『黄金の女王』対『白銀の姫君』3

文字数 7,380文字

「第四ポジションも残り三分を切りました。
 ここまでの東和麗華学園と就学園の試合経過を振り返ってみましょう。
 第一ポジションは東和麗華学園二点、就学園四十八点、
 第二ポジションは東和麗華学園五十二点、就学園六点、
 ここで両校五十四点と並び、試合は振り出しに戻りました。
 第三ポジションは東和麗華学園二十六点、就学園二十四点、
 第二ポジションでの逆転と第三ポジションで両校の得点が減少しているのは、勿論『黄金の女王』が選手に加わり、今年も注目されていた『白銀の姫君』と拮抗したためです。
 ところが第四ポジションは一転して、東和麗華学園六十点、就学園六十二点と正に撃ち合いとなっています」
レポーターが試合経過を正確に振り返ると、解説の星野は、
「残り三分。両校とも気力の勝負となりました」
 小雨が降り続く中、東和麗華学園と就学園の応援団席では、両校のチアリーディング部が休む(いとま)もなく華麗な応援を続け、近隣の男子校から駆けつけた詰め襟に白いはちまきの男子生徒も大きな振り付けを止める気配を見せない。
 就学園の副部長を務める背番号2番、早見(はやみ)(けい)がフリースローで試合を再開すると、東和麗華学園の『黄金の女王』の二つ名がつけられた穂積(ほづみ)美羽(みわ)が、コートからふわりと舞い上がると、就学園のバックストップ・ユニットに正対したまま東和麗華学園のバックストップ・ユニットへ後進をかけた。
 観客にも出場選手たちにも、おや? という空気が流れた。就学園のキャプテン・(かけい)美雪(みゆき)だけは、美羽の思惑を読み取り、
「駄目! 渓のフリースローを守って!」
 叫んだが、美羽は凄まじい加速をかけ、対戦校の副部長が投げたボールをキャッチすると、広大なコートを切り裂くように縦断し、就学園のリングにたたき込んだ。
 続いて、東和麗華学園の背番号13番、志垣(しがき)逸希(いつき)がフリースローを行うと、美雪が美羽を(なら)い逆進をかけ、必要以上の加速で東和麗華学園から得点を奪った。
 美雪が小さくフリースローを行い、美雪自身がボールを手にすると、美羽がまるで滑走するかのようにコートを進み、砂塵を上げて美雪に迫った。
 美羽と美雪は互いに正対したまま、コート内をまるでフィギュアスケートの壮麗な演技を続ける選手のように滑翔した。
 東和麗華学園のチームベンチで、肩を傷めて交代となった大堂(だいどう)遙流香(はるか)は、
「あ、この練習してなかったな」
 顔を引き締めていった。正対したまま一回二回とコート内を美羽と美雪はボールを奪い合いながら周回した。
 美羽にボールが渡ったとき、美羽は東和麗華学園のキャプテン・大堂(だいどう)恵礼那(えれな)にノン・ルック・パスを送った。恵礼那は背番号24番、寺岡(てらおか)(まり)と背番号27番、三木(みき)華生(はなき)を直援につけ、三人でパスを繰り返し、就学園の選手を翻弄すると、ゴールを決めた。
「美雪! 熱くならないで!」
 副部長の渓が叫んだが、
「熱くならないで、どうやって『黄金の女王』を倒せるの!」
 美羽が美雪を真似て小さなフリースローを行うと、美羽自身がボールをキャッチした。
「人真似を!」
 美雪が美羽に迫ると、二人のソートAは再び正対したままコート内を周回した。
 観客席の誰もがごくりと生唾を飲み込み、目を見開いている。美羽は美雪と正対して周回を続けながら、
「ちゃんと美羽バージョンがありますよ、美雪さん」
 柔和に目尻を下げたが、口は笑っていなかった。美羽は美雪からボールを奪い去ると、周回の最中に就学園のバックストップユニットが視界の正面に入るや、一対の黄金の巨翼を大きく打ち上げ、打ち下ろした。
 周囲に轟音が上がり、暴風が吹き荒れた。ボールは突風にあおられ、正確に就学園のバックストップ・ユニットに落下した。東和麗華学園は得点を追加した。
 慌てて就学園のチームベンチエリアから顧問を務める醍醐(だいご)智子(ともこ)が飛び出してきて、
「ちょっと、審判! あんなシュート、認められないわ!」
 審判はタイムを宣言すると、智子の異議を聞いたが、二基の映像装置に再生されたウルトラ・ハイビジョンの記録映像で、美羽のシュートは正当であることが認められた。しかもスリーポイントエリアからのシュートになるので、三点の追加得点となった。
 試合は再開され、恵礼那がフリースローを行うと、渓がボールを奪い取った。美羽は黄金の翼を大きく羽ばたかせると、辺りに爆音が響き、突風が吹き荒れた。
 左右の翼が巻き起こした風はぶつかり合い、局地的、瞬間的に真空の空間をつくり出した。渓のユニフォームの胸元とハーフパンツの裾が切り裂かれた。
 渓の手からコートへボールが転がり落ちたが、華生が拾い上げ、恵礼那と逸希を直援につけ、就学園のリングにたたき込んだ。
「おい、あの選手、大丈夫なのか!」
 観客席から、美雪の父親である(かけい)隼人(はやと)が渓を指さして叫んだが、渓は背番号27番、中三B組、大国(おおくに)(そら)と交代となった。
 渓は切り傷一つないが、美羽の荒技に怯えきっていた。交代となった宙こそいい面の皮で、美羽が無差別攻撃を始めれば、就学園の選手は皆殺しにされかねない。
 試合時間は残り一分、得点は東和麗華学園六十九点、就学園六十四点、第二ポジションで同点になっており、第三ポジションで就学園は二点差をつけられているから、就学園は六点を取らなければ、負けとなる――宙の肩にずしりと現実がのしかかった。
 恵礼那のスローインで試合は再開された。美羽がボールをつかみ、スリーポイントエリアからシュートの体勢に入ると、
「これ以上、取らせるもんか!」
 美雪が美羽の眼前に飛び出した。美羽が就学園のバックストップ・ユニットに向け、ボールを放つと、美雪の顔面にボールが直撃した。美雪はコートに投げ出されながらも起き上がると、顔面は鼻血で真っ赤になっていた。
「あら、美雪さん、交代しますか?」
 美羽がしれっとして尋ねると、美雪は、
「まだまだ、こんなのじゃ、全然、駄目」
 薄笑いを浮かべていったが、鼻血はどくどくと流れ出し、顎からしたたり落ちている。
 美羽のシュートを妨害したとして、美雪は反則を取られた。
 南北の映像装置に美雪のアップが映し出されると、観客席では隼人が立ち上がり、
「おい、美雪が血まみれになっているんだぞ! 監督だか顧問だか知らないが、こんな試合あるか! 美雪、もういい、やめろ。あんなバケモノを連れてきて、娘とかみ合わせるなんて、正気じゃない!」
 叫び声を上げると、東和麗華学園のチームベンチでは真希が超指向性をもった望遠マイクでその声を拾い、
「筧先輩のお父さんが、あんたのことバケモノだっていっているよ」
 インカムのマイクで美羽に伝えると、
「えー、女の子にひどい!」
 美羽の悲しそうな声が返ってきたが、どこまで本気でいっているのだろう、と真希は思った。
 恵礼那のスローインで試合が再開された。
 宙は、副部長の交代として起用された限りは責任を果たさなければ、と自分にいい聞かせ、対戦チームのキャプテンのスローインをキャッチし、東和麗華学園のバックストップ・ユニットに進んだが、『黄金の女王』はスモールフォワードにも関わらず、センターのごとく制限区域内で仁王立ちしている。
 宙は24番と27番のディフェンスをかいくぐり、バックストップ・ユニットに迫ったそのとき、『黄金の女王』は再び巨大な翼を広げ、打ち上げ、打ち下ろした。さながら、おごった人間に下される神の裁きのようであった。
 辺りの空気は攪拌(かくはん)され、鳥人が飛行できる状態ではなくなった。たちまち、宙はバランスを失い、ボールとともにコートに転がった。
 恵礼那はコートに転がったボールを拾い上げると、就学園のバックストップ・ユニットを目指した。美雪は、恵礼那に迫ると、
「調子に乗るなよ!」
 ボールを奪おうとしたが、恵礼那は、シュートの体勢に入り、
「あんたこそ着替えてきな!」
 怒鳴ったそのとき、美羽の『真空斬り』が美雪を襲った。
 美羽の『真空斬り』は、ツインテールにしていた美雪のリボンを吹き飛ばし、絹のような純白の髪を落ち武者のごとくざんばら頭に変えた。
 それだけでは済まず、ユニフォームの襟元、袖口、身ごろとハーフパンツの裾も切り裂き、もはや、着ているのも精一杯のボロくずに変えていた。
 コートへ着地せざるを得なくなった美雪とは対照的に、 恵礼那はやすやすとシュートを決めた。
 もはや、誰の目にも勝負はついたが、試合時間はまだ二十秒ある。
 逸希のスローインによって、試合は再開された。美羽が逸希のスローインをキャッチすると、美雪が迫った。
「美羽さん、まだまだ!」
 美羽は、このとき美雪が求めているものがようやくに理解できた。美雪の願いをかなえるためには、美雪をもっと血まみれにしなければならない。
「もういい、『黄金の女王』!」
「勝負はついた、もうやめるんだ!」
 美羽と美雪はコート内で周回を始めると、観客席から悲鳴が上がった。美雪の血が辺りに飛び散っている。
 美羽はこれ見よがしにボールを捧げもち、美雪に見せつけると、美雪は美羽との距離を詰めた。美羽はそのまま上昇を始めた。美雪は美羽の後を追った。
 観客席から見上げると、まるで黄金と白銀の稲妻が、小雨の降りしきる梅雨空へ立ち上っているかのように見えた。
 小雨に混じり、赤いものが隼人の頬と手に降りかかった。美雪の血であった。隼人は観客席を駆け下り、コートに飛び込み、就学園のチームベンチエリアに駆け込むと、
「おい、やめさせろ! こんなのもうウイングボールじゃない、美雪が、俺の娘が、殺されちまう!」
 誰が顧問なのか解らず、わめき散らした。隼人はたちまち警備員によって連れ去られた。
 智子は梅雨空へ向かって飛び去った美雪と美羽を見上げたが、二人がどこにいるのか判然としなかった。
 コートを構成する各エリアは五センチ幅の白線で表示され、空中であってもハイテクノロジーで監視され、わずかでも選手がエリアから出れば、たちまちに警告が発せられるが、飛翔の高度については、制限というものがなかった。
 いくら高度を高く取ろうが、下りてくるまで大変になるだけで、無意味だった。残り時間が五秒を切ったとき、美雪がボールを抱きしめ、急降下してきた。顔はもはや、赤鬼のごとく真っ赤に染まっていた。
 そのやや前方を黄金の翼を半開にした美羽も降下してきている。美雪は東和麗華学園のゴールに迫ると、恵礼那が、
「全員、ゴールを守って!」
 美雪のシュートが失敗しても、成功しても、東和麗華学園の勝ちは確定していたが、血まみれになってもなお戦う美雪に敬意を表さなければならなかった。選手たちはリングの周囲に広がった。
 美雪は急降下シュートを行ったが、美羽によって防がれた。
 美羽が美雪の体を支え、コートに着地したそのとき、試合終了を知らせるブザーが鳴り、南北の映像装置とセンターラインの上方に、
 TOWAREIKA WIN
 と表示された。東和麗華学園が『白銀の姫君』を擁する就学園を下し、第二回戦に進出したのだった。キャプテンを務める恵礼那は、周囲で部員たちが喜び、ハイタッチを繰り返す中、現実感がつかめず、茫然となった。観客席からは両校の健闘を称える歓声と拍手が、しばらく鳴り止まなかった。
出場選手はセンターラインに並び、一礼して解散となった。
 東和麗華学園中高等部のウイングボール部の顧問を務める醍醐(だいご)聡子(さとこ)は、美羽の祖父、偉介(いすけ)の著作である『黄金の女王』のラストシーンを思い返した。

 王さまと女王さまが待つ、お城に近い広場で、ゴールと決められた噴水に最初にたどり着いたのはソレイユでした。
 そのすぐ後に白い翼の子が降り立ちました。
 小さな村の新しい代表となったソレイユに、誰もが大きな期待を寄せ、大喜びでした。
 しかし、『翼競争』を終えたばかりのソレイユも白い翼の子も疲れ切り、もともと粗末な服もボロボロでした。
 白い翼の子が、誰にも振り返られずに立ち去りかけたそのとき、おとうさんが両手を広げて白い翼の子にいいました。
「よくがんばったな」
 白い翼の子が本当にほしかったもの、それはおとうさんからほめてもらうことでした。
 おとうさんからのたった一言のために、白い翼の子は、『翼競争』を続けていたのでした。
 ソレイユは三十歳になるまでの十五年間、村の代表として、貧しい村同士で助け合う決まり事を王さまと女王さまにつくってもらったり、村人同士で考え、実行していくようにしました。
 小さな村では、病気になってもお医者さまにきてもらうのも、病人を連れて行くのも大変です。
 道をつくったり、薬を譲り合ったりできるようにしました。
 作物のつくり方を教えあったり、井戸を掘ったり、いい出会いの場もたくさんもうけました。
 国をさらに豊かにするきっかけをつくったソレイユは、人間にも鳥人にも『黄金の女王』と呼ばれ、永く語り継がれたのでした。

 美雪が就学園のマイクロバスに乗り込もうとしたそのとき、隼人が濡らしたタオルを差し出し、
「よくがんばったな」
 美雪はたったこの一言がほしく、美羽と戦い続けたのだった。美羽と出会う以前は、死ぬことばかり考え続けていた。
「うん」
 美雪はうなずくと、血まみれになった顔を父が差し出した濡れタオルで覆い、涙を隠した。

 美羽は高輪にある学生寮に帰宅しようと、暮れ始めた品川の繁華街を歩いた。小雨は既にやんでいる。
 午前中は中央本線で松本から帰京し、ヘリコプターに先導されて、都心の空を飛び、午後は初めての公式戦で、美雪と戦った。
 美雪は父子家庭で育ち、父も娘も互いにどう接していいのか解らずに孤独の歳月を送っていたのだろう、結果的に美羽がいい機会をつくれたのは幸いだった。
 でも、ちょっとやり過ぎたかも――
 遙流香を墜落させられたいきさつもあったが、ウイングボールの試合中に『真空斬り』を持ち出し、美雪を傷だらけにしたのは、やはりやり過ぎだった。近日中に美雪を訪ねて就学園に足を運ぼう、と考えたとき、厳重なセキュリティーがかけられたワンルームマンションのドアが解錠されていることに気づいた。
 美羽はまさか空き巣に入られたのかと思い、慌てて室内に入ると、蛍光灯がつき、賑やかな笑い声があふれていた。
 美羽が目を見張ると、祖父の偉介と父母の紘樹(ひろき)怜子(れいこ)の霊が、狭いワンルームでくつろいでいる。
 しかも、南青山にある開和(かいわ)女子学園の野澤(のざわ)日々記(ひびき)がエプロン姿で、美羽の家族に鶏の唐揚げやピザを振る舞い、飲み物を注いでいる。加えて開和女子学園は、第二試合の対戦校だった。美羽は、自分の目を疑い、
「こ……黒曜石の絵日記……なんで、ここにいるの?」
「美羽ちゃん、お帰り! お疲れだったね。お風呂わいているよ」
 日々記は嬉しそうにいうと、
「あ、ありがとう。いやいや、だからなんであんたがここにいるの?」
「日々記ちゃんね、今日から美羽ちゃんのお姉さんになったの」
 怜子が思いもかけないことをいった。偉介も、
「ソレイユにはお姉さんがいただろう? 仲良くしろよ」
 上機嫌に缶ビールをあおった。紘樹も、
「やっぱ、女の子がいると華やかでいいな」
「わたし、聞いてない。その子、二回戦の対戦校のキャプテンだよ、そんな子と同居なんて……」
 美羽が赤の他人を突然に受け入れてしまう家族にいうと、
「あら、美羽、美雪さんとは仲よしじゃない」
 怜子が美羽の心を見透かすようにいった。美羽が茫然としてから、
「絵日記……って、そもそもいくつなの?」
「十七歳。美羽ちゃんよりも二つ上。それから絵日記じゃなくて、日々記ね。よろしく。野澤の家ってね、お父さんもお母さんもお兄ちゃんたちばかり大切にしていて、娘のことなんか忘れているの。だから、わたしが穂積家の養女になっても文句いわないよ。そもそも、わたしが家に帰らなくても気がつかない、と思う」
日々記は艶やかな黒い翼を広げていうと、
「そんな家族、いるわけない。いや、いたとしても、突然に養子縁組って……」
美羽はふと既視感を感じた。山手誠栄女学院の鈴井(すずい)雛子(ひなこ)が、恵礼那と結婚するといいだし、雛子の両親が反対したら、大堂家の養女になって、それから結婚する計画を立てていた。
 まさか、我が身にも似たような出来事が起ころうとは夢にも思わなかった。
「それでね、今日の試合を見ていて、わたし、美羽ちゃんのこと好きになっちゃったの。できれば、将来は、あのね……解るでしょ?」
 美羽は、似たような、ではなく、同じ出来事に言葉をなくした。まさか、自分が同性婚前提の姉を受け入れることになろうとは、夢にも考えていなかった。
「あ、ここ、皆で住むには狭いね。新しいマンション、借りなきゃね」
 日々記が部屋を見渡していうと、偉介は、
「俺がやった三十億があるだろう、あれで買えばいい」
「しばらくは賃貸でいいだろう、神野先生が管理しているんだから、いきなり高校生の美羽が不動産取引ってわけにもいかないだろう」
「まずは、役所にちゃんと届けないとね」
 父に続いて、母も日々記の頭をさすって目を細めた。
 人生が始まる、とはこういうことなのだろうか?、美羽は神野が説いた、不幸な生い立ちがあったからこそ、と心を切り替えなければならない、という(いさ)めを思い出した。
 美羽は、わずかにうなずいた。

                                  完
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