船出

文字数 712文字

 料理長はジンゴロの捨てた焦げた葉の中を見た。いくつかのキノコと海草が見えた。元々保存のために塩漬けにしてあった魚を、ジンゴロは乾燥したキノコと海草といっしょに海水につけて塩抜きをしておいた。そして、それらを一緒にヤシの葉で包むと穴の中に敷き詰めた焼けた石の上においた。上から熱した小さい石をしきつめ軽く土をかけた。
「石釜になっていたのか。」
 掘り起こした穴を覗いて料理長は感心した。穴の中に石で空洞を作り、熱がむらなく対流するようになっていた。さらに今で言うところの熱した石からの遠赤外線を直接利用していたことになる。見た目の華やかさはないが、キノコの香りと海草のうまみが塩抜きした魚に移り上品な味わいになっていた。
 それにも増して驚いたのが、骨がすべてきれいに取り除かれ細かく砕かれて混ぜられていたことだった。それは、目の悪い母の喉に魚の骨が刺さらないようにとの気遣いだった。砕いて戻したというのは、経験で年老いた母に魚の骨は必要な栄養だと知っていたに違いない。

 料理長は通訳を交えながらジンゴロの話を聞いた。
「母は目が悪い。だから香りと味と食感のことを考えながら作っている。」
「最後に一つ聞きたい。お前は、そんな母親を残してまでここを出て何がしたい。」
 料理長はジンゴロの目を覗きこんだ。
「僕も母も昔ながらの生活しか知らない。だから、クジラを作った国の生活が見てみたい。その人たちが幸せなのかどうかを知りたい。母とは五年経ったら戻ると約束した。」

 ひとしきりジンゴロの話を聞くと
「船は10日後に出る。それまでに出かける準備をして来い。もし時間があれば少しでも俺達の言葉を覚えろ。」
 と伝えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み