うんこはなぢ同盟
文字数 1,995文字
カラ……。
ホルダーにさわったとき、プラスチックとプラスチックがぶつかる音がした。いつもは「ゴロ」なのに、今日は軽くてとんがった音が聞こえてきたからびっくりした。なんだか、すごく大きな音に聞こえた。
ばかにされてるみたいだ。「カラ……」、トイレットペーパーは「空 ……」って。
でも、予備があるはず。
座ったままふり返って、うしろのたなを見る。――ない。なかった。
ぼくは、どうやっておしりをふけばいいんだろう。
ほんと、今日じゃなければなあ。
前のトイレとぼくのいるトイレを区切ってる白いかべを見ながら、はあ、ってため息をつく。
ぼくは、ハンカチとティッシュを毎日学校に持っていってる。だからいつもなら、ティッシュでちょいちょいっとふいて出ていけた。
でも、今日はたまたま、午前中のうちに使い切ってた。ぼくが使ったんじゃない。しょうた君だ。
3時間目の授業中、となりの席のしょうた君が鼻血を出した。しょうた君はティッシュを持ってなかったみたいだから、ぼくのを貸してあげたんだ。マンガのキャラクターがプリントしてあるポケットティッシュ。まだ1枚も使ってない新しいやつだ。
授業のあとに、「このマンガ、おれも読んでる」ってにかって笑って、しょうた君が外側のビニールだけを返してくれた。
ええっ、空 っぽ。別に、いいんだけどさ。なんていうか、しょうた君ってすごく自由だ。
――って、そのときはびっくりしただけだった。でも、ぼくも紙がなくて困るってことになると、気持ちも変わってくる。
1枚くらいは残しててほしかった、とか、やっぱり1枚もあげなければよかった、とか、そういう意地悪なことを思っちゃうんだ。
まあでも、どんなにくやしがったって、ぼくのティッシュは全部教室のごみ箱のなかだ。今はどうやって外 に出るかを考えないと。
ハーフパンツのポケットのなかに片方ずつ手を入れて、何かおしりをふけそうなものが入ってないか探してみる。
出てきたものは、チェックがらの青いハンカチ、家 のカギ。これだけ。しょうた君が返してくれた空 のポケットティッシュは、休み時間のうちに捨てた。
ふけそうっていったらハンカチだけど……よごれたハンカチをどうするかが問題だ。お気に入りのハンカチを捨てるのはイヤだし、だからって持って帰るのなんか、想像しただけでとりはだが立つ。
決めた。ハンカチは使わない。……どうしてもってときしか。
他に思いついたのは、となりのトイレまでだれにも見られないように移動して、トイレットペーパーをもらってくるっていう作戦。もちろん、よごさないようにズボンもパンツもおろしたまま……。
――できるわけない!
このトイレは、3年2組の教室と同じ階にある。クラスのだれかに見られたら、絶対にヘンタイだって笑われる。高学年になっても忘れてもらえないかも。ああ、こわい。
ぶるぶるふるえてると、ぼくの1個手前のトイレに、だれかが入った音が聞こえた。
――そうだ、この人に助けてもらおう。
はずかしい。でも、ハンカチでふいたり、クラスのなかでヘンタイだってうわさされたりするよりはずっといい!
ぼくは、目の前の白いかべを2回ノックする。
「お願いがあるんですけど。トイレットペーパーがなくて困ってるんです。少しだけドアを開けるので、ぼくの分をちぎってすき間からわたしてくれませんか。」
――返事はない。
どうしよう、前の人が優しくない人だったら。声を聞いてぼくだって気づける人はあんまりいないと思うけど、こんなやつがいたぞってどこかのクラスで言いふらされたら、ぼくは学校がきらいになっちゃいそうだ。
そのとき、目の前に白いかたまりがヒュウと落ちてきた。わあっ。あわててキャッチする。
新品のトイレットペーパーだった。落ちてきたほうを見上げる。かべと天井との間に、ランドセルの高さくらいのすき間があった。前の人が、予備の分を投げてくれたんだ!
「ありがとうございます。」ぼくは、泣きそうなくらいうれしかった。
男子トイレを出てすぐのろう下には、しょうた君がいた。
「よっ、あきら。鼻血の分のお返しな。」
そう言って、かたを組んでくる。
ぼくにトイレットペーパーを投げてくれたのは、しょうた君だったんだ。
しょうた君がいつもティッシュを持ち歩くようにしてたら、ぼくはこんなに不安にならなくてよかったんだけどなあ……。知らないだれかへのありがとうでいっぱいにつまってたぼくの心が、パンクした自転車のタイヤみたいにふにゃふにゃになりそうになる。
――でも。しょうた君は、ばかにせずに助けてくれた。
トイレットペーパーを分けてもらったそのときのことを思い出して、また心をふくらませる。困ってたときに親切にしてもらえてうれしかった気持ち、ぼくはずっと覚えてよう――。
「やべ。うんこしたあと手え洗ってねえ。」
ぎゃああっ!!
ホルダーにさわったとき、プラスチックとプラスチックがぶつかる音がした。いつもは「ゴロ」なのに、今日は軽くてとんがった音が聞こえてきたからびっくりした。なんだか、すごく大きな音に聞こえた。
ばかにされてるみたいだ。「カラ……」、トイレットペーパーは「
でも、予備があるはず。
座ったままふり返って、うしろのたなを見る。――ない。なかった。
ぼくは、どうやっておしりをふけばいいんだろう。
ほんと、今日じゃなければなあ。
前のトイレとぼくのいるトイレを区切ってる白いかべを見ながら、はあ、ってため息をつく。
ぼくは、ハンカチとティッシュを毎日学校に持っていってる。だからいつもなら、ティッシュでちょいちょいっとふいて出ていけた。
でも、今日はたまたま、午前中のうちに使い切ってた。ぼくが使ったんじゃない。しょうた君だ。
3時間目の授業中、となりの席のしょうた君が鼻血を出した。しょうた君はティッシュを持ってなかったみたいだから、ぼくのを貸してあげたんだ。マンガのキャラクターがプリントしてあるポケットティッシュ。まだ1枚も使ってない新しいやつだ。
授業のあとに、「このマンガ、おれも読んでる」ってにかって笑って、しょうた君が外側のビニールだけを返してくれた。
ええっ、
――って、そのときはびっくりしただけだった。でも、ぼくも紙がなくて困るってことになると、気持ちも変わってくる。
1枚くらいは残しててほしかった、とか、やっぱり1枚もあげなければよかった、とか、そういう意地悪なことを思っちゃうんだ。
まあでも、どんなにくやしがったって、ぼくのティッシュは全部教室のごみ箱のなかだ。今はどうやって
ハーフパンツのポケットのなかに片方ずつ手を入れて、何かおしりをふけそうなものが入ってないか探してみる。
出てきたものは、チェックがらの青いハンカチ、
ふけそうっていったらハンカチだけど……よごれたハンカチをどうするかが問題だ。お気に入りのハンカチを捨てるのはイヤだし、だからって持って帰るのなんか、想像しただけでとりはだが立つ。
決めた。ハンカチは使わない。……どうしてもってときしか。
他に思いついたのは、となりのトイレまでだれにも見られないように移動して、トイレットペーパーをもらってくるっていう作戦。もちろん、よごさないようにズボンもパンツもおろしたまま……。
――できるわけない!
このトイレは、3年2組の教室と同じ階にある。クラスのだれかに見られたら、絶対にヘンタイだって笑われる。高学年になっても忘れてもらえないかも。ああ、こわい。
ぶるぶるふるえてると、ぼくの1個手前のトイレに、だれかが入った音が聞こえた。
――そうだ、この人に助けてもらおう。
はずかしい。でも、ハンカチでふいたり、クラスのなかでヘンタイだってうわさされたりするよりはずっといい!
ぼくは、目の前の白いかべを2回ノックする。
「お願いがあるんですけど。トイレットペーパーがなくて困ってるんです。少しだけドアを開けるので、ぼくの分をちぎってすき間からわたしてくれませんか。」
――返事はない。
どうしよう、前の人が優しくない人だったら。声を聞いてぼくだって気づける人はあんまりいないと思うけど、こんなやつがいたぞってどこかのクラスで言いふらされたら、ぼくは学校がきらいになっちゃいそうだ。
そのとき、目の前に白いかたまりがヒュウと落ちてきた。わあっ。あわててキャッチする。
新品のトイレットペーパーだった。落ちてきたほうを見上げる。かべと天井との間に、ランドセルの高さくらいのすき間があった。前の人が、予備の分を投げてくれたんだ!
「ありがとうございます。」ぼくは、泣きそうなくらいうれしかった。
男子トイレを出てすぐのろう下には、しょうた君がいた。
「よっ、あきら。鼻血の分のお返しな。」
そう言って、かたを組んでくる。
ぼくにトイレットペーパーを投げてくれたのは、しょうた君だったんだ。
しょうた君がいつもティッシュを持ち歩くようにしてたら、ぼくはこんなに不安にならなくてよかったんだけどなあ……。知らないだれかへのありがとうでいっぱいにつまってたぼくの心が、パンクした自転車のタイヤみたいにふにゃふにゃになりそうになる。
――でも。しょうた君は、ばかにせずに助けてくれた。
トイレットペーパーを分けてもらったそのときのことを思い出して、また心をふくらませる。困ってたときに親切にしてもらえてうれしかった気持ち、ぼくはずっと覚えてよう――。
「やべ。うんこしたあと手え洗ってねえ。」
ぎゃああっ!!