プロローグ

文字数 554文字

 八月の満月を少し過ぎた日の夜半、東北日本海側で随一と言われるその霊峰は、山の稜線にまるで雪のように白い雲をたなびかせ、月明かりを受けて薄青墨色に輝いていた。対照的に手前の山々は真っ暗な闇に沈み、さらに手前の大きな川では月光がさざ波に揺れている。
 今年死んだ者たちの霊は、その川よりももっと手前の里山、さほど高くはないモリに集まってきていた。白装束の老婆の霊もあれば、産衣を着せられた赤子の霊もある。働き盛りの男の霊もあれば、若い女の霊もある。霊は黒い影となって地表近くを漂い、やがてモリの高みに登ると月光に射抜かれ、半透明の白い影となる。それらの霊は、これから三年、このモリに留まらなくてはならない。滅びた肉体から抜け出たばかりの霊魂が持つ生への欲を断ち切り、清めるためだ。しかし麓近くには、現世への未練に後ろ髪を引かれ、モリとの境を行きつ戻りつする霊もあった。
 そのモリを離れ、川向こうの暗闇に沈む山々を目指して進んでいくものもあった。モリに来て三年経ち、より高い山に移り棲む霊たちの群れだ。これらの霊は三十三年間そこに留まることで、惑いも悔恨も怨憎もすっかり洗い清められる。清浄になった霊魂はやがてあの月に輝く二千メートルの霊峰に登り、永遠の命を得て神になる。その霊峰の名は月山、別名を死者の山と言う。
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