今井 奈々《いまい なな》 四

文字数 961文字

 くんくん、と。
 ムサシが匂いを嗅いでいる。脚をあげて、マーキング。こうして今日も、ムサシは町の平和を守っているのだ!
 くんくん。サムライ・ムサシ。今日も慎重に縄張りをパトロール。こやつは小さい頃から時間のかかる散歩をするのだよ。
 まあ、それはいいけどさ。早くしようぜ。私、帰ってお風呂掃除あるし、たぶん、夕食の配膳も手伝わなきゃいけないし、学校の宿題やって、お風呂入って、SNS見たり、YouTube見たりしたいねん。
「はあ…。ムサシはいいねー。気楽でさー」
 思わず出たつぶやき。何を言う、俺だって忙しいのだ。と言わんばかりに、ムサシは電柱にマーキングする。
 自分が周りの子と違うと気づいたのは、小学校の時だ。
 クラスメイトの遥香ちゃんの家で遊んでいた時、遥香ちゃんが近くに来て、なんだかドキドキしたのを、今でもよく覚えている。
 遥香ちゃんの顔が近づいた瞬間、我慢が効かなくなって、衝動的にキスしてしまった。
 びっくりした遥香ちゃんの顔を、今でもはっきりと思い出せる。
 帰りに、お母さんが迎えに来た。キスされたことを、遥香ちゃんは自分のお母さんに相談したのだろう。遥香ちゃんのお母さんが、それをウチのお母さんに伝えたんだと思う。
 お母さんは、遥香ちゃんと、遥香ちゃんのお母さんに何回も謝っていた。私も謝るように言われて、頭を下げたことを覚えてる。
 その日を境に、遥香ちゃんとは口を利かなくなった。
 翌日から、私は周りの女の子から仲間外れにされて、白い目で見られるようになった。
 お母さんは私のことを心配して、強引に引越しを行った。そして、私にこう言った。
『普通の女の子のようにしなさい。あなたのやっていることは異常なの』
 お母さんは華道家で、礼儀作法に本当にうるさい。考え方も昔気質な感じだ。
 私はそれから、お母さんの言いつけ通りにした。
 皆んなと一緒。おんなじ。普通に。
 でも、たまに思うんだ。

 "女の子が女の子を好きになっちゃいけないの"?

 私は、化け物(モンスター)なの?
 違う、よね?
「わんっ」
 唐突にムサシが吠えた。驚いてムサシを見ると、ムサシが私を見つめてる。
 その顔はなんだか、『しょげないでよ、ベイビー』って言ってる気がした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み