20 不穏な熱気

文字数 1,242文字

 望月(もちづき)(とおる)が、りべかに接近してきたのは、前期の期末試験が終わり、ちょうど2年生全体が、おかしな熱気に包まれていた時期だった。
《望月くんって、どんな人? 容子は去年、同じクラスだったよね》
 夜、マナーモードにしていた携帯が、りべかからのメールを受信して、低い振動音を立てて震えた。
 あたしはベッドに横になりながら、眠ろうとして寝つかれず、父と母の裁判のことなどをぼんやり考えていたところだった。

《望月って、銀縁の眼鏡で、なんかひょろっとしてて背が高い、望月透だよね? 1年で同じクラスだったけど、あんまり話したこと、ないなあ》
 枕元に置いていた携帯を手に取り、横になったまま返信を打った。
 母はふすま1枚隔(へだ)てた隣の部屋にいた。明りが()れてきていたから、まだ起きているらしかった。こちらの物音に、聞き耳を立てているかもしれない。そう思い、変に勘繰(かんぐ)られないよう、あたしはふとんに潜ってから、メールを送信した。
 あたしと母が住んでいたアパートは古い2DKで、狭いダイニングキッチンを居間がわりにし、ふすま続きの2つの和室を、母とあたしの個室にしていた。

 すぐにりべかは返信してきた。
《そっか。なんか最近、よく話しかけてくるんだよね》
《なにそれ~キモイ( ゚Д゚)》
 望月は、2年でりべかと同じクラスになっていた。知っている情報を教えようと、あたしは記憶を掘り起こした。
《ええと、女子からは草食系扱いされてたかな。確かワンゲル部》
《山とか登ってるの?》
《いやそれは登山部だよ。うちのワンゲル部は森林公園を散策したり、なんかゆるいみたいだよ。望月も、体育祭ではもっぱら応援組だったよ》
《へえ(^-^;》
《あたしが知ってるのは、そのくらいかな。学校ではあたし、無口な人だから(*´ω`)》
《サンキュ》
《いえいえ。さらに思い出したら、明日の朝、話すね》
《うん、おやすみ》
《おやすみー(*^-^*)》

 秋には体育祭が、続いて修学旅行が控えていた。
 それらが過ぎると、卒業まで受験一色になる。高校生活を満喫できる最後の秋に、多かれ少なかれ、みんな浮かれた心地で、何かをしなければと(あせ)り、魔法にかかったようになっていた。
 修学旅行までに、彼氏や彼女をつくりたいと、望んでいる子も多かった。
――常に成績上位の(なぞ)の美女、(くすのき)りべかを落とすのは誰か。
 あとになって聞いた話だが、男子は()けをしていたらしい。

 楠りべかは誰のものか?
 修学旅行の自由時間に、あの美女を連れて歩くのは?
 一番のりで抱擁(ほうよう)するのは?
 キスをするのは?
 あのふっくらとした唇の間に舌を入れるのは?
 首筋の匂いをかぐのは?
 制服の下に手を入れて、肌に触れ、乳房を占領するのはだれか?
 そして……。
 一部の男子が妄想(もうそう)し、高ぶっていたことを、あたしたちは知らなかった。
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