第7話 隔週土曜日の男

文字数 1,208文字

 来た道をそのまま辿るだけでは、心の整理ができそうになかった。僕の足は自然、上町の方、リコが住んでいる街の方へと向いていた。
 リコが養女で一ヶ月前に養母が亡くなった。あの頃なのだろう。リコが捨てていたペットボトルが二本から一本に変わったとき、養母は急死していたのだ。今はあの家にひとり残された病身の養父のために、毎朝飲み終わったペットボトルを回収し、あのゴミ箱に捨てているのだ。
 彼女はこれまでの人生、幸福に暮らしていたのだろうか。勝手な推測だが、どうもそうとは思えない。いくら養女だからといって、自分たちが引き取った一人娘の学費を払ってあげない親なんぞ、そういないのではないか。
 何か経済的な事情があったのかもしれないが、世田谷のあの辺りに一軒家を建てられるくらいなのだから、決して貧しい暮らしではなかっただろう。いくらリコがストイックな性格だったとしても、せめて半分くらいは出してやってもいい。彼女は虐げられた生活を送ってきたから、今のリコが存在している。ストイックにならざるを得ない人生を過ごしてきた。推測とはいえ、僕の頭にはリコという一人の女性の半生が形づくられてきていた。
 LINEをやらないのは、一度タガが外れてしまうと、もうこの生活に戻りたくないという気が起きてしまうから、遠ざけている。誰かと容易に連絡を取り、愚痴を言ったり、気晴らしをしてしまうことが怖い。そういうことなのではないか。
 ますますリコが愛おしくなってくる。ああいうストイックな生活をしている中で、彼女は僕と会うことで、少しでも新たな息吹を感じ取っているのかもしれない。彼女を救ってやりたい。今の彼女を、過去の彼女を引っくるめて救ってあげたい。
 養父の容態は知れないが、デイサービスに行っているくらいなのだから、どこか不自由なのだろう。その介護も彼女がしているのだ。二十代という輝かしい時代を、彼女は奨学金の返済のために働き、養父の世話のために生きている。さっきの老女から伝染したのか。僕の胸は詰まり、目に涙が浮かんできた。
 気づけば、世田谷線の上町駅近くまで来ていた。こちらの方には、僕もたまに足を延ばしている。パン屋やサンドイッチ屋、カフェ、ラーメン屋、この街のお店はどれもこぢんまりとしているが、味はいい。リコとは豪徳寺駅近辺ばかりで会っている。彼女は上町に住んでいるのなら、この辺りのおいしい店でランチをしてもいいのに。
 踏切を渡り世田谷通りまで出て、ボロ市通りに向かおうとしたときだった。彷徨い続けていた僕の足は、ぴたりと止まった。
 信号待ちの先、ボロ市通りから、直前までずっと思い続けていた対象が歩いてきている。間違いなくリコだった。その隣には背の高い男が並んでいる。どちらの顔も伏し目がちで、表情は硬い。
 即座に彼らに背を向けた。来た道を少し早足で戻り、踏切をもう一度渡った。越えてはいけない川を、僕は渡ってしまったのだ。
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