27. チートな刃紋

文字数 2,018文字

 静かに部屋を抜け出し、階段を下りていくと応接間からは大きないびきが聞こえる。
 そっとドアを開けるとレヴィアとユータがひっくり返って大いびきをかいていた。
 そして、テーブルではシアンが空中に画面を開き、何かをつらつらと見ながらジョッキを傾けている。
「どした? 悪い夢でも見た?」
 シアンは視線を画面に向けたまま聞いてくる。
「ゲルツと戦う夢を見てしまいまして……」
「ははは、勝てたかい?」
 シアンは嬉しそうに和真を見た。
 和真は首を振り、
「前回は全く歯が立ちませんでしたから……。シアン様は宇宙最強なんですよね? 勝ち方を教えてもらえませんか?」
 シアンはうんうんとうなずくと言った。
「情報の世界の勝負は想いが強い方が勝つんだ。もっと想いを燃やして」
「想い……ですか?」
「そう、想い。人間の一番大切なものだよ」
 そう言ってシアンはジョッキを傾けた。
「奴はパパの仇です。想いは誰にも負けません!」
「うんうん、でもテロリストはテロリストなりに歪んだ(くら)い想いがあるんだよね。それはそれで強烈だ。それを打ち払うくらいの想いがないとね」
「えっ……」
 和真は言葉に詰まる。確かに狂気じみた彼らの執念は常軌を逸している。それを凌駕(りょうが)しているかと言われると、どうなのだろうか?
「そんな少年にちょっとチートなプレゼント!」
 シアンはそう言うと空中に裂いた空間の切れ目から一振りの日本刀を取り出す。ギラリと光を放つ刀身には美しい刃紋が踊り、それは人の命を確実に奪おうとする狂気を宿していた。人を殺す武器として究極に想いを込めて造られた姿、その恐るべき造形に思わず和真はゾクッと背筋に冷たいものを感じていた。
「これは【五光景長】。普段は何も切れないなまくらなんだ」
 と、シアンは五光景長の刃でテーブルをガンガンと無造作に叩いた。
「でもね、想いを込めると……」
 シアンはそう言いながら気を込めると、刀身に電子回路のような直線と丸の青い幾何学模様がブワッと浮かび上がる。そして、青白く輝くと、ギュゥーンと静かに鳴いた。それはまるで前衛芸術のエッジの効いたアートのように、いまだかつて見たことのない質感を持ってシアンの情念を花開かせた。
 シアンはそれを満足そうに眺めると、いきなり振り返って窓の方に向かってブンと振る。
 放たれる青白い光。パン! と音を立てて窓ガラスが真っ二つに切り裂かれる。
「はぁ!?」
 和真が驚いていると、
「いや、まだだよ」
 と、ニヤッと笑うシアン。
「え?」
 怪訝そうな顔で窓の外を見た時だった。
 月明かりに浮かび上がっていた富士山に閃光が走り大爆発を起こす。
 先ほどシアンによって大きくえぐられていた富士山の山頂部は、完全に崩壊し、まるで噴火で吹き飛んだように無くなってしまっていた。
「ね、想いってすごいでしょ?」
 ニコニコするシアンに和真は言葉を失う。
「これに斬れない物はないよ。チートだからね。ま、明日にでもちょっと練習してみな」
 そう言ってシアンは五光景長を和真に渡す。
 そのずっしりとした鉄の重み、まだ熱を持った刀身に戸惑いながら和真は頭を下げた。

     ◇

 翌朝――――。
 階段を下りてくると、レヴィアはむくんだ顔をしてお茶をすすっていた。
「おはようございます」
「うっす、おはよう……」
「あれ? 皆さんは?」
「ユータは仕事じゃ。タニアたちはミィと散歩に行ったぞ」
「寝すぎちゃいましたか……」
「疲れとるんじゃろう。寝ることはいい事じゃ」
 レヴィアはそう言うと、ふわぁとあくびをした。

「あの……」
「何じゃ?」
「ゲルツとの決戦に向けて稽古をつけてほしいんですが……」
「稽古? たった数日の稽古で強さなんか変わらんよ」
 レヴィアはあきれた顔で首を振る。
「実はシアン様にこれをもらいまして……」
 和真は五光景長を取り出すとレヴィアに見せた。
「ほぅ、綺麗な刃紋じゃな……んむむ? こりゃ、刃がついとらん、ただの鉄の棒じゃないか」
「あ、いや、これ、すごいんですよ。富士山も吹き飛ばしたんです」
「はぁ? なぜ刀で富士山が吹き飛ぶんじゃ?」
「いや、シアン様がこうやってブンと振ったら窓が真っ二つに切れて、富士山が……あれ?」
 窓ガラスには切れ目もなく、富士山は綺麗な紡錘(ぼうすい)形に戻っていた。
「え? なんで……?」
「寝ぼけとったんじゃないんか?」
「いやそんなことないですよ! シアン様が富士山吹き飛ばしたんですって!」
「あの方は規格外じゃからな。ただの鉄の棒でも星くらい吹き飛ばすじゃろうて」
 レヴィアはそう言ってもう一度大あくびをした。
「いや、こうやって想いを込めれば……」
 和真は五光景長に思いっきり気合を込めた……が、何も起こらなかった。
「あれ? おかしいな……、うーん」
 和真は顔を真っ赤にして全力を出したが、何も変わらない。
「そんなのいいからツールの使い方をおさらいしとけ。お主にそんな高度な戦闘など求めとらん」
 レヴィアはズズっとお茶をすすった。
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