新入り

文字数 741文字

 そのような神戸海軍操船所に一人の男がやって来た。

 新入りの男は日焼けで色が黒く体つきはがっしりとしていたが、話すことができなかった。
 色が黒いうえに貝のようにしゃべらないためシジミと呼ばれた。
 シジミは物覚えがよく器用で体力も強かったので皆から一目置かれた。

 しかし、シジミに対し劣等感をいだく者や国では下士の者たちはシジミのことを公然と虐げ馬鹿にした。

 そんなシジミのことをかばい助ける者がいた。土佐藩士の望月亀弥太である。

 「シジミどの、お怪我はありませんか? 誠にしょうがない連中ですな。
 私も国では下士ですから上士にいびられつまらん思いをよくしますが、それを他の人を見下すことで晴らそうとは思いません。
 上士といっても関ヶ原の合戦の時に幕府側について掛川から来ただけで、昔からいる長曾我部の者たちを軽んじてよい訳でもなかろうに… 
 これはつまらん話をお聞かせして申し訳ない。世の中から士分軽輩の別や差別が無くなれば良いのですが…」

 シジミと亀弥太は親しくなり、操船の講習では席を並べ実習では協力し合い、その他の時間も共にいることが多くなった。

 1年ほど経ったある日。

 「シジミどのにお伝えせねばならぬことがあります」

 いつもと違い亀弥太の表情が曇っている。

 「私に帰国の命が下りました… 実は私は国での上士による差別根絶を志す勤皇党に加盟しています。戊午の大獄による前藩主の江戸謹慎が解かれ土佐に戻られたのですが、重用していた吉田東洋が勤皇党に討たれたことが露見し粛清を始めたのです。
 国へ帰るとあるのは投獄と拷問のみ。私は藩を抜け京都へ参ります。
 短い間でしたが、お世話になりました。それでは御達者で」

 翌日の早朝、亀弥太が旅支度を整えて宿舎を出るとシジミが待っていた。
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