牛乳屋さん

エピソード文字数 728文字

 ああ、毎日が憂鬱だ。今日もこの道路を右折してあの団地内にはいると、あのキチガイが朝っぱらからラジオ体操をしながら、このおれを待ち構えているに違いない……。キチガイのおっさんは牛乳が飲みたくって、うずうずしているんだろうな。昨日は昨日でホント最悪だった。「おはようございます。毎日お元気ですね」と、愛想よく話しかけたら最後、「おはよう、青年。ところできみ、ラジオ体操第一の素晴らしさを知っているかな、かな?」
「いえ、わかりません」と、おれは答えた。
「なっとっらんな、最近の若者は――いいかね、ラジオ体操第一ってのは、短時間の運動で全身の血液を巡らせるために、偉大な日本人が知恵を絞って生み出されたものなんだよ――こんなこともわからんとは、まったくけしからん!」
「へぇー、そうなんですか」おれは牛乳を差し出した。
「両手を添えて渡さんかい!」
 おれは毎日キチガイのおっさんに怒鳴られる。たまったもんじゃない……。
 おれは車の速度をゆっくりとゆるめた。
 あの真っ赤な建物の前の道路でキチガイのおっさんが溌剌(はつらつ)とした姿でラジオ体操しているはずだ。
「あれっ? 珍しいな……今日はいないようだ」
 おれはちょっぴり寂しい気持ちになったことは確かだ。仕方なく玄関フードのガラス戸を開け、牛乳を牛乳瓶のポストにしまいこんだ。牛乳瓶のポストまでペンキで真っ赤に塗装されていた。やっぱ、あのおっさんはキチガイだなと、おれはそう確信した。
 さあ、これで今日のノルマの早朝配達が終わった。へへへ。
 さて、これから各駅の女子便所に仕掛けた超小型の盗撮カメラと盗聴器の回収にあたるか――おれははりきって車に乗り込んでエンジンをかけた。えへへへへへへ。
 
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