【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第18話「死神と女神」

エピソードの総文字数=4,757文字

 大理石で作られた小さな教会の屋上に、大きなクレーターが出来ていた。

 クレーターの中心からは、何かを引きずったような血の跡が壁際まで続いている。

 真っ赤な血の終点には美しい少女。

 黒地に白いレースをあしらった可愛らしい服装の、大理石よりも白く美しい肌の少女が、2丁の機銃と共に眠っていた。


 美しい花とでも間違えたのだろうか、森から飛んできた黒い蝶が少女の薔薇色の頬に留まり、羽を休める。

 その感触に少女の長いまつげが震え、ゆっくりと藍色の瞳を開くと、飛び去ってゆく蝶を目で追った。

(ここ……どこだ? あれ? 会社……今日何曜日だっけ……?)
 手元にある銃に目を落とし、それを手に取る。
(なんだこれ……ガスガン? サバゲ? ……あれ?)
 銃を持つ自分の手の美しさに、もえは少しずつ記憶が鮮明になり始めた。
(あ、ここ遺跡だ! 俺生きて……生き返ったのか……?! ……あ! ヘンリエッタ!)
 銃を手に立ち上がると、急な目眩を覚えて壁によりかかる。
(なんだこの目眩は……[復活のロザリオ]使っても今までこんな事無かったのに。記憶も飛んでるし……まぁあの痛い時間の間、気を失っていられたのはありがたかったけど)
 無意識に胸に手をやると、そこにはもう[復活のロザリオ]は一つもなかった。
(……やっぱり一気に4回も死ぬと色々あんのかな)

 少し落ち着くまで壁に寄りかかって休み、そのまま周りを見回す。

 この教会は遺跡の中央からはだいぶ外れた壁際の建物だったが、出口の有る南側ではなく東側の壁際に近く、出口までの距離はゲートキーパーの居た中央からよりも遠そうだった。

(ロザリオも無しじゃあな……。1人じゃ……無理だろう。2人でも難しいか。そもそも合流できるかもわからねぇし、時間もヤバそうだし、ヘンリエッタが[アーティファクト・ボスガキタ]をあつもりに届けてくれてんのが一番いいんだが……)

 短くため息をつくと、気を取り直して立ち上がり、階段へと向かう。

 いつでも撃てるように銃を構え、暗いドアの向こうを覗くと、もえは教会の中へと続く階段をゆっくりと降りた。


 締め切られた建物内はもっと暗いのかと思っていたが、階段を降りきると、そこはなかなか明るかった。

 奥の一面を飾るステンドグラスから光が差し込んでいるせいだろう。

 もえにはよくわからないが、神に召される聖人の姿を表しているように見えた。

 モンスターの気配もなく、あまりにも静謐なので、もえは銃をおろして祭壇の前まで歩み寄る。

 彼女は祭壇の美しさに自然と膝をつき、祈りを捧げた。

(ヘンリエッタが無事戻れるように……。あつもりが元気に復活できるようにお守りください。それから……GFOに関わった人たち全てが、生死の差なく皆幸せになれますように……どうか、お守りください……)

 静かな時間が流れ、立ち上がろうとしたもえの後ろから、ドアを吹き飛ばす無粋な音が鳴り響いた。

 最初に目に入ったのは大鎌(デスサイズ)

 赤紫色の美しい死神の鎌は洗練された曲線を持ち、もえの首を刈り取ろうとする意志が具現化したように煌めいていた。


 自ら崩したドアの破片を踏みしめ、ボンデージ姿の艶めかしい女殺戮者が一歩、二歩と部屋に入る。

神様の前に死神が現れるなんて、……滑稽ですね

 [レアリティ7]双機関銃ツヴァイハウント・クルツを両手で交差させるように前方に構え、もえは殺戮者を睨みつける。

 本来ならば電子データにすぎない教会ではあるが、神を冒涜する存在が無遠慮に足を踏み入れたことに、もえは自分でも驚くほどの怒りを感じていた。

 無論、もえの現実の世界での人格である本山英一は、多くの日本人の例に漏れず特定の宗教を持たない。

 正月は神社へ初詣に向かい、お盆にはお寺へ墓参りをし、クリスマスにチキンを食べる位の事はするが、神の存在だって信じていなかったし、居るとしても随分と不公平な神様だと思っていた。


 しかし、今は違う。

 人は神が居るから祈りを捧げるのではない。


 例え全知全能の存在が居なかったとしても、救いを求めて祈りを捧げる人が居るのならば、やはりそこに神は居るのだと思った。


 なにより、友の平安を願った神の居るこの場所を穢されたくなかったのだ。


 まるで何かの合図が出されたように、殺戮者ともえは同時に飛ぶ。

 大鎌が煌めき、大理石の祭壇に突き立てられ、澄んだ金属音を響かせた。

 礼拝用の長椅子の上に飛び乗ったもえが、空中から殺戮者の背中へ砲火を浴びせたが、大鎌を支点にくるりと回転した殺戮者は、祭壇の向こう側へ着地すると大鎌を引き抜き、構え直す。


 もえは空気を切り裂いて大鎌が薙ぎ払われるのを長椅子の間に身を伏せて躱し、大理石の柱の陰へ走りこみながら銃を掃射する。

 幾つかの弾が大鎌で弾かれ、跳弾が長い年月を生きてきたステンドグラスを砕いた。

 反撃の大鎌が柱にめり込み、もえの肩に傷をつけたが、戦闘に支障をきたすほどではない。

(遮蔽物が多いから、攻撃範囲の広い大鎌は使いづらい! ここでなら戦えるかもしれない! ……神様!)

 柱から柱、長椅子から祭壇へと身を躱しながら、もえは戦いを続けた。

 殺戮者は無限のスタミナを持っているようだった。

 もえの銃弾が何度か致命傷を与えたように見えたが、その度に吹き飛んだ場所からゾンビのように蘇ってくる殺戮者に、もえのスタミナとHPは少しずつ削られていくしか無かった。

(俺を殺したらこいつはヘンリエッタの所に行くんだろう? ヘンリエッタが逃げていてくれるのが一番いいんだが……。それもどうだか分からねぇ。それに、どうせ俺は無事に帰れるとも思えねぇしな)
 傷だらけの柱の陰で、同じくらいボロボロのもえは、最後のポーションを飲み干す。
(だったら俺の役目は、こいつを殺す事。どうやったらこいつが死ぬのか全く分からねぇけど……。それが無理だとしても、出来るだけ引き付けて時間を稼ぐ……それくらいしか出来ることは無いんだ!)

 ポーションはもえのHPを少しだけ回復してくれた。

 まだ足も動く。

 大鎌がもえの頭の高さに薙ぎ払われるのを屈んで躱すと、前方へ転がり反撃する。

(動ける限りやるしかねぇ)

 もえはここで、仲間のために死ぬ覚悟を決めた。


 時間を引き伸ばすことだけに専念して、それでもまだ10分程度しか経っていないだろうか。

 もえの手には血まみれの銃が1丁だけ握られていた。

 もう1丁は大鎌に銃身を刈り取られ、使い物にならなくなってしまったため投げ捨てた。

 自分の血で滑るためにスカートの裾を裂いて巻きつけた銃は、不格好ではあったが、もえにとっては最後の頼みの綱だった。

(これじゃあツヴァイハウントじゃなくてアインスハウントだな)

 いつだったか、シェルニーの言葉に笑った仲間たちを思い出す。

 肩で息をしながら穏やかに微笑み、最後の弾倉をセットすると、もえは目を瞑った。

(10分か……ヘンリエッタが逃げる時間として足りるか足りないかは分からねぇが、そろそろエンディングだ)

 仲間たちの顔が次々と浮かんでは消えていった。


 シェルニー、ケンタ、あつもり、カグツチ……その一人一人に力をもらい、ともすれば力が抜けそうになる足でしっかりと地面を踏みしめる。

うんっ! 行きます!

 あえて声を出して柱の陰から飛び出す。

 待ち構えていた殺戮者が足元をなぎ払い、もえは前方へ身を投げ出した。

(くそっ、出鼻をくじかれたっ! やっぱ声だすんじゃなかった)

 床に転がりながらも銃を撃つ。

 何発かの射線が殺戮者を捉えたが、わずかの所で大鎌に弾き飛ばされた。

 そのまま大鎌が横に薙ぎ払われる。

(でもっ)

 飛び退り長椅子にぶつかって転がる。

 そこに大鎌が打ち下ろされる。

(元気をもらったらっ)

 そのまま後転して3点バースト。

 殺戮者の肩に命中するが、気にする素振りもなく大鎌を構え直す。

(元気に返事しないとなっ!)

 追撃の弾を大鎌で弾かれて、体当たりで柱に押し付けられる。

 呼吸を乱されながらも、膝を脇腹に打ち上げ、わずかの隙に横に逃れた。

っぐぅっ! ……がんばりっ! ……ますっ!

 声を出し、気を張らなければ今にも意識が無くなりそうだった。

 追撃の大鎌がもえの肩と黒髪を切り裂く。

 衝撃で銃を手放しそうになったが、なんとか持ちこたえた。

 すでに握力も弱まり、銃を両手で構えていたのが逆に功を奏した。

(あぶねぇっ! ここで武器がなくなったら終わりじゃんかよ)

 右肩は焼けた鉄の棒を押し当てられてでも居るように熱かったが、まだトリガーは引ける。

 痛みのためによろよろと祭壇に尻餅をつき、それでも銃弾を発射した。

 もえの上に覆いかぶさるように仁王立ちになった殺戮者は、またも大鎌で銃弾を弾く。

 大鎌の根本に煌めく宝石に銃弾が弾けたその時、今までとは全く違う着弾音が高く長く響き、殺戮者が一瞬だけよろめいた。

(この音?! あれが弱点か?! あんな小さな弱点?! あんなに高速で動きまわる弱点?! クソゲーかよ!)

 祭壇の上に仰向けに倒れたまま、もえは宝石に狙いを定めトリガーを引き絞る。


 6発目の銃弾が宝石に弾けた後、もえのツヴァイハウント・クルツは沈黙した。

(……弾……切れ……?)
 少しだけヒビの入った宝石を煌めかせ、竦んで動きの止まっていた殺戮者が再び大鎌を振りかぶった。
ごめん、みんな……もう、何も出来ません
 振り絞った最後の力も抜け、もえは銃を取り落として大の字に寝転がる。
(ごめん、ヘンリエッタ。倒せなかった……。でも、逃げ切れたよな?)

 目を瞑ったもえの体に、どんっと衝撃がのしかかる。

 しかしその衝撃は、大鎌のそれではなかった。


 そっと開いたもえの目に飛び込んできたのは、ヘンリエッタの顔。

ヘン……リエッタ……さん?
 どうして? そう続けることは出来なかった。
もえちゃ……遅くなって……ごめんねー……
 そう答えるヘンリエッタの背中に向かって、大鎌が何度も打ち下ろされていた。
いやぁぁぁぁ! だめぇぇぇぇ!!

 もえは叫び声を上げながら何とかヘンリエッタを助けようともがくが、もう彼女を動かせる力も残っていない。


 それでも友達を助けようと必死にもがくもえの手に、ふと冷たいグリップが敵を倒すための意志とともに握られているのに気づく。

 それはヘンリエッタの愛銃[レアリティ7]シュツルム・ゲーヴェル762だった。

 彼女の背負った銃のトリガーをもえは一気に引く。


 何度かの大鎌で弾を弾く音の後に、ついさっき初めて聞いた、高く、長い着弾音が響き渡り、大きなガラスが砕け散るような音が続く。

 周囲は一瞬、赤紫色の光りに包まれ、そして、静寂が戻った。

もえちゃー……やったねー……
 もえに覆いかぶさったままヘンリエッタが微笑む。
ヘンリエッタさん! 早く! ポーションを!
あはー……ごめんねー……もう……無いんだー
そんな! 死んじゃう! あ……ロザリオ! ヘンリエッタさん、もう一つ残ってましたよね?!
 必死な表情のもえを見ていたくないのか、目を合わせたくないのか、ヘンリエッタはもえの肩に頭を載せた。
もひとつ……ごめんねー。ここに……来るまでー……もう一回……死んじゃってたー……あはー

 のしかかる大きな胸越しに伝わるヘンリエッタの鼓動は、少しずつ弱くなる。


もえちゃん……助けたくてー……それ以外……何も考えられなくてー……ごめんねー
ヘンリエッタさん! どうして!
だってー……友達だもんー……

 もう何も言葉は出ない。

 もえはただヘンリエッタを抱きしめ、彼女の命が終わる瞬間を待つしか無かった。

もえ……ちゃ……大好き……

 ヘンリエッタの体から力が抜けてゆく。

 もえは、為す術もなく、ただその命の感触を抱きしめた。

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