タイムカプセル便

文字数 7,189文字

夜遅くに仕事から帰宅したオレは、いつものようにマンションのエントランスの右側の壁に整然と並んだ銀色のメールボックスに足を運び、暗証番号を入力して自分のメールボックスの扉を開けた。
中に乱雑に入れられた2枚のチラシを握りつぶすようにして取り出すと、その奥に薄いブルーの同じ封書が3通見えた。
3通とも送り主は全て違っていたが、その中の1通の送り主の名前を見てオレは一瞬にして鳥肌が立った。
それは届くはずのない封書だった。
オレは4階にある部屋に帰るとすぐに友人の篠田にスマホでメッセージを送った。

▶夜分にすまん、タイムカプセル便は届いた?

篠田からすぐ返信があった。

篠田▶届いた、今日が配達日だったんだな
オレ▶青木からも届いてるよな?
篠田▶届いている、まだ開けてないけど
オレ▶オレのところにも青木から届いたんだ でも青木はオレの今の住所は知らなかったはずなんだ
篠田▶なんで?
オレ▶青木が亡くなった後に今のマンションに引っ越したんだよ
篠田▶お前の家族が転送してくれたんじゃないのか?
オレ▶いや、届け先の住所がここになっているんだ
篠田▶だったら青木の家族がタイムカプセル便サービスサイトでお前宛ての届け先住所を変えてくれたとか
オレ▶かもな 夜分に悪かったな

東京の高校を卒業する日に、オレは仲が良かった篠田、宮内、青木たちとタイムカプセル便サービスを利用して、お互いに20年後に配達される手紙を送った。
つまりオレたちのそれぞれが他の3人宛てに手紙を書き、その手紙が20年後に配達されるのだ。
その配達日は今日だ。
それは、宮内が提案したオレたちのささやかな卒業記念イベントだった。
卒業式の後で、オレ達は全員がタイムカプセル便で手紙を送り終わったことを確認するために、タイムカプセル便サービスから各自に送られてきた手続き完了メールが印刷された紙を見せ合った。
その後に誰かが引越しをして住所が変わった場合は、引越した本人が他の3人に新しい住所を連絡する。
他の3人は、各自でタイムカプセル便サービスのサイトで引越した人間の届け先住所を変更するのだ。
これは送り主である本人しか行えないため、送り主が届け先住所を変更し忘れて放置したままにすると、その手紙は不達となり、タイムカプセル便サービスに一定期間保管された後に処分される。
高校卒業後に住所を変えていたのは、オレと宮内だった。
宮内は高校を卒業して直ぐに働きながら一人暮らしを始め、1年後に大阪の建設会社に就職した。
青木は高校を卒業して3年後に交通事故で他界し、篠田とオレはその1年後に大学を卒業して、篠田は東京の証券会社に就職し、オレは東京のIT会社に就職したが、半年後に金沢支社に配属となって東京の親元を離れた。
オレは新しい金沢の住所を篠田と宮内には連絡したが、青木の家族には伝えていなかった。
青木の家族にタイムカプセル便の話を説明するのが億劫だったのだ。
だから、青木からのタイムカプセル便の封書が東京の実家に届く事はあっても、この金沢のマンションに配達される事はないはずだった。

次の日、東京の実家の母親に電話をして確認したが、実家には自分宛の配達物は届いていなかった。
やはり青木の封書は直接オレの金沢のマンションに配達されたのだ。
それからしばらくの間、なぜ青木の封書がオレの金沢のマンションに配達されたのかが気になっていた。
オレが金沢に移ったことは青木の家族には伝えていなし、青木の家族がタイムカプセル便の件を知っているとは思えなかった。
どう考えても、こんなことは起こり得ないのだ。
そう思うと薄気味が悪く、届いたタイムカプセル便の封を切る気にはなれなかった。
だがひょっとして篠田のメールの通りだとしたら、つまり青木の家族の誰かがタイムカプセル便の件を知っていて、そのサービスのサイトでオレ宛ての届け先を今の金沢の住所に変えたのだとしたら......いったい青木の家族はどうやってこの金沢の住所を知ったのだろうか。
1つの可能性として浮かんだのは、青木の家族の誰かがソーシャルサイトの高校の同窓会コミュニティを見たかもしれない、ということだった。
金沢に移った時に、高校の同窓会コミュニティのサイトに金沢の住所を知らせる書き込みをしたことがあった。
同窓会コミュニティの過去ログには、確かに金沢の住所を知らせるオレの書き込みがあった。

仕事で東京に1週間出張することになったため、ついでに東京にいる篠田と会うことにした。
篠田に青木から届いたタイムカプセル便の事を話したかったのだ。
話せば少しは気が楽になるのではないか、と考えていた。
篠田は、せっかくだから3人で会おう、大阪にいる宮内にも声をかけてみる、と言っていた。

東京での仕事を終え、翌日の土曜日にオレと篠田はオレの実家に近い居酒屋にいた。
まだ日暮れ時の開店直後のせいか、客はオレ達だけだ。
篠田とはよくメールでやり取りはしているが、こうやって直接会うのは半年ぶりだ。
オレ達は焼酎を飲みながら高校時代の話をしていた。
篠田は、オレがまったく思い出せないクラスメートや、当時オレ達が交わした会話の内容など、高校時代の事を驚くほどよく覚えていた。
それに比べてオレの高校時代の記憶はかなり曖昧になっていて、篠田はそんなオレを「なんだ島田、もうぼけ老人?」と言って笑っていた。

オレ「やっぱり宮内は来そうにないな」

篠田「うん、メールで連絡しておいたんだけど、返信もないよ。まぁ大阪だしね、でも返信くらいしてもいいもんだけど」

オレ「忙しいんだろう」

オレはいつタイムカプセル便の話を切り出そうかと考えていたが、話の口火を切ったのは篠田だった。

篠田「ところでさぁ、この間、タイムカプセル便の件でメールしてきたじゃない。全部読んだ?」

オレ「いや、まだ読んでない。青木の件がすっきりしなくてまだ読む気になれないんだ」

篠田「そうか。僕は全部読んだよ。まぁ、内容を話すつもりはないけど、懐かしさが一気に込み上げてきたよ」

オレ「そうか...」

篠田「うん。宮内のは達筆な文字で筆ペンで書かれてたよ。言葉使いなんかも”私は”とか”あなたが”とかデスマス調で。なんか笑っちゃったよ」

オレ「そうか、あいつはオレたちの中では一番大人びていたというか、しっかりしていたというか、親分肌というか。それに、とにかくいろんなことを知っていたな。音楽とか小説とか絵画とか」

篠田「自立心も強かったしね。高校卒業してすぐに親の反対を押し切って、家出同然で高円寺で一人暮らしを始めたんだよね。思いついたら即実行って感じだった」

オレ「確か宮内が高円寺の飲み屋で働きだしてすぐに、その飲み屋の厨房で誤って包丁で手をザックリと切ったんだよな。あの時は、皆で慌てていろいろな薬を買ってあいつのアパートに行ったんだよな。あいつ、医者に行く金なんて持っていなかったからな」

篠田「何やってるんだろうコイツはって思ってたけど、当時大学生だった僕は何というか、宮内は僕よりも一歩先を歩いているんだって気がして、凄いなって思っていた」

オレ「みんなで何かやる時は、大抵は宮内が言い出しっぺだったな。今は大阪で建設会社の現場監督をしているんだったよな。現場監督か...なんか分かるな、親分肌のあいつが現場監督になったっていうのは」

篠田「青木のはボールペンで下手くそな字で書いてあって、そっけなかったよ」

オレ「あいつはとにかく引っ込み思案で目立たなくて不器用だったな」

篠田「宮内と青木ってなんか親分子分みたいなところがあったじゃない」

オレ「あぁ...そうだったな。宮内は何度となく、気が弱くて大人しい青木の面倒を見ていた」

篠田「青木が高校卒業後に就職した会社で、人間関係で悩んだ果てに会社を辞めて、その後家でぶらぶらしていた青木を一番気にかけていたのは宮内だったよね」

頼んでいた焼き鳥が運ばれてきた。
篠田は箸で焼き鳥を串から外し、その肉を皿に並べていた。

オレ「オレの実家には青木の封書は届いていなかったので、やはり金沢のマンションに直接配達されてきたんだ」

篠田「そうなんだ...」

篠田は、皿に並んだ焼き鳥の肉を箸で摘まんで口に入れた。

オレ「青木の実家に行って確かめてみようかとも思っている」

篠田「実はね、あの日島田からメッセージを貰った後で考えたんだけど...」

オレ「何をだ?」

篠田「ひょっとしたら宮内がやったんじゃないかと」

オレ「何をだ?」

篠田「ひょっとしたら、宮内が青木の分もまとめてタイムカプセル便サービスで手続きしたんじゃないかって」

オレ「…」

篠田「もしそうだとすると、宮内がタイムカプセル便サービスのウエブサイトで島田の引っ越し先の住所を登録すれば、青木の分も島田の金沢のマンションに配達される」

オレ「でも高校を卒業する日に、オレたち全員がタイムカプセル便の手続き完了メールを見せ合って確認したよな。青木もあいつに送られて来たメールをプリントして持って来ていたぞ。そもそもなんで宮内が青木の分の手続きをやる必要があるんだ?」

篠田「宮内がタイムカプセル便サービスの話を持ち出した時、青木はあんまり乗る気じゃなかったんだ。それにメールの印刷なんてどうにでも偽造できるよ」

オレ「でもなぁ、青木がいくら面倒くさがり屋だからって...」

篠田「宮内がタイムカプセル便に乗る気がなかった青木を、面倒くさい手続きは全て自分がやるから手紙だけ書け、と青木を説得した可能性はある。なにせ青木の親分だからね。宮内は、これから皆がバラバラになっても、タイムカプセル便は絶対に俺たちの大切な友情の証として残る、なんて結構リキ入れていたから、なんとしても4人でやりたかったんだと思う」

9時頃にオレたちは店を出て別れた。
結局、宮内は来なかった。
別れ際に篠田が言った。

「とりあえず皆の手紙を読んでみたら?何のための卒業記念か分からなくなってしまうよ。それに読めば何かわかるかもしれないし」

その夜、オレは東京の実家に泊まり、翌日金沢に戻った。
オレはまだ皆の封書を開けることが出来ずにいた。
青木の件をすっきりさせないと、読む気になれなかったのだ。
篠田が言ったことを考えていた。
篠田は、宮内が面倒くさがり屋の青木のタイムカプセル便の手続きを、ついでにしてやったかもしれない、と言っていた。
それならそれでオレはすっきりするのだ。
とにかく早くこの件に決着をつけたかった。
宮内にこの件を確認しようと思い、何度か電話とメールをしてみたが、連絡を取る事は出来なかった。
宮内と連絡が取れない以上、あとは青木の家族に確認するしかない。
青木の家族にどうやってこの話を持ち出そうか、と考えているうちに数日が過ぎた。

スマホのバイブが鳴った。
見ると宮内からだった。

宮内「おぉ、島田か?何度も連絡を貰ったのに返信せずに悪かったな。元気か!」

宮内の声は明るく力強かった。

宮内「篠田に会ったんだろう、奴も元気だったか?」

オレ「ああ、元気だ。お前に会えなくて残念がっていたぞ」

宮内「すまん、今の現場がめちゃ忙しくて行けなかった。もう一月もすれば落ち着いてくると思うから、またその時会わないか?」

オレ「ああ、いいね。タイムカプセル便は読んだか?」

宮内「ああ、ついさっき読んだ。それでお前から連絡を貰っていた事を思い出して電話したんだ」

オレは青木の話をしようと考えていたが、宮内の陽気な声のせいで聞きあぐねていた。

宮内「いやぁ、なんか読んでいて一気に20年前に戻ったような気分になったよ! 懐かしいよなぁ、このところ仕事が忙しいせいか、読んでいて久々に気持ちのトゲトゲが取れた感じがしたよ。すっかり忘れていたけど、やっぱやって良かったな」

オレたちは再会の約束をして電話を切った。
結局、青木の話を切り出す事は出来なかった。
青木の話で、安らいだ宮内の気分を壊したくなかったのだ。
青木の家族に確認することも、少し非常識な感じがして結局諦めていた。

オレは机の引き出しから3通の薄いブルーの封書を取り出して、テーブルの上に並べた。
まず篠田の封書の封を切り、中に入っている手紙を取り出して読んだ。
篠田の手紙には、篠田から見た当時のオレの短所と長所がリストアップされており、20年後の現在の自分と比較して自分の成長の度合いを確かめてほしい、とあった。
恐らく他の2人にも同様の手紙を送ったのだろうが、昔から冷静で分析的な物の見方をする篠田らしいアイデアだと思った。
宮内の手紙は、篠田が言っていたように筆ペンで書かれた達筆な文字で綴られていた。
畏まった言い回しで、オレに向けた感謝の言葉やこれからも友人であり続けたいと思う気持ち、そしてこれから家を出て自立する宮内の決意が書かれていた。
そしてオレは青木の封書に手を伸ばし、封を切った。
篠田は青木の手紙はそっけないと言っていたが、中には折りたたまれた数枚のレポート用紙が入っていた。
そこには鉛筆で筆圧の強い角ばった文字が書かれており、何回も消しゴムで消して書き直した跡が残っていた。

20年後の島田君へ

君とは3年間同じクラスでした。
いろいろありがとう。

高校2年の夏休みの夜に、僕たち4人と彩子たちと近所の満願寺に肝試しに行きましたね。
あの時、君と僕はケンカをしました。
実はあれは僕のせいです。
僕は君にわざとウソの集合時間(30分遅れ)を言いました。
だから君が満願寺に来た時は、皆んなはもう肝試しから戻っていました。
君は僕に怒りましたね。
でも僕は君に正しい時間を言ったはずだ、と言ったので、僕たちはケンカになりました。
あれは僕が悪いのです。
ウソをついたのです。
僕は彩子が好きでした。
でも彩子は君が好きでした。
だから僕は、あの時君に来て欲しくなかったのです。
君が来ると、彩子は君とばかり話すからです。
それを思うと、君に憎しみを感じそうなほどでした。
僕はずっと彩子が好きで、あの肝試しは彩子と二人で話すことができる良いチャンスだと思っていました。
だからウソの時間を君に知らせたのです。
君とはケンカのあとで直ぐに仲直りをしましたが、僕はずっと君に本当の事を言うべきか悩んでいました。
最初はこんなことぐらい大した事がないと思っていましたが、後になって親友の君を騙してしまった事をとても後悔するようになりました。
自分は卑怯な人間で、いつかまた同じ事をやるのではないかと思い、君に正直に話す勇気も無くてどうして良いか分からなくなりました。
親友である君に謝らない限り、僕は一生卑怯な人間のままだと思いました。
それでも言えない自分がますます嫌になりました。
卒業する日が近づいて来ると、僕は苦しさに耐えられなくなって、この手紙を書いている3週間前に、宮内君にあの肝試しの事を話しました。
話すといくらか気持ちが楽になるのではないか、と思ったのです。
宮内君に、島田君に謝りたいけど、せめて卒業までは島田君と親友でいたいので言い出せない、と言いました。
宮内君はしばらく考えていました。
そして、タイムカプセル便の手紙で島田君に謝ったらどうだ、と言いました。
僕はタイムカプセル便が何だか知らなかったけど、宮内君によると、今書いているこの手紙をタイムカプセルのように何年後かに島田君に配達してくれるサービスがあるそうです。
そのサービスはなんだか面倒くさそうな話でしたが、宮内君は、20年後の島田君ならきっと許してくれる、と言ったのです。
でも、それで本当に許してもらえるか分からないし、その20年間、きっと僕は卑怯な人間のままです。
そう言うと宮内君は、何もしないよりはマシだ、と言いました。
だから僕は君にお詫びの手紙を書くことにしました。

20年後の島田君、あの時は本当にごめんなさい。
許してください。

青木 健吾

読み終えるとオレは深呼吸をした。
手紙の内容に少し衝撃を受けていた。
あの夜の肝試しの事を思い出していた。
確かにあの瞬間は怒りが込み上げたが、青木の言い間違えかオレの聞き間違えなのだからと思い、すぐにどうでもよくなった。
この手紙を読むまでは、オレは青木の苦悩は知らなかったし、青木が彩子を好きだったことも知らなかった。
青木が彩子に近づきたいがために、オレに嘘をついたことも知らなかった。

あの肝試しのことはずっと忘れていて、今まで思い出す事もなかった。
オレにとっては些細なことだった。
仮に高校時代にその事を知ったとしても、青木に対して怒りや不愉快な感情は持たなかったと思う。
青木が生きていたら、大丈夫だ、気にしなくていい、と言ってやりたいが、それはもはや叶わない。

青木は事故で他界するまで、ずっとあの事を忘れられずに、自分を卑怯者だと思い続けて生きたのだろうか。
宮内は、このタイムカプセル便を青木のために考えついたのか、それとも単に卒業記念のつもりだったのだろうか。
篠田はこの事を知っていたのだろうか。
篠田は東京で会った時の別れ際に、手紙を読めば何かわかるかもしれない、と言っていた。

青木の封書が、なぜオレの金沢のマンションに届いたのかは、もう知りたいとは思わなくなっていた。
オレのタイムカプセル便は青木の実家に届いているはずだ。
だが、何を書いたのかは覚えていない。
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