第19話 誤解
文字数 3,504文字
ピザを持って現れた健人を鉄雄は不機嫌そうに出迎えた。ボサボサの髪の毛とスウエット姿でピザを受け取ると、面倒臭そうに健人を招き入れる。
「で? モンプチラパンはどこに行ったの?」と言いながら、ピザをテーブルに置いた。
「もんぷち…?」
「ここの家の子よ」と言って、どこに行ったか、再び尋ねる。
「友達と会うって…」
「友達? いたの?」
「…でも友達じゃなくて…男の人と」
「男? 誰?」
明らかに苛立った様子で、健人に言うので、健人は言うか言わまいか迷っていたことを言うことにした。
「知らないんですけど、売り場で声をかけられてから様子がおかしくて」
鉄雄は水を薬缶に入れて火にかけた。
「それってー。ちょっと浅黒くて、クセのある髪の毛の男? 年も十くらい上の」
「え? 知ってるんですか?」
「まぁね。どこ行くか聞いた?」
「いえ。聞く前に走って行ったので」
「ふうん」と鉄雄は言って、健人に座るように言った。
「…何かトラブルでも?」
「さあね。…ってあんたは何の用でここに来たの? そう言えば、仲間になりたいとかなんとか言ったって聞いたけど。何の仲間よ?」
すると健人は視線を逸らす。
「あの子のことが気になるの?」
「え?」
「好きにはなってないけど、気になるんでしょ?」
「いや、あの…仕事で同じ年の子がいたから…」
健人にドーナツをすすめて、鉄雄はコーヒーの用意をした。
「そんな博愛主義者みたいなこと言ってないで、ちゃんと言いなさいよ。あの子が気になるから仲良くしたいんでしょ?」
「気になるっていうか…」
「でもどうしてあの子なの? あんたの周りだったら、たくさんキラキラしてる女の子がいっぱいいるでしょ? もしかして物珍しいから?」
「…それは分かんないです」
健人の返答を聞いて、鉄雄はため息をついた。
「正直もいいけど、あんたみたいな坊ちゃんにあの子は釣り合いが取れないと思うわよ」
「え?」
「家柄という意味でもそうだけど…、あなたは一恋人としてコレクションに入れるつもりかもしれないけど、あの子はそんなこと願ってないし」
「そんなつもりじゃ…」と否定する言葉を嗤った。
「今、あの子が欲しいのは恋人とかじゃないの。本当に心が許せる人との時間なの」
「…それをあなたが与えてるんですか?」
「さあね?」と言って、鉄雄は笑った。
健人が少し苛立った時にお湯が沸いて、なぜかこの男二人でおやつの時間が始まった。
芽依はこんなに上等な寿司を食べることはかつてなかったとワクワクしながら、上にぎりを二人分抱えて、帰ってきた。
「ただいまー」と元気よく扉を開けると、小さなテーブルを挟んで健人と鉄雄が真顔でドーナツを食べていた。
それを見て、健人に家に行くように行ったことを思い出して、上にぎりを咄嗟に背中に隠した。
「あ…えっと。何の話してるの?」と芽依が言うより早く、鉄雄が立ち上がって、背中に隠したものを受け取る。
「どうしたの? こんなの買って」
「これは…その」と芽依は健人もいるのなら、三人分用意すればよかったのかな、と思ったが、後の祭りだ。
「大丈夫だった?」と鉄雄が小さな声で聞くので、芽依は頷いた。
なぜか鉄雄は岡崎に会ったことを知っているようだった。健人が言ったのだろうか…。でも健人は岡崎とのことを知らないはずだった。健人の方を見ると、視線が合った。
「芽依さん、この人と一緒で幸せですか?」と健人に言われる。
「一緒って。…ただ隣に住んでて、お世話になってるから」
「隣に? ここで寝てるみたいですけど?」と持ち込まれた布団を指差す。
「…そうしてもらってて。私が…お願いしてることだから」
健人は「好きなんですか?」と芽依に聞いた。
「え?」
「でもそれって、叶わないのに?」
「叶わない?」
健人の棘のある言い方の理由が分からない。
「あんたねぇ。ずかずか入ってきて、何がしたいわけ?」と鉄雄が健人に言った。
「…何がって、もっと仲良くできたらいいと思ってます」と少し怒ったような感じで健人は言った。
「仲良く? って誰と?」と芽依は思わず聞き返した。
「誰とって…」と言いにくそうにする健人を見て、芽依はやっぱり健人は鉄雄が好きなのでは、と思い、慌てて「あ、ごめん。うん。そうだよね」と言った。
さっき真顔で二人が向き合っていたのは緊張していたからなのかもしれない、と芽依は変なタイミングで部屋に入ったことを後悔した。棘のある言い方といい、芽依は健人が鉄雄狙いだという確信を持つようになった。
「あ、じゃあ、お二人さんでパチンコに出かけるのは?」と芽依が二人を指差しながら言ったから、男二人が同時に「は?」と言う。
(健人君がパチンコはないか…。それに鉄雄さんは年下男性は趣味じゃないのかな…)と明らかに嫌そうな顔をしている鉄雄を見て考える。
「じゃあ、親睦を深めるためにみんなでお花見…とか?」と芽依は言うと、男二人は渋々頷いた。
それで何となくお開きな感じになり、健人は部屋から出て行った。
「絶対、お花見行きましょうね」と健人が去り際に芽依に言うので「任せて」としっかり返事をしておいた。
その返事が腑に落ちないような顔をしていたが、芽依は満面の笑みで健人を見送った。
「プチラパン…」と背後から怒りを含んだ声が聞こえる。
「あ、お花見行き…」と言いかけて、鉄雄が怒っているので口をつぐんだ。
「言いたいことが山ほどあるんだけど」と仁王立ちで立っている。
芽依はおずおずとテーブルの上にぎりを指差して「お茶淹れるので、食べながら拝聴させて頂きます」と言う。
「まずは一番聞きたいことがあるの。元カレと会ったんでしょ? どうだった?」
「…私、まだ好きだったみたいです」
「それがお寿司になったわけ?」
「はい。だから一緒に食べて、忘れようって。お金も岡崎さんがくれました」
「お金? いくら?」
「わかりません。ちゃんと数えてないので。でも一万円だけ受け取って、返しました。嫌いだったら、全部受け取れたのかも。奥さんにも慰謝料とかあるだろうし…。私にこんなお金使うことに心配してしまって…。でも気持ちだけもらいました。受け取ったからってことで終わりにしたくて」
芽依の頭をくしゃくしゃっと鉄雄が撫でる。
「がんばったね」
そう言われて、芽依は涙が出た。
「で、なんであたしの分まで買ってくれたの?」
「それは鉄雄さんが元気なさそうだったから、ちょっとしたプレゼントです」
それを聞いて、鉄雄も「あたしもまだ好きだったみたい」とお茶を淹れてくれながら、婚約者と会いにきた元カレの話をしてくれた。
「えー? 元カレ来てたんですか? 私も見たかったです」
「あんた、寝てたし…。あ、でも彼女として紹介してやったら、ちょっと面白い顔見れたかな?」
「あ、ぜひそうしてください。一泡吹かせてやりましょう」と言って、芽依はいそいそと上にぎりを開けた。
ツヤツヤないくらに、ウニ、中トロが入っていて、芽依は思わず声を上げた。芽依は初めて食べる高級寿司に感動して、無言になった。どれもこれも美味しくて、芽依は気づかなかったが、鉄雄は無理矢理飲み込んでいるように食べていた。
「はー、美味しかった」と芽依が言うと、鉄雄は顔色悪そうにして、お茶を飲んでいた。
「あれ? 鉄雄さん、お腹空いてないんですか? まだ半分も残ってますよ」
「ピザ食べたし…。それに…生魚嫌いなの」
「えー」と思わず芽依は声を上げた。
「ごめんね。これが限界。あんたの気持ちだから食べたけど」と気分悪そうな顔をしている。
「それなら最初に言ってくれればよかったのにー。私が食べたのにー。じゃあ、これ、もうもらいますよ」と言って、半分残っている寿司を受け取った。
でも気分悪いながら必死で食べてくれた鉄雄の優しさが芽依は嬉しかった。
「鉄雄さんって、何が好きですか? 私、何かお返ししたくて」
「え? 生魚以外ならなんでも食べれるけど。…そうねぇ。プチラパンが作ってくれた焼きそば、良かったわよ」
芽依はあまりうまくできなかった焼きそばを言われて、頬を膨らませた。今度、サブローに聞いてみようと思った。
「でも鉄雄さんが生魚苦手なお陰で、お寿司…たくさん食べれて、ラッキーです」とイーダという顔で言う。
鉄雄はそう言う芽依をお茶を飲みながら、見ていた。大失恋をした二人で、傷の舐め合いかもしれないけれど、舐め合える人がいて、幸せだな、と湯気の向こうで、今は嬉しそうにお寿司を食べている芽依に笑いかけた。
ふと、視線を感じて、芽依は
「鉄雄さんって、年下は苦手なんですか? 健人くんとか」と聞いた。
三秒後、芽依は思い切り呆れられたようにため息をつかれた。
「で? モンプチラパンはどこに行ったの?」と言いながら、ピザをテーブルに置いた。
「もんぷち…?」
「ここの家の子よ」と言って、どこに行ったか、再び尋ねる。
「友達と会うって…」
「友達? いたの?」
「…でも友達じゃなくて…男の人と」
「男? 誰?」
明らかに苛立った様子で、健人に言うので、健人は言うか言わまいか迷っていたことを言うことにした。
「知らないんですけど、売り場で声をかけられてから様子がおかしくて」
鉄雄は水を薬缶に入れて火にかけた。
「それってー。ちょっと浅黒くて、クセのある髪の毛の男? 年も十くらい上の」
「え? 知ってるんですか?」
「まぁね。どこ行くか聞いた?」
「いえ。聞く前に走って行ったので」
「ふうん」と鉄雄は言って、健人に座るように言った。
「…何かトラブルでも?」
「さあね。…ってあんたは何の用でここに来たの? そう言えば、仲間になりたいとかなんとか言ったって聞いたけど。何の仲間よ?」
すると健人は視線を逸らす。
「あの子のことが気になるの?」
「え?」
「好きにはなってないけど、気になるんでしょ?」
「いや、あの…仕事で同じ年の子がいたから…」
健人にドーナツをすすめて、鉄雄はコーヒーの用意をした。
「そんな博愛主義者みたいなこと言ってないで、ちゃんと言いなさいよ。あの子が気になるから仲良くしたいんでしょ?」
「気になるっていうか…」
「でもどうしてあの子なの? あんたの周りだったら、たくさんキラキラしてる女の子がいっぱいいるでしょ? もしかして物珍しいから?」
「…それは分かんないです」
健人の返答を聞いて、鉄雄はため息をついた。
「正直もいいけど、あんたみたいな坊ちゃんにあの子は釣り合いが取れないと思うわよ」
「え?」
「家柄という意味でもそうだけど…、あなたは一恋人としてコレクションに入れるつもりかもしれないけど、あの子はそんなこと願ってないし」
「そんなつもりじゃ…」と否定する言葉を嗤った。
「今、あの子が欲しいのは恋人とかじゃないの。本当に心が許せる人との時間なの」
「…それをあなたが与えてるんですか?」
「さあね?」と言って、鉄雄は笑った。
健人が少し苛立った時にお湯が沸いて、なぜかこの男二人でおやつの時間が始まった。
芽依はこんなに上等な寿司を食べることはかつてなかったとワクワクしながら、上にぎりを二人分抱えて、帰ってきた。
「ただいまー」と元気よく扉を開けると、小さなテーブルを挟んで健人と鉄雄が真顔でドーナツを食べていた。
それを見て、健人に家に行くように行ったことを思い出して、上にぎりを咄嗟に背中に隠した。
「あ…えっと。何の話してるの?」と芽依が言うより早く、鉄雄が立ち上がって、背中に隠したものを受け取る。
「どうしたの? こんなの買って」
「これは…その」と芽依は健人もいるのなら、三人分用意すればよかったのかな、と思ったが、後の祭りだ。
「大丈夫だった?」と鉄雄が小さな声で聞くので、芽依は頷いた。
なぜか鉄雄は岡崎に会ったことを知っているようだった。健人が言ったのだろうか…。でも健人は岡崎とのことを知らないはずだった。健人の方を見ると、視線が合った。
「芽依さん、この人と一緒で幸せですか?」と健人に言われる。
「一緒って。…ただ隣に住んでて、お世話になってるから」
「隣に? ここで寝てるみたいですけど?」と持ち込まれた布団を指差す。
「…そうしてもらってて。私が…お願いしてることだから」
健人は「好きなんですか?」と芽依に聞いた。
「え?」
「でもそれって、叶わないのに?」
「叶わない?」
健人の棘のある言い方の理由が分からない。
「あんたねぇ。ずかずか入ってきて、何がしたいわけ?」と鉄雄が健人に言った。
「…何がって、もっと仲良くできたらいいと思ってます」と少し怒ったような感じで健人は言った。
「仲良く? って誰と?」と芽依は思わず聞き返した。
「誰とって…」と言いにくそうにする健人を見て、芽依はやっぱり健人は鉄雄が好きなのでは、と思い、慌てて「あ、ごめん。うん。そうだよね」と言った。
さっき真顔で二人が向き合っていたのは緊張していたからなのかもしれない、と芽依は変なタイミングで部屋に入ったことを後悔した。棘のある言い方といい、芽依は健人が鉄雄狙いだという確信を持つようになった。
「あ、じゃあ、お二人さんでパチンコに出かけるのは?」と芽依が二人を指差しながら言ったから、男二人が同時に「は?」と言う。
(健人君がパチンコはないか…。それに鉄雄さんは年下男性は趣味じゃないのかな…)と明らかに嫌そうな顔をしている鉄雄を見て考える。
「じゃあ、親睦を深めるためにみんなでお花見…とか?」と芽依は言うと、男二人は渋々頷いた。
それで何となくお開きな感じになり、健人は部屋から出て行った。
「絶対、お花見行きましょうね」と健人が去り際に芽依に言うので「任せて」としっかり返事をしておいた。
その返事が腑に落ちないような顔をしていたが、芽依は満面の笑みで健人を見送った。
「プチラパン…」と背後から怒りを含んだ声が聞こえる。
「あ、お花見行き…」と言いかけて、鉄雄が怒っているので口をつぐんだ。
「言いたいことが山ほどあるんだけど」と仁王立ちで立っている。
芽依はおずおずとテーブルの上にぎりを指差して「お茶淹れるので、食べながら拝聴させて頂きます」と言う。
「まずは一番聞きたいことがあるの。元カレと会ったんでしょ? どうだった?」
「…私、まだ好きだったみたいです」
「それがお寿司になったわけ?」
「はい。だから一緒に食べて、忘れようって。お金も岡崎さんがくれました」
「お金? いくら?」
「わかりません。ちゃんと数えてないので。でも一万円だけ受け取って、返しました。嫌いだったら、全部受け取れたのかも。奥さんにも慰謝料とかあるだろうし…。私にこんなお金使うことに心配してしまって…。でも気持ちだけもらいました。受け取ったからってことで終わりにしたくて」
芽依の頭をくしゃくしゃっと鉄雄が撫でる。
「がんばったね」
そう言われて、芽依は涙が出た。
「で、なんであたしの分まで買ってくれたの?」
「それは鉄雄さんが元気なさそうだったから、ちょっとしたプレゼントです」
それを聞いて、鉄雄も「あたしもまだ好きだったみたい」とお茶を淹れてくれながら、婚約者と会いにきた元カレの話をしてくれた。
「えー? 元カレ来てたんですか? 私も見たかったです」
「あんた、寝てたし…。あ、でも彼女として紹介してやったら、ちょっと面白い顔見れたかな?」
「あ、ぜひそうしてください。一泡吹かせてやりましょう」と言って、芽依はいそいそと上にぎりを開けた。
ツヤツヤないくらに、ウニ、中トロが入っていて、芽依は思わず声を上げた。芽依は初めて食べる高級寿司に感動して、無言になった。どれもこれも美味しくて、芽依は気づかなかったが、鉄雄は無理矢理飲み込んでいるように食べていた。
「はー、美味しかった」と芽依が言うと、鉄雄は顔色悪そうにして、お茶を飲んでいた。
「あれ? 鉄雄さん、お腹空いてないんですか? まだ半分も残ってますよ」
「ピザ食べたし…。それに…生魚嫌いなの」
「えー」と思わず芽依は声を上げた。
「ごめんね。これが限界。あんたの気持ちだから食べたけど」と気分悪そうな顔をしている。
「それなら最初に言ってくれればよかったのにー。私が食べたのにー。じゃあ、これ、もうもらいますよ」と言って、半分残っている寿司を受け取った。
でも気分悪いながら必死で食べてくれた鉄雄の優しさが芽依は嬉しかった。
「鉄雄さんって、何が好きですか? 私、何かお返ししたくて」
「え? 生魚以外ならなんでも食べれるけど。…そうねぇ。プチラパンが作ってくれた焼きそば、良かったわよ」
芽依はあまりうまくできなかった焼きそばを言われて、頬を膨らませた。今度、サブローに聞いてみようと思った。
「でも鉄雄さんが生魚苦手なお陰で、お寿司…たくさん食べれて、ラッキーです」とイーダという顔で言う。
鉄雄はそう言う芽依をお茶を飲みながら、見ていた。大失恋をした二人で、傷の舐め合いかもしれないけれど、舐め合える人がいて、幸せだな、と湯気の向こうで、今は嬉しそうにお寿司を食べている芽依に笑いかけた。
ふと、視線を感じて、芽依は
「鉄雄さんって、年下は苦手なんですか? 健人くんとか」と聞いた。
三秒後、芽依は思い切り呆れられたようにため息をつかれた。