第5話
文字数 1,830文字
生徒会室に行くと、大園先輩はいなかった。
役員の他の人に聞くと、整美委員会の備品点検で校舎内のどこかにいる、とだけ教えて貰った。
僕は、探しに行こうか、それとも帰ってしまおうかと、迷っていた。
すると、他の役員の人から、生徒会室で待ってるといいよ、と言われた。
知らない人と一緒にいるのは嫌だな、と思っていると、その人はすぐに教室を出ていってしまった。
つまり、僕は都合よく留守番をさせられたのだった。
最初は物珍しさから、生徒会室に飾ってある賞状を眺めていた。
けれど、どれも取るに足らないものだと分かってからは、することもなくて、ただ椅子に座ってボーっとしていた。
そして生徒会室で待つこと約10分。
生徒会室の扉がコンコンと叩かれた。
誰かが、来たらしい。
さっき出ていった生徒が戻ってきたのか、それとも大園先輩か、と思って扉を開けると、そこには女子生徒がいた。
知らない女子生徒だった。
「あの、ここって生徒会室で会ってますか?」
女子生徒は、そんなことを、言った。
けれど、僕は何も言うことができなかった。
返事の帰ってこないことを不審がった女子生徒が、真っ赤な眼を心配そうにせわしなく動かしながら、僕を、見る。
――その女子生徒はあまりにも似ていた。
僕が、決死の告白をして、無事にフラれた女の子
――村口美音子に。
髪の色も、眼の色も、丸みを帯びた眼を覆う瞼に、反り返った立派なまつげをつけているのも。
似ているところをあげれば、きりがない。
ただ、一点だけ違うところと言えば、困りがちな顔をすることだった。
赤い眼をチラチラと動かすのを見ると、彼女の不安がよく表れていた。
不安そうな表情を、村口さんは、一度もしなかった。
「あの、どうしました?」
「え? ああ」
と、僕が我に返ると、女の子はこう続けた。
「ここで生徒手帳を頂けると、聞いたんですけど……」
「生徒手帳?」
「自分は、転校生なんです。今日が、この学校に来て初めてで」
「なるほど」
「それで、先生に聞くと、生徒手帳は生徒会室に余りがあるとのことだったので」
「ああ……」
そう言われて初めて、僕は、女の子の制服が違うのに、気づいた。
女の子もブレザーにシャツだった。
しかし首元には、ネクタイではなくて、リボンが結ばれていた。
ブレザーの色も違って、苔黄緑色だ。
胸元には、前の学校の校章らしきワッペンが、縫い付けてあった。
「あの、生徒手帳、ないんですか?」
女の子は、僕の眼の動きに、怯えていた。
僕は、女の子の様子を見て、我に返った。
「えっと」
僕は、振り返って生徒会室を見渡した。
けれど、生徒手帳がどこにあるかなんて、当然知らない。
「えっと、僕は生徒会役員じゃないので、わかんないんです」
僕がそう言うと、女の子は怪訝そうな顔をした。
「じゃあ、なんで、あなたが生徒会室に?」
「えっと、それは、人を待っていたからで」
「部外者のあなたが? 生徒会役員じゃないのに、生徒会室で?」
女の子は、一言を重ねながら、一歩ずつ、僕から遠ざかっていく。
「いや、最初はいたんですよ? でも、途中で、どこかに行っちゃって」
僕の弁明も何の効果もなく。
女の子は、もう3mぐらい離れている。
「えっと、その、失礼しましたっ」
そう言って、女の子は、両手を膝の前に揃えて、頭頂部が見えるぐらい深く礼をすると、クルッと振り向いて、足早に立ち去ろうとする。
「ちょっと――」
と、僕が呼び止めようとして、廊下に出た時。
「あれ? 峯村クン?」
大園先輩が廊下の向こうから現れた。
先輩は、プリントを挟んだバインダーファイルを、片手に持っている。
「大園先輩! 困ってたんですよ!」
「どうしたの?」
大園先輩は首を傾げる。
黒髪がサラッと垂れ下がった。
「その人、生徒手帳が欲しいみたいなんですけど、どこにあるかわからなくて」
「ああー! 峯村クン、無くしちゃったの?」
「いや、僕じゃなくて」
と言って、僕は女の子を指差した。
「この子?」
大園先輩も、僕の視線に従って、女の子を見た。
「転校生らしいんです」
「あー! なんか聞いたかも。この時期に転校生って珍しい、って話題になってたから」
そう言いながら、大園先輩は生徒会室に入っていく。
「それじゃ、生徒手帳あげるから中で待ってて!」
その言葉を聞いて、女の子は顔を青くした。
僕は、その変化を見て、自分ってそんなに不審者なんだ、と思った。
悲しくなった。
心の中で一人泣いた。
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