第1話

文字数 1,412文字

 【夜討ち】夜、不意に敵を攻撃すること。夜襲。夜駆け。「―をかける」⇔朝駆け。( goo 辞書から引用)
 夜討ちにしろ朝駆けにしろ、

敵を攻撃する、ということは夜から朝までは通常は寝ていて何も起こらないことを意味する。人は昼間は起きて、夜は寝ることになっているのだ。
 ところがこれに当てはまらない人たちがいる。
 私もその一人で朝駆けを得意とする。今から30数年前、東京の秋葉原にあるM記念病院で、心臓血管外科医としての超朝型の生活が身に染み付いた。毎朝6時にICU(集中治療室)からの回診で1日が始まる。冬は病棟の窓から日の出を拝んでいた。歳を取って早起きに磨きがかかった。毎年5月の連休明けから7月頃までの日の出が早い時期には、余目(あまるめ)駅を午前4時37分と49分に通過する羽越本線下り貨物列車の写真を撮りに行った。定番の撮影地「余目(あまるめ)のS字カーブ」には、既に同業者(←撮り鉄仲間をそう呼んでいる)が三脚にカメラを構えていて大いに感動した。趣味も朝型、そしてこの原稿も朝、日が昇る前に書いている。
 夜の病棟にも寝ていられない人たちがいる。
 昨年(2022年)9月、病院で外科専門医の申請書が予定より早く書き終わった。早朝の5時過ぎに担当の病棟に指示を出しに行った。
 「どうしたんですか、こんなに早く?」
 スタッフに驚かれた。
 「んだ、朝駆けだ。」
 まだ消灯している病棟の一室では、早朝覚醒し起床して「八木節」を歌うと気合十分な高齢の患者さんを「もう少し待て」と、介護福祉士が一生懸命なだめていた。
 ナース・ステーションでは、白髪の高齢のお婆さんが、安全ベルトをして車椅子に座っていた。
 「お早うございます。朝早くからどうしましたか?」
と尋ねても、彼女は「…。」と(うなず)くだけだった。
 「昨日の夜から、彼女は一睡もしていないんです。」
とは、看護師さんの返事だった。
 「じゃあ、昼間に寝るんだ?」
 「いいえ、昼間も寝ていないんです。これで彼女は36時間、一睡もしていないんです、ねぇ?」
 「…。」
 彼女は穏やかな顔をしていた。

 朝6時から営業している地元温泉の朝風呂の常連のお爺さんは相撲が大好きだ。
 「お爺さん、毎朝早いですねぇ、いつも何時に寝るんですか?」
 「んだ、6時半頃かの~。昨日は3時半に寝たぁ。」
 「ええっ?! 昼のですか?」
 「んだんだ。」
 「それじゃあ、大好きな相撲は観られないじゃないですか?」
 「んだの~。でもの、深夜にテレビの大相撲ダイジェストで全取り組みを観ているからの~(笑)」

 睡眠にも個人差があるのだ。
 朝、ナース・ステーションに座っていた36時間一睡もしなかった入院中の老婆は、その日の昼の回診時には爆睡していて、呼び掛けにも痛み刺激にも反応がなかった(←意識レベルの確認方法)。これは認知症による昼夜逆転として治療しなければいけないのだろうか?
 相撲好きな朝風呂の常連のお爺さんも昼夜逆転になるのかなぁ…。
 昼に寝て夜に起きていてもいいと思う。要は夜、起きている時に何かをしていればいいのだ。

 さて写真は、雪の積もった夜の踏切だ。2014年1月14日、羽越本線余目-西袋(にしぶくろ)間で撮影した。

 冬の夜は街灯などの照明が積もった雪に映えて明るい。静寂な雪原に浮き上がる光。動くものは何もない。時間が止まって見える。
 そんな夜に、写真を撮っている人など、私以外には誰もいなかった。

 んだんだ。
(2023年1月)

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