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文字数 5,211文字
翌日の2回戦、由紀は1番、センターで先発した。
前の試合で優勝候補を破ったサンダースは俄然注目される様になっていたが、リードオフ・マンをケガで失ったとは言え、その代役が小柄な女の子とは……。
相手チームは面食らった、そして同時に油断も生じた。
(なんだ、1回戦はフロックだったのか?)と。
1回の表を正臣が三者凡退に討ち取って、その裏、由紀が打席に入った。
小柄な体を更に屈め、肩にバットを担ぐ構えは、一時期メジャーで流行したクラウチング・スタイルに似ている、しかし、メジャーの場合は腕っ節に自信がある選手がこのスタイルを取っていた、体の回転を充分に使えない分腕力でボールを飛ばそうと言うわけだ。
しかし、打席に入った由紀はいかにも非力、ジャストミートしたところで強い打球を飛ばせるようには到底見えない。
対戦相手のピッチャーは荒削りながら、球速と球威なら1回戦の相手ピッチャーにも劣らない、ビビらせてやれとばかりに渾身の力を込めてストレートを投げ込んで来た。
「ボール」
1球目は高めに外れた、しかし、その時点ではピッチャーに動揺はない。
「ボール」
2球目も高めに外れるボール、ピッチャーは(的が小さくてちょっと投げ難いな)と感じた。
3球目からは少し力をセーブしてコントロールしようとしたが、投げ難いと感じてしまうとリリースで迷いが出てしまい思うようにコントロールできない。
3-1からの5球目、きわどいコースのボールだったが、由紀は見逃してフォアボール、小走りに一塁ベースに立った。
打席では見くびっていたものの、1番バッターを塁に出してしまったのだから警戒しない筈もない、ピッチャーは二度、三度と牽制球を1塁に送る。
しかし、相手のピッチャーがクイックモーションを使えない事は偵察済み、セットポジションは取るものの踏み出す脚をワインドアップモーションの時と同じように上げてしまうのだ。
身体に恵まれたピッチャーを大きく育てようとする指導方針には賛同するが、勝負はまた別、光弘は1球目から迷わず盗塁のサインを出した。
2番の勝征はバントの構えで空振りして由紀の盗塁を助けるが、その必要はなかったようだ、キャッチャーがボールを掴んだ時には既に由紀はスライディングの体勢に入っていたのだ、キャッチャーは送球を諦め、由紀は悠々と二塁に到達した。
2球目もバントの構え、しかし、3盗を警戒したバッテリーは外角へボールを外す。
それも光弘の思惑通りだった、由紀を警戒しすぎたピッチャーは大きく外してしまい、キャッチャーは飛びつくように捕球せざるを得なかった、スタートを切っていた由紀は悠々と三塁ベース上。
そして3球目、勝征の打球はショート左への緩いゴロ、ゴロを掴んだショートは、スタートを切った由紀をホームで刺そうとホームベースに送球するが、キャッターが捕球した時には、ヘッドスライディングした由紀の左手は既にホームベースに触れていた。
由紀にフォアボールを与えてから3球、ヒットもなしにあっさり1点を先制されて、なおもノーアウト一塁。
相手ピッチャーは完全にペースを失ってしまった。
1回の裏、打者一巡で5点を先制、そうなると正臣の投球は冴える。
正臣は球威には欠けるので長打を警戒しないといけない、競り合う試合だとややボール球が多くなるし、思い切った緩い球も使いにくい、しかし五点のリードがあれば相手を術中に嵌めて翻弄できるのだ。
2回戦はじりじりとリードを広げたサンダースが8-0で快勝した。
由紀は秘密兵器のセーフティバントを温存したまま、さらに二つのフォアボールを選んでその二度ともホームに生還、守っても左中間を破られそうな大飛球をキャッチして勝利に貢献した。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
翌朝、小学校での事。
休み時間にクラスメートの慎司が由紀の席の前の椅子に跨るように座り、話しかけてきた。
「あのさぁ、英樹のことなんだけど」
「栗田君が? どうしたの?」
「いや、別にどうかしたとかじゃないんだけどさ、あいつ、中学受験するんだ」
慎司の言っている意味はわかった。
つまり、来年からは受験に向かわないといけないと言うこと、英樹にとって少年野球は今年で最後だということなのだ。
「飯島さんがケガした時、代わりにスタメンに入るのは俺かあいつだろうと思ったんだ」
確かに……。
由紀もそう思っていた、まさか自分が抜擢されるとは思っていなかったのだ。
「俺もさ、別にあいつに譲ろうとか思ってたわけじゃないしさ、由紀を選んだのは監督なんだから、俺がどうこう言うことじゃないんだけどさ……俺は公立中に行くつもりだから来年があるけど、あいつにはないんだ」
現在の6年生は飯島哲也を含めて7人、一回戦で先発出場した5年生の二人、レフトの城田達也とライトの荒木幸彦、そして慎司が来年のチームのクリーンアップを打つことになるだろう、と言う事は容易に想像がつく。
しかし、英樹はちょっと微妙なのだ。
中学受験とあっては、来年は野球どころではないことは仕方がない、親の意向もあるだろうが、英樹も同意して受験を決めた筈だ。
しかし、中学でも野球を続けるかどうかはちょっと微妙な所だ、英樹はタイプとしてはリードオフ・マン向きだが、バッティングは物足りないのだ、どこの中学を受けるつもりなのかは知らないが、英樹の野球は今年で最後になる可能性が少なからずある、だからこそ、この県大会は最後のチャンスだったかも知れないのだ。
「ごめん、余計なこと言ったな、最初にも言ったけど、俺だって英樹にポジションを譲ろうとか考えてなかったんだ、なのに由紀に今こと言うべきじゃなかったな、気にしないでな」
「うん、気にしてない……」
そう答えたものの、全然気にならないと割り切れるものでもなかった。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
3回戦は豪快なバッティングで勝ち上がってきたチームが相手。
少し警戒しすぎた正臣は1、2番に連続フォアボールを与えてしまい、迎えた3番バッターには鋭いゴロのセンター前ヒット、出来る限り前進した由紀だが、ショートの隆、セカンドの勝征共にスライディングキャッチを試みていたので、中継ポイントに入るのが遅れてしまった。
由紀は全力でショートに投げ返すものの、それは山なりのボール、一度は三塁で止まりかけた二塁ランナーは由紀の送球を見てホームを駆け抜けた。
「悪りぃ、次はもっと近くまで行くからさ」
ショートの隆はそう言ってくれたが、相手ベンチからはヤジが飛んでいる。
「ヘイ、センターの肩、弱いぞ!」
「センター返しだ、一つ塁を稼げるぜ!」
その通りだった……2回戦ではその弱点は露呈せずに済んだものの、次からは打球がセンターに飛べばランナーは次の塁を伺うだろう……。
続く4番バッターの打球はレフトの右を襲うライナー、レフトの達也は追いつかず、誰もが打球はフェンスまで転がるかと思った……が、レフトのバックアップに走っていた由紀はその打球に追いついた。
「こっちだ!」
達也が叫び、由紀は彼にボールを託した。
達也が振り向くと、ショートの隆はセカンドを指差している、達也は中継を使わずにセカンドにボールを送った。
「アウト!」
当然フェンスまでゴロが達すると踏んでいたバッター・ランナーは一塁を廻った所でスピードを緩めてしまっていたのだ。
2人のランナーはホームを踏んでしまい、3点を先制されたが、これでワンアウト・ランナーなし。
落ち着きを取り戻した正臣は後続を丁寧に討ち取ってチェンジ。
「ごめんなさい、肩が弱いのばれちゃいました」
ベンチに戻るなり、由紀は頭を下げた……が。
「そんな事はいつかばれるもんだよ、それよりも4番をアウトにしてくれたのは助かった、あれで落ち着けたよ」
正臣が笑いながらそう言ってくれた。
「3番の打球でランナーが止まってたとしても、4番のレフトオーバーでどのみち3点入ってたさ、結果は同じことだよ、それより早くバッターボックスに入れ、出塁してかき回してくれよ、それがウチのペースだからな」
キャプテンの敦にポンと背中を叩かれて由紀はバッターボックスに向かった。
相手ピッチャーはスピード、コントロール共に平均的、だが、2回戦を見て由紀対策は講じて来たようだ。
由紀は高めには決して手を出さない、打ったところで力負けすることはわかっているし、ひときわ背の低い由紀が相手だとボールになる確率が高いからだ。
それを肝に銘じているのだろう、低めに丁寧にコントロールして来た。
1-2と追い込まれた由紀だが、低めならカットする事は可能、そこからファールで粘る。
「ヘイヘイ! 前に飛ばせないのかよ!」
「粘れ粘れ、見極めて行け」
由紀を挟んで両側のベンチから声が飛ぶ。
しかし、由紀は冷静だった。
3-2まで粘った12球目、じれたのか、ピッチャーは速球で勝負に来た。
(高い!)
「ボール! ボール・フォア、テイク・ワンベース」
相手ピッチャーに球数を投げさせることも1番バッターの重要な役目、由紀はその役目をしっかりと果たして一塁に歩いた。
由紀の足を警戒しなくてはならない事はわかりきっている、ピッチャーは何度も執拗に牽制球を送って来るが、由紀はその都度楽々と帰塁する、 監督の光弘から「待て」のサインが出ているのだ。
光弘は打撃戦を予想している、正臣はペースを取り戻したが、相手の上位打線は抑えきれないと踏んでいるのだ、ならば1点を取りに行く作戦よりもランナーを貯めて敦、勝巳の3、4番に任せたほうが良い、彼らならこのピッチャーを打ち崩す事は難しくない筈……。
そして光弘の作戦は当った、由紀を警戒しすぎたバッテリーは勝征にフォアボールを与えて、自らピンチを背負ってしまったのだ。
二塁ベース上にいてさえ由紀は危険な存在だ、しかも勝征も俊足だからダブルスチールも警戒しなければならない、注意力をバッターとランナーに二分されてしまったピッチャーは敦に対して集中力を欠き、それを見逃すような敦ではなかった。
二塁打で走者一掃、更に4番の勝巳もタイムリーで続き、サンダースはあっさり試合を振り出しに戻した。
その後も試合は一進一退。
相手チームはことごとくピッチャー返しを狙って来る。
サンダースの守備に目立つような穴はない、狙うとすれば由紀の弱肩しかないのだ。
由紀も守備範囲の広さを見せるが、一つ余計に進塁を許してしまうことも数回。
打席でも初回以後はフォアボールを取れず、乱打戦の中で前の塁が埋まっていると俊足も充分には生かせない。
そして、8-7と1点リードで迎えた7回の表、ツーアウトランナー一塁で相手4番を迎えた。
この試合4打数4安打と当っている4番を歩かせる選択肢もないわけではないが、歩かせれば逆転のランナーを許してしまうことになる。
光弘のサインは「勝負」、正臣は丁寧に低目を突いて行った、乱打戦で球数を投げていて球威が落ちてきている事は、敦も正臣もはっきり認識していたのだ、低目を突いて、それでフォアボールならそれは仕方がないという考え、それは光弘も同じだった。
2-1からの4球目、見逃せば低く外れるボールだったかも知れないが、コースが真ん中よりに入ったボールを叩かれた。
打撃が売りのチームの4番、当然パワーも充分だ、打球は由紀の頭上を襲った。
背走、また背走。
ツーアウトなので一塁ランナーは当然走っている、捕れなければ当然1点、それどころか由紀の肩を考えれば三塁打、あるいはランニングホームランになってもおかしくない、レフトの達也はクッションボールに備え、ライトの幸彦とショートの隆は中継ポイントに入り、サードの慎也、キャッチャーの敦は返球に備えてベースに付き、ピッチャーの正臣はサードのバックアップ、それぞれが自分の役割を見定めて行動しながらも、固唾を呑んで由紀の背走を見守った。
(届かないか……)
光弘がそう思った瞬間。
「跳べーっ!」
達也が叫ぶと、それまでボールを見ずに背走していた由紀は振り返りながらジャンプした。
キャッチ!
由紀はそのまま転がったが、立ち上がった時ボールが入ったグラブを高々と差し上げたのだ
サンダースのナイン、ベンチは拳を突き上げ、既に一塁を廻っていた4番は天を仰いだ。
前の試合で優勝候補を破ったサンダースは俄然注目される様になっていたが、リードオフ・マンをケガで失ったとは言え、その代役が小柄な女の子とは……。
相手チームは面食らった、そして同時に油断も生じた。
(なんだ、1回戦はフロックだったのか?)と。
1回の表を正臣が三者凡退に討ち取って、その裏、由紀が打席に入った。
小柄な体を更に屈め、肩にバットを担ぐ構えは、一時期メジャーで流行したクラウチング・スタイルに似ている、しかし、メジャーの場合は腕っ節に自信がある選手がこのスタイルを取っていた、体の回転を充分に使えない分腕力でボールを飛ばそうと言うわけだ。
しかし、打席に入った由紀はいかにも非力、ジャストミートしたところで強い打球を飛ばせるようには到底見えない。
対戦相手のピッチャーは荒削りながら、球速と球威なら1回戦の相手ピッチャーにも劣らない、ビビらせてやれとばかりに渾身の力を込めてストレートを投げ込んで来た。
「ボール」
1球目は高めに外れた、しかし、その時点ではピッチャーに動揺はない。
「ボール」
2球目も高めに外れるボール、ピッチャーは(的が小さくてちょっと投げ難いな)と感じた。
3球目からは少し力をセーブしてコントロールしようとしたが、投げ難いと感じてしまうとリリースで迷いが出てしまい思うようにコントロールできない。
3-1からの5球目、きわどいコースのボールだったが、由紀は見逃してフォアボール、小走りに一塁ベースに立った。
打席では見くびっていたものの、1番バッターを塁に出してしまったのだから警戒しない筈もない、ピッチャーは二度、三度と牽制球を1塁に送る。
しかし、相手のピッチャーがクイックモーションを使えない事は偵察済み、セットポジションは取るものの踏み出す脚をワインドアップモーションの時と同じように上げてしまうのだ。
身体に恵まれたピッチャーを大きく育てようとする指導方針には賛同するが、勝負はまた別、光弘は1球目から迷わず盗塁のサインを出した。
2番の勝征はバントの構えで空振りして由紀の盗塁を助けるが、その必要はなかったようだ、キャッチャーがボールを掴んだ時には既に由紀はスライディングの体勢に入っていたのだ、キャッチャーは送球を諦め、由紀は悠々と二塁に到達した。
2球目もバントの構え、しかし、3盗を警戒したバッテリーは外角へボールを外す。
それも光弘の思惑通りだった、由紀を警戒しすぎたピッチャーは大きく外してしまい、キャッチャーは飛びつくように捕球せざるを得なかった、スタートを切っていた由紀は悠々と三塁ベース上。
そして3球目、勝征の打球はショート左への緩いゴロ、ゴロを掴んだショートは、スタートを切った由紀をホームで刺そうとホームベースに送球するが、キャッターが捕球した時には、ヘッドスライディングした由紀の左手は既にホームベースに触れていた。
由紀にフォアボールを与えてから3球、ヒットもなしにあっさり1点を先制されて、なおもノーアウト一塁。
相手ピッチャーは完全にペースを失ってしまった。
1回の裏、打者一巡で5点を先制、そうなると正臣の投球は冴える。
正臣は球威には欠けるので長打を警戒しないといけない、競り合う試合だとややボール球が多くなるし、思い切った緩い球も使いにくい、しかし五点のリードがあれば相手を術中に嵌めて翻弄できるのだ。
2回戦はじりじりとリードを広げたサンダースが8-0で快勝した。
由紀は秘密兵器のセーフティバントを温存したまま、さらに二つのフォアボールを選んでその二度ともホームに生還、守っても左中間を破られそうな大飛球をキャッチして勝利に貢献した。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
翌朝、小学校での事。
休み時間にクラスメートの慎司が由紀の席の前の椅子に跨るように座り、話しかけてきた。
「あのさぁ、英樹のことなんだけど」
「栗田君が? どうしたの?」
「いや、別にどうかしたとかじゃないんだけどさ、あいつ、中学受験するんだ」
慎司の言っている意味はわかった。
つまり、来年からは受験に向かわないといけないと言うこと、英樹にとって少年野球は今年で最後だということなのだ。
「飯島さんがケガした時、代わりにスタメンに入るのは俺かあいつだろうと思ったんだ」
確かに……。
由紀もそう思っていた、まさか自分が抜擢されるとは思っていなかったのだ。
「俺もさ、別にあいつに譲ろうとか思ってたわけじゃないしさ、由紀を選んだのは監督なんだから、俺がどうこう言うことじゃないんだけどさ……俺は公立中に行くつもりだから来年があるけど、あいつにはないんだ」
現在の6年生は飯島哲也を含めて7人、一回戦で先発出場した5年生の二人、レフトの城田達也とライトの荒木幸彦、そして慎司が来年のチームのクリーンアップを打つことになるだろう、と言う事は容易に想像がつく。
しかし、英樹はちょっと微妙なのだ。
中学受験とあっては、来年は野球どころではないことは仕方がない、親の意向もあるだろうが、英樹も同意して受験を決めた筈だ。
しかし、中学でも野球を続けるかどうかはちょっと微妙な所だ、英樹はタイプとしてはリードオフ・マン向きだが、バッティングは物足りないのだ、どこの中学を受けるつもりなのかは知らないが、英樹の野球は今年で最後になる可能性が少なからずある、だからこそ、この県大会は最後のチャンスだったかも知れないのだ。
「ごめん、余計なこと言ったな、最初にも言ったけど、俺だって英樹にポジションを譲ろうとか考えてなかったんだ、なのに由紀に今こと言うべきじゃなかったな、気にしないでな」
「うん、気にしてない……」
そう答えたものの、全然気にならないと割り切れるものでもなかった。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
3回戦は豪快なバッティングで勝ち上がってきたチームが相手。
少し警戒しすぎた正臣は1、2番に連続フォアボールを与えてしまい、迎えた3番バッターには鋭いゴロのセンター前ヒット、出来る限り前進した由紀だが、ショートの隆、セカンドの勝征共にスライディングキャッチを試みていたので、中継ポイントに入るのが遅れてしまった。
由紀は全力でショートに投げ返すものの、それは山なりのボール、一度は三塁で止まりかけた二塁ランナーは由紀の送球を見てホームを駆け抜けた。
「悪りぃ、次はもっと近くまで行くからさ」
ショートの隆はそう言ってくれたが、相手ベンチからはヤジが飛んでいる。
「ヘイ、センターの肩、弱いぞ!」
「センター返しだ、一つ塁を稼げるぜ!」
その通りだった……2回戦ではその弱点は露呈せずに済んだものの、次からは打球がセンターに飛べばランナーは次の塁を伺うだろう……。
続く4番バッターの打球はレフトの右を襲うライナー、レフトの達也は追いつかず、誰もが打球はフェンスまで転がるかと思った……が、レフトのバックアップに走っていた由紀はその打球に追いついた。
「こっちだ!」
達也が叫び、由紀は彼にボールを託した。
達也が振り向くと、ショートの隆はセカンドを指差している、達也は中継を使わずにセカンドにボールを送った。
「アウト!」
当然フェンスまでゴロが達すると踏んでいたバッター・ランナーは一塁を廻った所でスピードを緩めてしまっていたのだ。
2人のランナーはホームを踏んでしまい、3点を先制されたが、これでワンアウト・ランナーなし。
落ち着きを取り戻した正臣は後続を丁寧に討ち取ってチェンジ。
「ごめんなさい、肩が弱いのばれちゃいました」
ベンチに戻るなり、由紀は頭を下げた……が。
「そんな事はいつかばれるもんだよ、それよりも4番をアウトにしてくれたのは助かった、あれで落ち着けたよ」
正臣が笑いながらそう言ってくれた。
「3番の打球でランナーが止まってたとしても、4番のレフトオーバーでどのみち3点入ってたさ、結果は同じことだよ、それより早くバッターボックスに入れ、出塁してかき回してくれよ、それがウチのペースだからな」
キャプテンの敦にポンと背中を叩かれて由紀はバッターボックスに向かった。
相手ピッチャーはスピード、コントロール共に平均的、だが、2回戦を見て由紀対策は講じて来たようだ。
由紀は高めには決して手を出さない、打ったところで力負けすることはわかっているし、ひときわ背の低い由紀が相手だとボールになる確率が高いからだ。
それを肝に銘じているのだろう、低めに丁寧にコントロールして来た。
1-2と追い込まれた由紀だが、低めならカットする事は可能、そこからファールで粘る。
「ヘイヘイ! 前に飛ばせないのかよ!」
「粘れ粘れ、見極めて行け」
由紀を挟んで両側のベンチから声が飛ぶ。
しかし、由紀は冷静だった。
3-2まで粘った12球目、じれたのか、ピッチャーは速球で勝負に来た。
(高い!)
「ボール! ボール・フォア、テイク・ワンベース」
相手ピッチャーに球数を投げさせることも1番バッターの重要な役目、由紀はその役目をしっかりと果たして一塁に歩いた。
由紀の足を警戒しなくてはならない事はわかりきっている、ピッチャーは何度も執拗に牽制球を送って来るが、由紀はその都度楽々と帰塁する、 監督の光弘から「待て」のサインが出ているのだ。
光弘は打撃戦を予想している、正臣はペースを取り戻したが、相手の上位打線は抑えきれないと踏んでいるのだ、ならば1点を取りに行く作戦よりもランナーを貯めて敦、勝巳の3、4番に任せたほうが良い、彼らならこのピッチャーを打ち崩す事は難しくない筈……。
そして光弘の作戦は当った、由紀を警戒しすぎたバッテリーは勝征にフォアボールを与えて、自らピンチを背負ってしまったのだ。
二塁ベース上にいてさえ由紀は危険な存在だ、しかも勝征も俊足だからダブルスチールも警戒しなければならない、注意力をバッターとランナーに二分されてしまったピッチャーは敦に対して集中力を欠き、それを見逃すような敦ではなかった。
二塁打で走者一掃、更に4番の勝巳もタイムリーで続き、サンダースはあっさり試合を振り出しに戻した。
その後も試合は一進一退。
相手チームはことごとくピッチャー返しを狙って来る。
サンダースの守備に目立つような穴はない、狙うとすれば由紀の弱肩しかないのだ。
由紀も守備範囲の広さを見せるが、一つ余計に進塁を許してしまうことも数回。
打席でも初回以後はフォアボールを取れず、乱打戦の中で前の塁が埋まっていると俊足も充分には生かせない。
そして、8-7と1点リードで迎えた7回の表、ツーアウトランナー一塁で相手4番を迎えた。
この試合4打数4安打と当っている4番を歩かせる選択肢もないわけではないが、歩かせれば逆転のランナーを許してしまうことになる。
光弘のサインは「勝負」、正臣は丁寧に低目を突いて行った、乱打戦で球数を投げていて球威が落ちてきている事は、敦も正臣もはっきり認識していたのだ、低目を突いて、それでフォアボールならそれは仕方がないという考え、それは光弘も同じだった。
2-1からの4球目、見逃せば低く外れるボールだったかも知れないが、コースが真ん中よりに入ったボールを叩かれた。
打撃が売りのチームの4番、当然パワーも充分だ、打球は由紀の頭上を襲った。
背走、また背走。
ツーアウトなので一塁ランナーは当然走っている、捕れなければ当然1点、それどころか由紀の肩を考えれば三塁打、あるいはランニングホームランになってもおかしくない、レフトの達也はクッションボールに備え、ライトの幸彦とショートの隆は中継ポイントに入り、サードの慎也、キャッチャーの敦は返球に備えてベースに付き、ピッチャーの正臣はサードのバックアップ、それぞれが自分の役割を見定めて行動しながらも、固唾を呑んで由紀の背走を見守った。
(届かないか……)
光弘がそう思った瞬間。
「跳べーっ!」
達也が叫ぶと、それまでボールを見ずに背走していた由紀は振り返りながらジャンプした。
キャッチ!
由紀はそのまま転がったが、立ち上がった時ボールが入ったグラブを高々と差し上げたのだ
サンダースのナイン、ベンチは拳を突き上げ、既に一塁を廻っていた4番は天を仰いだ。