観測されたのだ。同時期に飛び出した宇宙船は、なるべく多くの可能性を探るため、それぞれ異なる星域に向けて飛び立った。だからもし、途中で方向転換をするとしてもそもそも『追いつける』という事象が考えがたい。
けれども既にこの艦と地球では時間の流れが異なる。この艦で10年を過ごす間に地球で技術が発達し、より早い艦が建造されたのかもしれない。それにひょっとしたらクレアが乗って追いかけてきたのかもしれない。
そのように浮かんだ希望はすぐに打ち砕かれる。
何故ならこの艦は未だ対象の星に辿り着いていないのだ。つまりそこが人間が住める場所かどうかは未だわからない。それなのに地球からの船が追いかけてくるなど、あるはずがないのだ。
つまり、あれは。
そして観測手が観測したその飛行物体は、やはり地球の技術のものではなかったのだ。観測手は震える声で指摘するそれは、裾の広がった円柱形をしていたのだ。つまり、私が10年ほど前に初めてみたあの飛行物体と同じ形を。
艦内が騒然とする。
追ってきたのだ。
追ってきてしまったのだPBが。
つまり。
その意味は、地球に張り付く意味がなくなった。つまりそういうことだろう。制圧できるものは全て制圧し尽くして、新たなターゲットを探して地球を飛び出したのだろう。
新たなターゲットとは、つまりこの艦だ。
PBとは未だ距離が離れている。けれど、逃げなければならない。PBと我々はどれほどの技術力の差があるのだろう。
「艦長! どうしたらいいのでしょう!」
「逃げるしかない。PBの光学兵器の仕組みなど未だわからないのだから」
「しかし! PBはその速度を順調に上げております!」
「全速力だ! それからエニシダだ! エニシダを炉にくべろ!」
この艦も10年を漫然と過ごしたのではない。クレアに会うために、より早く航行できるよう改良を重ねてきた。そしてその中心はやはり、エニシダだった。
エニシダは生命サイクルがとても早い。そしてとても進化しやすい。
エニシダはこの艦において、いつのまにか進化していた。食料としてのエネルギー値は爆増し、その種芋はそれ自体が高純度のエネルギー物質と化していた。つまるところ、この艦のエネルギーは本来の水素エネルギーではなく、より効率の良いエニシダエネルギーで賄われるようになっていた。
エニシダはある程度の命令を理解できるほど進化し、一定のオーダーを指示さえすれば自ら役割を振りわけてオートメーションで艦を動かすほどになっていた。
それで一時は多少は距離を引き離すことができた。エニシダエネルギーでブーストして距離を開け、近づくまでにエニシダを大量に急速成長させ繁茂させる。そしてそれで得たエネルギーで再びブーストする。
いつ終わるとも知れない1年半ほどのイタチごっこの結果、結局エニシダが枯渇したのだ。
他にどうすることができたというのか。
「艦長……もう……ダメです」
「そうだな、我々はやるべきことは全てやった。そう思う」
もうすでにこの艦内にエニシダはほとんどいないのだ。全てを逃走に費やして、費やしきって、それでも私は逃げ切ることができなかったのだ。
私はそのことに酷く落胆し、けれどもどこかで安堵していた。
結局のところ、私はこの艦でPBから逃げ切ったとしても、二度とクレアに会うことはないのだ。10年もたてばそんな諦念は目をそらすことができないほど心の奥底に積み重なり、それが心を圧迫し、つまるところ私は疲れ果てていた。
「艦長! 接触しました!」
艦が大きく揺れた。その揺れはとてもゆるやかで、とても気持ち悪かった。
反吐が出る。これが私たちの地球をそしてクレアを、そして私たちの生活を駄目にしたのだ。憎悪で黒く煮えたぎった私の心は、それでも最早どうしようもなく、拳を震わせる。
そこでふいに、ちゅぅ、という音がした。
足元をみると小さなエニシダがいた。
このエニシダはクレアと最後に食事をした時にクレアからもらった原初のエニシダだ。様々な品種改良が施される前の、生産性の低いエニシダ。だからこの艦のシステムに組み込まれていなかった。
それの首をつかんでつまみ上げる。
ふわりとクレアのことを思い出した。そうだ。どうせ終わるならこのエニシダと。最後くらいは堂々としよう。
そう思っているうちにも司令室内にずぷり、と卵色の物体が扉の隙間から侵入してきた。PBの艦だ。PBの艦は半固形だ。だからこのように、物理的に侵食してくるのだ。
ふいに、エニシダが暴れて手元から抜け出した。
そしてあろうことか、その卵色の物体に向かって駆け出したのだ。
私は急いでそのエニシダを追い、捕まえた時には卵色がほんの数センチまで迫っていた。一巻の終わりか。
そう思うと、その卵色からぬるりと腕が突き出された。
人間の、腕?
「この子を大切にしてくれたのですね、あなた」
「クレ……ア?」
そしてその卵色のものから現れたのは、懐かしきクレア。少しだけ年をとったクレア。これは死ぬ間際に見るという走馬灯というものなのか、それとも死の恐怖で気が触れたのか。
そしてそのクレアはそっと私を抱きしめた。懐かしい感触そのままに。
「安心して。私はクレアです」
「何が起こっているんだ」
「エニシダを改良したの。エニシダは何だって餌にできる。だからこのPBを餌にするエニシダを開発したの。そうしてエニシダは全てのPBを駆逐したわ」
「それなら何故、知らせてくれなかったんだ」
「私とあなたは遠くなりすぎた。だから通信が届かなかったの。だから光と同速度で移動するPBの艦に乗って追いかけた」
「なら、本当に本物のクレア?」
「勿論」
それを証するかのようにエニシダはクレアの足に頭を擦り付けた。
「失った時間を取り戻しましょう」
「ああ。もう離さない」
気がつくと艦の外では初めて見る恒星が祝福するように輝いていた。
ここは……目的としていた星系?
艦はPBから逃げるためにありえない速度を必死に航行し、20年の時を超えて目的地に到着していたのだ。地球は既に破壊され尽くされている。それならばここで新しい地球を始めよう。
元々その予定だった。そしてそれは艦の住人に承諾され、地球に向けて星発見の伝令を打つ。
そうして私とクレアは新しい星に降り立った。エニシダという約束された繁栄とともに。
Fin.