第2話

文字数 3,957文字

「お前ら、今日は飲みに行くぞ」と部長は若手社員を誘うが、皆、取って付けたような理由を言って部長から逃げて行く。モテてもいないのに、当人は圧倒的勘違いに気付きもしない。“嫌いな上司に会う為にわざわざ車を飛ばして行くなんて、なんてあんたは大馬鹿者なの”“今度、スキンシップだと言ってまた触ったら、セクハラで訴えてやる”と女子社員の陰口もある程の俺達の部長です。人との付き合いが好きで社会性のある俺。でも人を支配したがる輩には気をつけましょう。リーダーとエゴイストは違うから。やれ出世だ。派閥だ。人事だは、そんなデカクない会社ではあまり関係ないし。
「すいません。以後気をつけます」
本当にこんな調子で俺は不動心など兼ね備えた大人になれるのだろうか。俺って人畜無害の男。そう他人に言われたって、結局は外交辞令だって思えちゃう。それに昼夜兼行だし、でも器用貧乏なとこもあるかも。ここに中途で入る前に紆余曲折ありました。でも初志貫徹を通した事で、九死に一生を得たが、俺はここを去ろうとも最近は考えてる。でも主客転倒で、結局俺は、まだまだ面従腹背のダメな奴で、唯々諾々のYESマンだとも自覚している。改善の一歩目が認識って奴からだ。それは承知している。でも基本的にこの会社。平々凡々と育った坊ちゃん、譲ちゃんの集まりなんだ。適材適所なんて嘘っぱちだ。だってまだ、年功序列だし。これじゃあ、いくら頑張っても立身出世は望めない。あんたらのやってる事は、寄らば大樹の陰。なんだけど、皆そこそこ野望を抱いてるのは感じている。所詮、ライバル同士なんだ。最近そんな事まで分かるんだ。下衆の勘ぐりですいませんって感じっすけど。例えば、長閑な夏の午後。TVを点ければ甲子園で高校生が野球をやってる。ふと思い出す。自分がガキだった頃。放課後の体育館。一人残って練習したっけ。レイアップは出来るけど、遠目からは決められない。ただひたすら打ち続けた。3ポイントシュート。練習は凄く辛かった。流れ出る汗。シャツも絞れる程だった。先生や先輩には、特に理由も無いのに殴られた。学校にも行きたくなかった日も何回もあった。それでも俺は続けた。夢中になれた。マジであの頃は。何であんなに頑張れたんだろう。楽しかった。あの頃は。辛くても耐えられた。何で今はそれが出来ない。俺のバカ。今日、会社で怒られた。そのブルーな気分のまま、会社以外の友人とサッカーを観に行った。グランドで戦う彼らが自分と重なる。人生は目標と達成だ。契約を取れない俺とゴールを奪えない彼。でもグランドにいる彼は何度倒されても立ち上がる。そしてまたゴールを目指した。その日、結局、彼はゴールを奪う事は出来なかった。でもグランドを後にする彼の目は死んでなかった。彼は俺よりも数倍は勇ましい。自分が情けなくなった。俺の方が五歳も年上なのに。あーあ。やってらんねえ。クリアにならないノスタルジー。支配する憂鬱という名の悪夢。過去を忘れる必要などないが、過去と戦う強さがなければ、今を生きる資格はない。
「セミウウィンザーノットは難しいから、プレーンノットでいくかな」
「はっお前何言ってんの」
「ピンストライプシャツにチャコールグレーのスーツ。白のボタンダウンでもいいかな。タイはドット柄ネイビー。革靴はプレーントゥの奴」
こいつは一体。何もんなんだ。自分を必要以上にアピールしない。他人と自分を比較しない。他人を羨ましがらない。身分相応。ギラギラした出世欲はないけど、少しは世の為、人の為になるような事をしたい。対極にいる人間なのに、たまにみせる良い掛け合いがリンクし、それを見た第3者が相性がいいと言う。
「野呂先輩。今夜どうっすか。合コンでも。さっき知り合いの女の子にセッティングして貰ったんで、良かったら先輩も行きませんか。先輩、彼女と別れて随分経ちますよね。そろそろ彼女欲しいでしょ」
「まあな。でも俺、今日、外回り結構残ってんだよ。遅れてもいいなら、店のアドレス書いたメモ置いてけよ」
ここ最近は、カロリー計算した食事を取り、好きなビールも飲んでいない。控えてる。ここんところ、アルコールは遠ざけているんだ。でもそろそろ限界だ。健康の事を考えれば、アルコール。カフェインは取り過ぎない。ストレスや疲労を取り、免疫力を高めるバントラン酸を失ってしまうから。でも今日はもう限界です。
俺は、後輩の菊池に合コンをやるという店を教えてもらった。その店は個室イタリアンダイニングだった。この菊池という男は、学生時代から、やれ合コンだとやれサークルなどで幹事ばっかりやっていたという根っからのイベント好きだ。結構なチャラ男。でもこいつ自身は、そんなに遊んでるとう印象はない。合コンでは専ら盛り上げ役。バラエティー番組のMC的な動きを習性的にしてしまう。周りから見れば、都合のいい奴。俺から見ればこいつは完全に道化だ。こいつ損してねえかって思うのだが、こいつは本とに人の集まるところが好きなんだ。こいつはまだ24歳。まだガキだから、時がくれば、いずれ気が付くだろ。ってそんな俺も恋愛とかそういうのに免疫がそんなにない。それについて深く語る程、場数を踏んで来ていない。もしかしたら、そういう単純な話ではないかもしれないが。自分の事も愛せない俺が、他人を愛せるのだろうか。この世で最も美しく、崇高な事かもしれない“愛するという行為”。それは確かにそう思うが、何せ自信がない。それが出来ない俺。人間に生まれて来たのが間違いかも。結局恋愛が愛に変わったりもしないで、今までの恋愛を終わらして来た。一度も成就していない。だから、後輩の彼をガキだとかって本とは言えないんだけど。でもこれだけは分かってるんだ。もう適当に遊ぶとか、そんないい加減に生きてるとろくな事がないって。だが体だけを求める関係で終われるのなら、ただのゲーム。それで一生終りでもいいのなら。でもそういう関係。他人の飯を食うぐうたら生活の時期もあったし、俺もそろそろ腰を落ち着かせて何かに取り組まないと。もう年貢の納め時。酸いも甘いも十分噛み締めたさ。仕事も恋愛も身を固めて生きる決意をしないと。すぐにジジイになってしまう。前の彼女と別れた後に一瞬という言葉で形容出来るくらいの時間を愉しむ自分もいた。要はセフレって奴。でもその体だけの相手は、それ以外の感情を俺に求めて来た。勿論、俺にその気はなくそれで二人の関係は終わった。体だけなら、金を払ってそういう店で性欲を満たせば、そんな人間臭いとこに触れなくて済んだかもしれないが、金を払ってどうこうをずっと続けていたら、それはそれで空しさだけが残る。でもそれさえも通り越して、ある種何かを悟ったのなら、それだけでは人っていう生き物は、結局は満足しないんだ。というより出来ない。性欲を超えたところに心というものがある限り。でもそれを愛のあるセックスと表現したら、何か安っぽく聞こえてしまう。相手を思う心が乗っかっていないと心までは満たされないくらいの表現にして置こうか。せっかく人間に生まれ、要は心というものを持っている生き物に生まれたんだから。ただの生殖本能だけではなく、心の重なり。それも人間が辿り着くであろう最高の境地“愛”の重なりを経験して、しっかり人間に生まれた意味を噛み締めて、そして死を迎えたい。ってそう思うのが普通なんじゃない?俺はこの年になってようやくそれに気付いて来たけど。結婚については、どうかなあ。結婚しても幸せ。しなくてもたぶん幸せには成れると思う。だって愛し方ってそれぞれだと思うから。たかが紙切れ、されど紙切れ。なんてね。つまり価値観の問題。俺は自分の愛した女が望む事をしてあげたい。だから、彼女の反応次第。でも俺最近、思う事があるんだ。同姓に罵られてる奴が、異性に持てるのかってね。あと、自分を愛せない奴が他人を愛せるのかとも思い悩む所。もっと自分を好きになる努力をしないと先は見えて来ない。仕事と女。愛と性欲。このままだと虻蜂取らず。二兎を追う者は俺が一兎も追えずってか。それにしても上司の奴。ああ、ムカつく。何で残業させられるんだよ。
後輩の菊池に合コンに誘われた。彼はプレイボーイだ。レッテルではない。俺なりの褒め言葉だ。彼はいつも波振りがいいし、いつも旨い汁を吸ってるし、痒い所に手が届くし、女も吐いて捨てる程いるらしい。快楽や享楽を貪ってばかりいると、愛が逃げていく。愛がその身から離れていってしまう。それでもこの男。何に対しても造詣が深い。菊池はいい奴だ。でもこいつの隣りに座った子は必ずお持ち帰りの刑に処せられる。例えそれが、高嶺の花だろうが、そんな事は関係なかった。ちょっと待てよ。俺は何で奴のフォローなんてしてんだろうか。男は勇ましいだけじゃダメなのか?男の色気?そんなの俺は持ち合わせてねえぞ。フェロモン?そんなのどっから出てんだよ。何も匂ってこないぞ。体臭だってそんなには。それに加齢臭はアラフォーくらいから出て来るって言うし。そん時はそん時で無臭のデオドラントくらいは使う計算を今からしてるけど。香水は絶対使わない。汗と香水が混ざると最悪極まりないから。で、今夜、久しぶりに女っ気ある自分を取り戻す。その前に片付けなくてはならない仕事が。今月というか、上半期営業成績が他の奴と比べてすこぶる悪い。仏の顔を三度まで。寸暇も惜しんで努力はしてないけど。俺だってそれなりに頑張ってるんです。にも関わらず、この前も部長に
「野呂、お前、今年調子悪いぞ。去年までの勢いはどうした。お前、女にでも振られたのか。この前、皆で飲んだ時もなんか暗かったぞ。おまけに態度も悪かったっけなあ」
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