文字数 7,829文字

        二

「ごほっ、ごほっ」
 ばさっ、ばさあっ。
 激しい咳と羽音とともに降り立ったのは、カラス男だった。痩せ細った胴や手足は人間のものに似ている。背丈は小学生ほど。だがその体表は黒い羽毛で覆われ、同色の翼が背から生えている。首から上にはカラスの頭。そして奇妙なことに、手には病院でよく見る、点滴袋がぶら下がったガートル架けを持っている。
「虚弱カラスか! 今日の見回りはそなただったか!」
 オンナノコが立ち上がり、虚弱カラスと呼ばれたカラス男に問いただした。
「それで九十九(つくも)堕使(おとし)の出現場所は? 数は? 〝邪霧(じゃきり)〟の色は?」
 虚弱カラスは虚弱そうに、フラフラしながら答える。
「四区の西。学校です。ごほっごほっ。九十九堕使の数は一体。邪霧の色は青。〝神数(かみかず)〟は【二十三】だったと」
 オンナノコは「うむ」とうなずき、白無垢の打ち掛けを脱ぎ捨て、(じゅん)と公園で再会した際の空色の和服姿になった。
「見回りご苦労だぞ! すぐに向かうから、そなたはゆっくり休んでおれ!」
「そうさせてもらいます。十二年前からの風邪がなかなか治らなくて――ごほっげほっ」
 オンナノコは座っている潤の傍らにしゃがむと、その手で潤の頬に触れた。
「ごめんなさい、夫さま。大事な結婚披露宴なのに、わらわはちょっと席を外さなくてはならないぞ。なあに、またすぐに……すぐに戻ってくるから」
 状況が呑み込めない潤は返す言葉もない。ただ頬に触れたオンナノコの手がかすかに震えていることには気がついた。
 怖がってる?
 彼女の瞳が一瞬、不安気に揺れたように思えた。が、オンナノコはすぐに毅然と立ち上がるとひな壇から降りた。そのまま大急ぎで縁側に出たところで、しわがれた声に呼び止められた。
「お待ちくだされ、守り神さま」
 声の主は、ひな壇に近い席から立ち上がった小柄の九十九神。抹茶色の縮緬(ちりめん)和服を羽織(はお)った、細長くてしなびた……――よく見れば大根だ。
「なんだ大根おじじ?」
 オンナノコがじれったそうに大根おじじを一瞥する。大根おじじの背丈は一メートルほど。しかし背が曲がっているので、さらに小さく見える。袖や裾から覗く手足の形はひとと同じだが大根だ。頭部も野球バットほどの太さの大根で、髪のように生えた葉っぱは萎れ気味。額には深い皺が何本も刻まれている。
「そのお怪我では、危険ですじゃ」
 大根おじじは、皺とあまり見分けがつかない細い目と口を動かし、そう言った。オンナノコは痛いところを突かれたように、顔をしかめる。そこで潤も気がついた。今まで花嫁衣裳で隠れていたオンナノコの腕や足首。そこに幾重にも包帯が巻かれていることを。
「な、なんのことかな。知らんぞ知らんぞー。怪我なんて、もうとっくに治ったもん」
 オンナノコは口笛を吹きつつ、さりげなく着物の袖で腕の包帯を隠した。大根おじじが「守り神さま」と、諭すように呼びかける。
上雲津(かみくもつ)の安寧のため、おひとりで戦う守り神さまに、わしらは感謝し、尊崇(そんすう)しております。だからこそ心配するは必然。お力になりたいとも願うのです。のお、守り神さま、此度ばかりは、いくらか力に覚えのあるものを連れて――」
「ダメだぞ」
 オンナノコはぴしゃりとはねつけた。
「これは守り神の使命。いや、上雲津の人間と九十九神を守りたいという、わらわの願いだ。だから戦うのはわらわひとりでいい。ほかのものを危険な目に合わせるわけにはいかないぞ」
「ですが――」
 オンナノコは大根おじじの進言を振り切り、庭園に降り立った。
陽気(ようき)(ほうき)! 陽気箒はいるか!?
 きょろきょろと見回すオンナノコに、庭園の梅の木九十九神が応じる。
「陽気箒なら、台所で釜飯美人はんを口説いてはりましたなあ」
「むう、こんなときに」
 オンナノコは大広間に戻り、駆け足で横切ると、(あかり)障子(しょうじ)を開けて廊下へ飛び出した。
 のろのろと立ち上がった潤は、走り去るオンナノコを見送ることしかできなかった。大広間の九十九神は皆、硬い表情で息をつめている。その緊迫した空気に、ひとり取り残されていた。
 彼女が九十九(つくも)堕使(おとし)とやらと戦いに行ったことはわかる。しかしそれがどんなもので、どんな戦いで、なぜ戦わなくてはならないのかもわからない。そしてそんなわからないことだらけの自分に、今できることがあるとも思えなかった。
 でもオンナノコの怪我は気になった。包帯が巻かれた彼女の腕や足が頭をよぎり、胸が騒いだ。そんなとき、
名授(めいじゅ)古賀崎(こがさき)(じゅん)殿」
 名を呼ばれて振り返ると、大根おじじがそばに佇んでいた。表情はわかりにくい。でも少し垂れた両目を不安げに瞬かせている。
「折り入ってお頼み申す。守り神さまとともに行ってくださらんか?」
 大根おじじは曲がった背をさらに曲げ、(こうべ)を垂れた。
「守り神さまに(ちぎ)()を授けし人間――名授には、上雲津の神気の加護によってお力が宿りますじゃ。潤殿がこの町の九十九神を見ることができるようになったのもその顕れ。そしてなにより名授の愛の力は、妻である守り神さまにとって唯一無二の助けとなりましょう」
「そんなこと言われても……」
 オンナノコとの夫婦関係を認めたわけでもなく、しかも弱冠十三歳の潤に愛と言われても、正直、ピンとこない。
 困惑する潤に、大根おじじは控えめに頭を上げた。
「ただ守り神さまのおそばにいてくだされ。それだけで必ずや守り神さまのお力となるはずです」
 大根おじじは憂いのまなざしを、オンナノコが出て行った廊下へ向けた。
「守り神さまは……あのお方は、まことに責任感がお強い。上雲津の九十九神と人間を本当に愛するがゆえ、御自分が傷つくことを厭わず、御無理をなさる」
 枯れた吐息とともに言う。
「先日の九十九堕使との戦いで、守り神さまはお怪我をなされましてな。本来なら出歩くことも控え、しばらく安静にしていただきたいところなのですじゃ」
 それを聞いた潤はハッとした。大根おじじの話が本当なら、オンナノコは自分と再会したときからずっと怪我を隠し、無理をしていたのではないか?
 彼女は帰郷した潤を追って、アフロ地蔵に襲われたときは馳せ参じてくれた。怪我をしているそぶりなんてこれっぽっちも見せず、元気な姿と笑顔で出迎えてくれた。なぜか? きっと潤に心配をかけたくなかったからだ。
 そんな彼女が今、ひとりで戦いに向かおうとしている。怪我をした身体で。
 先程、頬に触れたオンナノコの手の震えを思い出す。そのときの彼女の瞳の揺らぎが胸に迫った。本当は心細いのかもしれない。不安なのかもしれない。
 潤は迷った。現状さえ満足に把握していない自分、そんな自分にはなにもできないはずだという認識が、本当にそうなのか、それでいいのかという疑問に上書きされていく。
 矢継ぎ早の理解不能な出来事を言い訳に、ここにぼ~っと突っ立っていることが、自分の目指す〝男らしく〟なのか、と。
「守り神さまは……」
 大根おじじの口ぶりは、孫を慈しむ祖父のようだ。
「潤殿がこの町にお戻りになられることを知り、たいそう喜んでおられました。何日も前から何度も御自身を鏡に映しては、おかしなところはないかと気にされたり、童女のような笑顔で潤殿との思い出を語られたり……。あれほどうれしそうな守り神さまを見たのは、はじめてでしたな」
 その言葉が潤の心を決定的に衝き動かした。
「俺、行きます!」
 潤は廊下へ飛び出した。オンナノコのこと、九十九神のこと、名授や九十九堕使、言霊(ことだま)夫婦(めおと)のこと……。それらを理解したわけでも納得したわけでもない。でも今はすべて棚上げすることにした。ほかにやらなくてはならないことがあるから。
 そばにいるだけでオンナノコ――再会できた友の力になれるのなら、そのくらいはやって当然だ。ごちゃごちゃ考えるだけで結局なにもしないのは、きっと〝男らしく〟ない。
 屋敷の廊下は左右にまっすぐ伸びている。オンナノコが去ったほうへ視線を向けると、玄関が見えた。半分開いた引き戸の外に、オンナノコのうしろ姿がある。潤は走って行って、靴下のまま玄関のたたきに飛び降りた。
「オンナノコ!」
 玄関の前で、なぜか竹箒を手にしていたオンナノコが振り返る。「夫さま?」
「俺も一緒に行く」
 オンナノコはきょとんとしたあとで、すっと目を伏せた。足手まといだからと言われて断られる可能性も考えたが、オンナノコはやがて潤の袖口を指でつまみ、
「……ほんと?」と、期待のこもった上目使いを向けてきた。
 自分の判断は正しかったみたいだ。潤は大きくうなずいた。
「ああ、おまえの力になれるんなら、そばにいる」
「力になれるなんてものじゃないぞ。百人力、千人力、いやそれ以上だぞ」
 オンナノコは興奮を隠そうともせず、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「あのね、ほんとはね、ちょっぴり淋しかったぞ。心細かったぞ。だからすごく、すご~くうれしいっ」
 オンナノコは喜色満面、ほんのり頬を染めた。が、すぐにその笑みが曇った。オンナノコは持っていた竹箒を脇に放ると、潤の手を両手でそっと握った。
「……夫さま、怒っていない?」と、どこか怯えた様子で言う。
「怒る?」
 小首をかしげる潤。ここ数時間で驚愕や狼狽したことは数多くあったけれど、怒りを覚えたことはなかった。
「夫さまの、優しくておひとよしなところは、全然変わってないんだな」
 オンナノコが懐かしげに、でも複雑そうな表情を浮かべる。
「七年前、夫さま……潤に契り名を付けてもらったとき……それが言霊夫婦の婚礼の儀式だと、潤は知らなかったはずだぞ」
 ああ、そのことか。彼女の言いたいことがなんとなくわかった。
 オンナノコはばつが悪そうに視線をそらした。長い睫毛が小刻みに揺れる。
「しょ、正直に言う……言います……。わらわは……わらわはな、あのときわざと詳しいことを言わなかった……大好きな潤に断られるのが怖くて…………わざと曖昧な言い方で、一方的に、潤に、うん、と言わせて……ズルをした、欺いた……」
 オンナノコは肩を落とし、叱られた子供みたいにしゅんとなった。
「披露宴だってそう……潤に相談もなく勝手に進めてしまった。九十九神の皆の前で結婚宣言して、なし崩し的に、強引に、既成事実化しようとしてるんだぞ」
 そう言ってオンナノコがついた吐息は、深い悔恨の念がにじんでいた。
「上雲津の守り神は……案外最低な、おなごだ」と、今にも泣きだしそうな顔で、それでも自嘲気味に笑うオンナノコ。しばらくして頭を下げた。
「ごめんなさい……ほんとにごめんなさい……わらわは姑息で……卑怯だぞ」
 謝りながら、潤の手をつかむオンナノコの指には力がこもっていった。それに反して、彼女の声はどんどん弱々しく悲哀を帯びていく。
「でもね、潤……こんな最低なわらわだけど……わらわはやっぱり潤が大好きで……潤とずっと……ずっとふたりで……」
 顔を上げ、何度も口を開きかけ、結局唇を噛むオンナノコ。双眸には沈痛の色が濃く、しだいに涙で潤んでいく。悄然と、ただ切実になにかを請う表情を潤に向け、押し黙った。
 オンナノコ……。
 たしかにオンナノコのしたことは褒められたものではないのかもしれない。潤は怒っていいし、彼女を非難してもおかしくないだろう。
 でも潤にはできなかった。困ったな、とは思うが、オンナノコに怒りはおろか、悪印象さえ覚えない。なぜなら彼女の罪悪感が、七年分の時間を伴って伝わってきたから。おそらく別れてから再会するまでの間、オンナノコは潤をずっと想うと同時に、罪の意識に苛まれてもいたのだ。
 オンナノコの態度からそれを感じた潤のほうが、かえって心苦しくなった。昔の友達にそんなつらさは味わわせたくない。オンナノコの罪悪感を今すぐ晴らしてあげたいとさえ思った。
 それになんだかんだ言って、異性からこれほどまっすぐな好意を向けられるのは、悪い気がしなかった。そりゃあ男ですから。しかもオンナノコ、かわいいし。
 これっておひとよしじゃなくて、下心的ななにかじゃ……。
 などと思いつつも、最後はきちんと〝男らしく〟話そうと決めた。
「怒ってなんかいない」
 潤の声に、オンナノコは一瞬ビクッと身体を震わせた。
「たぶん六歳の頃に言われても、理解できなかったと思うし。ていうか今もまだよくわかっていない。いろんなことをいきなり聞かされて、驚くので精いっぱいっていうか……だから……なんつうか」
 七年前のことを上雲津に戻るまで忘れていた自分が、いまさらオンナノコに文句を言うのはちょっと虫がいい気もするし、〝男らしく〟ない。大事なのはこれからどうするかだ。
「なあ、オンナノコ、ちゃんと聞いてくれ」
 潤はあらたまった様子でオンナノコに語りかけた。
「俺、この町に帰ってきたばかりだし、オンナノコと再会したばかりだし、九十九神のことも知ったばかりだろ? なにもかも急すぎて、すぐに答えなんてでないっていうかさ。だいいち俺、まだ中学生だぞ。いきなり夫婦とか言われても……」
 潤はオンナノコから握られていた手を外し、正直に答えた。
「考えられない」
「潤……」
 オンナノコの潤んだ瞳に胸が痛んだが、どだい結婚なんて無理な話。これだけは譲れない。けれど結婚を断ることで、再会したオンナノコとの友人関係が壊れるのは嫌だった。
「でも俺がオンナノコに名前をつけたことは事実だ。だからそこは時間をかけてちゃんとしようと思ってる」
「時間をかけて?……ちゃんと……」
「それが守り神との契りだって言うなら、すべてが丸く収まるような、俺たちも九十九神の皆も納得する方法を真剣に考える。ていうか、ふたりで一緒に考えようぜ?」
「一緒に?」
 結婚とか夫婦とはべつの、それを解消しても友達でいられる、ふたりにとってベストの道がきっとあるはずだ。
「俺もオンナノコも満足っていうか……う~ん……うれしくて、幸せになれる、みたいな?」
「幸せに?」
「ああ、これからは俺もずっとこの町にいるんだし。時間はたっぷりある。だから焦らずに答えを探せばよくないか?」
 オンナノコをなるたけ傷つけず、それでいて真意がうまく伝わっただろうか。とりあえずこれで結婚は白紙に戻せるとは思うが……。
 潤はオンナノコの反応を窺った。オンナノコは和服の胸に手を当て、顔を紅潮させ、恍惚気味にまなざしを細めた。
「潤」
「うん」
「わらわはうれしいぞ」
「うん……ん?」
「潤……いや、夫さま。わらわは生涯忘れないぞ。夫さまが、わらわと時間をかけて一緒に幸せになろうと言ってくれたこの瞬間を」
 …………あれ?
「ああ、もう、ぞくぞくしちゃった。夫さまの言葉はやっぱり言霊(ことだま)だ。すごいんだぞ。嫁のわらわを世界で一番強くしてくれる。愛の力で」
「え? あ、いや、オンナノコ、そうじゃなく――」
「よし! 元気百倍! 愛情千倍! 夫さま、一緒に九十九堕使を祓いに行こう! 夫婦最初の共同作業! 結婚記念に派手にやってしまうぞ!」
「あの、もう一度話を――」
陽気(ようき)(ほうき)!」
 高揚感にあふれたオンナノコは横を向いて声を上げた。
「いやっほ~いっ。夫婦の語らいはもういいんすか、守り神さま?」
 不意に聞こえたリズミカルな声に、潤も思わずそちらに目を動かした。オンナノコが先程まで持っていた竹箒がふわふわと浮遊している。見た目は年季の入ったただの竹箒。長さはオンナノコの背丈と同じくらい。だがそれが陽気箒という九十九神なのだろう。
 さすがに潤も九十九神にいちいち驚かなくなった。が、箒の穂先を手のように自在に動かしながら話す竹箒に非常識感は拭えない。まあ、飛んでいる時点で非常識なのだが。
 陽気箒は頭上を飛び、うへへ、と笑う。
「ねえねえ、守り神さま、九十九堕使と戦う前に、ふたりの愛をディープにたしかめあわなくていいんすか?」
 だから愛なんかじゃなくて……と、ひそかにため息をつく潤。
「なにを言う陽気箒。夫さまの無限の愛は今、ひしひしと感じたぞ」
 無限までついてしまった……と、めまいを覚える潤。
 先程のオンナノコへの説得は完全に裏目になったみたいだ。潤は頭を抱えた。
 なにが悪かった? 彼女をなるべく傷つけたくないという思いが強いせいで、遠回しに言い過ぎたのが原因か? 自分の語彙力の低さか? 今度はもっと直接的に言うべきか? 結婚なんかしない、と。でも、そしたらオンナノコ、泣きそうだし。それはヤだな――などと煩悶する潤の頭上で、陽気箒が「ちっちっちっ」と、穂先を左右に動かした。
「守り神さまはお子ちゃまっすね。愛と言ったら、キスとかエッチに決まってるじゃないっすか」
「キス!?
「エッチ!?
 声を引っくり返らせる潤とオンナノコ。思わず目を見合わせ、すぐに視線をそらす。仲良くそろって顔が茹で上がる。ちなみに潤はキスもエッチも未経験。思春期真っ盛りの中学二年生だ。
「いやっほ~いっ。守り神さまの超初々しいリアクション、甘酸っぺ~。眼福、眼福。脳内お宝フォルダに保存保存」
 陽気に笑う箒の九十九神に、オンナノコが真っ赤な顔で拳を振り上げた。
「い、いい加減にしろ陽気箒。とっととわらわたちを乗せないと、薪にするぞ」
 陽気箒は穂先で器用にハートをふたつ作り、それをちゅっちゅっと、くっつけながら降下してきた。
「んじゃ、ま、どうぞ乗っちゃってくださいっす、守り神さま、名授さま。快適な空の旅をお約束するっす」
 これに乗るのか?
 飛ぶ箒を見た段階で、もしやと思ったが、さすがにためらう。そこそこ長さのある陽気箒だが、ふたり分の体重を支えられるほど頑丈には見えない。それに潤は飛ぶこと自体はじめてだから、不安は否応(いやおう)にも増す。だがオンナノコは着物の裾をたくし上げ、躊躇なく陽気箒の()に跨った。
「さあ、夫さま」
 潤に手を差し出す。一片の迷いもない瞳を目の当たりにし、潤の不安は不思議なくらいあっさりと消えた。
「……わかった。行こう」
 オンナノコの手を軽く握り、そのまま彼女のうしろに腰を下ろす。
「おふたりさん。落っこちたくないなら、手を握り合うんじゃなく、おいらをつかんでくださいっす」
 ふたりは苦笑とともに箒の柄をつかんだ。
「あ、それともうひとつ。おいらの上で乳繰(ちちく)り合うのは勘弁してほしいっす」
「だ、誰がするか!」
 オンナノコが柄をぽかっと叩き、陽気箒は高らかに笑う。そして潤はちょうど顔の前にある、オンナノコの綺麗なうなじにどぎまぎした。
 オンナノコとの結婚解消の件をどうしようかと悩みつつ。
 でもとりあえず今は保留でいいかと、オンナノコのうなじをちらちら見つつ。
 そんな潤とオンナノコを乗せ、陽気箒が飛び上がる。
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登場人物紹介

古賀崎 潤(こがさき じゅん)


十三歳の中学生。

故郷、上雲津の守り神のパートナーになり、つくも神の世界に関わっていくことになる。


守り神のオンナノコ


上雲津の地を守護する守り神。

責任感が強く、上雲津のつくも神と人々が大好き。潤のことはそれ以上に愛している。

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