前編 「今、飛びましたよね」

文字数 5,755文字

 空を飛べたらいいな。なんてのは、誰もが一度は考えたことがあると思う。飛べたらあらゆる障害物を無視できるし、空から見下ろす景色はきっと気分がいいだろう。生まれ変わったら、自由に空を翔ける鳥になりたい! なんて人もいるんじゃないか。

 俺もそんな風に考える1人だった。空を飛べたら学校に遅刻しないし、電車に乗らなくてもいい。考える事のレベルが低すぎるけど、これってとても楽だ。電車賃って案外バカにならないんだぜ。お小遣いの少ない俺にとってはすごい重要なことだ。うん、いいじゃないか。空を飛ぶ能力。

 という事を常々思っていたら、本当に空を飛べるようになってしまった。ある遅刻寸前の朝に「飛べたら間に合う! 飛べ!」と思ったら、足が地面から離れたのだ。その時は驚いて飛ぶのをやめてしまい、その拍子で盛大にこけて余計に遅れてしまったのだが、後で試したらやはり飛べるようになっていた。

 やった! ついに念願が叶ったぞ! 神様ありがとう! こうして俺は空を飛べるようになった。

 ……なーんて、甘い話じゃない。

 この能力をくれた神様がいるなら、相当ひねくれているんだろう。ハッキリ言っておく。この能力は期待はずれもいいところだ。

 まず空を飛べるのだが、飛ぶときも走る動きで飛ぶ。腕と足をシャカシャカさせながら飛ぶ。情けない。しかも疲れ方は走るのと一緒だ。……走るだけの「横移動」はまだいい。上に登ったり下に降りたりする「縦移動」は階段を登り降りする感じだからもっとキツい。もうこの時点で思ってたのとかなり違う。

 そして、現実的に考えて欲しい。実際に空を飛べる人間がいたらヤバい奴扱いだ。もし飛んでいるところを他人に見られたらどうなるか分かったもんじゃない。N○SA送りにされて人体実験とかされるかもしれない。そうでなくともバレた時点で普通の人生を送れない事は確定だ。俺は自分の人生を犠牲にしてまで目立とうとは思わない。

 実用性が少なく、バレた時のリスクが大きい。ハイリスク・ノーリターンだ。こんな能力を常日頃から使うわけにはいかず、ごくたまにちょっと使うだけになっている。それも、どうしても使わなければいけない時くらいだ。

 甘いことを考えてたら、神様にいじわるされた。これはそんな俺の話だ。









小雀先輩……?

 いきなりだが、まずい。もしかしなくても今、壁を飛んで乗り越えているのを目撃されたかもしれない。

 例によって遅刻寸前なのでよく周りを見渡して飛んだつもりだったけど、真後ろから見られてた。しかもこの女、俺の知り合いだ。というか後輩だ。

 いや慌てるな。まだ声をかけられただけで、空を飛んだとは疑われてないかもしれない。人間、非現実的な事が目の前で起こったら案外信じないものだ。

今、飛びましたよね
 ダメだった。しょうがない。逃げよう。
何言ってんだ? 今急いでるから後でな
 それだけ言うと、壁から敷地内に降り立った。
あっ! ちょっと!

 後ろからわめいている声が聞こえたが、無視してダッシュした。

 ダッシュの甲斐あってか、今日はギリギリ遅刻せずに済んだ。校舎裏の壁を越えて行って正解だったけど、もう二度とやらない方が良さそうだな。

 あぁ、このまま向こうが忘れてくれたらいいんだけどなあ。







先輩、先輩!

 ダメだった。一限目が終わると同時に駆けつけてきやがった。ここ上級生の教室だぞ。こいつアクティブだな。

 だが、この一限目の間俺が何もしていなかった訳じゃない。どう問い詰められても言い逃れ出来るように、対策はしっかり考えてある。授業中に。

 朝は急いでいたためにガッツリ空を飛んじゃった訳だが、「アレは壁を蹴って登った」と主張すればごまかせる。

 じゃあ証拠を見せろと言われれば、飛ぶのを壁を蹴ったように見せかければそれで解決する。

 さあ、来るなら来い!

よぉ、どうした?
先輩! 先輩って空を飛べるんですね!!
待てーい!!

 ダメだった。こいつ、もう俺が空を飛んだ前提で話を進めてやがる。

 まさかのパターンだったので、急いでこいつ……浪川を教室から連れ出す。こいつは声が大きい。教室で空が飛べると言いふらされてはかなわない。

いきなり何言ってんだお前! 空なんか飛べる訳ねーだろ!
いえ! 先輩の身長をはるかに上回る壁をぴょーんって飛び越えてました! ハッキリ見ました! この目に狂いはないです!
 俺の身長をはるかに上回るとか、余計なお世話だよ。身長低いの気にしてんだよ。俺と同じ目線に立ってるからっていい気になるな。
おいおい、いいか落ち着け。アレは壁を蹴ってよじ登ったんだ
壁を蹴って??
そうだ。派手なアクション映画とかでたまに見るだろ? アレをやったんだ
アクション映画見ないですねー
あ、そう……
……
……ハリウッド映画とかで見ない?
最後に観たのは「ザリガニの生態 -THE MOVIE-」です
ザリガニの生態って2時間観るほど面白いか??
面白いですよ。知ってますか? ザリガニってサバばっかり食べさせると青くなるんですよ。なんだかレアモンスターっぽいですよね
ああ、そう……まあとにかくアクション映画を真似たんだよ

 くっ。趣味・嗜好の違いか。ザリガニってどういう趣味だよ。

 しかし出だしが予想外だったが、思い描いていたパターンに修正できた。これならごまかしきれそうだ。全く手間のかかる後輩だぜ。

パルクールですか?
へ?
 なんだって?
パルクールですよ。日常生活の中で身体能力を生かして移動する、まあスポーツですかね
へ、へぇ……
 そんなのあるのか。こいつ、妙に賢いところあるんだよな。
それで、そのパルクールを勉強したんですね
そ、そうだよ。動画で勉強してさ
 まずい。パルクールなんて知らない。このまま行くとボロが出そうだ。
じゃあ先輩がやったウォールジャンプのコツを教えてください。後学のために
 ウォールジャンプ? のコツ? 分かる訳がない。どうしよう。
それはだな、こう、足の裏? の表面に力を溜めるんだよ
へぇ~!
そう。壁を蹴り上げるその瞬間に力を集中させてだな。タンタンッとリズム良く登ってしまうわけだ!
なるほど!
ちょっと練習すればお前でも出来るかもしれん! まあ頑張れ!
そうなんですか! ところで先輩!
おう、何だ
それ、学生規定の革靴で出来るわけないですよね?
 一撃目。
しかも、パルクールの練習をしてたのにその名前を知らないなんてことありますかねぇ? ウォールジャンプじゃなくて正しくはウォールランですよ?
 二撃目。
あと、本当に心当たりがないなら教室で話しても良いはずでは? 空が飛べることを知られてはまずいかのような行動ですけど?
 三撃目。
小雀先輩
……何でしょう
空、飛べるんですよね?
……はい
 まともな人生よ、さらば。








―昼休み―
微妙ですねぇ

 言われてしまった。浪川は学食のカレーを食べていたが、味の感想じゃなく俺の能力についてだ。確かに俺の能力はコレジャナイと言いたくもなるが、本人を目の前にそう率直に言わなくてもいいんじゃないか。言い方他にない? ねぇ?

 俺が空を飛べることを白状すると最初は「すごいじゃないですか!」と目を輝かせていた浪川だが、能力の詳細を知るにつれ「んんー……」という目になっていった。ひどいリアクションだ。超傷つく。

空を飛ぶというか、空を移動できる能力ですね。しかも見つかりたくないんでしょう。クソですねクソ
食事中にクソとか言うな
特大のクソです
形容詞を増やすな
そびえ立つクソです
そびえ立ってもいねえよ
 本当に女かコイツは。俺の能力に何の期待を抱いてたんだよ。
せっかく飛べるようになったのに、使えないなんてもったいないですよ。使い道を考えてみません? 人助けとか
ないだろ、バレないようにどう使うんだよ

 これは俺も真剣に考えたことがあるんだけど、バレないように使うという制限が厳しい。それに俺が空を飛んで解決するような事なんて、だいたい別の誰かに任せても解決する。逆に完全犯罪とか出来そうだけど、そんな悪の心は持ち合わせてない。どちらにせよバレた時のリスクは大きいし。

 使い道の候補で真っ先に人助けが出てくるのはこいつらしいとは思うけど。犯罪とか無縁そうだなぁ。

じゃあ私が使い道を考えましょう。小雀先輩、今日からあなたの職業は鳥人間です
鳥人間は職業じゃねえよ。せめて使い道として成立するやつを考えろ
ああ、本当に考えちゃってもいいんですか? じゃあ走り幅跳び選手ですね。世界新記録も夢じゃないです
いい線いってるけど、不正が露骨すぎてバレるだろ。バレずに活かせるのはないのか
注文が多いですねえ。ではいっそ宗教を開くなんてどうですか
宗教を開く? どういうことだよ
江戸時代最大の一揆を起こした天草四郎は、海の上を渡って自らに神通力があることを示し大衆の信仰を集めたそうです。先輩もちょっと空を飛べばすぐに信仰を集められますよ。その時はお手伝いしましょう
教祖に祭り上げるのはやめろ。本気で考えだした途端真っ黒になってるじゃねーかよ。あとどういう経験を積んだら宗教を開くお手伝いができるんだ
すべて私に任せてください。今日から先輩はキリストです
オーケー、お前に聞いたのが間違いだった。自分で考える
それは残念ですね。ところで、その能力はいつ手に入れたんですか?
んー、二ヶ月くらい前かな。馴染んできたと思った矢先にバレた
 いや、むしろ馴染んできたからバレたのかも。油断しすぎたよなあ。
二ヶ月前……先輩が陸上部をやめたタイミングと重なりますよね。陸上部もそれが原因でやめちゃったんですか?
 おっと。そう来たか。
違う違う。成績が悪くなってきたから、部活どころじゃなくなってさ。そう言っただろ?
まあそう言ってましたけど

 俺は元々陸上部でその繋がりがあって浪川と知り合いなんだけど、実は能力を得た直後にやめてしまった。他のみんなには勉強に集中するためだと言ってある。

 実際は半々だ。たしかに成績も悪かったけど……ずっと走っていると頭が真っ白になって、うっかり飛びかけたことが何度かあった。それでバレたらシャレにならないと思ったから、成績を言い訳にしてやめてしまった。

 様子から察するに、俺を心配して言ってきたんだろうか。お前がそんな気を回す必要はないんだけどな。

じゃあ能力とか関係なく、部活をやめざるを得ないくらい先輩はバカなんですね……
事実だけどケンカ売ってんのかよお前
 違うっぽい。その哀れみの目をやめろ。
大丈夫です! 先輩がバカでもその分私が賢くなるので!
俺に何のメリットがあるんだよそれ。将来俺を養うつもりでもあるのか?
え? そんな訳ないじゃないですか気持ち悪いですね
じゃあ俺に何のメリットもねーだろ! 何が大丈夫なんだよ!
後輩の身を案じる素晴らしい先輩は、私を心配するあまり経済的な援助を決意し、そのために部活をやめて勉強に集中してしまうのでバカになることが出来てません。しかし私が賢くなる以上その心配は無用です。ぜひその道を極めてください
極めねえよ! その言い方だとお前が立派になるのが俺の生きがいみたいじゃねぇか。勝手なストーリーを作るな
えっ……と……違いましたっけ……?
いつから俺はいち後輩のお前に人生捧げることになってたんだよ!? 本気で「違うの?」って思ってそうな反応もやめろ!
すみません。まだそこまで洗脳が進んでないとは思ってませんでした
俺を洗脳してるつもりか! にしてはやり方がえらい雑だなこの野郎!

だいたいお前は……

 と最後まで言い終える前に、俺の声は食堂の入り口から聞こえてきた別の大きな声に掻き消された。
おいやべーぞ! とんでもないことになってる!









 それは飛び降り自殺だった。とは言ってもまだ未遂。学校の屋上にいる一人の男子生徒が、危険防止の柵を越えて校庭にいる野次馬たちを見下ろしている。既に多くの人が集まっており、校舎の窓から様子をうかがう生徒も大勢いる。その野次馬を教師たちが制し、危ないから下がっていろと注意を促していた。

 俺と浪川は、駆け込んできた生徒の態度からただならぬ雰囲気を感じ取り、駆け足で校庭までやってきた。俺と浪川がというよりは、浪川が真剣な顔で「行きましょう!」と言うのでそれに連れられた形だ。先にいた野次馬の中には、心配そうな顔をして見つめる者もいれば、こっそり写真を撮る不謹慎な者もいた。

 飛び降り(をしそうな)男子はじっと見下ろしているだけで、何か行動を起こす様子は見られない。遠すぎるから顔もよく見えず、何を考えているのかは全く読み取れない。

 何かを思いついたらしい浪川が俺に話しかけた。

もし飛び降りたら能力で助けられると思います?
 彼が落下してから、俺が飛んで助けられるかどうか。たしかに出来そうな気もするだろう。だが俺は否定した。
飛び降りてから助けるんじゃ無理だ。着地の衝撃まで抑えられない
 俺の能力は、俺しか踏めない足場を一時的に作り出すようなものだ。俺自身が浮くわけじゃないからもしやるなら空中で止まったまま受け止めることになるんだけど、たぶん支えきれない。抵抗されたらなお無理だ。俺の能力が世間にバレるだけで終わる。
じゃ、飛び始めを捕まえて、ゆるやかに降りるというのは出来ます?
それは……
 普段俺は高く飛んだら、降りる時は階段を作って降りる。急降下するなら滑り台のように足場を作ればスピードをうまく殺しながら降りられるかもしれない。彼が落ち始める瞬間に捕まえられたら、するーっとゆるやかに降りて、ケガなしで済むかも。
出来ないこともないけど、もう先生方が止めに動いてるだろ。わざわざ俺が関わるような問題じゃ……
先輩
 浪川が俺の目を見据えた。一瞬、関わりたがらない俺に怒ってるのかと思った。それか能力の露見を怖がってる俺に怒ってるのかと思った。でも違った。
こんな時のために能力を手に入れたのかもしれないって思ってみませんか?

 ……こいつ、うまく俺を乗せやがって。

 自分の能力が役に立たないとガッカリしてた俺にそんな事言ったら、俺、その気になっちゃうだろ。

 こんなんでも人の役に立てるかもしれないって、そう思っちゃうだろ。

 浪川は笑顔で俺を見ている。いいぜ乗ってやる。もうどうにでもなれ!



後編に続く



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

小雀 駆(こすずめ かける)

空を飛ぶ能力者。現代で空飛んだら危険人物だろと思っている。

名前の由来は、雀が鳥の中でも飛行速度が遅く、それよりも遅く飛ぶ彼には「小さい雀」という名前がお似合いだと思ったから。駆は結構走らされるタイプのキャラのため。

浪川 秋華(なみかわ あきか)

能力はない。小雀の後輩で、陸上部。
「賢いけど頭お花畑女」を目指したが、「明るい毒舌キャラ」と化した。

名前の由来は、能力がない並みの一般人なので「並→浪川」。
頭お花畑女なので「花→秋華」。意味もなく競馬の秋華賞を意識。

空田 則人(そらた のりと)

ある能力を持っているが、その能力のために悩みを抱えている。
本編ではあまり触れられていないが、空気が読めないらしい。
空気は触れないから本編で触れられなくても仕方ないね!(←うまい)

名前の由来は、「空気→空田」。
「No read→のーりーど→のりと→則人」。つまり、空気読めない。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色