第38話:痛み
文字数 1,336文字
何が本当で、何が嘘なのか。
部屋に集まった人々の表情を取り終え、私は居ても立っても居られなくなり、食堂へ入ってきた時の映像を再生した。
わずかなラグがあった後で、小刻みに揺れる視界が、食堂に至る木の扉を映し出す。扉との距離はあっという間に縮まり、自分の手がそれを勢いよく押し開けた。向こうから光が漏れてくる。
一瞬、部屋の奥の壁を横断する窓に目が行き、その後で、平行に並んだ長机に視線が落ちた。椅子の足の間から鮮血が見え、焦点がそちらへ寄る。
直後、再び視界が揺れた。正面をふさぐように配置された長机を左から回り込むと、へたり込んだ女性の背中が目に入る。
そして、静止。
彼女の背中からゆっくりと視線が上がり、ユノの体で止まった。はっと息をのむ音が、耳元で聞こえる。
私はそこで映像を一時停止させ、細部に目を向けた。
彼女は、両手を広げるようにして倒れている。目と口はきつく閉じられており、苦痛を表現しているようにも見えた。ワンピースをまとった胸部を透視することはできないけれど、裾が大きくまくり上げられているせいで、腹部は露出している。そこに、複数の傷跡。血は固まり始めているものの、まだ完全ではない。やはり、時間はそれほど経過していないようだ。腹部の傷は五か所以上あるように見えるけれど、血の跡に隠れて正確に数えるのは難しそう。白くきれいだった脚には、いくつか打撲痕 のような痣 がある。
「皆さん、下がってください」
静かなざわめきを割るように、アデリンの声が聞こえた。事態の収拾 に動き始めたらしい。私は映像を停止させ、声の方へ視線を向ける。
部屋の前方では、王家のプライベートスペースから、アデリンとコイトマ、それから警備担当者の一人が姿を現していた。コイトマともう一人の女性は、担架のようなものを持っている。
集まった人たちに下がるよう指示をしながら、アデリンがユノの母親のもとへ近づき、声をかけた。彼女の耳に、その声は届くのだろうか。
調査の継続が困難になったことを悟り、私は部屋を出て、廊下を離れの方へ進んだ。頭の中には、直前に見たユノの映像が巡っている。浮かんでいるのは、悲しみと大きな疑問。この街の人たちはどうやって――
「何があったの?」
正面から、パドマの声が聞こえた。視線を上げると、息を乱した彼女が目に入る。
「三人目」
入り口の方から駆け寄ってきたパドマに、短く伝えた。少女はその言葉を聞いて黙ったまま頷き、食堂の入り口へ向かう。中をのぞいたまま数秒間固まった少女は、「録画した?」とこちらに振り向いた。
「うん」
「見せて」
差し出された手にデバイスを渡すと、パドマはすぐにリサイズをかけ、再び黙り込む。食堂からは、騒然となった寵妃候補や母親たちが続々出てきて、中庭に足を運んでいた。ざわざわとした音の中に、ユノの母親の鳴き声がかすかに混ざっている。
「早く解決しないとね」
パドマの声に視線を落とすと、彼女がデバイスを手渡してきた。
「もういいの?」
「今は集中して見られそうにないから。離れに戻って、じっくりと見る」
「そっか」
「録画を始める前の経緯を含めて、さっき起きたことを教えて」
「分かった」
私が頷くと、パドマは屋敷の入り口へ向かって歩き始める。
部屋に集まった人々の表情を取り終え、私は居ても立っても居られなくなり、食堂へ入ってきた時の映像を再生した。
わずかなラグがあった後で、小刻みに揺れる視界が、食堂に至る木の扉を映し出す。扉との距離はあっという間に縮まり、自分の手がそれを勢いよく押し開けた。向こうから光が漏れてくる。
一瞬、部屋の奥の壁を横断する窓に目が行き、その後で、平行に並んだ長机に視線が落ちた。椅子の足の間から鮮血が見え、焦点がそちらへ寄る。
直後、再び視界が揺れた。正面をふさぐように配置された長机を左から回り込むと、へたり込んだ女性の背中が目に入る。
そして、静止。
彼女の背中からゆっくりと視線が上がり、ユノの体で止まった。はっと息をのむ音が、耳元で聞こえる。
私はそこで映像を一時停止させ、細部に目を向けた。
彼女は、両手を広げるようにして倒れている。目と口はきつく閉じられており、苦痛を表現しているようにも見えた。ワンピースをまとった胸部を透視することはできないけれど、裾が大きくまくり上げられているせいで、腹部は露出している。そこに、複数の傷跡。血は固まり始めているものの、まだ完全ではない。やはり、時間はそれほど経過していないようだ。腹部の傷は五か所以上あるように見えるけれど、血の跡に隠れて正確に数えるのは難しそう。白くきれいだった脚には、いくつか打撲
「皆さん、下がってください」
静かなざわめきを割るように、アデリンの声が聞こえた。事態の
部屋の前方では、王家のプライベートスペースから、アデリンとコイトマ、それから警備担当者の一人が姿を現していた。コイトマともう一人の女性は、担架のようなものを持っている。
集まった人たちに下がるよう指示をしながら、アデリンがユノの母親のもとへ近づき、声をかけた。彼女の耳に、その声は届くのだろうか。
調査の継続が困難になったことを悟り、私は部屋を出て、廊下を離れの方へ進んだ。頭の中には、直前に見たユノの映像が巡っている。浮かんでいるのは、悲しみと大きな疑問。この街の人たちはどうやって――
「何があったの?」
正面から、パドマの声が聞こえた。視線を上げると、息を乱した彼女が目に入る。
「三人目」
入り口の方から駆け寄ってきたパドマに、短く伝えた。少女はその言葉を聞いて黙ったまま頷き、食堂の入り口へ向かう。中をのぞいたまま数秒間固まった少女は、「録画した?」とこちらに振り向いた。
「うん」
「見せて」
差し出された手にデバイスを渡すと、パドマはすぐにリサイズをかけ、再び黙り込む。食堂からは、騒然となった寵妃候補や母親たちが続々出てきて、中庭に足を運んでいた。ざわざわとした音の中に、ユノの母親の鳴き声がかすかに混ざっている。
「早く解決しないとね」
パドマの声に視線を落とすと、彼女がデバイスを手渡してきた。
「もういいの?」
「今は集中して見られそうにないから。離れに戻って、じっくりと見る」
「そっか」
「録画を始める前の経緯を含めて、さっき起きたことを教えて」
「分かった」
私が頷くと、パドマは屋敷の入り口へ向かって歩き始める。